魔法少女さとり☆マギカ   作:へっくすん165e83

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グリーフシード
魔法少女の最終形態であって、魔女の卵。人の心の穢れを養分にして孵化する。その性質を利用して魔法少女たちは自分たちのソウルジェムの浄化に使用している。

ソウルジェム
魔法少女の本体。ソウルジェムさえ無事ならたとえ体を失おうが死ぬことはない。だが、ソウルジェムのみで思考をすることはできない。ソウルジェムには思考するための機能が付いていないからだ。逆に言えば、機能が同じなら無機物で代用することもできる。肉体の代わりにコンピューターを操ることも理論上は可能。人並みの思考ができるほどの演算能力を持つコンピューターならだが。


第三話「私としては、そう思えた瞬間が一番怖いんですけどね」

「まどかはさ、どう思ってる?」

 

「何が?」

 

「魔法少女のことだよ。まどかは、魔法少女になろうと思う?」

 

 まどかは少し迷ったような顔をして、さやかの顔を見る。さやかは、何か決意を固めたような顔をしていた。

 

「私は……その……」

 

「私はね。契約するのもありかな……なんて、考えもあるんだ。そりゃまあね、ほむらとマミさんにあそこまで言われると、魔法少女なんて碌なものじゃないっていうのは分かるの。でも、魔法少女にならないと、叶えられない願いもあるし、願い事によっては、人の役に立つこともできるんじゃないかなってね」

 

 さやかはくるりとまどかのほうを向いた。

 

「でも、人生を諦めるようなものだって……さやかちゃんはそれでいいの?」

 

「そこまでマイナスに受け取る必要もないと思う。まあ、仮定の話だよ。仮定。私としても、今すぐ魔法少女になる気なんてないし、人の役に立てるような大層な願い事も考えつかないしね。ただ、思ったんだ。あの二人からああ言われたからって、絶対魔法少女になってはいけないわけじゃないって」

 

「そうなの、かな?」

 

 まどかは自分の手のひらを見つめた後、空を見上げた。自分の利益ではなく、人にはできないことができる力があるのなら、それをやらないことは卑怯なことなのではないか。最近まどかはそんな風に考え始めていた。

 

 

 

 

 

 まどかを魔法少女にしてはいけない。これは決定事項だ。だが、だからといってさやかも魔法少女にしてはいけないというわけではない。近いうちに出現するワルプルギスの夜に向けて戦力は少しでも多いほうが良い。ほむら一人では勝てなくても、マミ、ほむら、さやか、それに隣町にいる佐倉杏子の四人で戦えば決して勝てない相手ではない。

 ただ一つ問題があるとすれば、さやかが普通に契約をすると、結構な確率で魔女になるのだ。さやかが魔女になる影響はかなり大きい。ある時間軸では杏子がさやかを道連れにし自爆し、またある時間軸では魔女化の事実を知ったことによってマミが錯乱し、結果的にマミと杏子の二人が死んでいた。

 さやかが魔女化する理由は単純だ。さやかは幼馴染の左手を治す為に魔法少女になる。さやかはその幼馴染と恋仲になりたいようなのだが、先に仁美に告白されてしまい、さやかの恋は実らない。自分の願いを見失ったさやかは、次第にやつれていき魔女になる。つまりは……だ。

 

「なに!? どういうことなの!? なんで……なんで恭介の病室にグリーフシードが!!(まずい! このままじゃ、恭介が巻き込まれちゃう!!)」

 

「さやか? どうかしたのかい?(どうしたんだろう。急に慌てて……)」

 

 孵化寸前のグリーフシードはとてもじゃないが移動できたものではない。では、穢れをギリギリまで溜め込んだグリーフシードだったら? そう、ある程度場所を選んで設置することが可能だ。特に上条恭介の病室は彼が出した負の空気で満ちている。何かきっかけがあれば簡単にグリーフシードは孵化するだろう。

 

「恭介! 急いでここから逃げ……いや、もう遅いか(くそ、なんてタイミングだよ。こんなことって)」

 

 さやかが恭介を庇うように椅子から立った瞬間、魔女の結界が作られる。結界に巻き込まれさえすれば、恭介にもある程度魔女が見えるはずだ。

 

「――ッ!? なんだこれ! どうなってるんだ!? ……さやか、僕は満足に動けない。さやかだけでも早く逃げて!!(悪い夢でも見てるのか? この空間は……一体……)」

 

「そんなことできるわけないでしょ! キュゥべえ! 近くにいる!?」

 

 さやかが祈るように叫ぶと、さやかの足元にひらりとキュゥべえは着地した。まるでこうなることを予想していたように。いや、実際のところ、キュゥべえはさやかと恭介が結界に巻き込まれることを知っていた。

 

「僕ならここにいるよ。……まさか、こんなことになっているだなんて。これは拙いよさやか。助けを呼びに行こうにも、僕がここを離れると万が一の場合に対応ができない(話には聞いていたけど、僕にはできないやり方だ。流石としか言いようがないね)」

 

「……万が一って?(悪い予感しかしない。というか、選択肢なんてないんじゃ……)」

 

「僕が助けを呼びに行っている間に、君が魔女に殺されないとも限らない。僕が一緒にいれば、危なくなったらすぐに契約することができるだろう?(これでさやかの契約は確実だ)」

 

「テレパシーは?(マミさんと連絡が取れれば……そんな時間もないか)」

 

「遠すぎて流石に無理だね(まあ別個体を使えば出来なくもないけどね)」 

 

 よし、その調子だキュゥべえ。私は貴方を応援しよう。

 

「さやか? 誰と話しているんだい?(この空間といい、さやかは何か知っているのか?)」

 

 さやかはキュゥべえと恭介を見て、悩むように頭を搔きむしる。そして決意を固めた目でキュゥべえに言い切った。

 

「わかった。キュゥべえ、貴方と契約する(ある意味、いい機会かもね。こういう風にどうしようもないって状況のほうが、覚悟も決めやすい)」

 

「そうか、わかったよさやか。君はどんな祈りでソウルジェムを輝かせるんだい?(早くしないと魔女が活動を始めてしまう)」

 

 さやかは一度大きく深呼吸すると、恭介の左手をそっと握る。そして、キュゥべえに向かって言った。

 

「どんな怪我でも、病気でも、なんでも治す力が欲しい。多くの人が救われる、そんな力が(これが、私が出した結論。恭介の怪我以外にも、苦しんでいる人や困っている人の力になりたい!)」

 

「わかった。受け取るといい。それが君の運命だ(てっきり上条恭介の腕の治療のみを願うかと思ったが、マミの話を聞いて少しは考えていたようだね)」

 

 キュゥべえがさやかの体からソウルジェムを取り出す。その光景は恭介にも見えていたのか、驚愕に目を見開いていた。

 

「恭介、私も不慣れなところがあるし、完璧に守ってあげられる保証はない。だから、出来るだけ逃げ回って(これが、私の魔法少女としての姿……)」

 

 さやかは素早く変身すると、恭介の左腕からそっと手を放す。恭介は何かを振り払うように右手で頭を掻いた。

 

「一体何が……変な夢でも見てるのか? なんにしても、さやか一人を置いて逃げるわけには。それに、僕の足じゃどうせ逃げられない(あの恰好……本当にどういうことなんだ?)」

 

「大丈夫。怖がらずに立ち上がってみて。もう、治っているはずだよ(治癒の魔法、初めてだったけど上手く治ってるかな?)」

 

 恭介はさやかに言われた通りにベッドから立ち上がる。先ほどまでたどたどしくしか動かなかった足が、まるで事故などなかったかのように普通に動いていた。それに、治る見込みがないとまで言われた左手まで感覚があり、今まで通り動いている。

 

「あはは、なんかそれを見て安心しちゃった。悩んでいた私が馬鹿らしいわ。こんな素晴らしいこと、なんですぐ実行しなかったのかな? っと、お出ましか(白黒の空間に、金平糖みたいな見た目の魔女……なんにしても、倒すしかない)」

 

 さやかは意識を集中させ、剣を生成し両手で握りこむ。さやかとしては、魔女の結界に入るのも、魔女を見るのも初めてだったが、自然と戦い方は分かっていた。

 

「魔法少女にとって初戦というのは非常に危ない。注意して!(ここで死んでもらったら感情エネルギーが勿体ない。是非とも勝ってもらいたいね)」

 

 さやかはキュゥべえの言葉を半分以上聞かずに魔女に対して突撃していった。そもそもこの魔女、Suleikaはそこまで強い魔女じゃない。なんせ『私でも勝てた』ほどだ。さやかの突き出した剣の先が魔女に突き刺さる。その勢いのまま、さやかは魔女を結界の壁へと縫い付け固定した。

 

「これでとどめだぁあああ!!(この一撃で……終わらせる!!)」

 

 さやかはもう一本剣を生成し、両手で構える。そしてそのまま上から下へと一気に振り抜いた。体重と速度の乗った渾身の一撃は、魔女を文字通り一刀両断する。さやかはそのまま地上に着地すると、結界が解けるのを見届けた。

 

「グリーフシードは……残念、落とさなかったか(残念ではあるけど、今日は取り合えず恭介を助けることができたからよしってことにしよう)」

 

 キョロキョロと周囲を見回し、さやかはグリーフシードが落ちてないことに若干落胆する。そして、そのまま変身を解いた。

 

「さやか……一体何がどうなって……(さっきのさやかは一体……今は少しでも情報が欲しいけど……なんにしてもさやかが無事でよかった)」

 

「あー……えっとね。なんて言ったらいいのかなぁ。……分かった。全部話すよ。突拍子もない話だけど、聞いてくれる?(さて、どこまで話したものかな?)」

 

 さやかは元に戻った病室のベッドに腰掛ける。そして自分の隣に座れと言わんばかりにベッドを叩いた。

 

 

 

 

 

「あれで良かったのですか? さとりお姉ちゃん(グリーフシードって、あんな風に孵化するんですね)」

 

 展望台に設置された三分間で百円の望遠鏡を覗きながら、百江なぎさは私に聞いた。私は望遠鏡から目を離すと、なぎさのほうを見る。

 

「あれで良いんですよ。魔女化の真実を教える以外に、さやかの契約を止める方法はありませんから」

 

 なぎさは望遠鏡の上に積まれた百円玉を、投入口に入れる。

 

「でもさとりお姉ちゃんの言う通り、これでなぎさのお母さんの病気も治るのです! さとりお姉ちゃんにはグリーフシードを貰ったりお世話になりっぱなしなのです(さとりお姉ちゃん、初めて会ったときは怖かったけど、凄く優しいのです!)」

 

「ええ、後で治してもらいましょう。それと、今日の夜に私のほうからみんなに紹介しますね。なぎさなら問題なくみんなに馴染むことができるでしょう」

 

 

 

 

 

 数時間前。

 日曜日の病院というのは、面会などの関係上、やはり少し人が多くなる。そんな中、私はとある病室を目指して歩いていた。これは暁美ほむらですら知らない情報。キュゥべえしか多分知り得ない情報。

 

「(そんな……なぎさの願いは、無駄だったのですか? 一体、どうしたら……)」

 

 ここか。病室から流れ出る負の気配。扉越しでも痛いほど伝わる絶望。ここが、キュゥべえがつい三日前に契約した少女の母親がいる病室か。私は百江と書かれている病室の扉をなんの遠慮もなく開けた。病室の中には、既に虫の息の女性と、ベッドに蹲り涙を流し続けている少女。その少女の手には黒く濁ったソウルジェムが握られていた。きっと魔女退治にもいかずに、ずっとここで母親の様子を見ていたのだろう。

 少女はいきなり入ってきた私に目もくれず、泣き続ける。そんな少女の頭を私は優しく撫でた。

 

「百江なぎさ、大丈夫です。私に全部任せればいいわ」

 

 私は手に持っていたグリーフシードをなぎさのソウルジェムに近づける。真っ黒に濁っていたなぎさのソウルジェムはあっという間に輝きを取り戻した。それを見て、なぎさは顔を上げる。

 

「グリーフシード……貴方も魔法少女なのですか? お願いなのです!! ママを、ママを助けてほしいのです……(誰でもいい。ママを助けて……)」

 

 なぎさは目にいっぱいの涙を溜めて訴えかける。私はなぎさの頭を優しく撫でた。

 

「ええ、貴方も、貴方のお母さんも私が助けます。安心していいですよ。少し、ついてきてください。大丈夫、貴方のお母さんは、あと二日は大丈夫」

 

 私はなぎさの手を取ると、病室から連れ出す。そのままなぎさと一緒に歩き慣れない病院内を歩いた。

 

「どこに行くのですか?(不思議な雰囲気の人なのです)」

 

 なぎさは目をぐしぐしと擦りながら引っ張られるままについてくる。

 

「とある病室ですよ。……そうですね、言うなれば、なぎさのお母さんを助ける人を『作りに』行くんです」

 

「助けられる人を作る?(それって、一体……)」

 

 さやかの記憶から、ある程度の恭介のリハビリスケジュールは掌握済みだ。この時間帯には病室にいないはずである。私は中に人がいないことを確認すると、恭介の病室の扉を開けた。

 

「それは……さっきなぎさのソウルジェムを浄化したグリーフシードですか?(見た感じ、もう使えなさそうなのです)」

 

 私は先ほどのグリーフシードを取り出すと、それを恭介のベッドの下に放り込む。これで準備は万端だ。私はまたなぎさの手を引いて病室を出た。ちなみに、このグリーフシードは昨日の夜、適当に魔女を倒して手に入れたものである。キュゥべえの記憶を読む限り、私が倒した暗闇の魔女の弱点は光。私のペットである霊烏路空のスペルカードを真似て『想起「ペタフレア」」で焼き殺した。

 

「さて、少し高い場所に行きましょうか。長い話になるので、話しながらにしましょう」

 

 私は病院から出て向かい側にある電波塔の展望スペースに向かう。そこまでの道中になぎさには、ソウルジェムが魂であるということや、ソウルジェムが濁りきると魔女になるということ、それにほかの魔法少女のそれぞれの事情を隠すことなく伝えた。それこそ、ほむらがまどかの為にループを繰り返していることからワルプルギスの夜が来るということまでだ。普通、こんな話をしたら混乱と絶望ですぐに魔女になってしまう。だが、私の予測通りなぎさはとても落ち着いた様子でそれを聞いていた。

 

「急すぎて全く実感がわかないのです。それにタイムリープ? 最強の魔女? 話のスケールが大きすぎるですよ。でも、なぎさは信じるのです。信じられない話なんて、もう飽きるぐらい聞きましたから(今はとにかく、さとりお姉さんの話を信じるしかない)」

 

 そう、一度絶望に叩き落され、そこから引き揚げられた人間というのは強い。落ちるところまで落ちてしまえば、そこから先は上るしかない。それに、なぎさは今私に対し希望を抱いている。なぎさにとって希望となる存在の言うことは、無条件に信じることができる。

 

「とにかく、しばらくあの病室を監視しましょう。私の予想では、先ほど話した美樹さやかが幼馴染と共に結界に飲み込まれるはずです」

 

「でも、いいのですか? さやかが魔法少女になったら、魔女になってしまうんですよね?(というか、契約したらほぼ確実に魔女になるって、どんな人なんですかね?)」

 

 それを言うなら確実に魔女化してるなぎさも相当なものなのだけれど、それは言わないほうが良いだろう。

 

「大丈夫です。ここで恭介を結界に巻き込めれば、魔女化するリスクは相当に低いでしょう。さやかの場合、恭介と恋仲になれればそれで幸せなんです」

 

「案外さやかは単純なのですね(さとりお姉ちゃんが大丈夫って言ってるなら、きっと大丈夫なのです)」

 

 さて、と。私はなぎさに一通りの説明を終えると、改めてキュゥべえを呼び出すようになぎさに頼んだ。

 

「なぎさ、キュゥべえを呼び出してください」

 

「いいですが、なにか用なのですか?(キュゥべえ? あんな話の後では、あまり会いたい相手ではないのですが)」

 

「大事なことです」

 

 私がなぎさの目を真っすぐ見ると、なぎさは目を瞑ってキュゥべえにテレパシーを飛ばした。しばらくすると、私の前にキュゥべえが現れる。

 

「これは驚いた。まさかさとりとなぎさが一緒にいるだなんて。それで、僕に何の用だい?(百江なぎさは魔女化するはずだった。ソウルジェムの浄化をしなかったなぎさはもう魔女と戦う魔力すら残っていなかったはずだ)」

 

「用というかなんというか、伝えたいことがありまして」

 

 私は真っすぐ向かいにある病院の病室を指さす。

 

「あそこの病室、上条恭介の病室で上条恭介と美樹さやかが魔女の結界に巻き込まれます。近くで待っていたらさやかと契約が取れるでしょう」

 

「どうしてそんなことが分かるんだい?(古明地さとり、一体何を考えているんだ)」

 

 私はワザと怪しげにほほ笑んで、キュゥべえを見る。

 

「あの病室にギリギリまで穢れを溜め込んだグリーフシードを仕掛けました。上条恭介の負の気持ちがトリガーとなって孵化するでしょう」

 

「……一体何が目的なんだい? 古明地さとり(動機が全く分からない。どうしてそんなことを……)」

 

「キュゥべえ、貴方は私を善良な人間と勘違いしてるんじゃありませんか? 私は本来は魔なるもの。人が落ちていくところを糧にするという点では、貴方と同類かもしれません」

 

「僕は別に、自分たちの為に働いているわけではないんだけどね。これは慈善事業の一つさ(もしさとりの言葉が真実なら、僕にとっても都合がいい。何もしなくても勝手にさとりが皆を絶望させてくれるということだからね)」

 

 キュゥべえはくるりとその場で回ると、私の肩の上に乗って窓の外を見る。そこには、リハビリから帰ってきた恭介とさやかの姿があった。

 

「それじゃあ、行ってくるよ。君とはいい関係を築けたらと思うよ(なんにしても、今はさやかの契約が先決だ)」

 

 キュゥべえは私の肩から飛び降りると、壁をすり抜けて何処かに消える。私はなぎさに大量の百円玉を渡し、自分も百円玉を望遠鏡に入れ様子を見始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「お、確かにさとりお姉ちゃんの言った通り、凄くいい雰囲気なのです。恭介自体も少しはさやかのことを意識していたのですね(あうう! キスしたのです!)」

 

 なぎさは望遠鏡を覗き込みながら、ぴょんぴょんと興奮する。私も百円を入れ望遠鏡を覗くが、そこには恭介と熱く接吻を交わすさやかの姿があった。

 

「最近の若い人間は進展が早いですね。流石にその続きはしないみたいですけど。さて、そろそろ戻りましょうか。さやかになぎさのお母さんを治してもらいましょう」

 

「わかったのです!(ママ、待っててね。今助けるから!)」

 

 私はなぎさに新しいチーズの袋を与え、病院へと戻る。思考を読む限りでは、さやかはまだ恭介の病室にいるようだ。

 

「さて、なぎさ。今から私が言った通りの行動をしてください。それでさやかはなぎさのお母さんを助けてくれるはずです」

 

 私は小さな声でなぎさに作戦を伝えた。なぎさはふんふんと集中して作戦を聞くと頭の中で反復する。

 

「わかったのです!(なぎさは演技は上手いほうなのです!)」

 

 なぎさは真っすぐ恭介の病室のほうに走っていく。そして病室の前で思いっきり顔からこけた。あれ絶対痛いと思うのだが……あ、本人も予想以上に派手にこけてしまい涙目になっていた。

 

「なんだなんだ!?(凄い音したけど)」

 

 なぎさが盛大に転んだ音を聞いて、さやかが病室から飛び出してくる。それを見て、なぎさが勢いよく顔を上げた。

 

「う、ううぅうううぅぅぅ……(普通に痛いのです。でも、ここでは違う理由で泣いているように見せなきゃなのです)」

 

「大丈夫!? うわ、めっちゃでかいたんこぶ出来てる!(急いで治療してあげなきゃ……)」

 

 さやかはソウルジェムの指輪をつけているほうの手でなぎさの頭を撫でる。次の瞬間、なぎさのたんこぶは消え去っていた。

 

「ううううぅぅぅぅ……(凄い。あっという間に痛みが消えたのです。でも、まだ泣く振りをやめるわけには……)」

 

「もう痛くないよ? ほら、大丈夫(おかしいな。怪我は完璧に治ったと思ったんだけど)」

 

「違うのです……(なぎさの演技力を見るのです!!)」

 

 なぎさは大粒の涙を流しながらさやかの顔を見た。

 

「ママが、ママが死んじゃうのです! うわぁぁ……ママぁ……(これで逆に助けない人がいるとしたら、もう人間じゃないのですよ)」

 

 なぎさの泣き顔を見て、さやかは何かを決意したかのように立ち上がった。そして病室内にいる恭介のほうを見る。

 

「わかってる。困ってる人を助ける為に、さやかは魔法少女になったんだろう? 僕はいいからその子の母親のところへ(全く、さやかは相変わらずだな)」

 

「うん、ちょっと行ってくる。……大丈夫。私が、貴方のママを助けてあげる(私が、見滝原の平和を守るんだ)」

 

「本当に? 本当にママを助けてくれるのですか?(ちょろいのです)」

 

 なぎさは目をグシグシと擦りながら立ち上がる。そしてさやかの手を掴んだ。

 

「こっち! こっちなのです!(これで、ママが助かるのです。さとりお姉ちゃんの言う通りなのです! やっぱりさとりお姉ちゃんは凄いのです!)」

 

 なぎさはさやかを真っ直ぐ母親のいる病室へと引っ張っていった。私は二人の後ろ姿をひっそりと眺める。これでワルプルギスの夜と戦える魔法少女は五人。これだけいれば、戦力的には十分だろう。

 

 

 

 

 

「百江なぎさです。よろしくお願いするのです」

 

 夜の公園に見滝原の魔法少女が集まっていた。なぎさは私の陰に隠れてもじもじしている。まあそれはそうだろう。なぎさは小学生、マミたちは中学生。特にこの歳は年齢に敏感だ。

 

「まさかマミのほかにこの町に魔法少女がいたなんてね(百江なぎさ……一体何者? 今までの時間軸では見たこともない……)」

 

「うん、よろしくね。なぎさちゃん(かわいい! こんなかわいい魔法少女が見滝原にいたなんて!)」

 

 ほむらとマミが代わる代わるなぎさに声を掛ける。そんな中、完全に蚊帳の外扱いを受けている者もいた。

 

「って! 私はスルーかよ!? ほらほら! さやかちゃんも魔法少女になったんだぞ!?(まあ、新メンバーの登場とかぶると、そりゃ目立ちはしないけどさ)」

 

「ええ、期待しているわよ。美樹さん(あれだけ忠告したというのに……まあ状況が状況なだけに、仕方ないわよね)」

 

「うぅ……マミさんの優しさが身に染みる(それに比べてほむらのやつめ……露骨に無視しやがって!)」

 

 さやかはぐぬぬとほむらを睨むが、ほむらは今それどころではない。ほむらは完全に百江なぎさに集中していた。

 

「でもこれで、見滝原にいる魔法少女も随分増えたわね。これだけいれば……(四人もいれば、ワルプルギスの夜に対する戦力は十分ね。あとは佐倉さんも協力してくれるといいんだけど、昔出ていったきり帰ってくる気はないみたいだし。私から会いに行くのもなぁ)」

 

 マミの思考を聞いて、私はほむらの勘違いに気が付いた。ほむらはワルプルギスの夜が来ることを知っているのは自分だけだと思っているようだが、実際にはマミも知っている。何故マミがワルプルギスの夜が来ることを知っているかはわからないが、知っているのは事実のようだった。

 

「これだけいれば、随分魔女退治も楽になりますね! 回復なら任せてください! みんなのヒーラーさやかちゃんが、ガンガン治しちゃいますよ!(マミさんもほむらも、そしてなぎさちゃんも遠距離攻撃が得意らしい。そんな中近距離攻撃しかできない私が突っ込んでいっても邪魔になるだけだよね。だったら、私は願い通り回復に専念したほうがいいに決まってる)」

 

「そもそも怪我なんかしないわ(これだけの人数いたらね)」

 

「なにをぅ! 怪我したとき治してやんないぞ!!(くっそー、馬鹿にしやがって)」

 

「こらこら、喧嘩しないの。でも、魔女退治が楽になるのは確かね。四人いれば、二手に分かれて魔女狩りをすることもできるし。二人が慣れるまでは四人で。ある程度慣れたら二手に分かれて見回りしましょうか(暁美さんは面倒見がよさそうだし、案外なぎさちゃんを任せても大丈夫かもしれないわね。それにしても……)」

 

 マミはなぎさをちらりと見た。

 

「(なぎさちゃん、さっきから古明地さんにべったりね。でもあの二人、接点あるのかしら。なぎさちゃんの母親を助けたのは美樹さんって話を聞いたし……少し気になるわね。私だったら、理由もなしにあんな目玉のついている人に懐いたりはしない。病院で何かあったのかしら)」

 

 やはり、鋭さで言ったらほむらよりもマミのほうが良い。長年魔法少女をやっており、倒した数は分からないが、種類だけで見たらほむらよりも多くの種類の魔女と戦っているわけだ。繰り返しているほむらと違い、マミの戦いはほぼ毎回未知との戦いになる。

 

「(それにしても、奇妙だわ。今回はイレギュラーが多すぎる。さやかの話を聞く限り、病室に現れたのは暗闇の魔女。あの魔女は違う場所に結界を作るはずなのだけれど……それに、さやかの契約内容もおかしい。私が繰り返してきた時間軸では、さやかは上条恭介の左手を治すことと引き換えに魔法少女になっていた。けれど、今回の祈りは違う。さやかは上条恭介だけではない。もっと広域的な願い事をした)」

 

 ほむらはちらりとなぎさを見る。

 

「(まるで予定調和のように、都合よくなぎさの母親も助かった。年齢的に、母親が死んだらそのまま魔女化していたでしょうね。……病院で魔女化? まさか、彼女がお菓子の魔女の元の魔法少女!?)」

 

 多くの時間軸でマミの頭部を齧り取った魔女。確かに順当に考えれば百江なぎさがお菓子の魔女だろう。ほむらからしたら何度もトラウマを植え付けられた相手が、こんな小さい子供だったとはといった感じだろう。

 

「取り敢えず、親睦もかねて今日の魔女退治に向かいましょうか(といっても、魔女がいるとは限らないけど)」

 

 マミの提案でようやく魔法少女たちは動き出す。私はほむらの言いつけで、まどかと二人、家に帰ることになった。私はまどかと二人すっかり暗くなった見滝原を歩く。まどかは暗闇に少し恐怖を感じているようだったが、それは悪いことではない。暗闇を恐れなくなった人間というものは、総じて早死にするものだ。

 

「あんな小さい子も、魔法少女なんだよね……。やっぱり、やむを得ず魔法少女になったのかな?(どういう願い事で魔法少女になったんだろう……)」

 

 まどかの心の中にあるのは、責任感と罪悪感。力を持っている者がそれを使うことをなく、ただ傍観することしかしないというのは、許されることなのだろうかと。

 

「百江なぎさは、強い人間ですよ。絶望の中に希望を見出し、今を精一杯生きています」

 

「……そうなの?(それでも、あんな小さい子が戦ってるなんて)」

 

 これは少し拙いかもしれない。ほむらが必死になって魔法少女の悲惨さを訴えれば訴える程、まどかが抱く罪悪感は増えていく。言い方が悪いのだ。まどかのためではない。私の勝手なお願いで魔法少女にならないでとお願いすれば、まどかはある程度聞き入れてくれるだろう。

 

「まどか、罪悪感を感じることはありません。力になれないのは、私も一緒です」

 

「でも、私は魔法少女になれるんだよ? なれるのに……戦うのが怖くて、逃げてばかり(やっぱり私、弱い子なのかな?)」

 

 完全にマミの影響を受けつつある。魔女退治が自分の為だけでなく、人の為になると知ってしまったのが問題だろう。そして、仕方なく魔女と戦う魔法少女を見て、その仕事を変わることが出来たらとも思っている。

 

「願い事で、みんなを普通の女の子に戻すことって、出来るのかな?(そうすれば、みんな幸せになれるのかな?)」

 

 ……。結論から言えば、出来る。だがそれは最も悪い結末しか生まないだろう。キュゥべえはどんな願い事でも叶えることができると言っているが、本当はその少女が持つ素質に見合う願いしか叶えることができない。でなければ、数人いれば無限に願い事を叶えることができるようになってしまう。キュゥべえとしてもそこまで頭は悪くないはずだ。まどかの素質なら、他の皆を人間に戻すことはできる。だが逆に、五人が力を合わせても、まどかを人間に戻すことは叶わないだろう。

 

「多分できないですよ。それが出来てしまったらいくらでも願い事を叶えることが出来ますから」

 

「えっと……そっか。三人いたら願い事叶え放題だね(だったら無理だよね)」

 

 これは、まどかの素質に気が付かせないほうがいいだろう。自分がなんでもできる、どんな願いでも叶えることが出来ると知れば、まどかは契約してしまう。まどかには真実を伝えたほうがいいだろうか。貴方が契約すれば、この世界が滅びる可能性があると。

 そもそも、なぎさに全てを教えたのには理由がある。一つは事情を把握しており、ほむらがあまり情報を持っていない自由な手駒が欲しかった。そしてもう一つの理由。それは魔女化の真実を知ったとき、マミが絶望しないようにだ。私が思うに、マミとなぎさは相性がいい。いくら他の時間軸でマミがお菓子の魔女に殺されているからといって生前の彼女とマミの相性が悪いとは限らないというわけだ。

 

「なぎさちゃんに、さやかちゃん。大丈夫だよね? マミさんとほむらちゃんがついてるから……(でも、二人とも魔法少女になったばかりみたいだし……心配だよ)」

 

「二人が心配ですか?」

 

「……うん。みんなを信用してないってわけじゃないの。でも……魔法少女になれるのに、ならない自分がなんかずるい気がしちゃって。こんな話、ほむらちゃんが聞いたら絶対怒るよね(それでも、私はみんなの為に)」

 

「そうですね。例えば、まどかは食べるものがなくなったら困りますか?」

 

 私がいきなり話を変えたせいか、まどかは少し混乱する。だが、まどかは正直に答えた。

 

「困る。お腹は空くもん(どうしてそんな話をするんだろう)」

 

「魔法少女には縄張りがあり、基本的に魔法少女はその縄張り内でしか魔女を殺しません。マミさんで言うと見滝原が縄張りです。どうしてか分かりますか?」

 

「グリーフシードの取り合いになるから?(ほむらちゃんは、そう言ってたよね)」

 

「そうです」

 

 まどかは少し考えた後、一つの結論に至った。

 

「もしかして、もうグリーフシードが足りてないの?(今までマミさん一人の縄張りだった場所に、今は魔法少女が四人もいる。人数が多くなった分効率よくグリーフシードを集められるかもしれないけど……それでも一人当たりの取り分は全体の四分の一)」

 

「皆、口には出しませんが、これ以上魔法少女が増えると困るというのは確かでしょう。特に今は新人二人を抱えてあまり余裕がないでしょうね。今新しい魔法少女が増えたら、きっと皆が困ります」

 

「そっか……(みんなに迷惑かけちゃうことになるんだ。ほむらちゃんは私の為にって言ってたけど、これ以上魔法少女が増えるとみんなが困っちゃうから、魔法少女になっちゃいけないって言ってたのかな?)」

 

「皆のためにも、今は契約してはいけませんよ」

 

 さて、これである程度の時間は稼げるだろう。戦力増強の副産物でしかないが、いい説得材料になった。

 

 

 

 

 

「私はチーズケーキにするのです! さとりお姉ちゃんはどうしますか?(喫茶店でお茶なんて初めてなのです!)」

 

 なぎさと知り合った次の日の放課後、私はなぎさを喫茶店に呼び出していた。どうやらここまでかなりおっかなびっくり来たらしく、私と合流出来て安心したのか、今はいつも以上にテンションが高い。

 

「私はショートケーキでお願いします。飲み物は……紅茶で宜しいですか?」

 

「よろしいなのです!(紅茶! 大人の飲み物なのです)」

 

 店員に注文をし、私は改めてなぎさと向き合う。

 

「お母さんの容態はどう?」

 

「すぐに退院ってわけにもいかないらしいのです。末期癌が一瞬にして消え去ったわけですので。検査と体力を戻すのにあと一ヶ月は入院です(それまでは今まで通り施設のお世話になるしかないのです)」

 

「そう……もし良かったらマミを頼るといいですよ。あの人は一人暮らしなので簡単に居候することができるでしょう」

 

 そうなぎさに提案すると、なぎさは少し考えてから答えた。

 

「そうですね。暫くマミの家にお世話になるのです(施設からだと、夜に魔女退治出来ないのです。それにマミなら面倒見が良さそうなのですよ)」

 

 まあそれもあるが、一番の理由はマミの精神安定の為だ。心を読んでよく分かることだが、巴マミのメンタルというのはあまり強くはない。

 

「それで、これからどうするのです? 魔法少女の真実にワルプルギスの夜、問題は山積みなのです。それに、まどかは契約させてはいけないって言ってましたよね?(本当に状況的には絶望的なのです。戦力が揃っていることが今の唯一の救いでしょうか)」

 

「そのことなのだけれど。機会を見計らって魔女化に関しては話してもいいかもしれません」

 

「でも魔女化を知ると、マミは絶望して自殺するのです(ほんとゴミメンタルなのです)」

 

 結構言うわね。まあでも、彼女たちの中ではマミが一番精神的に脆い。だが、自殺するのはある条件が重なった場合だ。

 

「必ずしも自殺するわけではないですよ。あの時はその前から疑心暗鬼が積り、最終的にさやかが魔女になったことでマミの精神が暴動しただけ」

 

「それじゃあ、ある程度安定している時に教えればいいって事です?(マミの誕生日とか?)」

 

「いえ、ようはシチュエーションですよ。マミは雰囲気を大切にする人ですので」

 

 マミ自身が自分でそこにたどり着くのが一番いい。だが、それは望み薄だろう。かといって誰かに汚れ役をやらせるわけにはいかない。

 

「お待たせしました。チーズケーキとショートケーキになります(姉妹かしら、可愛いわね)」

 

「わーい! チーズケーキなのです!(美味しそうなのです!)」

 

 紅茶とケーキが届くと、なぎさは早速ケーキを頬張り始める。私はというと、紅茶に少しミルクを入れて、軽くかき混ぜた。

 

「ではまだ伏せる方向でということでいいのですね?(チーズケーキ美味しいのです!)」

 

 なぎさは頬を膨らませながら私に聞く。

 

「ええ、今は出来るだけマミと仲良くしてください」

 

「それは勿論なのです(私としても同居人とは仲良くやりたいと思っているのですよ)」

 

 私は店員に追加のチーズケーキを注文し、話を続ける。

 

「次の課題は佐倉杏子の勧誘です。と言っても、ほむらもマミも、彼女を仲間に引き入れたいと考えているみたいなのであまり心配はしていませんが」

 

「杏子……というと話に出てきた一家無理心中の?(シスターなのです)」

 

「そう、一家無理心中の。彼女はマミに並ぶベテランです。大きな戦力となり得るでしょうね」

 

 なぎさは手持ち無沙汰にフォークを弄る。一皿目のケーキは既に無くなっていた。

 

「そこなのです。そんなに魔法少女を見滝原に呼んで大丈夫なのですか? グリーフシードの供給が追いつくとは思えないのです。戦力増強は確かに必要なことではありますが、だからと言ってワルプルギスの夜戦に持ち込めるグリーフシードが減ってしまっては元も子もないのですよ(一つの畑で取れる野菜は限度があるのです)」

 

「その点に関してはあまり心配してないです。見滝原は他の街に比べて魔女の出現率が高いですし……それに複数で戦えば魔力の消耗を一人で戦うときより少なくできる。そして、これが今日の本題なのですけど——」

 

 私は店員から二つ目のチーズケーキを受け取り、なぎさに渡しながら言った。

 

「魔女を養殖しようと思っています」

 

「——っ!(魔女を……養殖?)」

 

 ちゃりんと、なぎさが握っていたフォークを落とす。音を聞きつけてか、店員がいそいそとフォークを取り替えた。

 

「魚介類じゃないので人工繁殖と言ったほうが正しいですかね? なんにしても、魔女の数を人工的に増やすという点では代わりありません」

 

「……そんなこと、どうやってやるんです?(というか、許される行為なのでしょうか……)」

 

「簡単ですよ。魔女の結界から使い魔を解き放ちます。使い魔はそこら中で結界を張るでしょうね。あとは自殺志願者を使い魔の結界に放り込むだけです。数人殺したら、使い魔は魔女になりますから」

 

 なぎさは二つ目のチーズケーキに手を付け始める。その心は思った以上に落ち着いていた。

 

「そんなの、魔女どころじゃない……悪魔の所業なのです(あまりにも残酷なのです)」

 

「なぎさ。私はもっとスケールの大きい話をしているつもりですよ。たった数十人の人間の命で、何千人……いや最悪を考えると何十億人の命が救われるのですから。なぎさは頭の良い子です。助けるべきは一か百か。わかりますよね?」

 

「あ、確かにその通りなのです。グリーフシードが集まればみんな喜ぶのですよ。なぎさは世界を救うという話をすっかり忘れていたのです(うっかりなのです)」

 

 ちょっと難しい話をするだけで煙に巻けるあたり、なぎさはまだまだ子供だ。まあそうでなくとも、私がすると言ったことを彼女は疑えない。グリーフシードを病室に仕掛けるという、一見悪で、危ない作戦が成功したところを見てしまったのだから。それで人の命が救われることを知ってしまったのだから。

 私はカップに残っていた紅茶を飲み干すとカウンターに行ってお金を払う。このお金は何処から出てきたものかと言うと、私に無償でお金をくれた優しそうな男性だ。金髪でピアスを開けケラケラ笑いながら大きな車に連れ込もうとしたので、適当にトラウマを植え付け身ぐるみを剥いだだけだが。

 

「まず何処に行くのです? 早速魔女の結界を探すのですか?」

 

「いえ、なぎさはマミの家に遊びに行ってください。そして話の中で母が入院中で帰る場所が施設しかないという話をするんです。そうしたらマミの方からここに住まないかと提案して来るでしょう。母親の説得や施設への挨拶もマミが行ってくれます」

 

「わかったのです。さとりお姉ちゃんは?(そんな事まで分かるなんてさすがさとりお姉ちゃんなのです!)」

 

「私は魔女養殖の下準備を進めます。幸いなことに、ある程度の魔女の位置は把握しているので」

 

 養殖するとしたらハコの魔女がいいだろう。彼女と私は性質が似ている。きっと快く使い魔を『貸して』くれるはずだ。

 喫茶店の前でなぎさと別れ、私は町外れにある工場へと向かう。ほむらの知識によれば、この工場は数週間前に営業破綻し、今では休業中らしい。私は誰もいない工場へ足を踏み入れ、奥へ奥へと入っていく。そして魔女の結界を見つけた。

 

「さて、私と同じ引き篭もりさん。力を貸していただきますよ?」

 

 私は魔女の結界へと入っていく。そこはメリーゴーランドのような、思った以上にメルヘンチックな何かだった。

 

「(だれ? そこにいるのはだれ?)」

 

 結界に入った途端に、箱からツインテールだけ出した魔女が現れる。私を魔なるものと認識しているお陰か、攻撃されることはなかった。

 

「私は古明地さとり。魔女のようなものです。今日は貴方にお願いがあってきました」

 

「(そう、貴方も心を読むのね。嫌よ、そんなお願い。私は魔法少女の餌になる気はないわ)」

 

「そう? 貴方にとってもいい話だと思ったのですけど。貴方の代わりに働いてくれる魔女が沢山できるんですよ?」

 

「(……あ、悪くないかも。使い魔はいくらでも生み出せるし。それにエリー株式会社の支部が沢山出来るってことよね?)」

 

「株式会社なの?」

 

「(かっこいいじゃない株式会社)」

 

「あ、そう。それで、使い魔は貸していただけるのですか?」

 

「(いいわ。生きている時も家畜の安寧だったし。虚偽の繁栄も悪くないかもね)」

 

「……オタク?」

 

「(腐ってただけよ。今もだけど)」

 

 ハコの魔女はゆったりした動きで箱から出てくる。箱から出た彼女は普通の人間と大差ない見た目をしていた。

 

「(それに、貴方の考えに乗るのも悪くないわ。私はエリーよろしくね)」

 

 エリーはいかにも卑屈そうな笑みで私に対し右手を伸ばす。私も精一杯の笑顔を浮かべてその手を握り返したつもりだが、酷く醜い笑顔だったことだろう。

 なんにしても、ハコの魔女大繁殖計画が始まった。




Suleika
暗闇の魔女。周囲が暗ければ暗いほど強くなるが、光に満ちている今の時代ではそこまで強くない。

想起「ペタフレア」
さとりが飼っているペットが使う技をさとりが見様見真似で思い出した技。簡単に言えば、明るくて熱い。

ハコの魔女
基本的にはひきこもり。結界の中に取り込んだ相手の心を読むことができる。割と人間に近い形をしている。

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