薄荷色の抱く記憶   作:のーばでぃ

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※ 第17話「日常」の時のようなショートショートです。
※ 色々捏造設定が出てくるので、そう言うのが嫌いな方は注意(今更?)
※ 例によって特殊形式につき、フォスの博物誌はありません。


第22話「アドミラビリスと過ごす日常」

 

■ 骨の者命名タイム

 

アドミラビリス近海の海水を、まるでお酒か何かのようにグビグビやりながら王サマがふと口にした。

 

『――時にフォスよ。おぬしら、なんと言うかこう……正式名称みたいのは無いのか?』

「は?」

 

……正式名称?

美しきアイドルフォスフォフィライトちゃん様では不服かしら。

なお、名前の最初に『美しき』は必ず付けなきゃいけないキマリですよ?

 

『いや、そんなネジが2~3本ブッ飛んだ名称の事じゃなくてな?ほら、おぬしら『骨の者』の属名みたいな感じの奴じゃよ。なんぞないか?』

「……あー……」

 

王サマたち『肉の者』をアドミラビリスって呼ぶような感じか。

 

聞けば、王サマも王様で歴史を記録して置きたいんだけど、ボクらの事を書くとどうしても『骨の者』と言う名称を使うしかない為、なんかもにょるのだそうな。

『肉の者』『骨の者』はアドミラビリスの伝説から来たあくまで一方的な造語だしねぇ。そもそもナノマシン説に照らせば、ボクらの構成元は人間の骨じゃなくて人間の作ったナノマシンな訳だし。

 

「確かにそう言う名称聞いた事無いなぁ。ボクもそう言えば、博物誌書く時にそのへん迷っちゃって、苦し紛れに『宝石生物』って書き方した覚えがあるわ」

『それ、人間の事を『哺乳類』とか『霊長類』って呼ぶのと同じようなもんじゃろ。しかもおぬしら、国名も無いじゃろ?『骨の者』って単語よりもちゃんとした名で記録したいんじゃが』

 

んー、なんかあるのかね?

人間の学名に倣うなら、『ジェム・サピエンス』……じゃないか。ええと、『宝石』ってラテン語でなんてーんだ?

(※人間の学名はラテン語の『Homo(人間) Sapiens(賢い)』が語源なので、同じ付け方をするなら『Gemma(宝石) Sapiens(賢い)』が適切になりそうです)

 

「こういう時は先生かなー?聞いてみんべ」

『んだんだ』

 

 

聞いてみた。

 

 

「――ありませんね。そう言えば」

 

先生が困ったように口にした。

 

「え?無いの?……マジで?この国、何万年以上も国名・属名なしだったんスか?」

 

RimWorldかて2週間もすれば名前決めイベント発生するんやで?

 

「そうは言うがなフォス。お前も300年間この国で生きてきて、特に必要になった事なんて無かっただろう?」

「あー……まあ……うん」

「必要にならなければ、名前も生まれないものだ」

 

せやなー。

 

……う、ん?

 

せ、せやなー?

 

「……王様のとこは、何で名前ついた?」

『いや、流石にその辺りの話はわしも知らんぞ。なんか、必要だったんじゃね?』

 

適当だなオイ。

 

「――しかし、アドミラビリスが我々の名を記したいと言うのであれば、それは今まさに必要になったと言う事なのでしょう。これを機に決めれば良いだけの事」

 

 

っつーワケで。

 

 

みんなで決めよう!ボクらの属名・国名決定会議ー☆(どんどんパフパフ)

 

 

『……え?なんでその場にわしノミネートされてるの??』

「見ての通り、こう言う物を決めるのは初めてなもので。何かしらアドバイスを頂ければと」

『フォスではダメなのですか?……あ、ダメですね。絶対やらかすわ』

「その通りです」

「ヘイそこ!カワイイ末っ子をディスるのはそこまでだぜ?」

 

月人の出ない時間を選ぶために、会議は日の落ちた夜に開催された。

何気に全員参加の会議ってこれが初めてじゃね?

……あ、ボクが無理やり引っ張り出したシンシャが物凄くメンドそうな顔を隠そうともせずに眉間に皺寄せてる。

おい、ボルツとか目が死んでるぞ。「別にテキトーで良いだろそんなモン」とか声にしなくても目線で伝わって来てんぞ。

 

先生が詳しい趣旨を説明する。

 

「――かつて、『人間』と言う動物はこの星に広く分布していた。数億名単位のグループを数十組ほど組織して、それぞれのグループ同士で交流を行っていたのだ」

「うえぇ……それってかつて人間は、数億名×数十組で、数十億もこの星にいたって事ですか?」

 

ボクらからしたらトンでもない数だよなぁ。

この資源の無い貧しい砂浜じゃ、哺乳類50体もいれば容易にパンクしそうなのに、それが億単位ってどういう量だよって思う。

 

「その通りだ。そして、そのグループ単位の事を『国』と呼んだ。……我々は僅か30弱の小さなコロニーではあるが、それでも『国』と言う単語を用いているのはそれに倣っている面もある」

「へぇ……僕、『国』ってこの砂浜の地の事を指してるのだと思ってました」

「『国』は実効支配する土地を指して言うケースもあるから、それも間違いではないな。

 

一方で、人間は他の生物の観察にも重きを置いていた。今フォスが担当している博物誌の様なものだ。他の生物の理解を深める為に、その体の構造からいくつもの分類を作り、自らもその分類に収めた。

実は『人間』と言う呼称は俗称であり、この分類に当てはめた人間の正確な属名は『ホモ・サピエンス』と言う」

 

へえぇ……と、ちらちら感嘆の声が漏れた。

 

「今回は、我々石の体を持った生物の属名と、この国の名前を決めたいと思う」

「うーん……今まで名前って、先生が決めていた物をそのまま受け入れていたからなぁ……急に決めろって言われても」

「先生が決めたものなら、普通に受け入れますけどね、僕達」

「正確には、私が決めていた物ではないのだ。人間の決めていた名前に当て嵌るものをそのまま使用していたに過ぎない。

――考えてみれば、私が自らつけた名前は「しろ」ぐらいなものだな。それとて、人間の間で犬に付けられていたオーソドックスな名前をそのまま引用しただけだ。

この地の地名も、昔の子達がつけてくれたものだった」

 

正直、名前を付けろと言われたらどうすれば良いのかわからない。

そんな情けない事を言い始める先生だったりする。

 

……まあ、僕のフォスフォフィライトを始めとして、皆についた名前も宝石の名前そのまんまだもんなぁ……

同じ種の宝石が出てきたらどうするつもりだったんだろうね。

 

「かつての人間はどう決めてたんですか?」

「……どう決めてたんだ?フォス」

「おいおい」

 

丸投げかよ。

さてはおめー、ネーミングセンスに自信なさ過ぎるから、ボクらに丸投げする魂胆で王サマ呼んだ上で全員集めたな?

 

「――そうだなぁ。人間って、生きてた地域ごとに言葉が独自発達してて、最終的に幾つもの言語が使われてたりしたんだけどさ。国名には、その地域由来の言語で何らかの意味を持つ単語や、中心人物の名前、主な地名を使った物が多かったりするかな」

 

確か、インドはインダス川が由来って話を聞いた事がある気がする。

アメリカの『America』も人名由来なんだっけ?

日本は古代中国から見たら東にある島国で、日が昇る方向にあるから「日ノ本ノ国」だ。

「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙なきや」と中華皇帝を煽った聖徳太子の書簡はあまりに有名だよね。まあ、向こうさんがカチキレた原因は日がどうこうではなく『天子』と言う単語を使ったからだって話もあるけど。

 

『――参考までに。我らを指す『アドミラビリス』は、もともと人間たちが使っていた言語の中でもかなり古いラテン語の単語が元じゃ。『美しい』と意味を持つ。

ラテン語はその古さと由緒の正しさから、学名に多く採用されていたようじゃな』

 

マジか。

『アドミラビリス』って確かに響きがラテン語っぽかったけど、そんな意味があったのか。

 

「なるほど、それならこの国の特色を名前に採用すれば良い訳だ」

「国の名前に出来そうなこの国の特色、ですか……」

 

そこから先は連想ゲームの開始だった。

 

「『剣』とかぁー、僕たちの国を守ってるイメージ強くてよさげじゃないー?」

「『砂浜』なんてズバリそれだと思うんだけど、どうよ?」

「それなら、この星に残った『最後の土地』とかカッコいいと思う」

「『宝石が生まれる地』とかエスプリ効いてて良くないですか?」

『……おい。まさかそれ、最終的に、ラテン語に訳せとか言わんじゃろうな?わしも断片的にしか知らんのだぞ?』

 

何だ、期待させといて怖気づきやがるか。

この王サマ使えねーな。

 

「あんまり難しそうなのはダメかぁー……」

「フォスはラテン語に訳せないの?」

「勘弁してください……そーゆーのは断片的な英語とドイツ語でいっぱいいっぱいっス。

……っつーか、そもそもこの砂浜って元々ドコだった訳よ?」

 

視線が先生に集まった。

 

「……。晩年、この星全体の崩壊で私の生まれ育った場所も海に沈み、私は数百年単位で海中をさ迷った。地殻変動どころか地軸移動(ポールシフト)すら引き起こしたこの星では、過去の方位磁石やGPS情報など役に立たない」

「……すう、ひゃくねん……」

 

――そんだけの間、ずっと一人だったのか。

ボクだったら気が狂うぞ。

 

俯き暗くなっていた先生が、空気を意図して変えようとしたのかぎこちなく口角を持ち上げる。

 

「――そんな訳で、ここがどこなのかは私にも判らない。だが、私のルーツと言う意味であれば……『日本』、と言う国がそれだ」

「マジでっ!?」

 

思っても見ない所からの爆弾でございました。

先生メイドインジャパンだったの!!?

……そ、そういやこの間「ぺがさすりゅうせいけん」とかパワーワードをぶち撒いていたな。

 

先生が不思議そうな顔で僕を見た。

 

「――お前は今、何語を喋ってたつもりだったんだ?」

「……ほああ!?」

 

た、確かに……『ボク』とか『俺』とか『私』とか、多彩な一人称を持つのは日本ぐらいだったけども!

先生かてお坊さんがモデルみたいだし、仏教と何らかの関係がありそうなとこだろーなー、とは思っていたけども!!

 

『それじゃあ、変にエスプリ効かせずに和名でそれっぽく付けるのが適当なのかのー?』

 

知らんけどな、とどこぞの西日本みたいな事をほざき始める王サマである。

へい、アンタが今喋ってる言葉も日本語って事になるんやで?なんか疑問とかないの?

 

「でも、そう言うのならピッタリな名前があると思うなー、僕」

「中心人物の名前でも良いんだっけ?」

 

 

――命名:『金剛国』(ドドン)

 

 

「……そ、それで良いのだろうか……?何と言うか、私が独裁者のような感が……」

「金剛先生の名前って、『壊れない』って意味があるんですよね?縁起も良いじゃないですか」

「意義なーし!」

「む、むぅ……」

『じゃあ、それで』

 

……ここまで脳みそゆるく国名付けた国なんてここが初めてなんじゃね?

『じゃあ、それで』で纏められちゃったよ……

 

――まあ、ボクも『金剛国』は気に入ったから意義なーし、っと。

 

 

『――で、属名は?』

「無理してラテン語にする必要ないんだよね?もうフィーリングで決めちゃったら?……なんというか僕、眠くなってきちゃったし」

「た、大切なわたしたちの名前を……フィーリングで決めるのは……ふああ……」

「国名もゆるい方向で決まっちゃったし、基本的に僕達ってこういうゆるさ、あるのよね。なら、ゆるい方がむしろ僕たちを現してるんじゃないかしら?」

「……もう、どうでも良い……」

「早く見回りに逃げたい……」

 

 

――命名:『キラキラ族』(ドドン)

 

 

「はい、かいさーん」

「おつかれさまでしたー」

「見回り行ってくる」

「ほいじゃ、おやすみー。ふああぁ……」

 

……決まっちゃったよ……

 

『……え、マジで?マジで『キラキラ族』で行くの??……マジで?』

「僕らに、夜に頭を働かせろって方が無謀だったみたいねー。そもそもみんな、あんま拘って無かったし」

 

まさか衛藤ヒロユキワールドに落ち着くとは、このフォスフォフィライトの目を以てしても見通せなんだわ……ふああ。

 

「……も、もしかして私は、いろいろやらかしてしまったのだろうか……?」

「良いんじゃないスか?ボクらっぽくて」

『あ、こいつも何か投げやりになってる』

 

良いじゃないのキラキラ族。ほら、ボクらって見た目キラキラしてる訳だし?

アドミラビリスとボクらを並べて「どっちがキラキラ族でしょうか?」ってクイズ出されたら、100人が100人正解するぐらい解かりやすいやん。

 

『…………。

 

……じゃあ、それで』

 

最終的に、ボクらの属名も『じゃあ、それで』で纏められました。

どっとはらい。

 

今後、アドミラビリスのとこの国の正式文書には、めっちゃ真面目なフォーマットで『キラキラ族』と言うシュールな単語が出てくることになる。

 

 

 

■ 思い出の保存方法

 

「――アドミラビリスって、どうやって記録残してんの?まさか、海の底で紙とインクを使ってる訳じゃないだろうし」

『ふむ?』

 

しかも、アドミラビリスが人間の伝説を保持していた事から考えるに、海の中であっても相当長い間保存できる方法なんじゃねーの?

フォスさん、気になります。

 

『――わしらはな。身に纏う貝殻に、ある程度の記録を残しておけるのだ。

ナノマシン説が立ち上がった今考えてみると、おそらくわしらアドミラビリスはナノマシンの配列した記憶を生体信号として読み取ったり書き出したりする事が出来るんじゃろうな。

そんな考えのないはるか古代、わしらはこうやって殻に記録を残す事を『貝殻の記憶』と呼んでおった』

「おお、ロマンチック!」

『じゃろ?オシャンティーじゃろ?』

 

貝殻を耳に当てて、「思い出が聞こえるー」なんてポエムな話よく聞くしね。

アオハルしてて素敵。

 

『……ゆえに、過去の偉人が残してきた貝殻は大切に保管されてきたもんじゃよ。色褪せない、当時の偉人が残した生の記録じゃ。この貝殻の記憶と言う奴は普通に生きてるだけでも書き出される事があるから、そりゃあもー赤裸々なエピソードが散りばめられてたりする事も。

書き出しは出来ても書き換えは出来んのでな。恥ずかしい生き方してたら後世に恥ずかしい人生を残す事になる。正直言って、人間の宗教なんぞよりよっぽどうまく回る道徳システムと言えるの』

 

なるほどなぁー。

……だから、殻脱いだら結構あけすけになったりする訳か?

こっちに来たばかりの王サマは、なんつーかすっごいイケイケだったしな。

 

そういや、王サマ今の貝殻は無いの?

……え?帰りに先生が投げにくくなるだろうから、こっちに来るときはいつも脱いでる?

そっかぁー……

(※この小説では王サマが金剛国から帰る時、ウミウシモードになってアドミラビリス領近海に投げて貰っている設定になっています。ジェットコースターみたいで割と楽しい)

 

『……しかし今は、過去の偉人の貝殻も、根こそぎ月人に奪われてしもうた。今やわしのこの身がアドミラビリスに残った歴史じゃ』

「……いつか、取り戻したいよね」

『――要らぬ』

 

王サマが強い目でボクを見た。

その表情には、虚勢でもなんでもなく、不敵な笑みが浮かんでいる。

 

『フォスに救って貰ったあの日。わしはアドミラビリスを再興するのではなく、ゼロから始めて行く事に決めたのだ。

――わしはアドミラビリスの『歴代』になるのではなく、アドミラビリスの『始祖』となる。

過去の偉人の偉業も歴史は歴史。残せるのであればまあ、残そう。しかしそれはあくまで考古学的な考えからに終始する。

わしが創るアドミラビリスには、必要のない道しるべだ』

 

そう言い切って見せる王サマの顔は、今まで見た事もないようなカリスマに溢れていた。

 

ああ、いつもは軽口叩いてる三枚目なのに、本当に王サマは王様なのだなと心で納得する。

とても、とても強い答えだ。

 

「――なんか今、王サマと友好的な国交を結べた金剛国は、この先も安泰だなぁってすごく思った」

『ふっふっふ。……それはこっちの台詞じゃよ、フォス。おぬしには、心の底から感謝しておる』

 

この『答え』を出せたのも、おぬしのおかげじゃ。

そう語る王サマと、こつんと拳を合わせた。

 

「……そう言えばその貝殻の記憶だけどさ。王サマがやって来た時のでっかい奴がまだウチに保管されてるけど、そう言う事情があるなら返却した方が良くない?」

 

月人から落とされたり、ボクの部分を削られたりしておもくそボロボロになっているけども。

 

『別に構わんよ。そちらで保存してようと処分しようとな。そもそも、あれは月の砂と水で不自然に肥大化したものだからして、なんつーか『中身』がどうなってるかわしにも良く解からん代物じゃ。

……それに、ぶっちゃけ返して貰っても、その……困る。すっげえ重そうだもん、アレ』

 

それな。

ほんそれな。

 

運ぶのに絶対ウチの人出がかなり要るしな。

 

「あー、でもボクらもナノマシンベースだし、ウミウシモードの王サマとボクが会話できる所からして。もしかしたら、ボクらも王様の書きだした貝殻の記憶を読み取る方法があるかもしれないね。

博物誌の一環であの貝殻、研究してみようかな……?」

 

『会話』のインクルージョンを宿すボクが一番適任だろうし。

肥大化しても王様の記憶を宿し続けていたのなら、あの貝殻はもしかしたら王サマの過去も記憶していたんじゃない?

フォスさん、気になります!

 

『おい、やめろ――人のDドライブを覗くのは死刑に匹敵する重罪だと、おぬしは教わらなかったのか』

「ヘイ」

 

待とうか。

恥ずかしい生き方をしないんじゃなかったのかアドミラビリス。

 

『あ、それと金剛国との産業について思いついた事があったんじゃが。死んだ後のわしらの貝殻要らねぇ?砕いて焼けば生石灰取れるぞー?超有用だぞー?』

「ヘイ。証拠隠滅しようとしてんじゃねーぞこのウミウシ」

『いや、日本にもあったじゃろ?基本的人権にはプライバシーの権利と言うモンがね?』

「残念。ボクら人間じゃねーし」

 

はっはっは。

王サマ(親友)の貝殻の記憶なんて貰った日にゃ、金剛国で未来永劫大切に保管してくれるわ覚悟しろや。

 

 

 

■ 俺より強いオスに会いに来たアクレアツス

 

『――フォスフォフィライト。

……僕と決闘しろ!!』

 

人型保持用の海水容器を左手に抱えつつ、開口一番にボクを指さしならが吠えるバカが居た。

お前は一体何を言っているんだと思わず返しそうになる。

なんかこいつのノリ、すっげぇボルツに似てるなぁ……

そう言えばカラーリングも黒だ。

 

「……お久しぶり、アクレアツス。海の時以来かな?元気してた?」

『武器は選ばせてやろう。ボクはこの触手が武器だからな。ハンデにはならない』

 

聞こうぜ、人の話を。

 

キミ誰にケンカ売ってるか分かってる?フォスフォフィライトだぜ?美人薄命を宿命として生まれたみんなのアイドルフォスフォフィライトちゃん様なんだぜ?

アイドルにケンカ売るのやめなさいよ。ケガすんぞ。ボクが。

 

「――フォス!稽古の時間だ!!」

 

ハイ来ましたよー!さらにややこしくなりそうな人が来ましたよー!

原作に出てない台詞なのにコレ聞いただけでもう誰かわかっちゃうくらいのバーサーカー来ましたよクソが!

止めてくれませんかね毎回毎回人にノルマ強要すんの。

たまには平和な一日があっても良いじゃないの。

 

「……誰だコイツは?新手の月人か?」

『――む。そういうお前は、ボルツとか言うやつか。姉上が話していたのを聞いた事がある。

開口一番に月人呼ばわりとは失礼なヤツだ』

 

キミ、特大なブーメラン投げてるの気づいてる??

開口一番にボクに喧嘩売ったこと、ちゃんと自覚して言ってる??

 

ったく、話通じないなら話通じない奴と絡んでてくれねーかな。

それならボクも楽が出来るのに――って、そうだ。

 

「くっくっく、ウェントリコスス王の弟、アクレアツスよ――」

「フォス、なんだそのノリは?恐ろしく気持ち悪いぞ」

 

黙りなさいよ。さりげなくお前に自己紹介してやってんだろうが。

だからおめえは未だにボルツなんだよ。

 

コホン。

 

「――これなるは、このフォスフォフィライトの一番弟子にして金剛国一の強者、ボルツなり!ボクと決闘がしたいと言うのならば、まずはこのボルツを倒してからにして貰おう!!」

『い、一番弟子だと……!?』

 

――ちなみに。

後にこの話を聞いたジルコンが、ボクに対してもの凄くめんどくさい拗ね方をするようになったりした。なぜだ。

 

「ふむ……?」

 

ボルツがゆるりと抜刀する。

 

……あの、ボルツさん?

ここはボクを後ろ手に庇ったボルツが、アクレアツスに剣を突き付けて啖呵を切ると言う、なんかこう師弟愛とか家族愛が溢れるシーンだと思うんですが。

突き付ける先が違いますよー?

剣を突き付けるのはボクじゃなくてアクレアツスの方ですよー?ほら、あっちあっち。おーらい?

 

「弟子と言うのは、師を超えて行くものなのだと何処かで聞いた事がある」

 

ボルツが獰猛な笑みを浮かべる。

 

――笑うという行為は本来攻撃的なものであり、獣が牙をむく行為が原点である。

 

「――さあ、下克上だ」

 

クソが!ボルツのくせに余計な知恵ばっかつけてんじゃねぇよ!末っ子は労わって可愛がって甘やかすものだと父ちゃん母ちゃんに教わらなかったのか!!?

テストに出るんだぞココは!?

 

「――お、おおボルツよ。もはや私がお前に教える事は何もにい。可及的速やかに剣を放して何処ぞに飛び立つべきそうすべき」

『ならば、僕がお前に挑むのも何も問題がないと言う事だな』

「畜生めぇっっ!?何なんだこの戦闘民族包囲網は!!?」

 

総統閣下だってカチキレんぞ!?

 

「――良いか、アクレアツス。コイツについては僕の方が先約だ。郷に入っては郷に従えとウェントリコスス王に教わらなかったか?順番は守れ。

決闘は僕の稽古の後にして貰おう」

『む……姉上を出されると流石に弱い。……わかった。君の後に挑む事にしよう』

「シレっとトンでもねぇ連戦カード組んでんじゃねえぞオラァッ!?ボクが一体何をしたァッ!?」

 

異常だと思うんです!最近のフォスさんイジメは異常だと思うんですよ!?

そろそろ色んなトコに訴え出て賠償金請求しても許されるレベルなんじゃねえの!?

 

――二人揃って「なに言ってんだコイツ?」みたいな表情止めろやぁっ!?

 

「……そう言えば、お前はなぜフォスと決闘なんぞしたいんだ?やはりコイツの技を盗みたいのか?」

『技?……いや、そう言う意図は無い。やはりコイツは、強いのか?』

「ふん……技量だけならば僕が手も足も出ないほどの手練れだ。スペックゴリ押しか遠距離連打でないとコイツを割るのは難しい。不意打ちでもな。

一度、こいつと同じ速度に立った上でケンカしてみると良い。学べるものがボロボロ出てくるぞ」

『ほう……そこまで言うのか』

 

ねえ、やめてくんない変なハードルせっせせっせと設けるの。

っつーか、アクレアツス君。なんでボルツの言う事は素直に聞いてるんですか?

ハブってんの?フォスさんをハブってんの?

っつーかアクレアツス君の僕を見る目が違う方向にシフトして来てるんですけど!?

 

おいルチルコラ!?満面の笑みでみんなを呼びに行くのやめろ!!とめろ!!コイツらを!!

おおーーーいっ!!?

 

 

 

――パキャッ!(泣)

 

 

 

「……あのね?もう何回このオチ使い回す気なのってウンザリしてくるんですけどもね?

天丼って限度があると思う。フォスさん、天丼って限度があると思うの」

「いやあ今回のは凄かったですねえ!まさか二人同時に相手しても何とかして見せるとは――感服しました!」

 

だから聞こうぜ、人の話を。

 

『条件つけられただけで、あそこまでやり難くなるものなんだな……本当に勉強になった』

 

頼むから聞こうぜ、人の話を。

 

とりあえず、話術でルール順守させて何とかしたんだけど最終的に何とか出来なかったぜ。

スペックゴリ押しに切り替えられたらボクって何も出来ないしな。

結局今日も割れ申した。

 

ちなみに制定ルールは4つ。

・制限時間と戦闘範囲を設定し、1(ボク) vs 2(バカ二人) で行う。

・剣を正中線に直撃させるか、相手を場外に出した方の勝ち。

・バカどもはどちらか一人がやられたらその時点で終了。

・タイムオーバーならボクの勝ち。

 

「一本決めた瞬間に3本勝負ルール追加してきやがって、子供かテメーらは……」

「フン、あらかじめ決めておかなかったお前が悪い。それに、あれを一本で終わらせるなんてとんでもない。

――コンビネーション不足を逆手に取る事は解り切っていたが、ここまで奇麗に決められるとは思っていなかった。これはまだまだ学べる余地がある。

次からはこのルールで行こう」

「気付いて!?フォスさんのライフはもうゼロな事に気付いて!?」

『今まさにライフ回復中だろう』

「大丈夫――あなたは私が、何度でも直しますよ」

「聞きたくなかった!!凄くカッコいいセリフだけど、今は聞きたくなかった!!」

 

無駄に洗練されたサムズアップ止めろや!

 

「……っつーかさ、アクレアツス。なんでいきなりボクと決闘なんてお求めになったよ?」

 

開いた左腕を治して貰いながら、海水不足で若干縮んで来たアクレアツスに問いかけた。

実際、今回はマジで心当たりがない。

 

『姉上が……』

「うん?」

 

まるで拗ねた子供のように、アクレアツスはポツリと口にする。

 

『……姉上が、お前の事ばかり話題にするんだ。確かに、お前のおかげで今の僕達があるのは理解しているさ。でも……それを差し引いても、すごく楽しそうにお前の事ばかり話すんだ』

 

……

 

……おーい……

 

『僕は……僕は、姉上をお前に渡す気はないッ!』

「いや渡されても困るっつの。なに、ボクシスコンが原因で割られたの?」

「ダイヤが好きそうな話題だな」

『姉上を要らないと言うのかきさま!?』

「君ホントめんどくさいシスコンだなおい」

 

王サマと三角関係は勘弁だぜ?

 

……まあ、あの王サマだしなぁ。

こっちに来たときは、ボルツとかシンシャとかに色目使ってたんだよな。最終的には先生一択になったみたいだけど。

 

「なんだっけ。……ちょっとツンとした子がタイプ、なんて話を聞いたなそう言えば」

『あ、姉上の好みのタイプを聞いたのか!?』

 

おーおー、すっげえ食いつくじゃねぇか。

軽く笑って答えてやった。

 

「大変だったんよ?はじめの頃は。ウミウシモードでボクにしか声が届かないからって、やれ先生に求愛したり、美形の国だ眼福眼福って寛いだり、ダイヤに媚びてた時もあったかな」

「殺そう」

 

ボルツ早いなおい。

 

『姉上がそんな遊び人な訳が無いだろう!適当な事を!!

……そしてボルツ。貴様、姉上を害するつもりなら、僕がその前に粉にしてくれる』

「――ほう、出来るか?僕の体を面と向かって砕いて見せたのは後にも先にもフォスぐらいなものだったが、お前にフォス以上の技量があるかな……?」

『試してみるか?アドミラビリスに貴様の刃は通らない』

「フン。そう言えば酸があったか……だからどうした?」

「キミら、ほんっと似た者同士なのな!?」

 

ブラコン・シスコンな所も喧嘩っ早い所も真っ黒な所もそっくりだよ!?

 

「心配しなくとも、現存しているアドミラビリスが君と王サマの二人だけなんだから、王サマが君とくっつくのは確定してるだろ」

『ぐ……』

 

考えてみれば、王サマって近親相姦が確定してんのよねぇ。

あそこまできっぱりはっきり「自分が始祖となる」って言い放ったんだから、そもそも恋愛がどうのとか二の次だろうし。

覚悟完了過ぎて、このネタで揶揄う気も起きねぇや。

一国を背負うって大変だよな。

 

『……姉上の覚悟は、僕だってわかるさ。だから……だからこそ。

――僕は、『義務』で愛されるのは嫌なんだ!』

 

……こっちもアオハルしてんなぁ。

我儘な主張ではあるけれど、こう言うのは見てて好感が持てるわ。

 

「……ボクを倒せば王サマが好きになってくれるかも……とか?でもボク、王サマには戦う所を一度だって見せた事無いんだよね。

王サマが良くボクの事を話してたって言ってたけど、その中に戦闘力の事は入ってた?」

『……』

 

言葉に詰まるアクレアツス。

 

まあ、その辺は解かってた感じだよな。

でもどうすれば良いか判らないから、とりあえずボクに突っ込んでみましたってか?

ここで武力を使うあたり、準ボルツだとは思うけども。

 

「きみ、今いくつよ?」

『……19だ』

 

おっと、予想以上に若かったな。

実は王サマも結構若い方なのかもね。

――でも、まぁ。

 

「なら、『なりたい自分』をまだ選べる年じゃないの。『王サマにモテる貝になる』――いいじゃん、応援するよ?

キミはどんな貝なら王サマにモテると思う?キミはどんなふうに王サマと過ごしたい?」

『……それは……』

 

アクレアツスの瞳が揺れた。

 

『……僕は、姉上を守りたい』

「それが武力のみを指すなら、キミは既にその条件を手にしているね」

 

アクレアツスの声が震えた。

 

『――僕は、姉上を支えたい』

「それは、武力だけじゃ無理だな。王サマがやっている事を勉強して、理解して、やりたい事を手伝ってあげないといけない」

 

――アクレアツスの、顔が上がった。

 

『僕は、姉上がお前の事を話している時と同じように、姉上の近くにありたい!』

 

ボクは答える。

 

「ボクは王サマに対して何ら特別な事をやってた訳じゃない。……困ってそうだから手伝った、ってのはもちろんあるけど……結局、言いたい事をバカスカ言って、言いたい事をバカスカ言われてただけさ。

 

――友達って、そう言う事だもんな」

 

とん、とアクレアツスの胸を小突く。

 

「勉強して、武力も磨いて、王サマにちゃんと想いを伝えて、言いたい事言われて、んでもって最強にカッコイイ自分を目指せよ。

『それ』にどこまで本気になれるかでキミの王サマへの気持ちの強さが解る。

 

……果たしてキミは、ボク以上に王サマの事を大切に思ってるのかな?」

 

『っ――もちろんだ!!バカにするなっ!!』

 

はっはっは、いやぁ若いねぇー。

寿命のある生き物は残り時間が少ないから大変だ。

たくさん頑張って王サマのハートをキャッチしてくれたまへー、青少年くん!

 

 

@ @ @

 

 

そんなこんなで、ウミウシモードになったアクレアツス君は先生にぶん投げられて帰って行った。

もう二度と戦闘力を翳して来る事は無いと祈りたい。

でもどうだろうなー……ボルツの同類だしなぁー……

 

「……お前、恋愛相談の顧問も出来たんだな」

「んあ?」

 

ボルツがなんか、複雑そうな目でボクを見ていた。

 

「そんな大層なもんじゃないよ。……ちゃんと本人、僕を倒せば王サマに好きになって貰えるー、みたいな思考は間違ってるって最初から気づいていたからね。

王サマへの気持ちで釣って、背中を押してあげただけさ」

 

海に行ったとき、王サマが口にした彼への評価を聞いた事がある。

 

曰く、食う事と戦うこと以外に能がないけど憎めない弟……だ、そうだ。

きっと本人の自己評価もそんな感じなんだろう。

そして食う事と戦う事だけでは、これから王サマについて行く事は厳しいのだと思う。

だからボクは、王サマの事が本気で大切なら、それ以外の事にも目を向けてみろと言ってやっただけだ。

 

王サマの心を本当に射止められるかどうかは、結局彼がガンバるしかない。

アドミラビリスの復興と言う大義が待っているので、彼がどう思われていようと少なくとも破局は無い間柄だ。

 

――それが救いなのかそうでないのかは、これから決まるって訳だ。

 

「――そういやボルツは、以前肉のある動物は下等だって評していたよね」

「……。ああ」

「んじゃ、覚悟しときなよぉー?……きっとこれからの20~30年は、色んな物が目まぐるしくなってくるだろうからさ」

「……?」

 

――男子、三日合わざれば刮目してみよ。

 

特に、あの子はボルツに似ていたからね。

これから何回も触れ合って行く相手にあって、自分と似ている奴が精神的に成長して行く様を見て行く事になる。

……果たしてボルツはそれを見て、どう言う変化をして行くんだろうね?

 

クックック……これは末っ子の楽しみ方じゃあないなぁ。

『人間』って奴を知っている事の特権かな?

――ああ、楽しみだ。ボク、今まさにキラキラしてる実感あるわ。

 

 

@ @ @

 

 

――王サマ懐妊の知らせが届いたのは、それから3年後。

 

どうだ、凄いだろうと両手でピースサインを真っすぐ突き付けながら報告してくれた王サマの顔は、少なくとも僕の眼にはとても幸せそうに見えた。

 


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