魔法少女さとり☆マギカ   作:へっくすん165e83

2 / 13
基本設定


視点

基本:古明地さとり、暁美ほむら
たまに:他の皆さん


古明地さとり
 東方project、東方地霊殿の登場キャラクター。覚妖怪で人の心を読む。頑張れば、人の記憶を読むこともできる。また、他人の記憶にある技を簡易的に再現することもできる。体力、筋力は一般人以下だが、耐久力だけはある。

暁美ほむら
 言わずと知れた魔法少女まどか☆マギカの裏主人公。時間を止める能力を持っているが、体力はそこまで強くはない。基本的には時間を止め、銃器で攻撃する。この一か月を何度もループしており、鹿目まどかを救うために日夜メンタルを削っている。今回のループはアニメと同じループ。

 この作品は魔法少女まどか☆マギカを見たことがあるという前提のもと書かれています。まどマギ未視聴の方はあまり楽しめないかも知れません。尚、東方projectのことはあまり知らなくても話が分かるようにはなっています。



第一話「へえ、運命を感じちゃいますね」

 ベルトコンベアで流れていくアタッシュケースの川を見る。あの一つ一つに色んな人たちの生活が詰まっていると考えるだけでまどかは心が躍った。

 

「う〜ん……しっかし遅いなぁ。飛行機はもう着陸してる筈だし、迷ってるのかな?」

 

 詢子はガシガシと後頭部を掻く。その仕草を見て、まどかは少し不安になった。

 

「大丈夫……だよね? ママは会ったことあるんだっけ?」

 

「ん? いーや、ないよ。和子から写真を貰ってるだけさ」

 

「じゃあどんな子なのかもわからない……ってこと?」

 

 まどかは詢子の持っている写真を不安そうに覗き込む。詢子は優しげに微笑むと、まどかの肩を抱いた。

 

「大丈夫。向こうの学校も推薦してるし、写真を見た感じ大人しそうな娘じゃないか。それに、しっかり日本語も喋れるらしい」

 

「お友達になれるかな?」

 

「そいつだけは、まどか次第だね」

 

 まどかは視線の先に先程写真で見た顔を捉える。紫色の癖のあるショートヘアーに可愛らしい洋服を纏った少女が、まっすぐまどかの方へと歩いてきていた。

 

「……鹿目さん、でよろしいでしょうか」

 

 少女は二人の前で立ち止まると詢子の顔を見上げる。無表情に近いそれは、まるで人形のようだった。

 

「ああ、私が鹿目詢子。ホームステイのホストさ。日本へようこそ」

 

 詢子は少女と握手を交わす。少女は何かを考えるように詢子の顔をじっと見たあと、今度はまどかの方を見た。

 

「では、貴方がまどかさんですね」

 

「えっ!? あ、はい! 鹿目まどかです。よ、よろしくお願いします……」

 

 まどかが恐る恐る差し出した右手を、少女は優しく握り返す。そして、微かに微笑んだ。

 

「古明地さとりです。よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

「それでは、私はまどかさんと一緒のクラスになるんですね」

 

 さとりは流れていく窓の風景を見ながら詢子に聞いた。

 

「ああ。和子が気を利かせてくれたらしくてね。……っと、和子ってのはさとりちゃんのクラスの担任。早乙女和子。ちょっと抜けてるけど人柄は保証するよ」

 

「早乙女先生はいい先生だよ」

 

 空港を出た三人は詢子の運転で鹿目家へと向かっていた。

 

「それにしてもこの時期に一ヶ月間の交換留学なんて珍しいね。それとも、アメリカじゃ普通なのかい?」

 

 詢子の質問に、さとりは少し考えてから答える。

 

「急な提案だったらしいですよ。この話も一週間前に決まったことです」

 

「まあ、なんにしても若い頃に色々経験しておいたほうがいいよ。じゃないと大人になってから苦労する」

 

「経験……ですか」

 

 さとりは後部座席からじっと詢子を見る。その様子を見て、詢子はくすりと微笑んだ。

 

「まどかもだぞ? さっきからさとりちゃん以上にカチンコチンに固まっちゃって」

 

「そ、そんなことないよ?」

 

「その割にはさっきからだんまりじゃないか。折角さとりちゃんも日本語が喋れるんだ。言葉が通じれば心も通じる。会話っていうのは自分の思いを相手に伝える行為だ」

 

 詢子のその言葉を聞いて、まどかは何か話そうと必死に思考を巡らせる。その様子を見て、さとりはくすりと笑った。

 

「大丈夫ですよ、まどかさん。貴方の気持ちは十分伝わってきています。私も貴方と友達になりたいです」

 

「えへへ、じゃあ私達、今から友達だね」

 

 まどかはさとりの手を握る。それは先程の様な挨拶などではない。もっとあたたかい何かだった。

 

 

 

 

 

「さて、到着っと」

 

 車を走らせること数時間。日が暮れる頃に車は鹿目家へと到着した。詢子は慣れた手つきで車を駐車スペースに入れると、あまり大きくないさとりの荷物をトランクから取り出す。

 

「あ、自分で持ちます」

 

 さとりは少し慌てて詢子から荷物を受け取ろうと手を伸ばすが、詢子はその手を避けるように荷物を遠ざけた。

 

「さとりちゃんは今日は客人だ。客に荷物を持たせるわけにはいかないね」

 

 さとりは真意を探るように詢子の顔を見る。そして呆れた顔で言い返した。

 

「わかりました。では明日から自分で持ちます」

 

「うん。いい心がけだ」

 

 詢子とさとりの間では何か意味のある会話だったようだが、まどかにはさっぱりだった。まどかがこのやり取りの意味を理解するには、些か人生経験が足りない。

 

「さあ、ここが我が家だ。今日はいらっしゃい、古明地さとりちゃん」

 

「今日はお邪魔します。そして、これからよろしくお願いします」

 

 さとりはドアの前で一度礼をして、家の中へと入る。最初で最後のお邪魔しますだ。

 

「取り敢えず、部屋はまどかと共同ね。空き部屋がないこともないんだけど、あるのは生憎部屋だけでさぁ。肝心の家具が揃ってない」

 

「いえ、私としてはとても嬉しいです。まどかさんのお邪魔にならなければ良いのですが……」

 

「そんな! 私は全然……。……私も、嬉しいかな?」

 

 まどかは半分照れながらそう言った。さとりは何か諦めたように微笑んだ瞬間、きょとんとした表情になる。その後何かを言いかけ、咄嗟に口を噤んだ。

 

「よっしっ、荷物は私が運んどくから、アンタら二人はパパに挨拶してきな。この時間ならタツヤも起きてるだろうし」

 

 詢子はさとりの荷物を持って廊下を進んでいく。残されたまどかとさとりは互いに一度顔を見合わせたあと、まどかの先導のもとリビングへと向かった。

 

 

 

 

 

「君が古明地さとりちゃんだね。ママから聞いてるよ。僕は鹿目知久。で、こっちがタツヤ」

 

「よろしくお願いします」

 

 さとりは知久の顔をジッと数秒見た後、片手を横に突き出す。その二秒後、タツヤがさとりの腕の中に収まった。タツヤがさとりの腕に突進したからだ

 

「こら、駄目じゃないか。ごめんね、大丈夫かい?」

 

 タツヤはさとりの腕の中でもぞもぞ動くと、さとりの顔を見上げる。

 

「こ……こぉ?」

 

 タツヤは首を傾げながら何かを言おうとする。さとりはそっとタツヤの頭を撫でた。

 

「古明地、古明地さとりですよ。古明地は難しいのでさとりで結構です」

 

「さとりおねーた?」

 

 タツヤはさとりの顔を見て、何か納得したらしい。さとりが頷いたのを見て、にっこりと笑った。

 

「さとりおねーた!」

 

 

 

 

 

「口に合うといいんだけど……どうかな?」

 

 その日の夕食の席、知久が料理の出来をさとりに聞いた。さとりは一度ナイフとフォークを止める。

 

「とても美味しいです。このような美味しいハンバーグは久しぶりに食べました」

 

「それは良かった。……」

 

 知久は「おかわりもあるからね」と言いそうになり、慌てて口を噤む。おかわりもあるからというセリフは、相手に気を使わせることを知っているからだ。ましては、相手は女の子。男の子ならまだしも、女の子は色々気にすることもあるだろう。

 

「パパの作る料理はどれも美味しいよ」

 

「同感。流石、私の夫だ」

 

 まどかと詢子も知久の料理を褒める。知久は少し照れながらも首を横に振った。

 

「僕なんてまだまださ。ママの料理には敵わない」

 

「そうかい? 私はパパの料理には敵わないと思ってるけど」

 

 知久と詢子は互いに笑い合う。さとりはそれを見て、少し考えた後、食事を再開した。

 

 

 

 

 

「えっと……これで全部だよね?」

 

 さとりがまどかの家に来てから三日。まどかとさとりは学校に行く準備をしていた。電子化が進んでいる見滝原中学の準備物は意外と少ない。だが少ないということはその一つ一つの重要度が高いと言うことだ。

 

「ええ。これで問題ないはずです。あとは明日に備えて早く寝ることですね」

 

「えへへ、楽しみすぎて寝れるかな?」

 

 まどかは冗談混じりにそう言う。さとりはそれを聞いて何かを諭すように言った。

 

「大丈夫です。今日は夢も見ないほど熟睡できますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっきろーっ!」

 

「——ッ!?!?」

 

 朝、急に起こされたら人によっては混乱するだろう。状況が飲み込めず、完全に目が覚めるまで右往左往してしまう。私もいきなり起こされて、非常に混乱している。もっとも、私は寝ぼけてもいなければ起こされたことに対して驚いているわけではない。私は単純に、状況が飲み込めないだけなのだ。

 私の目の前には可愛らしいともいえるような年頃の女の子が立っている。肩まで伸びている桃色の髪、身長は低いように感じるが、それは私にも言えることだ。問題は彼女はいったい誰で、ここはどこかということだ。

 

「もう、さとりちゃんまだ寝ぼけてるの? ほら、顔洗いに行くよ(さとりちゃん、朝は弱いのかな? てひひ、寝ぼけてる顔可愛い)」

 

 少女は私から布団をはぎ取ると、私の手を握る。なんにしてもこの少女は私に対し敵意を抱いているわけではないようだ。状況が全く飲み込めない今、取りあえずこの少女に従っておくしかないだろう。私は少女に手を引かれるままに部屋を出て廊下を歩く。廊下を歩いている十数秒の間に私は少女の記憶を読んだが、頭の痛くなるような情報しか手に入らなかった。

 この少女が記憶する限りでは、私は海外からの交換学生らしい。三日前からこの少女、鹿目まどかの家にホームステイしているらしく、彼女が私に対して抱いている印象は……

 

「……友達?」

 

「ん? さとりちゃんどうかした?(へんな夢でも見たのかな?)」

 

 まどかに手を引かれるままに私は洗面所へとたどり着いた。一軒家には少々大きすぎるように思える洗面所では、一人の女性が顔に化粧を施している。まどかはその女性の隣に入ると、元気よく挨拶した。

 

「おはようママ(ママ、今日は起きてる。あ、そうか。今日からさとりちゃん学校だもんね)」

 

「おはよう。まどか、さとり。よく眠れたかい?(さとりは今日から転入だもんね、緊張で眠れないんじゃないかと少し心配だったが、あの顔見る限りでは大丈夫かな?)」

 

「おはようございます。……詢子さん」

 

 軽く記憶を読む限りでは彼女はまどかの母親で間違いないだろう。鹿目詢子。私に対する記憶もまどかと大差ない。交換学生をホームステイさせている母親だ。

 

「時差ボケもあって大変だろうけど……まあ、そのうち慣れるさ。……よし、完成(今日も完璧、女は見た目で舐められたら終わりだからねぇ)」

 

 詢子は化粧を済ませると、洗面所を去っていった。二人で使うにはあまりにも大きすぎる洗面所に、私とまどかが取り残される。

 

「とりあえず顔洗って私たちも朝ごはん食べに行こっか(今日からさとりちゃんと登校か。さやかちゃんたちびっくりするだろうな)」

 

 何をどうびっくりするのかはわからないが、取りあえずお腹の中に何か入れるのは賛成である。妖怪である私は基本的には何も食べなくても生活はできるが、腹を満たすだけが食事ではない。腹を満たすためだけに食事するのでは、畜生と変わらない。

 手早く顔を洗い終え、まどかと共に食事に向かう。キッチンでは眼鏡を掛けた男性がいそいそと朝食を準備していた。この家で雇われている使用人かと思ったが、どうやらまどかの父親のようだ。

 

「おはよう。まどか、さとりちゃん。朝食の準備は済んでるよ(たしかさとりちゃんはコーヒーだったな)」

 

 彼の名前は鹿目知久。簡単に記憶を読む限りでは、いわゆる専業主夫というやつだ。私がテーブルに着くと軽食とコーヒーが私の前に並べられる。なんとも美味しそうだ。

 

「さとりちゃんは今日から学校だね。準備は大丈夫かい?(といっても、しっかりしているようだし、心配いらないかな?)」

 

「大丈夫だよパパ。昨日の夜私と一緒に念入りに準備したもん!(準備、したんだけど。ちょっと不安……)」

 

 まどかの心を読む限りでは、昨日私はまどかと共に学校とやらに行く準備をしたらしい。まどかが覚えている『昨日の私』は、私の記憶と照らし合わせても違和感がないぐらい『私』だった。もしかして、私がいきなりこの変な場所に連れてこられたわけではなく、私の記憶が消えただけなのか?

 朝食を食べて少し冷静になった私は、ようやくこの状況の打開を図るべく頭を働かせる。まずは、私にとっての正常を思い浮かべた。私の名前は古明地さとり。その名の通り覚妖怪であり、人の心を読むことができる。旧地獄に建てられた地霊殿に住んでおり、地底と旧地獄の管理をしていたはずだ。そんな私が何故こんなところで少女に起こされ、のんきに朝食など取っているのか。原因は全くもってわからない。ここまで意識がはっきりしていると、夢というのも考えられない。だが、一つわかったことがある。ここは所謂『外の世界』というやつなのだろう。

 

「見滝原中学校……」

 

「うん、そう。歩いていける距離にあるよ(時間……まだ大丈夫だよね? 転校初日から遅刻させちゃったら可愛そうだもん。なんとしても遅刻しないように頑張らなきゃ)」

 

 健気だ。心を読めるからわかることだが、このまどかという少女は私が見たことがないほど純粋で、裏表がない。私にとっては非常に付き合いやすい相手とも言える。同時に、利用しやすい相手とも言えるが。

 

「まあ担任が和子だし、心配することはないさ。なるようになるよ(っと、もうこんな時間か。折角早く起きたんだ。今日は早めに出勤するかね)」

 

 詢子はコーヒーを一気に飲み干すと、鞄を持って立ち上がる。

 

「よっし、行ってくる(さて、今日も一日頑張りますか)」

 

 詢子は知久にキスをすると、まどかとハイタッチを交わす。そのままの勢いで私にもハイタッチを求めてきたので、私は静かに手を上げた。詢子は私の手を軽快に叩くと、力強い足取りでキッチンを後にする。

 

「私たちも学校行く準備しようか(さとりちゃんの制服姿、きっと似合うんだろうな)」

 

 まどかも詢子に合わせるように席を立つ。私は少し考えた後、素直に席を立った。どうしてこのようなことになっているのか全くわからないが、少なくとも今すぐ私の身に危害が加わるようなことはなさそうだ。だとしたら、今はこの世界でいう『普通』を演じよう。人の心が読めるため、人に合わせるのは得意である。読心能力を持っていることがバレなければだが。

 

 

 

 

 

「いってきまーす!(何か変わったことがあると、登校するだけでも新鮮だ!)」

 

「いってきます」

 

「気をつけて(まどかはおっちょこちょいだからなぁ)」

 

 知久に挨拶し、私とまどかは家を飛び出した。まどかは私の転入を自分のことのように楽しみにしているようで、正直少しやりにくい。でもまあ、悪い気はしなかった。

 まどかに合わせて小走りで見慣れない街中を進んでいく。目に付くもの全てが見たことがない私にとって、それはそれはストレスの掛かる行進だったが、道案内がいる分いくらか気分は楽だった。

 

「おっはよー!(時間通り……のはずなのになんでもう二人ともいるの?)」

 

 まどかが道の途中で待っている少女二人に話しかける。美樹さやかと志筑仁美だ。二人ともまどかと友達らしく、毎日一緒に登校しているらしい。

 

「おっす! まどか!(あれ? まどかの後ろにもう一人……こりゃまどかのやつハンカチでも落としたか?)」

 

「おはようございます。まどかさん(後ろにいる方……こっちを見ているようですが。もしかしてまどかさんの知り合いでしょうか?)」

 

 どうやらこの二人は私が転校してくることを知らないらしい。まどかは二人の視線に気がついたのか、少し自慢げに私を紹介した。

 

「紹介するね! 今日うちのクラスに転校してくる古明地さとりちゃん。ほら! 先生が言ってた交換学生の!(えへへ、どっきり大成功だよ!)」

 

「え!? あれうちのクラスだったんだ。でもそんないきなり……まどか、さてはあんた隠してたな!(一人で転校生を一人占めにして、許せん! 許せんぞ!!)」

 

 さやかは両手をワキワキと前に出すと、まどかに抱き着き、くすぐり始める。

 

「そんな悪い子はこうだ! うりゃうりゃ!(ふふ、転校生なんかにまどかを渡すもんか!)」

 

「あらあら(本当に、この二人は仲良しですわね)」

 

「……」

 

 まあ、誰とも知らない人間が、いきなり自分の親友と仲良くしていたらあまりいい気はしないだろう。私としても、この三人の友情関係を崩すつもりなどない。そして、その中に入っていく気もさらさらなかった。

 

「まー、なんにしてもよろしくね! 古明地さん!(古明地って、変な名字だな。それに海外からの交換学生なのに日本人みたいな名前……)」

 

「よろしくお願い致しますわ(一緒に登校なされたということは、古明地さん、まどかさんの家に住んでいらしてるのかしら。それはなんというか……少し羨ましいですわね)」

 

「……よろしくお願いします」

 

「うんうん、よろしくしてくれたまえ(うわぁ、少し反応薄いな。クールなのか暗いだけなのか。それとも転校初日で緊張しているのかな? だとしたらあまり絡まないほうがいいか?)」

 

 二人と合流し、さらに学校のほうへと前進する。人間が初めて会った者に対する第一印象などこんなものである。まどかが特殊すぎるのだ。学校についたら更に色々な人間の思考を読むことになると思うと、少し気分が沈んだ。まあ、もう慣れたものだが。

 

「あ」

 

 そういえば、完全に失念していた事項がある。覚妖怪という性質上、私は人の心を読むための『第三の目』を持っているのだが、それは人間から見たらあまりにも異様に映るもののはずである。それこそ、交換学生という第一印象を吹き飛ばす程度には。だが、この二人は反応しない。もしや、見えていないのか?

 私はわざとらしく第三の目を掴み、さやかの前に掲げた。もし見えているはずなら、なにかしらの反応をするはずだが……。

 

「……?(転校生、なにやってるんだ? 何かを掲げるふり? 水戸黄門的な?)」

 

 やはり、見えていない。あることが自然に見えているわけではなく、第三の目が透明になっているかのように物理的に見えていないのだ。それがいいことなのか悪いことなのかはわからない。だが、一つ困ったことはある。もしこの世界にこの第三の目を見ることができる人間がいたら、私が人間ではないと一発でバレてしまうということだ。

 

 

 

 

 

「いいですか皆さん。味噌汁というのは何気ない日本料理の一つですが、何気ないからこそ素晴らしいものがあるのです。女子の皆さんは是非とも美味しい味噌汁の作り方を勉強するように。男子の皆さんは、どんな味噌汁が出てきても「おいしいよ」と言える大人になること。毎朝聞ける「おいしい」の一言が、女性にとっては何よりの励みになりますからね!(今日もご飯が美味しいって褒められちゃった。また彼に美味しい料理作ってあげなきゃ)」

 

「(先生、また惚気てるよ……でも、今回は結構うまく行ってるみたい)」

 

 朝のホームルーム。私は担任の先生、早乙女和子の指示で皆からは見えない位置で待機していた。ホームルームで紹介すると言っていたが、一向にその気配がない。心を読む限りでは、忘れているわけではないようだが。

 

「あ、それと。今日は転校生を紹介します。古明地さん? 入ってきて(いけない。忘れるところだったわ)」

 

 本当に忘れかけてたらしい先生に少し呆れながらも、私はガラス張りの教室をぐるりと回り、入り口から中に入る。このような全面ガラス張りで、耐震等は大丈夫なのだろうか。

 

「では古明地さん。自己紹介をどうぞ(さて、ここが正念場よ。頑張って!)」

 

 先生とまどかの応援の視線が少し痛い。

 

「古明地さとりです。よろしくお願いします」

 

「古明地さんは海外からの交換学生です。日本にはあまり慣れていないらしいので、皆さん、助けてあげてくださいね(うーん古明地さん。もう少し元気よく挨拶できるといいんだけど。難しいかしらね)」

 

 余計なお世話である。それにほら。

 

「(うわ、美人。クール系美人?)」

 

「(レベルたけぇ……俺このクラスでよかった!)」

 

「(なんか暗いなぁ。緊張してるのかな?)」

 

「(上条のやつツイてないな)」

 

 ほら、印象はまあまあである。私は先生に案内されるがままにまどかの前の席に座る。真横にはさやかがいて、斜め後ろには仁美がいる。

 

「よろしくね、さとりちゃん(これで仲良し四人で固まれるね)」

 

「よっろしくー、古明地さん!(まどかの前の席が不自然に空いてるなと思ってたけど、このためだったのか!? くっそー、陰謀を感じる!)」

 

「近くになれてよかったですわ(早くお友達にならないと)」

 

「よろしくお願いします。みなさん」

 

 私は周囲に対し軽く頭を下げる。ホームルームが終わると同時に、案の定私は人間に囲まれてしまった。

 

「どこの国から来たの?(名前が日本人ってことは、帰国子女ってやつ?)」

 

「前の学校どんなだった?(あ、いや交換学生だから正確には前じゃないのか?)」

 

「日本はどう?(古明地さんをうちのグループに引き込めたらいいな)」

 

 質問を飛ばしてくるのは女子ばかりである。男子はというと、遠巻きに私を観察しながら思い思いの思考をしていた。

 

「(背は小さいな。まどかよりも低いか?)」

 

「(お近づきになりてぇ、あわよくば付き合いてぇ)」

 

「(クール美人系って俺のストライクゾーンど真ん中。なんとしてもあの女子たちの質問攻めから趣味や好きなものを探らなければ)」

 

「(巨乳派だったけど、小さいのもいいな)」

 

 まあ、子供が考えることなどこんなものである。こんな環境の中でしばらく生活しないといけないと思うと少し頭が痛くなった。

 

「もうみんな、一度に質問したらさとりちゃん困っちゃうでしょ(さとりちゃんを一人占めするつもりはないけど、できれば一番の仲良しになりたいな)」

 

「あ、ごめんね(ちぇ、やっぱり転校生はまどかたちのグループ入りかな)」

 

「いえ、気にしてないです。お構いなく」

 

 私としても友好関係を広げるつもりはない。友人というのは多くいればいるほど便利ではあるが、それを維持するのに多大なコストが掛かるものだ。友人というのは少数でいい。まあ私は別にまどかのことを友達とは思っていないが。

 

 

 

 

 

「――ッ!! ……はぁ……はぁ」

 

 目が覚めた瞬間、さらりと乾いていた全身の皮膚から大量の汗が沸き出る。その汗が寝間着を肌に貼り付け、私はなんとも言えない気持ち悪さを覚えた。それはまるで絶望が身体に貼り付いているようで。居ても立ってもいられなくなった私は布団を押し退けてベッドから降りる。

 

「また、まどかを救えなかった」

 

 いつになったら私は貴方との約束を守ることができるのだろう。姿見の前で三つ編みを解き、魔力で視力を回復させた。これは弱い私を捨て去る儀式。前回の私から今回の私へ変わるためのおまじない。

 

「今度こそ、私はまどかを」

 

 新たな決意を胸に抱き、私は病室の窓から外に飛び出た。

 

 

 

 

 

 私がこの世界に迷い込んで既に一週間以上経過しているが、特に何か変わった点はない。しいて言えば、少しクラスに馴染んできたことぐらいか。だが、いつまでも転校生面しているわけにも行かなかった。何故なら、今日からまた新しい転校生が来るからである。

 

「まどかさん、そろそろ……?」

 

 まどかを起こそうと声を掛けたが、躊躇してしまう。横で寝ているまどかが非常に変な夢を見ていたからだ。破壊され尽くした見滝原。巨大な化物と戦う黒髪の少女。そんな様子を猫のようなものと眺めているまどか。

 

『酷い……』

 

『仕方ないよ。彼女一人では荷が重すぎた。でも、彼女も覚悟の上だろう』

 

 猫のようなものがまどかに話しかける。まどかはその言葉を聞いているのかいないのか、悲鳴にも似た声を上げた。

 

『そんな……あんまりだよっ! こんなのってないよ……』

 

『諦めたらそれまでだ。でもね、まどか。君なら運命を変えられる』

 

 猫のようなものは説得するように言葉を続けた。

 

『避けようのない滅びも、嘆きも、全て君が覆せばいい。そのための力が君には備わっているんだ』

 

『本当に? 私なんかでも、本当に何かできるの? こんな結末を変えられるの?』

 

 不安げなまどかに猫のようななにかは嫌に明るい声で言い切った。

 

『勿論さ。だから僕と契約して、魔法少女になってよ!』

 

「せい」

 

「へぶっ!」

 

 悪夢とまでは行かなくても、決していい夢ではなさそうだったので、私はまどかの頭にチョップを食らわす。まどかは眠たそうに目を擦りながら軽く周囲を見回した。

 

「……夢オチ?(へんな夢)」

 

「どんな夢を見てたんですか? ほら、リビングの方に行きましょう?」

 

「……えへへ、おはよっ、さとりちゃん(うぅ、まだ全然眠いよぅ)」

 

 まどかは寝ぼけながらも私に抱きついてくる。ペットにじゃれられているようで、悪い気はしなかった。私はそんなまどかの手を引いてリビングの方へと向かう。そこでは知久が、趣味で作っている家庭菜園からトマトを収穫していた。

 

「おはようパパ(パパは相変わらず朝は早いなぁ)」

 

「おはようございます」

 

「おはよう。まどか、さとりちゃん(まどかとさとりちゃんは同着三番ってとこか。やっぱり詢子さんが一番遅いな)」

 

 三番と言うことはタツヤは起きているのか。

 

「ママは?(まあ、多分寝てるよね)」

 

「タツヤが行ってる。手伝ってやって(流石に三人がかりなら起きるだろう)」

 

「はぁい。いこ、さとりちゃん(おひさま作戦、発動だよ)」

 

 ……なかなか残酷なことを考える少女だ。だが、社会人に遅刻は許されない。ここは心を鬼にしなければならないだろう。

 

 

 

 

 

「ママ、マーマーぁ。おきて、あさ、あーさー!(ままおきて!)」

 

 タツヤが詢子の上に乗っかりバシバシと布団を叩いている。私はカーテンの端を掴みスタンバイした。

 

「(さとりちゃん、行くよ!)」

 

 まどかの目配せを合図に、私は一気にカーテンを開ける。それと同時にまどかが詢子の被っていた布団をはいだ。

 

「おっきろー!(ナイスタイミング、さとりちゃん!)」

 

「おっきろー」

 

 まどかほどハイテンションとまでは流石に行かないが、私も一応声を出す。

 

「どぅえええぇぇぇええぇぇぇ………あれ?(ああ、朝か。にしてもなんて起こし方だ)」

 

「ママ起きたね(ママおきたー)」

 

 詢子はまるで吸血鬼が日光を浴びたように跳ね起きると、途端に我に返ったようだった。

 

 

 

 

 

「最近どんなよ(さとりちゃんは学校に馴染めたのかねぇ)」

 

「仁美ちゃんにまたラブレターが届いたよ。今月で二通目(仁美ちゃん、美人だし頭もいいし、モテモテだね)」

 

 三人揃って洗面所に立つ。二人共すっかり目は覚めたらしく、眠そうな様子はない。

 

「へっ、直にコクる勇気のない男は駄目だ(という知久も、男らしいわけではないんだけどな)さとりちゃんはどうだい? 少しは学校に慣れたかい?(まあ心配するほどでもないんだろうけどな)」

 

「はい。いつまでも転校生扱いを受けるわけにもいかないので」

 

 そうかい。と詢子は軽く返した。どうやら、少し安堵しているようだった。

 

「リボンどっちかな?(いつもは黄色だけど……)」

 

 そんな私たちを余所に、まどかは髪を結ぶリボンを選んでいる。赤か黄のどちらをつけるか悩んでいるようだ。私はまどかの持っている赤いリボンに対して妙な既視感を覚えた。あのリボン、何処かで見たような。詢子は無言で赤いリボンを指差した。

 

「えぇ〜、派手過ぎない?(イメチェンがすぎるよぅ)」

 

「それぐらいで良いのさ。女は外見で舐められたら終わりだよ?(実際、私は赤の方が似合うと思うしね)」

 

 詢子の勧め通り、まどかは赤いリボンを髪につける。それを見て、私は思い出した。確か夢の中のまどかも赤いリボンをつけていたような。

 

「いいじゃん。これでまどかの隠れファンもメロメロだ。(流石私の娘。今日も可愛いな)」

 

「いないよ! そんなの……(いるわけ、ないよね)」

 

 まあ、実を言うといる。むしろ高嶺の花である仁美より人気があるぐらいだ。

 

「いると思っておくのさ。それが~、美人の秘訣(女は見られると綺麗になるのさ)」

 

 詢子は手をフラフラと振ると洗面所を去っていく。私達も手早く洗顔を済ませその後を追った。

 

 

 

 

 

 

「おっはよー!(さとりちゃんと話してたらちょっと遅れちゃった)」

 

「まどかおそーい。さてはその可愛いリボンを付けるかどうか小一時間悩んだな?(にしてもまどかにしちゃセンスのいい色のリボンだな)」

 

「ち、違うよぅ! でも、少し派手過ぎない?(やっぱりいつも通りにしとけばよかった……)」

 

「とってもお似合いですわ(髪の色とも合ってますし、とても可愛らしいですわ)」

 

 通学路でさやかと仁美と合流し、一緒に学校に向かう。話題は自然と仁美のラブレターの話題にシフトしていった。

 

「ママが言うには、ラブレターじゃなく直に告れるような男じゃないと駄目だって(そういうもの……なのかな?)」

 

「くぅー、相変わらずまどかのママはカッコイイな。美人だし、バリキャリだし(まどかはもう少し詢子さんの力強いところを受け継いでいたらなぁ)」

 

「さとりちゃんはラブレターとか貰ったことある?(さとりちゃん可愛いからモテそうだけどなぁ)」

 

 まどかの質問に、私は少し言い淀む。貰ったことがないと言えば嘘になる。だが、まどかが期待しているようなものではないだろう。

 

「いえ、無いですよ」

 

「私もさっぱりだぁ〜! くぅ、私は直で告ってくる男としか交際せんぞ!!(恭介が直で告ってくれたら……あの朴念仁にはまずそんな発想自体ないか)」

 

「そんな風にキッパリ割り切れたらいいんですけど……(直で告らないとダメ……勉強になりますわ。いつか上条くんに……)」

 

 と、こんな具合にさやかと仁美の好きな男は一致している。取り合いになることは必至だろう。複雑な三角関係を築くのはいいが、私の関係ないところでやってほしいものである。

 

「いいなぁ。私も一通ぐらい貰ってみたいなぁ。ラブレター(でも人に告白されるっていうのは少し怖いかも)」

 

「ほほう。まどかも仁美みたいなモテモテ美少女に変身したいと。それでリボンからイメチェンですかな?(まあリボン一つで女としての魅力が上がるなら……悪くはないよね)」

 

「ち、違うよ!? これはママが——」

 

「さてはママからモテる秘訣を教わったな? けしからーん! そんなハレンチな子は……こうだ!(よーし、マドニウムを補給だ!)」

 

 まあ、間違ってはいない。確かにモテる秘訣は教わっているし、リボンはそのモテる秘訣の一部だ。さやかはまどかに抱きつくと、脇腹をくすぐり始める。

 

「ちょ、さやかちゃん……やめ! あははは!(半分図星だから強く言えないよぅ)」

 

「はっはっは、可愛い奴め。でも男子にモテようだなんて許さんぞ? まどかは私の嫁になるのだぁ!(うりうりー、ここがいいのか? こっちか?)」

 

「おほん、お二人とも、遅刻してしまいますわよ。(なんというか、少し羨ましいですわ)」

 

 仁美に注意され、ようやくさやかはまどかから離れる。時間にあまり余裕がないため、早く学校に行かないと拙いだろう。

 

 

 

 

 

「今日は皆さんに大切なお話があります。心して聞くように。目玉焼きとは、固焼きですか、それとも半熟ですか? はい中沢君!(もう、何なのよあの男!!)」

 

 今日の和子先生は一段と機嫌が悪かった。どうやら三ヶ月ほど交際していた男と些細な喧嘩をし、別れたとのこと。まあその程度の喧嘩で別れるということは、その程度の関係だったということだ。

 

「えっと……どっちでもいいんじゃないかと……(どういう質問なんだこれ!? というかどう答えたら正解なんだ!?)」

 

「その通り! どっちでもよろしい! たかが卵の焼き加減なんかで女の魅力が決まると思ったら大間違いです!! 女子の皆さんはくれぐれも、半熟じゃなきゃ食べられないなんてぬかす男とは交際しないように!(あの男、今度あったら叩きのめしてやる)」

 

「駄目だったみたいですね」

 

「駄目だったんだね(最長記録もここで打ち止めかぁ)」

 

 クラスの全員が苦笑いをするしかなかった。だが、私的にはそんな話どうでもいい。重要なのはここからである。

 

「あとそれと、今日は皆さんに転校生を紹介します。(いけない忘れるところだったわ)」

 

「そっちが後回しかよ!(和子先生相変わらずだなぁ……)」

 

「じゃ、暁美さん、入ってきて(待たせすぎたかしら)」

 

 ガラス張りの教室をぐるりと回るように廊下を歩き、転校生、暁美ほむらは教室に入ってきた。私はその顔を見て素直に驚く。それはまさにまどかの夢の中で化物と戦っていた少女そのものだったからだ。まどかもそれに気がついたのか、とても戸惑っている。

 

「うおー! すっげぇ美人!(こりゃ仁美と同等……いやそれ以上かも)」

 

 そんな事情を知らないさやかは、純粋に新たなクラスメイトを歓迎していた。

 

「それじゃあ、自己紹介いってみましょうか(さて、最初の頑張りどころよ!)」

 

「暁美ほむらです。よろしくお願いします(今度こそ、絶対貴方を救うから。まどか)」

 

 それを聞いて、私は今日のまどかの夢がただの夢じゃないと悟った。この暁美ほむらという少女は普通じゃない。体内に秘められた魔力然り、その記憶然り。ほむらはまどかをじっと見た後、視線を私に向ける。そして、少しの間硬直した。

 

「(――ッ!? 何故教室にあんな化物が……というか、他の生徒には見えていないの?)」

 

 ……ついに私の第三の目が見えるものが現れたか。私は意識を集中させ、ほむらの記憶を探る。そして、後悔した。

 この世界に蔓延る魔女を殺す存在、魔法少女。インキュベーターと呼ばれる宇宙人と契約を結んだ少女は一つの願い事と引き換えに人間を辞めさせられ、魔女と戦う責務を負わされる。魔法少女の魂であるソウルジェムが濁りきった時、魔法少女は魔女へと変化を遂げ、世界に絶望を撒き散らす。このシステムを作ったインキュベーターの目的は、希望から絶望へ移り変わる感情をエネルギーに変え、宇宙の延命を図っているのだとか。そして、基本的にインキュベーターはその事実を魔法少女に隠しているのだとか。

 ほむらはそんな事実を知りながら、何度も何度も時間を戻し、まどか一人を救うために戦い続ける。数週間後に出現するワルプルギスの夜と呼ばれる巨大魔女を殺すために準備を進めている。時間を止める魔法を使いながら、銃器を武器に戦い続ける。

 そんな記憶を見て、私は少し頭が痛くなった。これから面倒なことに巻き込まれるのか。更に言えば、もしまどかが魔女になった場合、この世界が滅びる。これは今のうちにまどかを殺しておいたほうがいいのではないかとも思ったが、それをしたら私の命はないだろう。まどかを殺せば私はほむらに殺される。だとしたら、ほむらに協力したほうがいいだろう。

 考えを巡らせているうちに、いつの間にかホームルームは終わったらしい。一時限目が始まるまでの時間に、ほむらはクラスメイトから質問攻めにあっていた。

 

「不思議な雰囲気の方ですわね。暁美さん(少しさとりさんに似てますわ)」

 

「まどか、あの子知り合い? なんかさっき凄いガン飛ばされてなかった?(さとりは丁寧系、転校生はクール系ってとこか?)」

 

「えっと、どうだったかな?(夢の中で、会ったような……)」

 

 まどかが夢で見た光景は、前の時間軸での出来事なのだろう。つまり、あれは実際にあった出来事なのだ。何故まどかが前の時間軸の夢を見たのかは分からないが、魔力的ななにかだろう。

 ほむらはクラスメイトの質問に答えつつも完全にこちらを警戒していた。まあ、仕方のないことだろう。こんな気味の悪い臓器を持ったやつがいたら、警戒して然るべきである。ほむらは私のことを魔女か使い魔か何かだと思っているようだった。

 

「(あのイレギュラー、まどか達と普通に会話してる……つまりまどかにはあの少女が見えている。もしかして、あの不気味な眼だけ見えないとか? まどかに忠告したいけど、あのイレギュラーをどうにかするのが先ね。いや、今回はまどかに好意的に近づいて、常時監視したほうがいいかしら。イレギュラーは完全にあの三人の中に馴染んでいるみたいだし)」

 

 ほむらはそこまで思考すると、わざとらしく頭を押さえる。

 

「ごめんなさい。緊張しすぎて……少し、気分が。保健室に行かせて貰えるかしら(なんにしても、まどかからイレギュラーの情報を仕入れるしかないだろう)」

 

 周りが心配する中、ほむらは係の人に連れて行ってもらうと言って席を立つ。そして真っ直ぐまどかの方へと歩いてきた。

 

「鹿目まどかさん。貴方がこのクラスの保健係よね。連れていって貰える? 保健室(まずはまどかをこいつから引き剥がす)」

 

「えっと、その……うん(どうして私が保健係って知ってるんだろう)」

 

「私も付いていっていいですか?」

 

 なんにしても、このタイミングでまどかとほむらを二人きりにしないほうがいいだろう。私がその場にいれば、いきなり第三の目のことをバラされることもないはずだ。

 

「え?(そりゃまあ、心強いけど……私一人じゃ会話も続かないだろうし)」

 

 まあ、わかっていたことではあるが、そんな提案をした私に対し、ほむらが最大限の警戒を向けてくる。

 

「私、保健室の場所知らないんです。いい機会なので一緒に確認にいっても良いですか?」

 

「そうだっけ。じゃあ一緒に行こっか(私一人じゃ心配だったし、丁度良かった……)」

 

「構わないわ(こいつ、一体何を考えているの? まどかに取り入ってなにがしたいの? なんにしても、少しでも早くまどかと仲良くなって監視ができるようにしないと)」

 

 廊下に出て、ほむら、まどか、私の順で保健室に向かう。ほむらは既に保健室の場所を知っているためか、なんの迷いもなく廊下を進んでいった。

 

「えっと、暁美……さん? もしかして、保健室の場所知ってるのかな……なんて(これじゃ私が先導されてるみたいだよ……)」

 

「ほむらで良いわよ。早乙女先生から聞いたの。貴方が保健係であること含めて……そうね、いい機会だし、保健室に着くまでの間、軽く自己紹介でもする?(私の対人スキルはあまり高くない。でもまあこうすれば、少しはイレギュラーの情報が得られるはず。取っ掛かりさえあれば……)」

 

「そ、そうだね。転校してきたばっかりだもんね(私もほむらちゃんのこと知りたいし、丁度いいや)」

 

 なんというか、ほむらは案外まどかの呑気な性格に救われているのかもしれない。例えばこれで相手がさやかだったなら、今頃必要以上に警戒されているだろう。ほむらは長い髪を手で掬うように払うと、軽く後ろを振り向いた。

 

「改めまして、暁美ほむらです。……、……(どうしよう。なんとなく自己紹介しようとしたけど、自己紹介ってどうやってやるんだったかしら)」

 

 名前だけ言って、ほむらは固まってしまう。一体何なんだこの不器用な少女は。少し可愛いと思ってしまった。仕方ないから少し助け舟を出すことにした。

 

「変わった名前、ですよね。あ、いえ。別に馬鹿にしてるとかそういうのじゃなくて」

 

「……自分でも変な名前だと思ってるから気にしないで(私はこの名前を気に入っている。まどかが褒めてくれた名前だから)」

 

「えぇ〜私はカッコイイと思うけどなぁ。なんか燃え上がれ〜って感じで(クールな感じのカッコイイほむらちゃんにピッタリの名前だよね)」

 

 まどかがそう言うと、ほむらは少し頬を染める。そうか、ほむらにとっては、まどかは自分の命と引き換えにしてでも守りたい友達で。だけど、時間を繰り返すごとに認識が噛み合わなくなってくる。

 

「じゃあ、今度は私だね。私の名前は鹿目まどか。みんなからはよく不器用って言われちゃうけど、仲良くしてね?(ほむらちゃんと仲良くなれるといいなぁ)」

 

「ええ、よろしく(さて、次が問題の……)」

 

 ほむらはなるべく表情を変えないように取り繕いながら、私の方を見る。いや、正確には私の第三の目を見た。

 

「古明地さとりです。この学校には先週転校してきました」

 

「そう。転校生同士仲良くできると良いわね。……失礼を承知で聞くわ。貴方、それは?(もしかしたら黙認されているだけのただの痛いコスプレ少女かも知れない。それとも使い魔に取り憑かれているとか?)」

 

 コスプレ少女……散々な言われようだ。まあそれで誤魔化すこともできるかもしれないが、私は敢えて含みを持たせて言った。

 

「……なんの話ですか?もしかして、私の顔に『何か付いて』いますか?」

 

「――ッ!? ……いえ、私の気のせいよ。(やはり、アレはまどかには見えていない。しかも、古明地さとり自体はあれが見えていると考えるのが妥当ね。やはり彼女は人間ではない。でも、なんでそんな存在が学校に?)」

 

 ほむらはそこまで考え、もう一度第三の目に視線を落とす。

 

「(なんというか、『気持ち悪い』わね)」

 

 ……まあ、普通の感性を持ち合わせていたらそう感じるだろう。

 

「そういえば、今日の放課後は空いているかしら。ずっと入院していたせいであまり見滝原は分からないの(なんにしても、今日、まどか達は魔女の結界に迷い込んでしまう。ここは少し無理やりにでもまどか達についていきましょう)」

 

「今日はみんなで放課後お茶する予定なんだ。ほむらちゃんもおいでよ!(ほむらちゃんも積極的だね。これは早く仲良くなれそう!)」

 

 まどかは凄い楽しそうだ。だが、特殊な事情を抱えている私とほむらは純粋に楽しむこともできない。まどかはここにはいないさやかと仁美のことを楽しそうにほむらに話し始める。そうしているうちに、私たちは保健室にたどり着いた。

 

「ここが保健室だよ。ほむらちゃん、さとりちゃん(あれ? 保健の先生いない)」

 

 まどかは保健室の中に入り、部屋の中を見回す。どうやらいつもならここに保険の先生がいるらしい。今は何処かへ行っているようだった。ほむらはまどかに続いて保健室に入ると、まどかに軽く頭を下げる。

 

「ありがとう、まどか。先生が来るまでここで待ってるわ。授業に遅れたら悪いし、貴方達は教室に帰りなさい(まどかを連れ出す口実作りだったから、体調は別に悪くないのよね)」

 

「うん。また後でね! じゃあさとりちゃんも行こっか(ほむらちゃん、大丈夫かな? すぐ戻ってこれるよね?)」

 

 私がまどかに続いて保健室を出ようとしたとき、ほむらがボソリと私に囁きかけた。その声はとても小さく、私が妖怪じゃなかったら聞き取れなかっただろう。

 

「わかっているでしょうね(こいつに構っている時間はない。まどかに危害を加えるつもりがないのなら、排除する必要もないだろう)」

 

 私はあえて第三の目をほむらに合わせる。ほむらはそれを了承と受け取ったのか、ベッドに腰掛けそれ以上追及してくることはなかった。

 

 

 

 

 

「くっそ〜文武両道、才色兼備、完璧か! パーフェクトなのか!? ごふっ……(机にぶつけた頭痛い)」

 

 放課後に寄った飲食店で、五人揃ってお茶をする。話題は自然と転校生のほむらに向いた。

 

「でも本当に羨ましいですわぁ(でも一番羨ましいのは、そのストレートの髪ですわね)」

 

「そんなことないわ。それに、文武両道才色兼備なのは仁美のほうじゃない? 私なんて仁美に比べたらまだまだよ(一番行動が読めないのは、古明地さとり。先程から全く喋ってないけど、話を聞いてないということはなさそうね)」

 

 ほむらはさやかや仁美と話しながらも、意識はこちらに向けている。ほむらの言う通り、話を聞いていないわけではない。

 

「そういえばさ。ほむらとまどかは知り合いだったりするの? ホームルームの時に見つめ合ってたけど(いや、どっちかというと睨まれてたけど)」

 

 ふと、さやかが核心を突くようなことを言う。ほむらはそれを聞いてピクリと反応するが、話すつもりはさらさら無いようだった。

 

「えっと、常識的にはそのはずなんだけど……(夢の中で会ったなんて言えないよね)」

 

「早乙女先生から保健係と聞いていたから。確認していたのよ(やっぱり目につく行為だったかしら)」

 

 このほむらという少女。やはり場数を踏んでいるだけあってその場その場の対処が上手い。噓をつくときに不自然な仕草が全くないのだ。

 

「あら、もうこんな時間……ごめんなさい。お先に失礼致しますわ(本当はもう少しご一緒したいのですが……)」

 

 不意に仁美が時計を確認し、席を立つ。どうやら、習い事があるらしい。仁美はテキパキと自分の席を片付け始めた。

 

「今日はピアノ? 日本舞踊?(私達もボチボチ移動しますかね。恭介にあげるCDも見たいし)」

 

「お茶のお稽古ですわ。もうすぐ受験もあるのに、いつまで続けさせられるのか(本当は勉強したいわけではないのですが……)」

 

 そう言って、仁美は隠すようにため息をつく。無理矢理作った苦笑いがなんとも痛々しかった。

 

「小市民に生まれてよかったわぁ(私だったら死んじゃうね)」

 

 さやかも苦笑いを浮かべながらケラケラと笑う。表面上はおちゃらけているが、内心は仁美に同情している。仁美の苦労をある程度わかっているようだ。

 

「私達も行こっか(ほむらちゃんに見滝原を案内しないといけないしね)」

 

 まどかが提案し、皆席を立つ準備を始める。そんな中、警戒心を強める者がいた。そう、暁美ほむらだ。

 

「(この後、このショッピングモールに魔女の結界が現れる。まどかが巻き込まれないようにしなければ)」

 

 ほむらは残ったコーヒーを飲み干すと、自分のトレーの上を軽く整理する。

 

「みんな、この後CD屋に寄っていい?(いいCDがあるといいけど……)」

 

 そんなほむらの心配とは裏腹に、さやかはこのショッピングモールに留まることを提案する。

 

「私はいいけど……他のみんなは?(多分上条くんへのプレゼントを買いに行くんだよね)」

 

「いいわよ(無理やりショッピングモールから引きずり出すのも反感を買うわね。私が常時監視していれば問題ないか)」

 

「はい。構いませんが」

 

 仁美と別れ、私たちは四人でCD屋に入る。先程思考していた通り、さやかは上条恭介という男子生徒へのプレゼントを見繕いにクラシックコーナーに向かう。ほむらはというと、まどかにべったり張り付いて一緒にCDを見ていた。本人は監視していると自分に言い聞かせているが、アレは確実に楽しんでいる。私はというと、CDのジャケットを眺めていた。

 このまま何もなければなんの問題もないのだが、そうもいかないらしい。まどかは不意にヘッドホンを外すと、キョロキョロと辺りを見回し始めた。

 

「誰? 誰なの?(誰かが助けを呼んでる……助けてって……)」

 

 ほむらはまどかの変化をいち早く感じ取り、警戒心を強くする。

 

「まどか? ——っ、まどか、どうかしたのかしら?(インキュベーター、まどかを誘き出すつもりね。そうはさせないわ)」

 

 まどかの思考を読む限りでは、何者かがまどかを名指しで助けを求めているらしい。ほむらの予想が正しければ助けを求めているのはインキュベーター。あの例の夢に出てきた猫のような何かだ。

 

「誰かが私に助けてって。私、行かなきゃ……(急がないと)」

 

「まどか、貴方疲れているんじゃなくて? 私にはそんな声——」

 

「で、でも! 急がないと!!(間に合わなくなっちゃう!)」

 

 まどかはかなり焦っているようにも見える。ほむらは深くため息を着くと私の方をちらりと見た。

 

「古明地さん、美樹さんとここで待っていてもらって良いかしら。まどかと私で行ってくるわ(私が一緒にいれば、上手く近づかないように誘導できる)」

 

「何か用事ですか? なんにしても、待っているだけでいいんですね?」

 

「ええ(ついでにイレギュラーの排除もできるし、一石二鳥だわ)」

 

 やっぱりそれも目的の一つか。まあ彼女にとって私は不気味で得体の知れない存在でしかない。その反応は妥当だろう。

 まどかはほむらの手を取ると、CD屋を出て行く。その様子を見ていたのか、さやかが小走りでこちらに駆け寄ってきた。

 

「なになに? なんかあったの?(今まどかがほむらを引っ張ってCD屋を出ていったような)」

 

「用事だと言っていました」

 

「そんなのんきな様子じゃなかったけど。それこそ、何処かで事故でもあったみたいに(私もついていかなきゃ)」

 

「戻ってくるまでここで待ちませんか?」

 

 一応提案をするが、説得するのは不可能に近いことはわかっている。さやかは人の話を聞かないし、信じない。

 

「いや、まどかに何かあったら、私はきっと一生後悔する。ちょっと行ってくる!(何も起こらなければいいけど……)」

 

「私も行きます」

 

 走り出したさやかを追うようにして私も走り出す。もうこうなってしまったら行くところまで行こう。

 

 

 

 

 

「私を呼んだのは貴方なの?」

 

 上手く誘導するつもりだったのだが、インキュベーターに先回りされてしまったようだ。まどかは優しい手つきでインキュベーターを持ち上げる。インキュベーターは傷だらけの体を震わせ、気絶しているようだった。次の瞬間、インキュベーターの思惑通り、魔女の結界が展開された。

 

「何? 一体何なの!?」

 

「……仕方がない。まどか、それを守りながら目を瞑ってて!」

 

 私は咄嗟に変身し、時間を止める。そして盾から89式小銃を取り出した。マガジンを装填し、コッキングレバーを引く。ガシャンという薬室に弾薬が装填される小気味よい音を確認してから、セレクターレバーを一杯まで回し、5.56mmの鉛と銅の塊を一発ずつ使い魔に撃ち込んでいった。全部の使い魔に弾丸を撃ち込んだことを確認し、小銃を仕舞って時間停止を解除した。

 

「きゃぁああああ!!」

 

 まどかの悲鳴と共に音速を超えた鉛の弾が一斉に使い魔を駆逐する。私はまどかが顔を伏せているうちに変身を解いた。魔女は逃げたようだ。

 

「あ……あぁ……ほ、ほむらちゃん。無事?」

 

 何が起きたのか認識できていないまどかはインキュベーターを抱えながらオロオロしている。私はまどかからインキュベーターを取り上げ、ソウルジェムを取り出して治療した。

 

「えっと、ほむらちゃん。さっきのは一体……」

 

 ……こうなってしまっては隠す必要もないだろう。インキュベーターと接触してしまった時点で、遅かれ早かれまどかは魔法少女について知ることになる。

 

「助けてくれてありがとう。君は魔法少女のようだけど……」

 

 体が回復した途端、インキュベーターは話し出す。その様子にまどかは凄く驚いていたが、先程よりかは落ち着いているようだった。

 

「ほむらちゃん、魔法少女って?」

 

「魔女を退治する者のことさ。先程のは魔女が生み出した使い魔のようだったけど、それでもあの速度で全滅させるとは……君は随分ベテランの魔法少女のようだね」

 

「ほむらちゃんも魔法少女なの?」

 

「僕の記憶が正しければ、僕はまだ君と契約を結んでいないはずなんだけどね。でも君は間違いなく魔法少女のようだ。一体どんな手段を用いて魔法少女になったのかは分からない。でも君から言わせたら、君は僕と契約をしたんだろう? 僕が覚えていないだけで」

 

「えっとつまり……?」

 

 私はまどかの手を握ってまどかを引き起こす。

 

「そうね。説明するわ。でも、ここは危ないから違う場所で。キュゥべえもそれで良いでしょう?」

 

「僕は別に構わないけど……魔女を追わなくていいのかい?」

 

「まどかを危険に晒してまで追いかけるような相手じゃないわ。それより巴マミは?」

 

 どの時間軸でも、巴マミはこの場にいたはずだ。このように私がまどかを助けるというのは珍しい展開と言える。

 

「マミのことも知っているんだね。マミなら近くまで来ているよ」

 

 やはり、巴マミも来ているのだ。では、何故ここにいないのか。……少し嫌な予感がする。

 

「キュゥべえ、巴マミのところまで案内しなさい」

 

「ほむらちゃん、さやかちゃん達と合流するのを優先したほうがいいんじゃ——」

 

「だからこそよ。もしかしたら……巴マミに襲われている可能性がある」

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……もう、さやか……少しはペースを考えなさいよ」

 

 先程まではなんとか追いつけていたが、完全にはぐれてしまった。あまり体力はないので、もう少しペースを考えて欲しいものだ。私は人気の全くないショッピングモールの裏側を一人歩く。暫く歩いていると、明確な敵意を読み取り、ゆっくりと両手を挙げた。

 

「私に敵意はありません。人に害を与えません。見逃して頂けないでしょうか」

 

 四十メートル先から私を照準している存在がいる。私が声を掛けたことで、私の後方に凄い速度で移動し、私の後頭部に銃口を突き付けた。

 

「信用すると思って?(人の言葉を喋る魔女? 魔力は感じるけど魔法少女ではない。どちらかというと魔力の質は魔女のそれ。それに、あの不気味な目玉。人間ではないことは明らかね)」

 

 なんとも面倒くさい展開ではあるが、そこまで危機的な状況ではない。私はこの少女を知っている。今、私にマスケット銃を突き付けている少女、巴マミを知識として知っている。それに、少し離れたところでは、さやかが消火器を持ってスタンバイしていた。どうやら私を助け出す機をうかがっているようだ。私は後ろを振り返ろうとするが、マミは更に強く銃口を押し付けた。

 

「動かないで。少しでも長生きしたいならね(なんにしても、不意打ちを受ける可能性もある。ここで始末しておいたほうがいいかしら)」

 

「得体の知れない存在は全部敵って事ですか。いじめられっこの発想ですね……さやかッ!!」

 

 私はさやかに合図を送るように声を張ったあと、さやかがいる方向とは全く反対の方向を振り向く。マミがつられてそっちの方向に振り向いた瞬間、さやかの消火器が炸裂した。

 

「さとりッ!(ナイスだよ!)」

 

 さやかがマミに消火器を投げつけ、私の手を取って走り出す。だが数メートル走ったところで体に何かが巻き付き身動きを封じられた。まあ、マミのリボンなのだが。いくら攻撃を読むことができたとしても、避けれるとは限らない。

 

「逃がさないわよ……(あの青髪の子、魔力を感じない。まさか一般人?)」

 

 マミはマスケット銃を私に向ける。指は既に引金に掛かっていた。

 

「なんだよあんた! コスプレで通り魔かよ! さとりが一体何を……(やばいよあの人、完全にさとりを撃つ気だ。でも、身動きできないし……)」

 

 さやかは何とか抜け出そうと体を捩る。……面倒くさいが、この状況を打開する必要があるだろう。頭の中で策を組み立てる。……よし、なんとかなるか。私はまず一つ目の手札を切った。

 

「もう逃げません。逃げる気もありません。彼女だけでも解放してください。さやかには、手を出さないで……」

 

 私は若干掠れた声でマミに懇願する。目に涙は……少し厳しいか。

 

「さとり! あんたなんてことを!(なんでそんな諦めたような目をしてるの?)」

 

 マミは警戒するような目つきで私を見たあと、私とさやかの拘束を解く。いや、私の両腕は後ろで縛られたままだったが。なんにしてもこれで少しは拘束が緩んだ。特にさやかが自由に動けるようになっただけでも大きい。私はそのまま膝をつくと顔を伏せた。

 

「……(一体何を考えているの? こいつの目的は一体何?)」

 

 マミは私の頭にマスケット銃を突きつける。さて、第二段階だ。私は二つ目の手札を切った。

 

「さやかさん……ごめんなさい。目を、瞑っては頂けないでしょうか。見せたくないから……さやかさんには。私が死ぬところなんて……」

 

 そう、私がマミに植え付けようとしているもの。それは罪悪感。マミはこういった悲劇のヒロインが出てくる作品が好きなようだ。だからこそ、そういった作品に重なるように演技を続ける。

 

「……っ、さとりぃっ……(なんで……こんなことに……)」

 

「——ッ(何よこれ。私、完全に悪役じゃない!)

 

 さて、これで良し。これで簡単には私を撃てなくなった。別に私はマミを再起不能にしたいわけじゃない。ただ、少し時間を稼げればそれでいいのである。何故なら——

 

「一体何をしているのかしら、巴マミ(私の悪い予感がここまで正確に当たるなんて……)」

 

 気がついた時には、私はさやかの横にいて、腕の拘束が解かれていた。マミはいきなり目の前から私がいなくなったことに驚きつつも、声のした方向にマスケット銃を向ける。

 

「こっちよ(まずは対等な立場で会話ができる状態を作らないと)」

 

「——ッ!?(え? 反対!?)」

 

 だが、声がした方向の反対から、ほむらは9mm拳銃を突き付けた。マミは咄嗟に反転しようとするが、ほむらは更に強く拳銃を突きつける。

 

「動かないで。変身を解きなさい(いつでも時間を止めれるようにしておかないと。この人だけは油断できない)」

 

「気がついてないのかしら。セーフティが掛かってるわよ?(一度言ってみたかったのよね。これ)」

 

 マミはほむらの視線を逸らすべく、銃に意識を向けさせようと声を掛ける。だが、マミの試みは無意味に終わった。

 

「9mm拳銃にセーフティはないわ。少なくとも、貴方が期待するようなものはね(多分言ってみたかっただけでしょうね)」

 

「……(何よそれ! 完全に私恥ずかしい子じゃない!)」

 

 恥ずかしさのあまりか、マミは変身を解いてからほむらの方を向く。

 

「貴方もアレの肩を持つつもり?(この子、魔法少女ね。それもかなり腕の立つ)」

 

「少なくとも、まだ何もやってないわ(殺しておきたい気はあるけど、今殺すのは拙い。まどかは古明地さとりに入れ込み過ぎている。今古明地さとりがいなくなれば、彼女を生き返らせる為に契約しかねない)」

 

 マミの意識が私から外れたのと同時に、まどかがこちらに走ってきた。

 

「さとりちゃん! 大丈夫!?(どうしてこんな酷いことをするの? さとりちゃんが一体何をしたっていうの?)」

 

 まどかは地面にペタンと尻もちをついている私の手を取ってゆっくり起き上がらせる。さやかは私とまどかを守るようにその前に仁王立ちした。

 

「まずいよマミ。ここは一旦引いたほうがいい。それが双方のためだ(古明地さとり、暁美ほむら、彼女たちは完全にイレギュラーだ。ここでマミを潰されるのは勿体無い)」

 

 キュゥべえがスルリと現れ、一瞬ほむらの射線に入る。その一瞬のうちにマミは変身し一気に距離を取った。

 

「貴方達、この得体の知れない化物の肩を持つっていうの? どう見ても人間じゃないじゃない(まさか私以外に見えていないとかないわよね?)」

 

 マミは私を見て叫ぶ。それを見て、まどかとさやかは不可解な顔をした。まあ、第三の目が見えてないなら当たり前か。

 

「なんでさとりちゃんに酷いこと言うの? 貴方の言ってること、全然理解できない(さとりちゃんが人間じゃない?)」

 

 流石に少し不憫になってきたのか、ほむらは小さくため息をついたあと、マミに助け舟を出した。

 

「……魔女は逃げたわ。追わなくていいのかしら(まさかこんな展開になるなんて)」

 

 ほむらはじっとマミを見つめる。マミは少し後ずさりしたが、すぐに言い返す。

 

「私が用があるのは——」

 

「飲み込みが悪いわね。見逃して上げるって言ってるのよ。多分、貴方何か勘違いをしているわ。そんな状態で話し合っても、余計なトラブルを生むだけよ(いつか、同じようなことをマミから言われたわね)」

 

 マミは諦めたようにため息をつくと、踵を返してその場を去っていく。ほむらはペタンと座り込んでいる私を軽く睨むと、マミと同じようにため息をついた。

 

「マミの名誉のために言っておくと、別にマミは悪い人間じゃない。今回は双方の認識の違いによって生まれたことでしかない。あれでも普段は優しすぎるほど優しい人間だよ(魔法少女の手本のような魔法少女だからね。できればまどか達にはそちらを参考にして貰いたいんだが)」

 

 キュゥべえがまどかのほうを見ながら喋りだす。

 

「なんにしてもだ。僕、君たちにお願いがあって来たんだよ。僕と契約して、魔法少女になってよ!(美樹さやかはともかく、鹿目まどかの素質は凄まじいものがある。彼女が契約すれば、宇宙の熱的死を回避できるかも知れない)」

 

 その顔は軽く微笑んでいるようにも見えたが、そこに感情は感じられない。まるで思考する機械を見ているような、不思議な感覚だった。




空港
見滝原から一番近い空港。国際便も入る。

見滝原中学校
まどかたちが通う中学校。かなり頭がいい。

早乙女先生
女としていい歳だが、まだ決まった相手が見つかっていない少し不憫な人。基本スペックは高く可愛い見た目をしているため、本人が選り好みしなければ普通に恋人はできる。

さとりの容姿
魔法少女にはさとりの第三の目が見える。

意外と早くまどかと仲良くなるほむら
ほむら自身が敵対行動を取らなければ比較的すぐに仲良くなることができる。伊達に何ループも友達をやっていない。

9mm拳銃
自衛隊が採用している拳銃。ほむらが言うように安全装置が付いていない。正確には銃の中で様々な安全装置が働いているのだが、それはあくまで不完全閉鎖時の撃発防止や衝撃での暴発防止の為であって、引き金を固定するような安全装置はついていないという意味。尚、元の銃はSIG SAUERのP220。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。