火焔猫燐
火車の妖怪。でも火車というよりかは化け猫の類にしか見えない。怨霊や死体と会話する能力を持っている。地霊殿ではその能力を使って怨霊の管理を行っている。
霊烏路空
地獄烏。神に八咫烏の力を与えられ核融合を操れるようになった。
「――ッ!?」
杏子の槍が振り下ろされた瞬間、何者かが私の体に体当たりをし、私を串刺しにしていた槍ごと私の体を吹き飛ばした。私はその衝撃に身を任せるがままに地面に二回ぶつかり、ビルの壁に吸い込まれる。そう、私の体は文字通りビルの壁に激突することなく吸い込まれた。
「一体なにが……」
私は体に刺さっている槍を無理やり引き抜き、自分の血で少々滑りながらも立ち上がる。そして周囲を見回し、今の状況を理解した。どうやらここは魔女の結界の中だ。
「(大丈夫……そうには見えないわね。全く、運がいいのやら悪いのやら)」
突如第三の目が何者かの思考を捉える。私はその心の声に聞き覚えがあった。
「エリー。そう、まだここにいたのですね」
私を助けたのは、箱の魔女のオリジナル、エリーだった。
時間は私がエリーと接触したところまで遡る。
「(それに、貴方の考えに乗るのも悪くないわ。私はエリーよろしくね)」
エリーはいかにも卑屈そうな笑みで私に対し右手を伸ばす。私も精一杯の笑顔を浮かべてその手を握り返したつもりだが、酷く醜い笑顔だったことだろう。
「改めまして、古明地さとりです。さて、早速ですが具体的な話をしていきましょう」
「(そうね。取りあえず、私は使い魔を出せばいいのよね? 規模としてはどのぐらい?)」
エリーは先ほどまで入っていた箱に腰掛けると手を振り使い魔に椅子を運ばせる。私は運ばれてきた椅子に腰かけた。
「そうですね。どのぐらいの数の自殺志願者が集まるかが問題ですね。取り敢えず十人以上の使い魔は魔女にしたいところです」
「(結構な数ね。まあ使い魔はいくらでも出せるし別に構わないわ。使い魔さえ貸せばあとは勝手にやってくれるんでしょ?」
「ええ、そのつもりです」
「(私としてはその続きが気になるわ)」
そう、魔女を養殖したあとの続き。この計画はただ単に箱の魔女を増やすことだけが目的ではない。狩られること前提で箱の魔女を増やすだけでは、エリーに全くと言っていいほどメリットがないのだ。
「まずは影武者を作りましょう。この町の魔法少女が『この魔女が箱の魔女のオリジナルだ』と勘違いする程度には強い者を」
「(そうね。その程度だったら十人から二十人食べさせればそれぐらいの強さにはなると思う)」
「わかりました」
影武者を作ってやることと言ったら一つしかない。私は箱の魔女を幻想郷に逃がすつもりだ。
「(まあ、幻想郷への行き方自体はこっちで探すわ。多分その辺フラフラしていたらいつか辿りつけそうだし)」
「それは……いいのですか?」
本来ならば、私が幻想郷へ連れていくのが筋というものだ。だが、エリーにはほかの考えがあるらしい。
「(ゆったりあちこち旅するのも楽しそうじゃない。まあその途中で魔法少女に狩られるかもだけど。その代わり、無事幻想郷に入ることができたら地底にでも居住する場所を用意して頂戴)」
「ええ、約束しましょう。取りあえず、幻想郷に今一番近いのは長野県でしょう。実際に長野県から幻想郷に移動した神々がいるぐらいですので」
「それで、ここ一週間ばかり長野をぐるぐるしていたと」
私は血まみれの顔を服で拭いながらエリーに聞く。エリーは箱にぐったりと持たれかかりながら私のほうを見ていた。
「(びっくりしたわ。饅頭でも食べようかと使い魔を飛ばしていたら貴方が血まみれで窓から降ってきたんだもの。急いで結界を移動させたのよ? ちょっと荒々しかったけど上手く逃げれたでしょ?)」
なるほど、先ほどの衝撃はエリーの使い魔によるものだったのだろう。上手く私を結界の中に叩き込んだということか。
「この結界は……ああ、移動中ですか」
「(ええ。取り敢えず全速力で逃げているわ。まだ魔法少女には悟られていないはず)」
取り敢えず、しばらく生存することはできそうだ。私はお腹に空いた穴を無理やり閉じると、一時的にくっつける。失血死することはないが、お腹に穴が開いていては不便だ。
「(とにかく。一刻も早くこの場を離れたほうがいいわ。最近ようやく幻想郷への入り口を見つけたの。一緒に向かいましょう)」
待って、と言う前に私は考えた。私の目的はこの世界を滅亡させないこと。でも、それは別に私だけの願いではないはずだ。世界が滅亡して困るのは私だけではないはず。いや、逆に困らない人のほうが少ないのではないか。
「ええ、そうですね。私もこの傷では何とも行動しにくいですし。一度地霊殿に戻るのもいいかもしれません」
「(一度? って、とてつもないことに巻き込まれているのね。まあなんにしても、目的地は幻想郷でいいわね。じゃあ向かうわよ)」
エリーはそう言うと、箱の中に隠れる。私はこれ以上体力を消費しないために、結界の中で横たわった。
幻想郷の下に広がる地下世界。昔地獄として使われていた場所に妖怪が住み着いた町が旧都だった。私の住んでいる地霊殿は灼熱地獄の跡地に建っている。私の意志が反映された結果かはわからないが、取り敢えずエリーの結界が生成された場所は地霊殿の中だった。
「あ、あーあーあー。あいうえお、かかかきくけこ。お? おお! 喋れるわ!」
どうやら外の世界と幻想郷では勝手が違うらしい。エリーは妙に生き生きとしており、殆ど人間の姿をしていた。肘や膝の関節も、人間のそれになっている。やはり幻想郷には不思議な力があるのだろう。
「なるほど。ここが貴方の管理する地霊殿なのね(凄い広いわね。もしかして、かなりの権力者とか?)」
「はい、その通りです。エリーさんここまでありがとうございました」
「同じ人外のよしみじゃない。別に構わないわ。私としてもかなり過ごしやすい世界にこれたみたいだし(さて、このあとどうしようかしら)」
「地霊殿の近くに今は使われていない物件がいくつかあります。好きなのを使っていいですよ。心が読める貴方ならここでの生活には苦労しないでしょうし」
私がそういうと、エリーは妙に驚いた顔をしていた。
「え? ここでお別れ? 最後まで付き合うわよ。何か面倒くさいことしようとしているみたいだし(それにここで権力者に恩を売っておくのも悪くないしね)」
「私はそこまで権力者というほどでもないのですが……まあいいでしょう」
私はエリーを引き連れて自室へと戻る。そして着替えを取り出すと体を洗いに洗面所へと向かった。私は血まみれの体を拭きながら今後について考える。私がここで今後について考えることによって、エリーも計画の全容を把握できるはずだ。
私の最終的な目的は平穏を取り戻すこと。マミ、なぎさ、さやか、杏子が生きていると分かった今、ワルプルギスの夜に対する戦力は申し分ないだろう。問題はまどかという地雷、いや、爆弾だ。戦力が充実していたとしても、まどかが契約してしまう可能性は十分ある。
「でも、可能性は低いんじゃないの? 考えを読む限りではその辺の魔法少女は全部魔女化の事実を知っているんでしょう?(世界を滅ぼすと分かっているのに契約するような馬鹿はいないと思う)」
「それがそうでもないみたいなのですよね」
戦力的には申し分ないというのは、ワルプルギスを確実に殺せる戦力という意味ではない。現状考えられる最大戦力という意味だ。
「確実にワルプルギスに勝てるわけではありません。ほむらの記憶を見た限り、人数が増えたら余裕をもって倒せるような相手ではありません。それに、ワルプルギスの夜を無事倒したとしてもその後まどかが契約しないとは限りませんし」
「じゃあ、どうするのよ(ぶっちゃけどうしようもないと思うけど)」
「とにかく、準備を整えてもう一度外の世界に向かいましょう。幻想郷に帰ってこれたので、もう少し用意をすることができるはず」
私は新しい服を着ると血まみれの服をゴミ箱に捨てる。さて、それじゃあ改めて自分の部屋に帰ろう。私は自分の部屋の自分の椅子に座ると、深くため息をつく。このため息はいわゆる安堵のため息だ。
「と、ゆったりしている時間はないわ。ワルプルギスの夜がくるのは明日。ということは今晩中に話をつけないといけない」
私は椅子から立ち上がるとエリーを引き連れて自室を出る。その途中で私のペットである火焔猫燐とすれ違った。
「あら、お燐。ちょっと出てくるわね」
お燐は目をまん丸に見開いて手に持っていた洗濯物を取り落としている。妙に静かなのはお燐が何も考えていないからだろう。
「……うわぁあああああん! さとりざまぁああ!!(ざどりざまが帰ってきたぁああああ!)」
お燐はほぼ考えるより先に私に飛びついてきた。私は傷口が開かないようにお燐を受け止める。そしてお燐の泣き声を聞いて遠くからペットの霊烏路空が突っ込んでくるのがわかる。流石にお空の速度で突っ込まれたらまたお腹に穴が開く。
私はお燐を抱えたままエリーの陰に隠れる。エリーには悪いが盾になって貰おう。そして気づく。エリーも読心ができることを。
「うん、流石に避けるわ(傷口開くのと新しく傷ができるのどっちがマシかしらね)」
エリーは突っ込んでくるお空をひらりと避ける。そのままお空はお燐ごと私を吹き飛ばした。
「ざどりざまぁあああああああ!(ざどりざまぁああああああ!)」
お空とお燐は揉みくちゃになりながらも私に抱き着いてくる。心が読める事もあり、私にはお燐とお空の悲しみが痛いほどよく分かった。
「相当慕われているわね。羨ましいわ(時間がないって言ってたけど、流石にこれは邪魔できないわ)」
私はとにかく泣きじゃくるお燐とお空の頭を撫で続けるしかなかった。十分ほど経って、ようやくお燐が落ち着いた。
「さて、お燐、お空。向かうわよ。割と時間がないから飛びながら話すわ」
私はお燐とお空の手を引きながら地霊殿の窓から飛び立つ。エリーはその後ろからついてきた。
「さとり様この一ヶ月どこに行ってたんですか!? 本当に心配したんですよ!(というか今もどこにむかってるんですかね?)」
「ちょっと厄介ごとに巻き込まれていてね。でも、それもあと少しで終わるわ」
「厄介ごとって……でもご無事そうで何よりです。それで、今は何処に向かっているんですか?(方向的には地上ですかね)」
私はお燐とお空の手を放す。
「八雲紫のところよ」
見事な庭に歴史を感じる屋敷。その一室で私は八雲紫と対峙していた。庭ではお空と八雲紫の式神の式神の橙が遊んでいた。お燐は橙の主である八雲藍と隣の部屋で待っている。多分エリーもそこにいるだろう。
「この一ヶ月、行方不明になっていると思ったらそんなことに巻き込まれていたのね。なんというかまあ、ご愁傷さまで」
紫は苦笑を浮かべながらもそう言った。まあ、同情など欠片もしてないだろうが。
「なんにしても事情は分かりました。私としても世界の危機となれば動かざるを得ません。手を貸しましょう」
まあ、期待通りの反応だ。いや、手伝わざるを得ない。紫だって世界の滅亡は阻止したいはずである。
「つまりはその鹿目まどかという少女を抹殺すればいいんでしょう? 暁美ほむらと共に」
……そういうことになってしまった。まあ確かに、まどかとほむらを殺してしまえば解決する話ではある。というか、紫が言うようにそれが最適解だった。
「人の子の一人や二人殺すのなんて簡単だわ。取り敢えず、彼女たちがワルプルギスの夜を殺すのを待って、その場にいる魔法少女を一掃しましょう」
「それまではどうするのですか?」
「私と貴方で見滝原に向かいましょう。機を見計らって襲い掛かり皆殺し。それでいいわよね?」
「ええ、現状考えられる一番の解決策だと思います。」
よし、これである程度の方針が固まった。あとは実行に移すだけである。
「ちっ、逃げられたか」
杏子はいきなり壁の中に消えたさとりを見て、上手いこと逃げられたことを悟る。ソウルジェムが手元にない今、すぐにさとりの魔力を探ることは不可能だった。一度姿を晦まされては探しようがない。
「ま、なんにしてもまどかを奪還することができたんだ。良しとしますかね」
杏子は軽く頭を掻くと携帯電話を取り出す。そしてさやかに連絡を入れた。
「さやかか? さとりのやつには完全に逃げられた。これからそっちに向かうよ」
『何やってんのさ! まあ当初の目的は達成できたし。もうマミさんとほむらは来てるから杏子もさっさとおいで』
「はいよー。っと、さて、向かいますかね」
杏子はさやかのいる待機場所まで可能な限り迂回しないようにしながら向かう。ソウルジェムが体を操作できる範囲はそう遠くない。気を付けなければすぐに圏外に出てしまうだろう。杏子は誰も見ていないことを確認してビルを側面から駆け上がる。そのビルの屋上に五人はいた。
「全く、何やってんだよ。さとりは別に運動できるほうでもないでしょ?」
さやかが少しふざけた口調で杏子に言う。
「うっせぇ。急に消えやがったんだ。それこそ、どこかに吸い込まれるようにさ。ソウルジェムを持ってなかったから魔力を探ろうにも探れないし」
「それがこの作戦の欠点よねぇ。本当に心を読むという能力は厄介だわ」
杏子に共感するように、マミが小さくため息をついた。だが、目的はさとりを殺すことではない。まどかを助け出すことだ。
「ワルプルギスの夜が近い。さとりを追っている時間はないわ。急いで見滝原に戻りましょう。まどか、災難だったわね」
未だに混乱しているまどかの手をほむらが優しく握る。杏子がさとりを追っている間にほむらはまどかに事情を説明し終えていた。だが、様子を見る限りではまどかは全然理解できていないようだ。
「私はさとりちゃんと旅行に来ていただけだよ? そもそも、さとりちゃんが何をしたっていうの?」
まどかは先ほどから同じようなことを繰り返している。ほむらは小さくため息をつくと、もう一度まどかに対して説明を始めた。
「そうね、詳しい話は電車の中でしましょうか。私としても今日の朝聞いてびっくりしていたぐらいだから」
ほむらはまどかの手を引きながら駅のほうへと向かう。後ろにはまどかの荷物を持ったさやかと、マミ、なぎさ、杏子の四人がついてきていた。
マミとなぎさが失踪する夜。
なぎさは、マミに古明地さとりが行ったことの詳細を話していた。何故自分がさとりを裏切ってまでマミにそのような話をしたのか、なぎさには理解できていない。だが、きっとそれは罪悪感からくる懺悔のようなものだったのだろう。魔法少女のこと、ループを繰り返すほむらのこと、さやかを意図的に魔法少女にしたこと、そして魔女の養殖を行った犯人のこと。
マミは溜まっていた感情を吐き出すように話し続けるなぎさを胸に抱きながら、語られる内容の重さにゾッとしていた。話の内容自体もかなり重たいが、何より自分より何歳も年下の女の子が、このような秘密を抱えて生活していたのだと思うと、それ以上に胸が痛くなった。
「大丈夫。もう大丈夫だからね」
マミは最終的に泣き出してしまったなぎさの頭を撫でながら、今後のことを考える。取り敢えず、古明地さとりという存在は危険だ。目的の為に躊躇なく子供を利用し、街の人間を犠牲にするなど、人間の所業じゃない。やはり、古明地さとりは妖怪なのだ。マミは妖怪という存在を楽観視していた自分を無性に殴りたくなったが、今はそのようなことをしている場合ではないだろう。
なんにしても、このままではいけない。何か行動を起こさなくては。マミは少しでも情報を手に入れようと携帯を手にする。わからないことがあったら携帯で調べるというのは些か安直で現代っ子の発想だが、マミのこの判断は決して間違いではなかった。
「覚妖怪……、これね」
覚妖怪。マイナーな妖怪だが、忘れ去られたほどでもない。言い伝えられている姿形こそ似てないが、マミは直感的に二つが同一のものだと確信した。
「心を読む妖怪。ということは、あの不気味な目は人の心を読むためのものということかしら。……まずいわね」
心を読むということは、こういった敵対的な思考も読まれると言うことである。気がついていないフリをして、近くで警戒することすらできないと言うことだ。
「これは、早々に古明地さとりの正体がわかって良かったわ。読心能力を知らずに近づいていたら、かなりまずいことになっていたでしょうね」
だが、この事実は同時に今すぐ姿を晦ます必要があることを示唆していた。さとりに対抗する為の準備をするには、さとりに心が読まれないほど離れるしかない。だが同時に、さとりの監視もしなければならないのだ。
「なぎさちゃん大丈夫よ。私と一緒に古明地さとりをやっつけましょう?」
「……何か考えがあるのですか?」
なぎさは目を真っ赤に腫らしながらマミの顔を見上げる。
「取り敢えず、この家を離れないと。逃げたことがバレるとそれはそれで厄介だし……」
マミはキッチンに向かい包丁を手に取る。そして少し躊躇したあと、その場で手首を切り落とした。
「――ッ!? マミ、一体何を……」
「ち、違うのよ? ちゃんと意図があるから大丈夫。痛覚は切ってあるし」
マミはグリーフシードを一つ取り出すと手首から先を再生させる。傷口を閉じるだけならそこまで多くの魔力を使わない。だが再生させるとなると話は別だ。マミはあっという間に濁ったソウルジェムをグリーフシードで綺麗にした。
「さて、なぎさちゃんの話ではこれで魔女が生まれるのよね?」
マミはリビングの真ん中にグリーフシードを放り投げる。それはまさしく先ほどなぎさから聞いたさとりの話の模倣だった。次の瞬間、リビングを中心としてハコの魔女の結界が展開される。マミはマスケット銃を生成すると、ハコの魔女に一発撃ちこんだ。
「さて、これでおしまい」
ハコの魔女は結界の中で無残に吹き飛ぶ。魔女がいなくなったことによって結界が崩壊した。
「あら、グリーフシードを落とさなかったわね」
マミは部屋の中を見回すと、首を少し傾げたあと部屋を荒らし始める。
「マミが発狂したのです。さとりお姉ちゃんの言う通りなのです……」
「ち、違うのよ? ちゃんと意図があるから……」
マミはグリーフシードをカバンの中に詰め込むと、キャッシュカードだけを財布から抜く。
「さて、これで私たちは魔女に殺されたように見えるかしら。さて、行きましょうか」
「行くって何処へです?」
「そうねぇ、取り敢えず警察に見つからないようにしながら隣町にでも潜伏しましょうか」
マミは何かを考え込みながら靴箱の中に入ってるしばらく履いていない靴を履く。なぎさにも自分のお古の靴を履かせた。勿論、サイズは合ってない。
「あの、ぶかぶかなのですが。自分の靴じゃ駄目なのですか?」
「駄目よ。……そうね。歩きながら話すわ」
マミはなぎさの手を引いて人通りの少ない道を歩く。
「古明地さとりの正体……いや正体って程大した話でもなかったんだけどね。覚妖怪、それが古明地さとりの正体よ」
「まんまじゃないですか。で、さとりお姉ちゃんが覚妖怪なのと部屋を滅茶苦茶にしたことは関係があるのです?」
「ええ。覚妖怪の能力は読心。古明地さとりは人の心を読むことができる」
それを聞いてなぎさは少し首を捻ったが、直ぐに何が問題なのかを理解した。
「なるほど。さとりお姉ちゃんに敵意を持った時点で、それが相手に筒抜けになるということですね。だから、身を隠すしかないと」
「そう。それも、ただ身を隠すだけじゃ駄目よ。逃げられたと悟られるのもあまり良くないわ。だから、死んだふりをする」
荒らされた部屋に多量の血痕。誰がどう見ても殺人現場だ。
「でも、姿を隠してどうするのですか? 何か作戦が?」
なぎさが聞くと、マミは少し考えたあと苦笑した。
「まだ何も考えてないわ。何も考えていないからこそ、今日こうやって逃げているわけだけど。なぎさちゃんが魔女養殖の犯人のことを私に話したことはさとりに会った瞬間バレてしまう。無策だからこそ、今は逃げに徹するしかないわけ」
マミは路地裏に入ると魔法少女に変身する。それを見て、なぎさも魔法少女に変身した。ここからは、屋根を伝って行くらしい。
「全く、ワルプルギスの夜も近いっていうのに。本当にとんだイレギュラーね。なんにしても、隣町に私の知り合いの魔法少女がいるわ。あまり仲が良いわけじゃないけど、彼女に協力を仰ぎましょう」
「佐倉杏子ですか?」
なぎさは間髪入れずにそう言った。マミはその答えに少し目を丸くしたが、直ぐに納得する。
「ああ、そういえば全部聞いているんだったわね。そうよ、佐倉杏子。私の昔の弟子……だけど、今はそう思ってくれていないでしょうね」
「険悪な関係なのです?」
「いや、そんなことないわ。会ったら話さないわけでもないし……。昔ほど仲が良いわけじゃないってだけで」
だが、この時マミは知らなかった。佐倉杏子が魔女養殖の騒ぎを聞きつけて見滝原に来ていた事を。
風見野の町で買い物を済ませ、簡単な変装を済ませる。時間が時間なのでおしゃれな服屋が開いてないのが痛いが、贅沢は言えないだろう。
「こんな冗談みたいな変装でいいのです?」
マミは髪をおろし上下ジャージにニット帽を被り、マスクをしている。なぎさは髪を後ろで括って眼鏡を掛け、やはりマスクをしていた。
「今見滝原周辺ではかなりの数の死者や行方不明者が出てる。警察も一人ひとりを丁寧に探している時間はないわ。だから、ぱっと見で分からなければそれでいいのよ」
マミはリボンを免許証に変化させる。今の適当な格好なら、頑張れば成人に見えるだろう。マミはそのまま駅前のホテルへなぎさを連れて入った。
「ようこそお越しくださいました。ご予約のお客様ですか?」
「いえ、予約は取っていません。宿泊できますか?」
フロントにいる女性は端末を操作し空き部屋を確認した。どうやらまだ空きがあるようである。
「何泊のご予定でしょうか」
「今日一晩泊まるだけです」
「ご案内いたします」
マミとなぎさの二人は女性に連れられるままにホテルの中を進む。そして案内された部屋のベッドに腰をおろした。
「皮肉なことに、グリーフシードはあるからさとりの件に集中できるわね」
マミは部屋に備え付けられていたパソコンの電源を入れる。携帯は家に置いてきた。また新しく契約しないといけないだろう。
「マミとしては、さとりお姉ちゃんをどうしたいのですか?」
「どうというのは?」
マミはキーボードを叩きながらなぎさに問い返した。ディスプレイには、風見野の地図が表示されている。
「さとりお姉ちゃんを殺すのですか?」
「……」
マミはなぎさの問いに暫く答えなかった。数分考え込んだ後、ぽつりと返事を返す。
「場合によってはね」
さとりが行ったことは決して許されることではない。だが、だからといって殺すのは違うような気がする。
「なぎさちゃんから見て、さとりはどう? 悪い妖怪に見えた?」
「いえ、そうは見えなかったのです。ですが――」
なぎさはそこで一度言葉を切った。
「私は本来は魔なるもの。人が堕ちていくところを糧にするという点では、貴方と同類かもしれません。さとりお姉ちゃんはキュゥべえにこう言っていたのです」
さとりにとっては何気ない一言だったのかも知れないが、マミにとっては自白も同然だった。
「……そう。やっぱり、人間ではないのね。なんにしても、明日中に準備を整えて、明後日には見滝原に戻りましょうか。さとりに心が読まれない距離から様子をみましょう」
「ああ、さっきから何を調べてるのかと思ってましたが、風見野にある店を調べてたのですね」
ええ、とマミは頷いてパソコンの前から離れる。マミはそのままベッドに腰掛けるとボスンと横になった。
「なんにしても、今日は疲れたわ。もう寝ましょうか」
「だめですよ、マミ。ちゃんとお風呂に入らないと」
なぎさはそのまま寝ようとするマミの頭を数度叩いた。
「うー、でもそうねぇ。シャワーだけでも浴びようかしら」
マミはむくりと起き上がると、ふらふらとした足取りで洗面所へと歩いていく。その様子になぎさは小さくため息をつきつつ、その後を追った。
エリー
数ある魔女の中では比較的人型に近い魔女。それゆえに博麗大結界を超えた影響で人に近い体を手に入れた。性質としてはさとりに似てるが、違う点は元人間かどうか。
八雲紫
さとりは八雲紫に対して読心を使えない。ソウルジェムのない魔法少女の心が読めないのと同じ理由。
ググるマミ
中学生が一番初めに頼るツールはインターネットだと思う。