簡単に言えばあまりにも便利な回復能力。魔力さえあればどのような怪我や病気でも完全に治すことができる。
百江なぎさ
言わずと知れたお菓子の魔女。普段のループでは親の看病中に魔力を使い果たし魔女になっていたが、今回さとりに救われたことで仲間に加わる。ラッパのような武器からシャボン玉のようなものを撃ちだして攻撃する遠距離型。
「へぇ、それじゃあ今はなぎさちゃんと二人暮しなんだ」
「うん。なぎさちゃんのお母さん、まだ退院出来ないんだって」
学校終わりの帰り道。私はまどかとさやかの話を聞きながらも、少し後ろを歩いていた。まどかの話では、百江なぎさがマミの家に居候するらしい。まあ、それ自体はあまり驚くような話でもないだろう。きっとマミのことだ。マミの方から誘ったに決まっている。
私はまどかの横に視線を向ける。そこには二人の話を微笑みながら聞いているさとりの姿があった。彼女は最近放課後によく居なくなるらしい。理由を聞くと、幻想郷に帰る手がかりを探しているのだとか。
「でも一人暮らしって憧れるなぁ。まどかはどう? 一人暮らししてみたいって思う?」
「私は一人は寂しいかな。やっぱり家族と一緒がいいよ。さやかちゃんは? 上条くんとは上手くいってるの?」
「なんで今の流れで恭介の話になるのよー! あれか!? 同棲しろってか!?」
そう。驚くことにさやかと上条恭介が付き合うことになったらしい。なんでもさやかが魔法少女になった時に、上条恭介がその場に居合わせたとか。所謂吊橋効果というやつだろう。なんにしても、上条恭介との恋仲が上手くいっている限り、さやかが魔女化することは無いだろう。
「さやかちゃんが魔法少女になってから数日経ったよね。魔女退治は順調?」
「順調順調! ってもまだ慣れないことのほうが多くてね。マミさんやほむらに頼りっきりですわ」
「そうね。なぎさのほうが要領がいいかも」
「なんですと!?」
いや、さやかをからかった冗談などではない。百江なぎさ、彼女は天才だ。魔法少女としての素質も高く、攻撃力も高い。流石、他の時間軸でベテランのマミを食い殺しているだけはある。
「これからマミさんの家だっけ。そのまま魔女退治?」
「うん、そんな感じ。まどかはどうする? 魔女退治には連れていけないけどお茶だけでも……」
「ううん、さとりちゃんと一緒に真っ直ぐ帰るよ。みんなに迷惑かけちゃ悪いもん」
まどかはそう言って少し寂しそうに微笑む。それを見て何かを察したのか今まで黙っていたさとりが不意に口を開いた。
「寄っていきましょう、まどか。私もなぎさに会いたいですし」
「——! うん!」
まどかは今度こそ満面の笑みで頷く。私はその顔を見てほっとため息をついた。
「いらっしゃいなのです! お茶の準備は出来ているのですよ!」
マミの部屋を訪ねると、なぎさが元気よく飛び出してきた。それから少し遅れて、マミが顔を出す。
「こら、あまりお客さんを急かしちゃダメよ? ふふ、みんないらっしゃい」
「お邪魔しまーす!」
さやかはなぎさと一緒になってマミの家に駆け込んでいく。私は少々呆れながら、まどかたちと一緒に中に入った。
部屋の中にはいつもの三角のテーブルが置いてあり、その上に大きなホールのチーズケーキが置かれていた。
「これはまた……随分立派なケーキね」
テーブルには他に、マミ自慢のティーセットが置かれている。三角の一辺ずつに二人ずつ座ったが、やはり少し狭い。
「う~ん、この人数で集まると少し手狭ねぇ。かといってもう一つテーブルを持ってくる程でもないし……難しいわね」
マミは紅茶の用意をしながら苦笑する。マミが淹れる紅茶は非常に美味しい。またこの紅茶が飲める日が来るとは思えなかった。近い時間軸では、マミとは険悪な雰囲気だったから。
「さて、じゃあ始めましょうか。と言ってもあまりゆっくりはしてられないけど」
「まあ、まだあまり魔女が活発な時間でもないわ」
「うんうん♪ ほむらの言う通りですよマミさん。それに、最近あまり強い魔女も出てないですし」
そう、それが今の問題でもある。四人で魔女退治に出るのはいいが、魔女が落とすグリーフシードが間に合ってないのだ。まだマイナスにこそなってないが、この状態が続けばマイナスになる可能性がある。そろそろ二手に分かれて効率を上げるべきかも知れない。
「まあ、あの人数で魔女退治したら、大抵の魔女には遅れを取らないわ。でもそろそろ二手に分かれるべきかもね。二人もある程度慣れては来たでしょう?」
マミが私の思っていたことを口にする。さやかは少し自信なさげに頭を掻いた。
「う~ん、大丈夫ですかね……分けるとしたらマミさんとほむらは別になって、それぞれに私となぎさちゃんがつくってことですよね?」
「戦力を半分に分けるのだとしたらそうなるかしら。とりあえず、私となぎさちゃん、暁美さんと美樹さんで分けましょう」
一瞬その分け方はどうかと思ったが、私はさやかの戦闘スタイルをよく知っている。なぎさよりかは合わせやすいだろう。
マミはケーキを配りながらチーム分けをしていく。今日のケーキはよほど力が入っているのか、いつも以上に豪勢だった。
「わーい! 今日はなぎさスペシャルなのです!」
話を聞く限りだと、どうやらなぎさがマミに頼んで作ってもらったらしい。チーズに対する執念は若干怖いものがあるが、喜んでチーズケーキを頬張る姿は可愛らしかった。私も一口食べてみるが、確かに美味しい。チーズの風味がしっかりしているが、くどくなく、とても食べやすい。
「それじゃあ、私は今日もさとりちゃんと一緒に帰ればいいかな?」
まどかがケーキを食べながら少し諦めたような声を出す。まどかの気持ちもわからなくはない。仲間外れが少し悲しいのだ。だが、こればっかりはどうしようもない。まどかを魔女退治に連れて行くわけには行かない。でも、だからといってさとりにまどかを預けてしまって本当にいいのだろうか。
「……ええ、それでいいわ」
「……うん。さとりちゃん、今日は何して遊ぼっか」
まどかは軽く微笑みながらさとりと話し始める。少し拗ねた様子に私は若干の焦りを感じるが、あと数週間の辛抱だ。我慢してもらうしかないだろう。
「それじゃあ、今日も張り切っていきましょうか」
マミのマンションの前でまどかとさとりと別れ、私たち魔法少女は桃太郎が鬼退治に向かうように、魔女退治に向かうことになった。マミの部屋で話した通り、今日は二手に分かれることになっている。マミはなぎさと、私はさやかとペアを組む。
「それじゃあ、私らはこっちに向かいますか」
さやかは張り切った様子で大きく伸びをし、ソウルジェムを持って歩き出す。私もソウルジェムを握りこみ、さやかの後ろを歩いた。
「……そういえばさ。……いや何でもない」
さやかは何かを言いかけ、途中で止める。
「何よ。気になるじゃない。それとも、そんなに聞きにくいことなのかしら」
さやかは迷ったように頭を掻く。そして意を決したようにこちらに向き直った。
「ほむらはさ、どんな願いで魔法少女になったの?」
なるほど、さやかが聞こうか悩む気持ちもわかる。確かに聞いていいことなのか判断が難しい。いや、基本的に人の願いというのは聞いてはいけないものだ。
「答えられるような願いではない、ということだけ教えておくわ」
「そっか……ごめん、変なこと聞いたわ。っと、魔女の結界が近いみたいだよ」
歩き始めて十分もしないうちに私たちは魔女の結界を見つけた。普段ではあまり考えられない早さだが、まあこういう日もあるだろう。賽を振り続ければ必ず一の目が出るように。私たちは魔力の反応を頼りに結界に近づいていく。すると少し奥まった路地裏に魔女の結界があった。
「そんなに強くは無さそうね。私は援護に努めるからさやか一人で倒してみなさい」
「おおっと!? いきなりスパルタですなぁほむらさんは。よーしさやかちゃんがんばっちゃいますよ!」
さやかは変身して肩の調子を確かめるように腕を回しながら結界の中に入っていく。私もそれを追って中に入った。今までの時間軸ではこんな場所に結界があることはなかった。初見の魔女ということはないだろうが、少し気を引き締めて魔女退治に当たったほうがいいだろう。
「えっと、あのテレビみたいなのが魔女だよね? なんか本当に弱そうじゃん」
結界の中には見慣れた魔女がいた。確かこれはいつも廃工場で見るハコの魔女だ。こんなところに結界を作るような魔女ではなかったと思ったが、魔力からして使い魔が成長したものだろうか。
「ええ、この魔女は一気に決めてしまったほうがいい。何も考えず一刀両断すればいいわ」
「んな適当な……でも、シンプルでいいか」
さやかは剣を両手で構えると、一気に飛び上がり力任せに下に切り下ろす。ハコの魔女はその衝撃で地面に叩き落とされ、動かなくなった。
「うそ、はやっ!」
さやかはあまりの弱さに驚いているようだが、それは私も同じだった。ここまで弱い魔女ではなかったはずだ。次第に結界が解かれ、グリーフシードがぽつんと残される。さやかはそれを拾うと得意げにピースを作った。
「いえーい! さやかちゃん大勝利!」
「魔女が弱かっただけよ。調子に乗らない」
私はさやかにデコピンを食らわせ、路地裏から出る。さやかは少し頬を膨らませながらも一緒についてきた。
「でも、だいぶ戦闘にも慣れたようね。安心したわ」
「といってもまだ不安はあるけどね。頼りにしてるよ、ほむら!」
まったく、調子がいいったらない。私は軽くため息をつきながら魔女捜索を再開した。
「さやかたちが向こうに行ったということは、私たちはこっちですよね?」
なぎさはマミの手を握りながら歩き出す。マミはそんななぎさの様子に微笑みつつ優しく手を握り返す。その様子は姉妹そのものだった。
「そういえば、マミはいつから一人暮らしをしているのですか?」
なぎさは素朴な疑問をマミに投げかける。だが、マミにとってそれは少し話しにくい話題だった。
「そうねぇ、結構長いわ。もう慣れちゃったけど」
「一人暮らしってなんだか格好いいのです! でも、なぎさはマミと一緒で凄く凄く楽しいのですよ?」
「ふふ、私もよ。なぎさちゃんと一緒で毎日が楽しいわ」
マミは微笑みながらソウルジェムを取り出した。すると途端に魔女の魔力を感じ取る。その魔力は非常に弱かったが、確かに魔女のものだった。
「嘘、私の家のこんな近くに魔女だなんて……物騒ね。なぎさちゃん、弱い魔女みたいだからさっさと倒してしまいましょう」
「はいなのです!」
なぎさは変身すると、武器であるラッパを抱えて結界の中に入っていく。マミも結界の中へ入ろうと変身した瞬間、結界が解けた。そこには魔法少女姿のなぎさと、グリーフシードがひとつ。誰がどう見ても戦闘が終わった後である。
「終わりました。なんだか、凄く弱い魔女だったのです。迷路の奥にいるわけでもなかったですし」
なぎさはグリーフシードを拾うと、マミに駆け寄る。マミはなぎさからグリーフシードを受け取り、それを詳しく観察した。
「普通のグリーフシードね。……使い魔が魔女に成長したばっかりだったとか?」
なんにしてもグリーフシードはグリーフシードだ。マミはなぎさにグリーフシードを返すと、変身を解いて再び歩き出した。
私はまどかと二人で見滝原の街中を歩いていた。家にいても宿題ぐらいしかやることがないのである意味暇つぶしのようなものだ。まどかは見慣れた町並みの中に何か自分の興味が引かれるものがないかとしきりに周囲を見回していた。
「今日もいい天気だね(服を見に行くのも……デパートに行ったら何かあるかな? それとも天気がいいから今日は公園でピクニック?)」
「そうですね。今日はこうやって街を散歩するだけでもいいかも知れませんね」
「散歩か~、いいかも! それじゃあ今日は見滝原を探検だね!(さすがさとりちゃん、ナイスアイディアだよ)」
それはまあ、相手が何をしたいのかこっちは手にとるようにわかるのだ。ニーズに合わせることは簡単である。まどかは少し軽くなった足取りで歩道を歩いていく。私はそれに遅れないように少し歩調を速めながらついていった。
「よっし、これで五体目と。……ほむら、これって」
確かに何かがおかしい。一日にこんなに沢山の魔女と出会うだけでも奇妙だが、その出会う魔女一つ一つが異様に弱い。しかも、出会った全ての魔女がハコの魔女だ。同じ魔女に何度も何度も出会う。それほど奇妙なこともない。
「ええ。何かがおかしいわ。それに、酷く嫌な予感がする」
さやかもこの状況の異常さに気がついたらしい。だが、考える間もなくまた魔女の結界を発見する。私はため息をつきながらも結界の中に入り、変身した。この弱さなら、時間を止める必要すらない。私は盾の中から弾薬装填済みの無反動砲を取り出すと、セーフティーを解除し、後ろにさやかがいないことを確認した後に引き金を引いた。
「うわぁあああ!! 撃つなら撃つって言ってよ!!」
無反動砲の発射音と爆発音にさやかが尻餅をつく。まあ確かにお腹の底に響く爆音が突然したら腰を抜かすのも致し方ないかもしれない。
「あら、ごめんなさい」
なんにしても、これが一番魔力の消費が少ない。時間を止める魔力すら惜しむのはどうかと自分でも思うが、それほどまでに出てくる魔女が弱いのだ。私は落ちているグリーフシードを拾う。これで本日六個目。魔力の消耗は殆どないので実質只でグリーフシードが六個手に入ったことになる。それ自体は喜ばしいことなのだが、素直に喜べない私がいた。
「……マミたちと合流しましょう。大元から絶たないと倒せないタイプの魔女かも知れないわ」
いや、ハコの魔女はそういうタイプの魔女ではない。活動的な魔女ではあるが、このように増殖するタイプではないはずだ。
「うん、そうだね……」
崩れていく結界の中、さやかは変身を解く。私も無反動砲の穴の開いた薬莢を結界内に捨て、砲自体を盾の中にしまうと、変身を解いた。
「取り敢えず、私はマミに連絡を入れるわ。さやかはソウルジェムを取り出して周囲を警戒しておいて頂戴」
私は携帯電話を取り出し、マミにメールを打ち始める。さやかはソウルジェムを取り出すと手の平の上に置いて魔力を感知し始めた。
もうそろそろ日も落ちるだろうか。見滝原の街はすっかり薄暗くなり、街灯がつき始めている。私とまどかは人気のあまりない町外れを歩いていた。まどかはすっかり歩き疲れたのか、少し歩調が狭い。だが声にはまだ張りがあり、まだ少し興奮気味なようだった。
「今日は楽しかったね。こうやって街を散歩するのもいいね(今日はいっぱい歩いたなぁ。少し疲れちゃった。今日のご飯何かなぁ?)」
「そうですね。私も楽しかったです。またこうして出かけましょう」
そういえば、ここは例の廃工場の近くだ。ハコの魔女は上手くやっているだろうか? 私が放課後を使って集めた自殺志願者はおよそ300人強。勿論、全員が全員本気で自殺を考えているわけではない。だが、生きる気力のないものや、生きていてもつらいだけのものは社会のためにもさっさと殺してしまったほうがいいだろう。まあ、その全てを一度に使い魔に与えたわけではないが。
「ん? さとりちゃん、あれ……(あれって、仁美ちゃん?)」
まどかの指差す先にはクラスメイトの仁美がふらふらとした足取りで廃工場の中に入っていっていた。仁美の他にも、ほとんど意識を失っているような状態の人間が何人か廃工場の中に入っていっている。
「なんだが様子が変だよ……もしかして、魔女の口付け?(だとしたら、仁美ちゃんが危ない!)」
「まどかはマミさんに連絡を。私が様子を見てきます」
「そんな! 危ないよ!(外で待ってたほうが……でも、仁美ちゃんが……)」
まどかは携帯を握り締めながら私に叫ぶ。だが、まどかはひとつ失念しているようだ。
「まどか、大丈夫ですよ。私は人間ではないので魔女の影響は受けません。それに、逃げ回るぐらいはできますので」
私は仁美の後を追って廃工場の中に入る。廃工場の中には洗剤が入ったバケツが置かれており、今まさにもうひとつの洗剤を混ぜようとしているところだった。何かの本で読んだことがある。確か次亜塩素酸ナトリウムと強酸性物質を混ぜると塩素ガスが発生するとかなんとか。なんにしてもこのまま塩素ガスが発生すると遅れて入ってきたまどかが死んでしまうので阻止しよう。
私はバケツを掴むとそのまま窓の外に放り投げる。その様子を見て魔女の口付けを受けた人間が私に襲い掛かってくるが、私は宙に飛び上がることによってそれを回避した。空中にいる限り、人間じゃ手出しできない。
「さとりちゃん大丈夫!?(酷い、まるでゾンビみたい)」
案の定、マミに連絡し終えたのであろうまどかが廃工場の中に入ってきた。それと同時に魔女が結界を展開し私とまどかが中に引き込まれる。このままだとまどかと私は魔女に殺されてしまうだろう。いや、正確にはまどかだけか。
「マミさん、もうこっちに向かってるって!(私が連絡する前からこっちに向かってるみたいだった。ということは先に魔女を見つけていたってことなのかな?)」
まどかの予想は正しい。おそらくだが、ほむらあたりがこの魔女養殖に気がついて大元の魔女を絶つためにここに向かうことを提案しているはすだ。私の予想ではあと三十秒。二十秒。十秒……
「まどか! 助けにきたわ!(本体はやっぱりここにいた。ということは今までのはやっぱり使い魔が成長したものね)」
ほら、予想通り。
「それじゃあ、暁美さんのところもなのね」
私が事情を説明すると、マミはポケットから大量のグリーフシードを取り出した。私たちが集めたグリーフシードと合わせておよそ四十。これだけのグリーフシードがあれば、しばらくは魔女退治をしなくてもいいぐらいだ。
「グリーフシードが集まるのはいいことだけど、このままじゃキリがないね。マミさん、どうする?」
さやかが頭を掻きながらマミに聞く。マミは困った顔をしながら答えた。
「そうね、どうしようかしら。私としてもこんなことは初めてだし……今までの魔女、全部使い魔が成長したものなのかしら」
「たぶんそうよ。この魔女には心当たりがある。もしかしたら私なら魔力を追えるかも知れないわ。大元を倒さないことにはどうしようもない」
私の記憶では、ハコの魔女は町外れにある廃工場に結界を張っていたはずだ。今もそこに結界を張っている可能性が高い。
「頼もしいわね。じゃあ、探索は暁美さんに任せるわ。大体の方向はわかる?」
「そうね、向こうの方だわ」
私はソウルジェムを取り出し、廃工場に向けて歩き出す。廃工場に向かう途中何度か魔女の結界に出くわすあたり、やはり廃工場を中心に魔女が広がっているようだ。
あと少しで廃工場に到着するといった時、マミの携帯に着信が入る。マミは少し慌てた様子で携帯を取り出すと、耳に当てた。
「もしもし? あ、鹿目さん? ……。――ッ!? それは本当? ……うん、わかったわ。実はもう近くまで来ているの。すぐに向かうわね。それじゃあ、切るわよ?」
マミは通話を切って携帯をポケットにしまうと、ソウルジェムを取り出して魔法少女に変身する。
「鹿目さんが魔女の結界を見つけたみたい。廃工場のあたりだそうよ。古明地さんが結界の中に入っていったって」
それを聞いて私たちも急いで魔法少女に変身する。魔法少女の身体能力なら、廃工場まで数分も掛からないだろう。私たちは力任せに工場地帯を走り抜ける。そして記憶通りに結界を張っていたハコの魔女の結界に突入した。
「まどか! 助けにきたわ!」
結界の中には話に聞いていたようにまどかとさとりがいた。どちらともまだ魔女には襲われていないようで、まどかは私たちを見て安堵の表情を浮かべていた。
「ほむらちゃん!」
「まどか、動かないで。さやか!」
「OK!」
さやかは私の合図でハコの魔女に切りかかる。ハコの魔女はさやかの攻撃をひらりと避けると使い魔にさやかを襲わせた。
「——ッ!? っち、ほむら! やっぱりこいつらが本体だ! 今までのとは比べ物にならないぐらい強い」
さやかが使い魔を対処しているうちに、マミが何十丁ものマスケット銃を作り出し、一斉に魔女に発射する。マミの発射した弾丸はハコの魔女を粉々に砕いた。
「ふう、これで終わりかしら」
「マミ!」
砕けた魔女の残骸からズルリと何かが這い出し、マミのほうに飛来する。マミは咄嗟の出来事に少々身を硬くしつつも冷静にその攻撃を避けた。飛来した何かはそのまま地面にぶつかると、いかにもダルそうな動きでノロノロと起き上がる。卑屈そうな笑みを浮かべたそれはニタニタ笑いながら私たちを見た。そうか、あれがハコの魔女の本体なのだ。いつもテレビのようなハコに入っていた為、本体を見たことがなかった。
「まったく、イレギュラーが多すぎるわ」
私は時間を止めると、手榴弾を取り出し、割りピンを伸ばすことなく無理やり安全ピンを引き抜く。そしてその手榴弾をハコの魔女に向けて投げた。
「みんな、耳を塞いで!」
私は時間停止を解除すると声を張って注意喚起する。次の瞬間、魔女の足元で手榴弾が起爆した。MK3手榴弾は破片を飛ばして殺傷するタイプの手榴弾ではないため、危害半径は小さい。こういう閉所で使っても意外と平気だ。だが、その分火薬の力で殺傷するため、音は大きい。
「うわ! 耳塞いでてもうるさい! ほむら! 急に投げるなってあれ程……ってあれ!?」
さやかが驚くのも無理はない。先ほどの一撃で魔女は倒れ、結界は既に崩れ始めていた。
「流石暁美さんね。頼もしい限りだわ」
変身を解いたマミが結界の外で倒れている人の様態を見ながら感心したように呟く。私は魔女のいたところに落ちているグリーフシードを拾い上げた。
「これで後は残党狩りを行えばこの魔女の事件も収拾するわね。まどか、さとり、怪我はない?」
まどかはふるふると首を振る。見たところ、二人とも無傷のようだった。
「美樹さん、なぎさちゃん。鹿目さんと古明地さんを連れて先に帰っていてくれないかしら。私と暁美さんはもう少しこの場を調査してから帰るわ」
マミは何か考えがあるのか私を残して他のみなを先に帰らせる。さやかは私たちを置いていくことに少し戸惑っていたようだったが、すっかり暗くなった廃工場を見て、まずはまどかたちの安全が第一だと思い直したらしい。納得した顔で皆を引率して工場地帯を去っていった。
「さて、警察には連絡したし私たちもこの場を離れましょうか。少し話したいこともあるしね」
マミは携帯をポケットの中に仕舞うと夜の見滝原を歩き始める。私もその後に付いていった。ゆっくりと歩きながら、マミはグリーフシードの一つを私の方に投げる。
「そのグリーフシード、どう思う?」
「どうって、普通のグリーフシードじゃない。使っても?」
「ええ、どうぞ」
私はマミから渡されたグリーフシードでソウルジェムを浄化する。使い勝手もまったく変わらない。
「浄化もできるし、変わったところはないわね。どうかしたの?」
マミは神妙な顔をしてこちらに振り向く。
「相談したいことっていうのはそれのこと。今回の事件、本当に魔女の仕業かしら」
「……」
マミの言いたいことはわかった。それは私も思っていたことだ。
「何者かが魔女を養殖している可能性がある。そうよね?」
「……ええ、そう。まるで何者かがグリーフシードを集めるために使い魔を育てているように思えて。もしそんなことをする者がいるなら、魔女よりもタチが悪いわ」
私とマミはお互いに向き合いながらも押し黙る。
「……マミ、私は今回の事件。人為的なものだと考えているわ。こんなこと、自然には起こらない。そして、その犯人は確実に見滝原にいる。そうじゃないと、この街で魔女の養殖など考えない」
「暁美さん、私たちの他に見滝原に魔法少女なんていたかしら」
「私の知る限りではいないわね。隣町から流れてきたならまだしもね」
隣町の風見野には佐倉杏子という魔法少女がいる。だが杏子は使い魔を見逃しこそするが、魔女の養殖をするような魔法少女じゃなかったはずだ。
「少し様子を見たほうがいいわね。取り敢えず、今後は残党狩りに集中しましょう」
「この事はさやかには?」
「……伝えないほうがいいかもね。美樹さんなら独りでに気がついてしまうかも知れないけど。取り敢えず、今日取れたグリーフシードは皆で均等に分けましょう。これだけあれば暫くは余裕を持って魔女退治ができるわね」
マミが私の持っているグリーフシードの数を確認し、数個を私に渡してくる。私のポケットの中は既にグリーフシードでいっぱいだ。本来ならば嬉しい状況のはずなのだが、素直に喜べない。もしかしたらこのグリーフシードは人間を餌にして育てられたものの可能性があるからだ。そう思うと、ポケットの中に血が溜まっているようで、妙に気持ち悪かった。
「珍しいね。君が見滝原に来るなんて」
「見滝原が妙なことになってるって言ったのはアンタじゃん。ちょっと興味があってね」
見滝原全域が見渡せる鉄塔の上に、一人の魔法少女が腰掛けていた。その横には、キュゥべえの姿もある。
「確かに、今見滝原は少しおかしなことになっている。一人の魔女が生み出した使い魔が次々と魔女化した。今の見滝原には成長した魔女がいたるところにいるよ」
それを聞いて魔法少女、佐倉杏子は目を細めて手に持っていたクレープを齧った。
「なにそれ、グリーフシード獲り放題じゃん。……いや、逆かぁ?」
「そう、もう大元の魔女が倒されてしまったから僕もなんともわからないけど、何者かが魔女の繁殖を図った可能性はあるね」
「魔女の繁殖ねぇ……マミの奴がそんなことするとは思えないし、余所者か? なんにしてもマミとアンタの目を盗んでそんなことができるあたり只者じゃないね」
「余所者ね。確かに今の見滝原にはイレギュラーが多い。契約した覚えのない魔法少女や何処から来たのかも分からないような妖怪までね」
「おいちょっと待て。魔法少女はまだ分かるけど、妖怪ってなにさ。魔女の一種?」
キュゥべえの言葉に杏子は怪訝な顔をする。キュゥべえはその場でくるりと回ると杏子の問いに答えた。
「性質としては魔女に近いけど、魔女とはまったく違うものだよ。ようは人間の言うところの化け物やお化けのようなものさ」
「まあ魔法少女なんてものがあるんだ。そういう存在があるっていうのは分からない話じゃないけどね」
杏子は鉄塔から飛び降り、地面に問題なく着地する。
「なんにしても、グリーフシード祭りみたいなもんじゃん。参加しない手はないっしょ」
杏子は最後の一口を口の中に放り込み、不敵に微笑んだ。
無反動砲
今回の場合はカールグスタフ。発射と同時に後方へ同じだけのエネルギーを持ったガスを噴き出すことによって反動を相殺している。相殺しているだけで決して反動がないわけではない。RPG‐7系のロケット推進の砲と違い、原理としては純粋な大砲に近い。また、初速も早い。なお、重量16キロ前後。また、ガスを後方に噴射するため薬莢には穴が開いている。
塩素ガス
混ぜるな危険を混ぜると発生する。呼吸困難を起こすだけではなく、皮膚の爛れなども引き起こす。非常に苦しい。
MK3手榴弾
純粋な火薬の爆発力だけで殺傷する手榴弾。破片を飛ばさないため加害範囲は狭い。アメリカ軍や陸上自衛隊が使っている。
割りピン
手榴弾の安全ピンは簡単に抜けないように先が割れており、それをまっすぐに引き延ばしてから引き抜き、投げるのが一般的。力任せに引き抜けないこともない。
魔女の養殖
魔女と意思の疎通ができれば意図的に魔女を増やすことは可能。要は使い魔に沢山人間を与えればいい。元が人間なため、養殖された魔女のグリーフシードでは少ししか穢れを吸収できないとか、そういったことは起こらない。魔力を固めてグリーフシードっぽいものを作ることはできるが、その場合は天然のグリーフシードには敵わない。