こちらの続編となっております。サブタイでピンと来なかった方はこちらを見返してから見て頂ければと思います。
https://syosetu.org/novel/143136/266.html
『ほら、起きろよ』
体をゆすられる感覚で目を開くと、呆れた顔を見せられた。
『朝畑で動いて、その分寝るのは分かる。だが、せめてもう少し寝やすいようにしたらどうだ』
そう言って、柱に背を預けていた私は、やや強引に体をずらされる。彼自身によって作られた胡座の上に乗せられたブランケットに頭を倒された。
『ちょっと』
『文句を言う暇があったらもっと寝やすい体勢とれ。何がいつ起きてもおかしくないんだから』
『...むー』
その言葉はこれ以上にないくらい私を縛り付けるもので、それでも心の整理はつかなくて。
『むー!』
『ちょっ、おい』
だから私は、せめてもの抵抗として顔をブランケットに押し付けてぐりぐりしてやるのだ。上から焦った声がして少しだけ満足する。
『まふぃったかふぁ!?』
『あーはいはい。俺の負けでいいからこっち向け』
ため息をつくのは、私の好きな人。古雪椿。
私は、白鳥歌野。
『この甘えん坊め』
『へへっ...』
『はぁ...仕方ない。子守唄でも歌ってやろう』
私達は、いつまでも、この時を。
目が覚める。最近やっと見慣れてきた天井がそこにはあった。
安定した衣食住があり、多くの人が住んでいて、彼がいない場所。
「やっぱり、歌ってくれないのね」
聞いたことのないものは、夢であれ再現できないのだろう。
そして、もう聞くことはない。
――――――――――――――――
バーテックスと呼ばれる化け物が世界に現れて数年。人類は壊滅的な被害を受けながら、それでも希望を見出した。
勇者と呼ばれるバーテックスを倒す力に目覚めた少女達は、たったの六人。今や人の住む場所が四国だけになったといえど、とても十分な人数とは言えない。
それでも、大社のサポートもあって勇者は一騎当千の力を持ち、特に数年間実践を戦い続けてきた彼女____白鳥歌野さんは、四国の住民、そして大社の人達を大きく喜ばせる要因となった。
だが、今現在_________勇者達の間は、深い溝が入っている。
「ここ、いいですか?」
「いいですよ。というか、そんなかしこまった言い方をしなくても良いんですよ?」
「...まだ、ここの空気に慣れなくて」
「そうですか...お疲れ様です」
目の前の席に座るのは、白鳥歌野さんと外に来た諏訪の巫女、藤森水都さん。歌野さんと共にこの四国へ生き延びてきた唯一の人だ。
「大社での訓練、結構きついですね」
「そうですか?いえ、確かに厳しいと言う人が多いですが」
「こういうことは全然してなかったので慣れてなくて。もっと生き残るための実践的なことだと思ってました」
その瞬間、私達の周りで楽しく食事を取っていた巫女の談笑が少しだけ静まった。
「落ち着いた場所も、ただ何もせず祈ることも、体が違和感を覚えてしまって」
「それは...」
「あ、いただきます」
「...はい」
今運んできた蕎麦を食べる水都さん自身は優しく、温厚な人だ。ただ、たまに見せる影のような部分が、あまりにもギャップを生んでいる。
その緊張感に引っ張られた私は、なんとか話題をあげようとして、更なる悪手を引いてから気づいた。
「若葉ちゃん達は上手くやってるでしょうか」
「乃木さんが余計なことを言わなければ普通だと思いますよ」
「っ...」
ズキリと胸が痛むような思いをしながら、否定はしない。
勇者の不和。事の発端は、若葉ちゃんにあった。
先日あった敵の大規模侵攻を防いだ私達は、四国の外を出て調査へ向かった。神樹様に守られた四国ではそうそう見ることのない瓦礫、建物、そして____亡くなった人々の証。
私達は、二人が過ごしていた諏訪まで行ってから、敵の再侵攻の神託を受けて四国へ戻った。問題はその道中。
『椿は、いつも無茶して、戦って...最後は諏訪を守り抜いてくれたのよ。私の代わりに』
古雪椿と言うらしい、諏訪で一緒に暮らしていた男の子。普段は昔のことをあまり話さないお二人が、その感傷からか話してくれた。
『諏訪を守ったのは歌野だろう?一般人がバーテックスに勝てるわけないのだから』
誰も止められなかった。
『戦っても無駄に死んでしまうだけだというのに』
『若葉ちゃんッ!!』『若葉さん!?』
『歌野を心配させて...?』
『...そうね。本当にそう』
底冷えしたような声音。若葉ちゃんも流石に気づく。
『歌野?何故怒って...』
『乃木さん。私が今怒ってる理由が分からないうちは、私に二度と話しかけないで』
「そう、ですね」
しばらく経った今は、もう若葉ちゃんも気づいている。でも、口から出た言葉は戻らない。
しかし、若葉ちゃんにとってバーテックスは勇者じゃないと倒せない存在であり、一般人は守られるべき存在という認識なのだ。しかも戦場は四国へ逃げ延びた一度を除いて、普段は誰もいない樹海の中。だから想像しにくかった。一般人が勇者より前に出て戦う姿が。歌野さんの想い人が歌野さん自身を心配させる行動をとるなど。
だけど、そんなものは後の祭り。言い訳でしかない。
「私も、うたのんがキレてなかったら殴ってたかも」
「それは...」
「でも仕方ないよね。知らないんだから。一般人が戦わなきゃいけないことも、彼の気持ちも」
「......」
「あぁ、ごめんね?口悪くて」
「いえそんな...気持ちは分かりますから」
「ありがとう、あー、どうにも古雪君の口悪さが移ってるのかな?初めてあった時も凄い言い方してたんだよね。大人に」
「...水都さんも、好きだったんですね。彼のこと」
楽しそうに微笑む彼女を見ていれば、どれだけ大切だったかなどすぐに分かる。きっと、その彼と、歌野さんと、水都さん。三人の空間というのは、何より特別だったのだろう。
「そうだね。凄い特別だった...もう叶わないことだしね」
――――――――――――――――
「はぁ~...」
ベンチに座ってため息を吐く。小鳥が囀り、輝く太陽はまるで明るい未来を表しているかのよう。
それでも、私の心は憂鬱だった。
「気まずいわねぇ......」
四国にいた五人の勇者。特に乃木さんと最近仲が悪い。いや、あの発言を許せるわけがないし、二度と話しかけて欲しいとは思わないけど、別に私は友人同士の空気をぶち壊したいとか、ただ悪口を言いたいとか、そんなことはないのだ。
でも、椿がどんな思いで戦っていたかも知らない赤の他人に、無駄だったなんて言われてキレない訳が無いのだから。
「平和ですもんね。ここ」
常に気を配る必要はない。高いところで辺りを見渡すこともしない。訓練と勉強と、直接周りに被害の出ない戦場。
大々的に報じていたテレビなんて、見ることそもそもが久々だった。
守ることが勇者として当然ではないけど、守られることが一般人の当然になっている。私だってただの女子中学生でいたかったものだ。
(普通の女の子で、普通の女子高生になって、普通に結婚して...)
「相手なんていないのに」
半笑いと共に出てきた言葉は、鳥の羽ばたく音に消された。これなら椿に迫っておくべきだった。私のこと大好きだったんだし、どうせ断られなかっただろう。
(そういえば、あの歌はなんだったのかしら)
椿が作業に没頭している時、ある鼻歌をよくやっていた。本人は無意識だったみたいで、聞いてみても『え、なんか喋ってたか?』なんて言ってたけど。
とても子守唄にはならないような、アップテンポな曲。確か________
「〜♪」
爽やかな風に、うろ覚えなメロディーが乗せられる。椿のスマホの中には、この音楽は入ってなかった。
(あぁ、止まらないなぁ)
彼の事を考えるだけで未だに涙が出る。その意味も理解できない涙が。
「貴女、そういうの好きだったのね」
「うぇ?」
ぼやけた視界で見れば、そこには郡さんがいた。
「っ、ごめんなさい。煩かったかしら」
「いえ、私が気になったのはBGMそのものだったから」
「BG...ちょっと待って!?貴女この歌知ってるのッ!?」
「知ってるって...逆に貴方は知らないで歌えてるの?」
「教えて!!お願い!!」
私の顔を見た郡さんは、少ししてからスマホで何かを打ち込んでいく。そして、とある画面を見せてくれた。
「何これ?ゲーム?」
「このゲームの主人公覚醒イベントの時のBGMよ」
「!!」
「ちょっ、やめなさい!」
「センキューセンキューセンキュー!!!」
ベンチから勢いよく郡さんに抱きついて、お腹の辺りで顔をスリスリする。今郡さんがみーちゃんの次くらいに好きになった。
「じゃあ私ゲームのお店に行ってくるわ!!!」
「いや、このゲーム昔のでもうお店には並んでないと...」
「えっ......」
「...私の部屋にはあるわ」
「みーちゃんと同じくらい好きになったわ」
「現金な人...」
「おー!!」
郡さんの部屋でお目当てのゲームを見つけた私は、大社から渡されてロクに使ってないお金で買ったゲーム機に差し込む。
「郡さん、本当にありがとう。帰ってやってみるわ」
「まぁ、そこまで喜んで貰えるならよかったけど...本当に知らないのに歌えてたのね」
「そうね。私も鼻歌を聞いてただけだから」
「...彼がやってたの?」
「多分そうだと思うわ。私はこれをやってるところを見たことなかったけど」
「そう......好きだったのかしら」
「ともかくありがとう。じゃあまたね」
「っ、待って」
「?」
振り返ると、やや神妙な面持ちの郡さん。
「どうして貴女は、戦うの」
「どうしてって...」
「......大切な人を失って、今は大社に良いように利用されて、分かってるんでしょう?」
「約束があるから」
返事を迷うことなんてなかった。例え約束の相手がいなかったとしても。
「四国まで来て、農業王になって、誰かを守る勇者になる。だから私は、生きなきゃならない」
「どうして、そんなに...」
「好きな人との約束を守りたい。ただそれだけよ。それにみーちゃんもいる。あの子を失うなんて耐えられないわ」
もし、みーちゃんに何かあれば、私は_________
「貴女にだっているでしょう?守りたい人が」
「...」
「どれだけ現状に不満があっても、どれだけ恨み辛みがあっても、どれだけ後悔があっても、それが今やりたいことの妨げになるなら構うべきじゃない」
「...そうかも、しれないわね」
「そうよ。じゃあね!」
今度こそ私は郡さんの部屋を出る。これからしばらくは忙しくなりそうだ。
(新しい畑も、もうすぐ貰えるし。頑張らないと!)
――――――――――――――――
『ざっくりこんな感じだったわ』
「そうですか...ありがとうございます」
電話相手の千景さんは、『気にしないで』と淡白な返事をする。それに反応するのは、隣で一緒に聞いていたタマっち先輩だ。
「でも、本当に珍しいな。千景がこんな話を電話かけてまでしてくるなんて」
『土居さんの中で私のイメージがどんなものか、よく分かったわ』
「あぁ冗談だって!?」
「ですが、そうするとやっぱり、歌野さんの心を癒すのは難しそうですね」
歌野さんという人と接する程、今の彼女はどこかおかしいのではないかと感じてしまう。若葉さんのあの一件以来、そして今の千景さんの話を聞いて尚更。
普段は快活、明るいのに、戦闘になると容赦も慈悲もない。鞭を振るい、短刀で念入りにバラバラにしていく。
笑みも含んだその表情は、明確な悪感情で満たされているのだ。
(辛くないわけがない。でも、私達に何かできるのかな...)
「タマはそこまで分からんけど、杏が死んだら辛いだろうな。間違いない」
「タマっち先輩...」
「勿論千景や若葉、友奈もだけど...歌野はそれを経験してる。んだよなぁ」
『......今回ので、少しは休んでくれるといいのだけど』
「そうですね...」
あの人の心を治すのは、時間か、それとも。
『今は、そっとしておいてあげた方が良いと思う』
(水都さん...)
『正直、私もまだ辛くてさ』
思い出の中の水都さんは、歌野さんとはまた違う苦しそうな笑みを浮かべて、そう言った。
―――――――――――――――
「うたのんおはよう...寝不足?」
「そうね、少し。でもみーちゃん見たら元気出てきたわ!」
「あ、頭はやめて...もー」
後ろからそんな会話が聞こえてきて、私は生唾を飲み込んだ。
私は歌野に拒絶されている。理由としては、私の軽率な発言のせいだ。
為す術もなく奴らに殺された同級生達、必死で逃げ延びた一般人、それから数年して、特別な環境での勇者だけが戦う場所。
だから、勇者が守っているにも関わらず、それでも死地へ赴くことを理解しきれなかった。ましてや、あの強さを誇る歌野がいながら。など。
その『古雪椿』なる人物は、どんな思いで戦場へ行っているのか。など。
(いや、言い訳にしか過ぎないことなど、分りきっている...)
謝りたいが、どんな声をかけるべきか悩んだ。ひなたに聞いたら『若葉ちゃん自身が考えて辿り着かないと、歌野さんはまた怒ると思いますよ』ともっともなことを言われ、結局週末を使って自分で書面に起こした。
だが、いざ渡そうと思っても、最後の一歩が踏み出せない。私は自分で口が上手い方ではなく、他人の感情に機敏というわけでもない。
(これで歌野は、許してくれるだろうが...それとも、もっと考えた方が......)
「みーちゃんこそ寝てる?ほら、巫女のカリキュラムって全然分からなくて...みーちゃん?」
次の瞬間、教室につんざくような音が響く。
「敵」
「バーテックスかっ!!」
すぐに切り替わった樹海という結界の中で、私達は空を見上げる。
(他の皆とは別れてしまったか...)
合流したいところではあるが、目の前を泳ぐように向かってくるバーテックスを放置すれば、神樹様を守るという最も大切な目的を捨てることとなる。
「...歌野」
「別に、命を懸ける場でもやめろなんて言わないわ。四国を守りたいという思いは同じだし、その為にベスト以上を尽くす必要があるから。頼りにしてるわ。乃木さん」
「!!あぁ!!!」
鞭を構える歌野の隣で、私も自身の愛武器を構える。ずっと長い時間をかけて鍛え上げてきた技と、隣にいてくれる仲間がいるのだから。
(何も恐れることなど、ない!)
「二度と、逃げも見捨てもしないから」
歌野の呟きと同時に、私達は飛び出した。
どの程度経っただろうか。私がその気持ちから突出しそうになるのを何度も抑え、歌野とお互い救援に向かえそうな距離を保ちつつ戦い続けている。
友奈達はまだ見えず、合流のチャンスもない。だが、一人で一気に攻めると今の均衡を崩してしまう。
「くっ、今日は波状攻撃か」
海岸に打ちつける波のように、一息をついた後すぐに来る敵。連続ではないところが、逆に私の集中力を削いでいく。
(...これは、たまたま、なのか?)
偶然で済ますには、この攻撃は規則的にも思えた。敢えて落ち着けるタイミングを作られてから攻めてきているような_________
「っ、来る!」
次いで来た敵に対し、私は体を捻り刀を返す。決して楽ではないが、このままならば。
「!?」
最後の一体を切りつけた時、私は目を丸めた。今しがた襲ってきた敵は数が少なくなった訳ではなく、上空で一箇所に纏まっていた。互いが互いを食い合うように、邪魔者をどかし少しでもその中心へ入り込むかのように。
「なんだ...進化体か?」
先制攻撃を決めるか悩んだ刹那の間に、敵は変化を起こす。
明らかに多くのバーテックスが入ったとは思えない、小さく丸い結晶のようなもの。空中に浮かぶそれが突然重力を感じたかのように樹海に刺さり、芽吹くように何かが出てくる。
「なん、だと......」
見てしまった私は、体が動かなくなった。
それは、人の形をしていた。人の色をしていた。赤い服を身に纏い、黒い髪を揺らす。
白い化け物から生まれたとは思えない程色彩に溢れたそのヒトは、真っ直ぐに、私へ目を向けた。
「人間、なのか...ッ!?」
どんな存在なのか確認する術もなければ、そんな余裕もなかった。
私達と同世代に見えそうな少年は、私へ掌底を放ってくる。すんでのところで避けたのも束の間、今度は足が飛んできた。
勇者は対バーテックスのために訓練を積んできて、より細かく動く人間に対しては経験が少ない。友奈との体術訓練を必死に思い出しながら動きを合わせてなんとかだ。
いや、それ以上に。
(切って、いいのか...!?)
元はバーテックスとはいえ今の姿は完全に人間であり、そんな相手を切ってしまっていいのか。
『私に二度と話しかけないで』
つい先日、私は死者を思う人を考えなしに否定してしまったばかりなのに、このヒトも、誰かの想い人なのではないのか__________
「っ、しまっ?!」
手首を叩かれ、緩んだ瞬間を払われる。私の握っていた生大刀が宙を駆けて樹海へ突き刺さった。
「ぐっ!?」
そのまま来た回し蹴りを両腕を構えることで抑えるも、勢いが強く蹴飛ばされる。
(迷うな!迷ったら負けるのは私だ!!)
勇者を飛ばすほどの力を持った一般人がいるはずがない。雑念を振り払い、生大刀を握り直すためその方向を見て_______
「つ、ば、き?」
歌野が、そこにいた。
「!!!」
来るなと言いたかった。逃げろと言いたかった。だって、今彼女が発したのは名前だと理解してしまったから。
だが、現実はそんな願いを叶えてはくれない。彼は私の刀を掴み、そのまま歌野へ駆けた。
切っ先は彼女の胸を貫くように、狙いを済ませ、一歩一歩加速して。
「歌野ーッ!!」
叫んでも、何も変わらなかった。
歌野が、彼を切り捨てて。
「...ぇ?」
「ほら、ダメじゃない。自分の獲物取られちゃ」
生大刀を渡してきた歌野は、まるで何ともないかのようだった。
「う、たの...?」
「何?鳩が豆鉄砲貰ったみたいになって」
「いや、だって、お前、今...」
歌野が彼がバーテックスから変化した瞬間は見ていない筈。ならば、どうして平然と切ったのか。何故今も呆気らかんとしているのか。
「つばきって......」
「ん、あぁ、椿?そんなわけ無いじゃない。確かにそっくりというか、そのままに見えたけど」
「な、ならば何故」
「簡単よ」
歌野は鼻で笑った。
「本物の椿が、私に武器を向ける訳ないじゃない。私のこと大好きなんだから」
(そんな、理由で...)
口から出なかったのは、幸か不幸か。私は真っすぐ向いた歌野から目を離せなかった。
もし今現れたのがひなたの姿で、私に同じことができたのか。否、間違いなくできない。
(これが勇者としての覚悟、歌野の強さなのか......)
「ほら、敵は続いてるわ。立てる?」
「あ、あぁ」
歌野の手を取り立ち上がる。既に歌野は武器を構えていた。
(私も、お前のように...)
戦う上で、生き抜く上で、必要な覚悟。
(追いついてみせる。待っていろ。歌野)
誰かを守るために必要なものを持っている彼女に並べるよう。私は一歩踏み出した。
――――――――――――――――
吐いた。
苦しかった。泣いてた。心臓がバクバクとうるさくて、冷たい汗が顔を覆って気持ち悪い。
それでもなお、吐くことを止められなかった。
「ぅ、えェ」
今は夜中の何時だろうか。どのくらいトイレから離れられずにいるだろうか。
出しても出しても、記憶からは出ていってくれない。
樹海で、私は、椿を。
「!!」
フラッシュバックして体が震える。
あれが偽物で、バーテックスと呼ばれる化け物で、本物はもういなくても。
私は椿がくれた武器で、椿を切って、本物も偽物ももういないのだ。
(この手で、椿を、私が、切った??)
「あ、ぁぁぁ、ぁああっぁあ」
こんな世界、生きる意味がない。椿のいない世界なんて。
『誰かを守る、勇者になるんだ』
だとしても、生きなきゃならない。椿のために。椿の願いは、私が生きていることだから。
でも。
「助けて。助けて椿。つばきぃ...」
(側にいて。好きって言って。お願い)
私を『立ち上がらせて/もう止めて』。
夜はまだ、明けない。
――――――――――――――――
「ここどうするんだっけ?」
『ここは裏口から入ると難易度上がるんだよな。普通に行ってもいいけど報酬が少ない』
「じゃあ裏口だよね」
カチカチと心地良い音でコントローラーを操作する。もう外は真っ暗だ。でも、昼は巫女の訓練もあるからできない。
古雪君のやってたゲームを初めて見たのは、諏訪でうたのんに呼んできてほしいと頼まれた時だった。
『久々に触ってたんだよ。一人でやるやつだから通信環境気にしなくていいけど、これ畑見てる方が楽しいなって思えた。俺も毒されてるかもな』
四国に来てから、古雪君がやってたことを思い出して買ったのだ。お金は大社から貰った分で幾らでもある。
だから揃えた。やっていたゲーム、使っていた水筒、着てそうな服。
そうしてしばらくして、私に神樹様から神託が来た。
『神託をスムーズに伝えるために、古雪椿をサポートとして神託の代弁者とする』と。
古雪君から神託が来たことはまだないけど、私は凄く感謝している。
私が口でどれだけ言っても、その気持ちは、本音は、他の人も自分も分かりきっているから。
「それにしても、うたのん、大丈夫かな」
今日の戦いが終わった後、うたのんは調子が悪そうに見えた。本人は大丈夫と言っていたけど。
私はうたのん程強くあれない。あれだけのことがあって、まだ戦って、前を向けるなんて。
『...そろそろ、俺の声が聞けるってこと伝えないか?』
「うーん......まだ待った方が良いと思う」
『そうか』
今うたのんに伝えたら、うたのんがショックを受けちゃうんじゃないか。そう思って、まだ伝えられない。
仕方のないことなのだ。だから_________
「うん...だから、まだこのままで」
そうして、私は暗い部屋の中、ゲームのボタンを押し込んだ。
白鳥歌野と藤森水都は希(こいねが)う
白鳥歌野
四国に逃げ延びた勇者。
好きな人の言葉を胸に戦い続ける。例え相手が好きな人でも。
彼女が切り捨てた者は、単なる化け物なのか、それとも。
藤森水都
四国に逃げ延びた巫女。
神託を受け、勇者を支える。自分にできなかった意志を貫く行為を、好きな人に続けてもらうために。
彼女に寄り添う声は、かつての本物なのか、それとも。
古雪椿
故人。
天の神
勇者が強いことから、勇者の姿が強いのではと考え、姿形を人間に模した者を用意した。
即座に倒され、この戦法は通用しないと判断した。