魔法少女さとり☆マギカ   作:へっくすん165e83

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佐倉杏子の能力
 幻覚と幻惑に特化している。かつてはマミによる修行によって5人まで分身を増やすことができた。だが父親の自殺によって自分の能力にトラウマを持ち、能力を使えなくなる。魔法少女としては死んだも同然な状態であったが、要領のいい性格と死にたくないという強い意志によって通常魔法のみで戦い続けている。今ではすっかりベテランであり、並みの魔女には後れを取ることはない。




第五話「それはきっと錯覚です」

 手の平に溢れんばかりのグリーフシードが乗っている。魔法少女として戦うのに必要なそれ。私たちが生きていくために必要なそれ。でも、その一つ一つが犠牲になった人間の血で汚れているようで。マミからグリーフシードを受け取ったなぎさは無意識に涙を流していた。

 

「なぎさちゃん? どうしたの?」

 

「う、うぅ……ううぅ」

 

 いきなり泣き出したなぎさを、マミは少々混乱しながらも優しくあやす。

 

「どうもしないのです。何でもないのですよ……」

 

 なぎさはグリーフシードを袋に入れると、目をごしごしと擦る。そして、マミに対して作ったような笑みを浮かべた。

 

「なぎさはいつも通りなのです。全然……全然大丈夫なのですよ」

 

 

 

 

 

 

 その現場を最初に見つけたのはさやかだった。争った形跡の室内に、割れた窓ガラス。そして、床には多量の血痕が残されていた。さやかは腰を抜かしつつも咄嗟にほむらに連絡を取る。ほむらはマミの部屋に入るなり顔を顰め、首を横に振る。そして悲しそうに目を細めた。

 

「ほむら、これって一体……マミさんは? なぎさちゃんは?」

 

 さやかは震えた声でほむらに尋ねる。ほむらは割れたガラス片を調べながら答えた。

 

「この場所で魔女の結界が展開した痕跡があるわ。おそらく、寝ている間にそれに巻き込まれて……でも、どうやって?」

 

「そんな……そんなことって」

 

 さやかはマミの部屋で涙を流しながら崩れ落ちた。ほむらは顔を伏せながら静かにさやかに告げる。

 

「珍しいことじゃないわ。昨日楽しく語り合っていた魔法少女が、次の日には死んでいるなんて。私たち魔法少女はそういう存在よ。結界の中で死んだら、死体すら残らない。本当に死んだかどうかも分からず、一生行方不明のまま処理される」

 

「ほむらの言うとおりだ。この状況からして、マミとなぎさは魔女に殺された可能性が高いね。それにしても奇妙なことがある。この辺に孵化しそうな魔女があったら、マミが真っ先に狩っているはずなんだけど。マミが寝ている間に根付いて、そのまま数時間で孵化したのだとしたら相当に成長が早い。まるで誰かが孵化寸前のグリーフシードをマミの部屋に放り込んだみたいじゃないか」

 

 ほむらに付いて部屋に入ってきていたキュゥべえが冷静に状況を解説した。それを聞いて、さやかが咄嗟に顔を上げる。

 

「それってなに? マミさんたちを魔女に意図的に襲わせた奴がいるって言いたいの?」

 

「あくまで可能性の話さ。昨日の魔女養殖の件といい。あまりいい兆候じゃない。二人とも、しっかり用心するんだ」

 

「魔女の……養殖?」

 

「キュゥべえッ!」

 

 ほむらは咄嗟にキュゥべえを睨むが、キュゥべえはお構いなしだった。

 

「なんだ。マミやほむらから聞いていなかったのかい? 昨日のハコの魔女の大繁殖、あれは人為的に起こされた可能性が高い。」

 

「そんな、そんなこと……許さない。絶対に……」

 

「さやか?」

 

 ほむらはそっとさやかに手を伸ばす。だが、さやかはそれにまったく気が付いていない。

 

「私が絶対に敵をとってやる」

 

 ほむらはそれを見て、軽く頭を抱えた。今回の時間軸は割りと上手くことを運べているとほむらは思っていたが、それは見当違いのようだった。今回の時間軸は問題だらけだ。イレギュラーが登場したと思えば大量の魔女、そして巴マミの突然の死。

 

「全く、本当にどうしようもない世の中ね」

 

 ほむらは小さくため息をつくと、マミの部屋を詳しく調べ始めた。

 

 

 

 

 

 何食わぬ顔でさやかとほむらの二人は登校してきたが、読心能力がある私からしたら口を塞ぐ程度じゃ無意味だ。さやかとほむらはマミとなぎさの死をまどかに悟られないように気を配っているみたいだが、私には情報が筒抜けだった。

 なんにしても、マミとなぎさの二名が死んだのは想定外だ。ほむらの記憶を頼りに考察するならば、マミかなぎさが魔女化し、どちらかを殺害。その後魔女は別の場所に移動した。そう考えるのが自然だろう。私の予想では、魔女化したのはマミのほうだ。原因として考えられるのは、なぎさからの情報漏洩。魔女化の真実を知ってしまったマミはそのまま魔女化し、なぎさを殺害し逃亡。それが一番考えられるだろうか。

 そして何よりも危惧しなければならないのは、今回の事件がきっかけでほむらが早々にこの時間軸を諦めかけていることである。ここまでイレギュラーが重なるのなら、今回は諦めて時間を戻そうとまで考えているのだ。それに、さやかの精神状態も相当に酷い。魔女化するにはまだ少し猶予があるが、ソウルジェムが濁り始めていることには変わりない。その辺はほむらが上手くフォローしてくれるといいのだが。

 

「それでねさやかちゃん、昨日はさとりちゃんと見滝原を散歩したんだ。歩いてみると私も行ったことのない場所がいくつかあって。今度みんなでピクニックしよ!(昨日は本当にびっくりしたよ。でも、仁美ちゃんに怪我がなくてよかった)」

 

「それは楽しそうですわね(昨日のあれ、一体なんだったのかしら。本当に不思議ですわ)」

 

「そうだね(それで、昨日魔女の結界を見つけたのか)」

 

「私はお弁当用意しようかな? マミさんが紅茶を用意して……なぎさちゃんはチーズかな?(お外で飲むお茶もいいよね)」

 

「うん(マミさん……でも、まどかに教えるわけにもいかないし。それに、ほむらからも口止めされてる)」

 

 さやかは咄嗟に表情を作ってまどかに笑いかける。まどかはその笑顔に安心し、興奮した様子で話し続けた。死んだ人間が淹れた紅茶が楽しみだと、話し続けた。

 

 

 

 

 

「ごめんね! お待たせ! 恭介!」

 

 皆でよく行くファーストフード店で、さやかと恭介は待ち合わせをしていた。二人とも既にホットドッグを買っており、空いている席に対面して座る。いつもなら、ここで会話が始まるが、さやかは手持ち無沙汰にジュースに手を伸ばしただけだった。

 それもその筈で、今回は恭介がさやかを呼び出したのだ。いつもはさやかから誘うことが殆どだった為、さやかとしては非常に緊張している。そんなさやかの気持ちを知ってか知らずか、恭介は軽く苦笑すると、話し始めた。

 

「ごめん、急に呼び出したりして。今日忙しくなかったかい?」

 

「そんな、全然全然! 恭介の方こそ良かったの? 私が誘ってもいつもバイオリンの稽古だって言って断るじゃん?」

 

「ははは、それに関しては申し訳ないとは思ってるけど、譲る気はないよ。さやかが治してくれた腕だ。今は思う存分演奏がしたい」

 

 さやかはニカっと微笑むと、ジュースを机の上に置く。

 

「ほら、僕は稽古で忙しいけど、さやかは魔女退治で忙しいだろう?」

 

 魔女退治という単語を聞いて、さやかは自分でもわからない程度に表情を暗くする。その微妙な変化を、恭介は見逃さなかった。

 

「やっぱり、何かあったんだね」

 

「なんで、そんなふうに思うの? 私は全然——」

 

「大丈夫なようには見えない。今日呼び出したのはその為なんだ」

 

 恭介はホットドッグを一口齧り、話を続ける。

 

「魔女退治のことで、何かあったんじゃないかい? どんなことでも相談にのるから、話してごらんよ」

 

 さやかは一瞬きょとんとした表情を浮かべると、参ったなと言わんばかりに苦笑した。

 

「卑怯だよ、恭介。そういう聞き方はさ」

 

「そうかな? ……はは、そうかも知れないね。でも、僕は卑怯で構わない。さやかのほうが大切だよ」

 

 さやかは目にうっすら浮かんだ涙を手で拭うと、改めて笑顔を作る。だがその笑顔はとても弱々しいものだった。

 

「恭介、ありがとね。でもここじゃ話せない。もう少し閑散とした場所に行こう」

 

「僕の家に来るかい? お茶ぐらいしか出せないけど」

 

「ううん、歩きながらでいいや。行こ」

 

 さやかはまだ手を付けてないホットドッグを持つと、トレイを戻して店を出る。恭介と二人、人通りの少ない道を歩きながら、さやかはぽつりぽつりと話し始めた。

 

「前に話したことあったっけ? 魔女退治って言っても一人でやってるわけじゃなくて……仲間がいるんだ」

 

「そうなのかい? 僕はてっきり魔法少女なんて早々いないものだと思ってたけど」

 

「うん、見滝原には何人か。恭介も知ってる人だったらほむらとかがそうだね」

 

「それは……知らなかったな。暁美さんと喧嘩したのかい?」

 

 さやかは恭介のそんな予想を聞いて、苦笑を浮かべる。そして軽く首を振った。

 

「ほむらの他にも魔法少女がいたんだ。三年の先輩のマミさんと病院で会ったなぎさちゃん」

 

「じゃあ、その二人と喧嘩を?」

 

「もう、そういうところだけ鈍いんだから……言ったでしょ。『いた』って」

 

 それを聞いて、恭介は察したように黙る。

 

「二人共、死んじゃった。それも、私の全く知らないところで。誰にも気が付かれることなく」

 

「……そうか」

 

 恭介はそれを聞いて、ホットドッグを一口齧る。そして何か納得したかのように頷いた。

 

「その先輩のマミさんって人は強い魔法少女だったのかい?」

 

「……そりゃ、まあ。ベテランだし、私なんかより全然強いよ。なんで死んじゃったのかわからないぐらい」

 

「食べなよ、ホットドッグ。冷めちゃうじゃないか」

 

「え?……う、うん」

 

 さやかは戸惑いながらも言われた通りホットドッグを食べる。それを見ながら、恭介は続けた。

 

「だったら、精一杯今を楽しもうじゃないか。その人たちの分も。その人たちも覚悟の上だったはずだ。魔法少女っていうのは、そういうものなんだろう? だったら、さやかは今を精一杯楽しまなきゃ。美味しい物を食べて、疲れるまで遊んで」

 

「なんで、恭介がそんなことわかるのさ」

 

 さやかに問われて、恭介は恥ずかしそうに頭を掻く。

 

「前に話したっけ。病院の屋上でさ。僕はここから眺める見滝原が好きなんだって」

 

 恭介は立ち止まってさやかの顔を見た。

 

「あれ、嘘なんだ」

 

「え?」

 

 恭介の突然の告白に、さやかはきょとんとしてしまう。

 

「ずっと自殺することばかり考えてた。ここから飛び降りたらどんなに楽だろう。逃げたい。現実から逃げたいって」

 

「そんな! それって――」

 

「そうさ。死ぬことだけが救いだった。だからこそ、死について人一倍考えたんだ。そんな僕が辿り着いた一つの結論。聞いてくれるかい?」

 

「……うん」

 

 恭介はホットドッグの最後の一口を口に入れると、改めてさやかに向き直った。

 

「人間は死んだ人の為に生きてるんだ。死んだ人が出来なかったことを生きている人間がやる。死んだ人が成し遂げられなかったことを生きている人間がやるんだ」

 

「死んだ人の為に生きる?」

 

「そうさ」

 

 恭介は自分の左手を見る。今では全く問題なく動くその腕を。

 

「と言っても、これは自殺しようとしていた時に思いついた自分に対する言い訳なんだけどね。自分が死んでも自分がしようとしていたことを成し遂げてくれる第三者がいる。だから死んでもいいやって。勿論、今ではそんなネガティブなことは考えてないけどね」

 

「成し遂げる……か。そうだよね。マミさんがやり残したこと、私が引き継がなきゃ」

 

 さやかは手に持っていたホットドッグを無理やり口の中に詰め込むと、口をもごもご言わせながら飲み込む。そしてケチャップのついた口を拭うことなく両拳を突き上げた。

 

「よっしゃー! 魔女退治頑張るぞー!!」

 

 顔に浮かぶ笑顔に陰はない。妙にすっきりした顔をしていた。

 

「はは、さやか。ケチャップが口についてるよ。ほら、じっとしてて」

 

「え? きゃ!」

 

 恭介はそっとさやかを抱き寄せる。そしてそのままさやかにキスをした。

 

 

 

 

 

 取り敢えずさやかはこれで大丈夫だろう。恭介に助言をしておいて正解だった。さやかが落ち込んでいるから慰めてやってくれと。それにしても、慰めるの意味が若干違う気がするのは気のせいだろうか。

 

「よっしゃ! 今日も張り切って魔女退治行ってみよう!(私が、見滝原を守るんだ!)」

 

「えらくテンションが高いわね(おかしいわ。昨日はあんなに精神的に病んでるように見えたのに……気のせい?)」

 

 ほむらはさやかの前向きな発言に少々戸惑っていたが、絶望しているよりかはいいかと、そこで思考をやめる。

 

「なんにしても、状況が読めなさすぎるわ。今までは安全上まどかとさとりには家で待っていてもらっていたけど、これからは二人の『安全』の為についてきてもらうわよ(魔女からではなく、魔女を養殖した何者かから守るために)」

 

 ほむらとしては、まどかの家に住み込みで監視につきたいと思っているようだ。

 

「はい、わかってます。まどかもあまりはしゃいじゃダメですよ」

 

「わ、わかってるよ! わくわくなんかしてないもん!(でも、これで仲間ハズレじゃないよね)」

 

「本当にわかってますか? 既に人が死んでいるんです。家で待っているよりも魔女の結界の中に入ったほうが安全だという異常事態だということを理解してください」

 

「そう、だよね(もちろん、わかってる。マミさんとなぎさちゃん、襲われた可能性もあるんだよね)」

 

 ほむらはほっと安堵のため息をつくと、ソウルジェムを取り出して歩き始めた。

 

「取り敢えず、昨日の残党がまだ結構見滝原に残っているわ。それを狩りつつ新たな魔女がいないか見回りましょう(本来ならば分かれて探索したいと思っているんだけど、情勢的に厳しいわね。今は極力まとまって行動したほうがいい)」

 

「そういえば、マミさんの部屋にグリーフシードはあった? 昨日あれだけ狩ったんだから全てを全て持ち歩いてはいないと思うし、部屋にいくつか残っていると思うんだけど(もしそのままだったとしたら、回収したほうがいいわよね)」

 

「……それもそうね(いや、グリーフシードを回収するのではなく、マミの部屋にグリーフシードがあるかどうかを確認したほうがいい)」

 

 なるほど。ほむらの言いたいことがわかった。もしマミの部屋にグリーフシードがないのなら、マミたちは第三者に殺された可能性があるということか。

 

「(もしマミの部屋にグリーフシードがないのなら、マミを殺したのは魔女を養殖した魔法少女だ。自分でグリーフシードを得るために魔女を養殖したのに、その多くをマミや私に取られてしまった。その魔法少女はどうにかしてグリーフシードの回収を図るはず。それこそ、マミや私を殺してでも)」

 

 ほむらはちらりとさやかを見る。

 

「(さやかの言うとおり、マミが全てのグリーフシードを持ち歩いているとは思えない。グリーフシードがマミの部屋に無かったら、第三者の犯行ね。その場合、一番危険なのはさやかだわ)」

 

 これはまた面倒なことになってきた。思惑というものはうまくいかないものだ。良かれと思ってやったことが裏目に出るとは。なんにしても、マミとなぎさを失ったのは戦力的に痛い。なんとしても杏子を仲間に引き入れなくては。

 ほむらはソウルジェムをしまうと、マミのマンションの方向へと歩き出す。それに私たちもついていった。

 

 

 

 

 

「やはり、この部屋のどこにもグリーフシードが無い(だとしたら、マミは殺されたと判断するのが妥当ね)」

 

 ほむらはマミの部屋に入ると、ソウルジェムを取り出し魔力の痕跡を探る。だが、グリーフシードは見つからないようだ。

 

「あれほど大量のグリーフシードよ。魔力を感じないほうがおかしいわ(さやかも襲われる可能性もあるわね)」

 

「ほむら……これって、誰かにグリーフシードが盗まれたってこと?(マミさんたちを殺した魔法少女がいるってこと?)」

 

「どういうこと?(それってもしかして、マミさんたちは悪い魔法少女に襲われたってこと?)」

 

「――っ(この際、理解を得るためにも私の予想を話しておくべきかもしれないわね。だとしても、まどかがショックを受けるかも知れない。それが原因で嫌われるようなことになったら……)」

 

 ほむらは迷ったように目を泳がせる。だが、話す決意を固めたようだった。

 

「マミたちは魔女を養殖した魔法少女に殺されたと見て間違いないわ。魔法少女……仮にAと呼びましょうか。Aは大量のグリーフシードを得るために使い魔を育て、魔女を養殖した。だけど、その多くは私たちが狩ってしまった。Aは理不尽な怒りを覚えたことでしょうね。何せ獲物を横取りされたんですもの。それで、グリーフシードを回収しようとマミとなぎさの寝込みを襲った。ここにある血痕はそのときのもの(きっと穢れきったグリーフシードを投げ込んだのでしょうねマミも咄嗟のことで対処仕切れなかった)」

 

 暁美ほむらとしての視点では、それが一番正解に近いのだろう。もっとも自然で、もっとも考えられる解だ。だが、魔女養殖の主犯である私からしたら、魔法少女Aなんて存在しない。だとしたら、グリーフシードはどこに消えたのか。一番考えられるのは、大量の魔女の反応に誘われて佐倉杏子が見滝原に来た可能性。杏子がマミを殺したとは考えにくいが、私たちが発見するまでの間にマミの部屋に上がりグリーフシードを回収した可能性はある。なんにしても、杏子に接触すればわかることか。

 

「Aの目的がグリーフシードだとしたら、一番危ないのはさやか、貴方よ。というわけで……さやか、しばらく私の家に住みなさい(さやかを一人にするのはまずい)」

 

「それはいいけど……いきなりだなぁ(でもそうか。私の家で襲われると私の家族が危ないのか)」

 

 そう言いながらもさやかは携帯を取り出し親にメールを入れ始める。さやか自体は数日の間だけだと考えているようだ。まあ、確かにこの事態の収拾に何日もかかるとは思えない。緊急的な避難は短い期間で済むだろう。

 

「さて、それじゃあ今まで以上に警戒しながら残党狩りを再開するわよ。できれば今日中に狩りつくしておきたい。Aは既に大量のグリーフシードを手にしているでしょうけど、これ以上Aにグリーフシードを与えたくない(今日中には無理でしょうね。でも、少しでも数を減らしておいたほうがいい)」

 

 私たちはマミの部屋を後にする。ほむらたちは残党狩りを始めるようだ。私はというと読心の範囲を広げ、杏子の探索にかかる。町中を練り歩くのだ。少しは何か手がかりが掴めるかもしれない。杏子本人の意識を感じ取れなくても、杏子を見た一般人がいるかも知れないからだ。

 

 

 

 

 

 しばらく皆で魔女を探しながら歩いていると、私はようやく佐倉杏子の手がかりを得ることができた。どうやら杏子もハコの魔女の残党を狩っているようだ。杏子本人はまだ見つかっていないが、きっと今回のこれもグリーフシード祭り程度にしか認識していないだろう。

 

「ほむら、使い魔だ! 昨日のやつじゃないみたいだけど、狩ったほうがいいよね?(これ以上魔女を増やすわけにはいかない。それに、使い魔だって人を襲うんだ)」

 

「……そうね。狩ったほうがいいわ。先に行きなさい。私はまどかとさとりと一緒にゆっくり行くわ。だけど一度見失ったら戻ってきなさい。逸れると厄介よ(まどかとさとりの足ではあの使い魔には追いつけない。ここはさやかに任せましょう)」

 

 さやかはほむらの言葉に頷くと、魔法少女に変身して使い魔を追いかける。私たちもそれを追って軽く走り始めた。さやかのところまで後数十メートルという距離に近づいた瞬間、私は同時に杏子の思想も感じ取る。その思考を読む限り、いい雰囲気ではなさそうだった。

 

「ほむら、先行します」

 

「え? ええ、わかったわ(動きたがらないさとりが……珍しい)」

 

 余計なお世話だ。私は曲がりくねった路地を一気に飛行すると、さやかと杏子の間に飛び込んだ。

 

「やめてください」

 

 私はさやかの剣と杏子の槍の間に割り込む。杏子の槍は私の腹を貫き、さやかの剣は私の後頭部から右目にかけて貫いた。

 

「――ッ!?(やば! 一般人巻き込んだか!?)」

 

「さとり!?(さとり、なんでここに!?)」

 

 凄く痛い。だが、それだけだ。私は右手でさやかの剣を、左手で杏子の槍を掴む。そして保持したままズルリと体から引き抜いた。私はどうしてこんなことになっているのか、二人の記憶を読む。

 

(見つけた! くそ、足が速い!)

 

(なにあれ。使い魔を襲ってやがる。もったいないっつーの)

 

(――ッ!? 誰!?)

 

(「ちょっとちょっと! なにやってんのさアンタ。見てわかんないの? アレ使い魔だよ? グリーフシード持ってるわけないじゃん(折角のチャンスなのに魔力を無駄使いしちゃってさ)」)

 

(「そっちこそ何言ってるんだ。アレほっといたら誰かが殺されるのよ!?(こいつ、もしかして……)」)

 

(「だからさぁ……数人食って魔女になるのを待てっての。そうすらちゃんとグリーフシードを孕むんだから。卵産む前の鶏絞めてどうすんのさ(まあ、今の状況を考えればそこまで気にする程ではないけどね)」)

 

(「なっ……アンタ、黄色い魔法少女に心当たりは?(こいつが、マミさんを殺した張本人?)」)

 

(「心当たり? そりゃ、あるけど。なんにしても、学校で習っただろ? この世界は弱肉強食。食物連鎖って知ってるよね? 弱い人間を魔女が食う。その魔女を私たちが食う。これが当たり前のルールじゃん。まさかとは思うけど、やれ人助けだの正義だの、その手のおちゃらけた冗談かますために契約したんじゃないよね?(黄色い魔法少女って言うと、マミのことだよな? まさか、こいつはマミの子分か何かか? 完全に考え方がド素人じゃん)」)

 

(「やっぱり、アンタがマミさんを……許さない。絶対に許さないッ!!(こいつがほむらの言っていたAだ!)」)

 

(「ちょ! いきなりなにを――ッ!?(なんだこいつ。いきなりプッツンして襲い掛かって……って、やばいな。こいつ素人にしては相当強いぞ)」)

 

(「ちっ、さっきからなんなんだよ! こういうのはただの価値観の違いだろ!?(取り合えず手足の腱でも切るか? そうでもしないととまらないぞ)」)

 

(「人の命を何だと思ってるんだ!! 人の価値はグリーフシード以下だなんて、そんなの絶対間違ってる!!(今回の事件で何人の人間が犠牲になってると思ってるんだ!!)」)

 

 とまあ、こんな流れだったらしい。典型的な勘違いというやつだ。

 

「さやか、多分勘違いです。この人は魔女養殖の犯人ではありませんよ」

 

 抜いたところからどぽりと血が溢れ出て、地面に血溜まりを作る。

 

「さとり! そんなこと言ってる場合じゃ!(待ってて! 今治すから!)」

 

「動かないで下さい。もうここで戦闘しないというなら、治療させてあげます」

 

 私は近づいてきたさやかから少し距離を取る。さやかはガシガシと頭を掻きむしると混乱したように言った。

 

「ああもうわかった! コイツと戦わないから治療させろ!」

 

 さやかはこちらに走ってきて私に抱きつく。すると次第に私の傷は癒えていった。

 

「回復魔法、にしちゃ効きすぎじゃない? あんた、どんな願いで魔法少女になったのさ?(それにコイツが抱きついているアイツ、絶対人間じゃねえな。コイツも魔法少女……いや、そうも見えない。一体何もんだ?)」

 

「アンタには関係ないでしょ?(流石妖怪? 傷の治りが凄く早い。私の魔力を殆ど使わずに治療出来た)」

 

 さやかと杏子が睨み合う。どうやら誤解自体は解けていないようだった。

 そうこうしているうちに、ほむらとまどかが追いついてくる。ほむらは睨み合っているさやかと杏子を見て深くため息をつくと、杏子のほうに近づいた。

 

「ごめんなさい、うちの馬鹿が迷惑を掛けたわ。ここは私に免じて見逃してくれないかしら(大方、魔女退治に対する考え方の違いで喧嘩したんでしょうね。佐倉杏子は味方にしたいし、いい関係を築かないと)」

 

「アンタに免じてって、そもそも私はアンタを知らない。まあ馬鹿に迷惑を掛けられたってところは大正解だけどね。ちゃんと教育ぐらいしといてよ(コイツの目……タダモンじゃねぇな。人数的にもこっちが不利か)」

 

「ほむら! こいつだ! こいつがAだ!(こいつ以外に考えられない……)」

 

「違うと思うわ(杏子は根は真面目で優しい人だし、マミと会った時もある程度親しげに話してた。昔の師匠であるマミを襲うとは考えられないわ)」

 

「Aってなにさ。私にはちゃんと佐倉杏子って名前があるっつーの(こいつ、さっきから私を擁護しようとしてる? ……行動が読めない)」

 

 近づいてくるほむらに対し一定の警戒をしつつ、杏子は構えを解き槍を水平に肩に担ぐ。

 

「なんにしても、アンタとは話が通じそうだ。それに、マミのやつもいるんだろ? なんにしても、勘違いで襲われちゃ溜まったもんじゃない(Aってなんだ?)」

 

「……巴マミは死んだわ。何者かに殺された可能性が高い。何か知らない?(少し卑怯な言い方だけど、これが一番手っ取り早いわね)」

 

 杏子はマミの死を聞くと、その言葉を理解した瞬間に思考がフリーズし、槍を地面に落とす。そして無言のままほむらに近づき、ほむらの胸ぐらを掴んで叫んだ。

 

「適当なこと言ってんじゃねぇ! マミが簡単にくたばるわけないだろ!(マミが死んだ? そんなこと、絶対に……)」

 

 杏子はほむらを睨みつけるが、それを見返すほむらの目は非常に悲しみを帯びていた。杏子は助けを求めるように視線をさやかやまどかに向ける。だが、さやかもまどかもほむらとあまり変わらない顔をしていた。

 

「……マジなんだな。マミが死んだってのは。犯人は分かってるのか?(仇討ちってガラでもないけど、あのマミがやられたんだ。私だって殺される可能性もある)」

 

「犯人はまだ見つかっていない。私は魔女を養殖した魔法少女が犯人だと踏んでいるけど(反応的に杏子は白ね)」

 

 杏子は地面に落ちている槍を踏みつけ消し去ると、軽く鼻を鳴らして私たちに背を向け、歩きだした。

 

「ま、私の方でも調べてみるよ。その代わり、私も暫く見滝原で魔女を狩るからそのつもりで(グリーフシードも集めたいし、一石二鳥かね)」

 

「ええ、よろしくお願いするわ(ほんと、根は真面目よね)」

 

 杏子は手をヒラヒラと振りながらこの場を去っていく。杏子の姿が見えなくなった頃、さやかがほむらに聞いた。

 

「ほむら、アイツと知り合い?(親しげとまではいかないけど、仲が悪いわけではなさそうだった)」

 

「いえ、私が一方的に知ってるだけよ。なんにしても、これで佐倉杏子が犯人ではないと分かったでしょう?(さやかは人の表情を読むのが上手いし、理解出来るはずだけど)」

 

「なんとなくね。でも、アイツのことは気に入らない。使い魔に人間を食わせて魔女にしろ? それじゃあAと変わらないじゃん(というか、考え方は同じだよね)」

 

 ほむらは少し考えた後、さやかをじっと見る。

 

「魔法少女としては、あれが普通よ。一番初めに言ったでしょう? 魔法少女の仕事はソウルジェムを浄化することだって。みんながみんなマミのように他人も守れるほど強いとは思わないことね。みな今を生きるのに精一杯なのよ(これは事実。どこもかしこも見滝原ほど魔女がいるわけではない。本当に魔女を狩りつくしてしまったら、グリーフシードが枯渇してしまう)」

 

「だからって……(納得できるはずがない)」

 

「納得しろとも使い魔を見逃せとも言わないわ。でも、ああいう魔法少女もいるということは覚えておいて。全部に全部噛み付いていたら口がいくつあっても足りないわ(さやかと杏子は仲がいいはずだから、ちゃんと話し合えば分かり合えるはずなんだけど。なんにしても、杏子がこの町に来ていることはわかったし、近いうちに会いに行ったほうがいいわね)」

 

 ほむらは納得していない様子のさやかから視線を外すと、私のほうに向ける。いや、正確には私の血まみれの制服に目を向けた。

 

「で、さとりのそれは大丈夫なの? 服の破れ方からして、返り血というわけではないのでしょう?(まあ人間じゃないみたいだし、大丈夫だとは思うけど)」

 

「――ッ!? さとりちゃん!!(酷い、あんなに血が!!)」

 

 ほむらが指摘したことによってまどかも私が血まみれであることに気がつく。私のほうに駆け寄ってきたので私は一歩引いてまどかに血がつかないように配慮した。

 

「まどかまで血まみれになってしまいますので触っては駄目ですよ。私の傷はすでにさやかさんが治しましたから」

 

「その傷は佐倉杏子に?(出血量からしてそうとしか考えられないけど、そんなことする子だったかしら)」

 

「あー……ほむら、それやったの私とアイツ。殺し合っている間に飛び込んでくるもんだから二人ともブレーキかけられなくてそのまま……(さとりが人間じゃなくて本当によかったよ)」

 

 私はまどかの不安そうな視線に対し、シャツを捲って応える。シャツの下の私のお腹には、傷ひとつなかった。

 

「ほら、大丈夫よ」

 

「もう! さやかちゃん気をつけないと駄目だよ!!(本当に傷は残ってないみたい。でも、だからいいってわけじゃないよね)」

 

「うぅ……さとり、本当にごめん!(謝って済む問題でもないような……)」

 

 私は頭を下げるさやかを見て、内心ため息をつく。二人の戦いを止めるためだといえ、これも少々面倒くさい。

 

「やめてください。第三者の間で問題を大きくしないで。さやかは謝ったし私は許した。それでいいじゃないですか。さやかさんもそこまで気に病む必要はないですよ」

 

 だが、なんにしてもこのままでは路地裏から出ることができない。誰かに服を用意してもらうしかないだろう。

 

「なんにしても、これじゃあ家に帰れませんね。制服も新しいのを用意しないと」

 

「なんか用意してくる!(制服……はどうしようもないよね。てか制服に穴あけたのはアイツじゃん!)」

 

 さやかは服を用意するために路地裏を飛び出していく。どうやら家から服を取ってくるようだ。今からでは三十分以上はかかるだろう。

 

「鋭利な切り口だから制服も縫えると思うわ。私の家で血液を落として縫いましょう(私も何度かやらかしたことがあるし、案外何とかなるものよ)」

 

 私はほむらの提案にコクンと頷く。そのまま私たちはさやかが帰ってくるのを待った。




魔法少女A
ほむらが予想した魔女養殖の犯人。だが犯人はさとりな為間違った予想である。

剣と槍に貫かれたさとり
純粋な妖怪の為物理的な攻撃には強い。首を刎ねられたところで死ぬことはないだろう。さとりを殺すとしたら、ティロ・フィナーレレベルの純粋な魔法攻撃が必要。

グリーフシードから孵化した魔女
魔法少女が魔女になった場合や、使い魔が人間を襲って魔女になった場合、退治するとグリーフシードを落とすが、魔法少女が魔力を回復させるために使ったグリーフシードから生まれた魔女はグリーフシードを落とさない。

グリーフシードを回収するキュゥべえ
キュゥべえは魔法少女の数を管理するためにグリーフシードを回収している。魔法少女が使い終わったグリーフシードから生まれた魔女はグリーフシードを落とさないという性質を利用して、魔法少女の練度に合わせて適度に周囲に蒔いている。また、新しい
魔法少女を作るためにも利用している。

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