「緊急会議をしますっっ!!!!」
「わ〜パチパチパチ」
声と一緒に拍手をするのは新人部員の乃木園子。後ろに炎を宿してる下手人以外のメンバーは引きつった顔をしており、あの友奈でさえ乾いた笑いを浮かべていた。
「これは極めて重要な案件です」
「また...?」
「あのねぇ東郷、あんた今週何回目?」
「まだ二回目です!!」
「今日が水曜日なのを忘れてるかなぁ!?」
まだ金曜なら我慢できた____________かもしれない。
「それで...一応内容を聞くけど」
「椿さんが私を受け入れないことですッ!!!」
(やっぱり)
「やっぱり」
あたしの想いと夏凜の声が一致したものの、東郷にはそんなもの関係ない。
「わっしーに堕ちない男の子がいるのかなぁ?」
「いいえ、あの人はもう堕ちてます。私のことが好きなはずです」
「その自信は...いやもう何回も聞いてるからいいからね?あたしのチアの話より聞いた」
「では省きますが、椿さんは皆さんご存知の通り良い方です!!そして自分の体を顧みず私のために動いてくれて、記憶を無くしていた私にもずっと優しくしてくれました!あの時だって」
「いや結局話してるじゃない」
「う...失礼しました。ともかく、記憶を思い出した私は過去の椿さんと最近の椿さんの行動を考えた結果、どう考えても私のことを好きでいるんです!!私はもっと好きです!!!」
「乃木、あんた酒でも入れた?」
「何もしてないよ?」
「...はぁ」
一縷の望みを捨てられたところで、議題は何も変わらない。
「改めてにはなりますが、今回の議題はこちらです」
『椿さんをより堕とすにはどうするべきか』という文字列を見て、アタシは鼻の根元辺りを手で摘んだ。
「これには幾つか計画がありますが、やはり色仕掛けが有効だと結論が出ています」
「じゃあそれでいいじゃない」
「嫌です!!やはり最初は純粋な気持ちで私を好きでいて欲しいんです!!」
「いやもう好きなんじゃ」
「それは分かってます!!」
「めんどくさっ!?」
暴走した東郷は止められない。最近いつもこうだ。
古雪椿という男子と東郷は小学生時代に会っていて、神樹様の影響で丸々忘れていた記憶を思い出した。当然覚えてた古雪は東郷が昔別れた女の子だと思っていたのかはともかく、どっちみち気を使っていたわけで。
それが、元々好きだったらしい幼少期東郷に今の分をプラスするとどうなるか。
結果は暴走列車の完成だった。
「私としては健全にまずは手をつなぐような所から始めたいんです!でも最近あの人は何かと私を避けているように感じます!!これは由々しき問題です!!」
「......」
「他の女の気配がないことは調査済みですが、男色家の気配もありません」
「あはは...」
「わっしー意外と少女漫画志望だから〜」
なんとなく夏凜と目が合い、二人でため息をつく。
「はいはい。とりあえず今日の依頼言うわよー」
結論として出したのは、相手にしないこと。普段真面目な脳みそがお花畑か異世界に行くと人間は分かり合えなくなるのだ。
(大体、知ってるし...)
そう、知っているのだ。諸々と。東郷が車椅子を必要としなくなった途端一学年上のうちのクラスによく来るようになったことで、現場を散見するというのもあるが____________
「どうしたらいいと思うよ...」
最も大きな理由は、本人から直接聞いているからに他ならなかった。
「「...はぁ」」
「いや、悪いとは思ってるけどため息はつくなよ勇者部」
「......そうね。あんたに見せる態度ではなかったわ」
古雪椿。クラスメイトであり東郷の想い人。いや、この場合は東郷を想っていた人と言うべきだろうか。
「でももうくっつけばいいだけじゃないの?」
隣の夏凜はジュースをストローで飲んでから指をさす。
「分かってはいるんだが...」
「何が問題なのよ」
「...昔とかちょっと前に比べてぐいぐいこられてて、だいぶ戸惑ってる」
「「あー...」」
同じ被害者だという思いは、すぐに同情と共感に変わってしまった。
「元々暴走癖のある子ではあったが、ここ一年の反応の差に頭が追いついてなくて...まぁ、時間が解決してるれることではある。どのみち。ただ、それまでずっと避けてるののも苦しい。良い案はないか?」
「それを持ってたら、私達はもっとあいつの暴走を止めれてるわ」
「それもそうか」
「おい」
「冗談だって。ともかく知恵を貸してくれ。ここは奢るから」
「すいませーん追加でうどん一つ!」
「遠慮なさすぎだろ...飲み物取ってくる」
ドリンクバーコーナーに向かうあいつをよそに、あたしは夏凜に目を向けた。
「なんかもう、強制的にくっつけてイチャイチャさせれば良いんじゃないって思ってるんだけど」
「それができてれば苦労してないって話でしょ。二人とも。東郷は急に記憶が戻って、今までのことが恥ずかしいのかもしれないし、あっちは嬉しいんだろうけどまだ動揺のほうが大きい」
「はー羨ましい。あたしも彼氏ほしーい」
「何言ってんの」
「何とは何よ。花の女子中学生、あと半年もしたらあたしは花の女子高校生よ!JK!あんなドロドロに甘い恋の一つや二つ...?」
不意に。本当に不意に。強烈な違和感のようなものが過ぎていった気がして。
「どうしたの?風」
「い、いや?えっと...」
「どうした?お手洗いならそこの奥だそ」
「ちっ、違うわよ!」
緑茶を持って戻ってきた古雪が声をかけてくるも、寧ろ違和感は増していく。
「えっと、古雪」
「ん?」
あたしはその違和感を拭うため、口を開いた。
「あんた、誰が好きなんだっけ?」
−−−−−−−−−−−−−−−−
「......」
体を濡らす雨も、決して俺の感情に含んだモノを洗い流してはくれない。
『あんた、誰が好きなんだっけ?』
『今更かよ。さっきまでその話を...』
俺には好きな人がいる。そのことで勇者部の二人に相談をしていた。
『...あ、れ?』
『あんたねぇ、あんだけ話してたのに忘れたの?こいつの好きな人は......ん?あれ?誰だっけ?』
なのに、その場にいた全員が、名前も、姿も、何もかも思い出せなかった。
(どうして...!?)
違和感だけが強く残って、それでも何も分からない。
(ただの勘違いなはずがない。そんなわけ、あるはずがない...!)
ただの違和感、頭がおかしくなっただけな筈なのに、息が切れ、壁に手を当てて支えないと歩くことも難しい。
明らかに。絶対に。何かが起きている。俺達の預かり知らぬところで。
「クソがっ...」
ガシャンと音を立て壁の感覚が変わる。目を向ければ、そこは玄関だった。大きな隣の家の門。表札に見えるのは___________
「わし、お...」
頭の痛みが増す。俺はこの名字を知っている。そう。彼女の名前は、鷲尾の。
「違うッ!!!」
合ってる。違う。合ってるけど違う。生まれた納得をねじ伏せ、割れんばかりの頭を更に回す。
「あいつは、わし...お、じゃ、ない。あいつは...!!!」
そこからの記憶は、ない。
「あいつは、誰なんだ...!?」
−−−−−−−−−−−−−−−−
私は、ある場所へ向けて歩いていた。その足は重たく、車椅子に乗っていた時より遅いかもしれない。
かつて私が抉った世界を分け隔てる壁。その清算をするため、私は自分自身を捧げることとした。
外に住まう神に許しを請うための供物。周りの人に心配をかけないよう、好きな人が苦しまないよう、私の全ての痕跡を消してもらった上で。
それでも、私は今ここにいる。大地を踏み、自分の足で歩けている。
それは他でもない、勇者部の皆がいたからだ。皆が私のことを思い出し、危険を犯して救い出してくれた。
でも、それは全ての終わりではない。綺麗な物語のように、素敵な童話のようにはならない。
「...」
「......来てくれたのか」
「椿、さん」
そして、崩れた関係も、元には戻らない。
「色々聞いたよ、勇者部から。多分一般人が聞いちゃいけないことまで」
「......」
椿さんは、私のことを忘れてしまっていても、違和感を強く覚えていたらしい。そのせいで倒れてしまったとも聞いた。
(だから、今日は...)
「でも、常人の域からはギリギリ出れなかったわけだ。俺は。あんな痛い思いしたんだから常人の域を出たかった」
「...私の、せいです」
「?おかげだろ」
「......ぇ?」
「何で驚いてる」
不思議そうな顔をする椿さんを、私の方こそ理解できていない。
「だ、だって、私のせいで苦しんだんですから、それで嫌いになったんじゃ」
「はぁ?そっちこそ俺が忘れちゃったから嫌いになって今日まで連絡しなかったんじゃ」
「っ!!そんなわけありませんっ!!!!」
「え、あれ?そうなの?」
「そうですよっ!!!」
思いきり抱きつく。てっきり私は嫌われていたのかと思っていた相手は、私を受け入れてくれた。
「よかった...」
「...誤解があったみたいだな。もっと早く会えば良かった。てっきり別れ話を切り出されるもんだと」
「椿さん......」
「いや、別れるも何も元から違うか......」
微笑んでいた彼の顔が、少しずつ曇っていく。
「...えっと、どうかしましたか?」
「いや、ツッコミを期待したというか......えっと、今更なんて呼べばいいのか」
「お好きなように」
「...じゃあ、一旦東郷。俺はさ、凄い苦しかった。大切な人が記憶から消えて。それは俺が東郷美森も鷲尾須美も凄く大切な存在だったからだと思う。それで、自惚れでなければ東郷も同じように思ってくれてると思う」
「!」
(そんな、椿さん)
唐突過ぎるそれは、まるで告白のようで。私の望んだ言葉が、私が焦がれた中身が、まだ準備のできてない私へ______________
『東郷さん』
「だから、答えてくれないか?」
「......何にです」
「そんなに苦しそうな顔をしている理由を」
「__________」
言える筈もない。これは大切な友達の、友奈ちゃんのこと。そして同時に、この人には関係ない、勇者のこと。
私を救ったことで発生する神の襲来を防ぐため、友奈ちゃんが神樹様と結婚することなど。
「...友奈だろ?」
「そ、れは...」
「勇者絡みなんだろ?言えない理由は分かる。言って意味のないことも分かる。部会者の俺じゃ介入なんてできない。お前の気持ちを全部晴らしてやることは、できない......」
それでも、この人は私に優しい笑みを浮かべてくれる。
「でも、それでも聞きたい。お前のために何とかできるかもしれないって足掻かせてくれ」
「っ...どうして、そんなに優しいんですか」
いつだってそうだ。年も自分と一つしか違わない筈なのに、見透かしたように私の欲しい言葉をくれる。優しさと温かさで包んでくれる。
(こんな人だから、私は)
「決まってる。相手が東郷だからだ。だから分かるし、手を尽くしたい...好きな相手に、理由がいるか」
だから、きっぱりと言い切られたその言葉を聞いて、私は今度こそ耐えきれずに甘えてしまうのだった。
「すみません。私...」
「いいよ。それより手で拭うなって、まったく」
流れる涙を優しく取ってくれた彼は、私の背中をさすりながら考えるような仕草を取る。
「どのみち大赦から言われるのは避けられないけどどうでもいいことだし、そんな問答をしてる暇はお互いにないだろう。あっちは神様との結婚準備、こっちはその対策準備をしなきゃいけない」
「...私は、今度こそ誰も、犠牲にしたくなんてありません」
「うん。何とかなるとは言えない。俺は勇者になれないし」
「そんなこと関係ありません。私の話を真剣に聞いて、励ましてくれるのは、間違いなく今ここにいる貴方しかいませんから」
不安しかなかった私に貰えた、一時の安らぎと、揺るがぬ決意。万感の思いを込めて、私はそっと彼の頬へ_______________
「んむっ」
「まぁ待て待て」
私の唇と彼の頬の間に挟まれた手は、そのまま私を元の場所へ、彼の胸元まで押し戻す。
「それはご褒美にしとこう」
「ご、ご褒美って...」
「全部がうまくいって、二人でまたこうして何処かに行ってさ。その時にでも。楽しみは憂いなくな」
「...分かりました」
「ん、やくそく」
手が形を作り、小指だけが伸ばされる。私はその手を両手で包んでから、小指を絡める。
(...温かい。この手にもう一度触れたい。貴方に会いたい)
「......やくそくします。必ず」
「あぁ。必ずだ」
(友奈ちゃんと、必ず)
−−−−−−−−−−−−−−−−
「すいません、ありがとうございます。夜遅くから...」
「いいんだ。これが少しでも君やあの子の為になるなら」
呼んで貰ったタクシーのドアが自動で開く。感謝は伝えたいが、今は時間が惜しい。
「また来ます」
「......椿君」
「はい?」
「...また来てくれ。元気な顔で、できれば、今度は二人で」
「......はい。必ず」
色々な感情があったのだろう。特に俺をこの前見た時は、自分の家の前で倒れてる時だったわけだし。
「すいません。この住所まで」
「かしこまりました」
「申し訳ないですけど、ギリギリまで寝るのでついたら起こしてください。お願いします」
返事を聞くよりも前に目を閉じる。正直夜通し探し物をしてたせいで頭に鈍い痛みが走っているのだ。
『やくそくします。必ず』
(あんな顔、見たらな)
俺ができるのは励ますことだけ。でも、それ以上に何かしたい。
聞いてるだけであれだけ苦しそうな勇者という存在に自分が当てはまらないことがここまで嫌になるとは思わなかった。聞いた限りだと人柱と言える存在に。
(だが、これも何かの巡り合わせ。か)
あることを思い出した俺は彼女と別れて即刻移動した。と言ってもほとんど家へ帰る道で、見慣れたものである。
だが、向かったのは隣の家。俺にも彼女にも大切な場所。
(須美。ありがと)
好きな人(須美)の力を借りて、好きな人(東郷)を助ける。
(俺が、笑顔にできるなら)
「お客さん」
「んぁっ」
「着きましたよ」
「ん...すみません。ありがとうございます」
お金を払って降りた先は、豪勢な門と城のようにそびえる施設。四国中を探したってこれだけの規模のものはそうそうない。
四国最大の組織なのだから当然ではあるのだが。
「...よし」
躊躇うことなどない。別に喧嘩を売りに行くわけでもないわけだし。
(いや、喧嘩は...まぁいいや)
「すいません」
「はい」
「いいよ。僕が対応する」
「...三好のお兄さん、でしたっけ?」
「あぁ、知ってるのか。古雪椿君。こちらも待っていたんだ。鷲尾家の方から連絡が来てね」
「!」
「ひとまず来てくれるかな」
大きな門が開けられ、窓口から出てきた三好兄に先導されていけば、ある一室に通される。
「...」
中にいたのは、大赦の仮面をきっちりつけた女性だった。当然表情を読み取ることはできないが、雰囲気は硬く冷たいような印象を受ける。
「気にしないで入ってくれ」
「し、失礼します」
「本当はお茶とか出しておもてなしをするべきなんだろうけどね。勇者を送り出した家系からの来客なわけだし。でも、お互い前置きはいらないだろう?」
「...」
俺の焦りを読み取ったのか、全ての時間が無いことを悟っているのか、大赦が、世界の裏で起きることを知っているからか。初対面にも関わらず、大赦としての威厳と気のいい兄貴分を両立させているようなその言葉に、俺は後押しされているように感じた。
(...いや、これは乗るべきだ。全力で)
その為に、俺はここにいる。
「では本題に。俺はこれから起こることを知りました。天の神の襲来。神婚の儀。神に選ばれた相手が誰であるか」
「そうだね」
「ですが、儀式の想定より天の神の襲来が早い。その為...」
自分で並べていた話題が止まる。当然俺が口を止めたからだ。
なら、何故止めたのか。三好兄の隣に座り微動だにしなかった彼女の、ぎゅっと握られている手が僅かに震えていたからだ。
怖がるような、苦しむような、何かを願われている。そんな気がして__________________________
「時間稼ぎのため、防波堤の手数を増やしませんかって提案しに来たんですが、そんな建前どうでもいいですね」
予定していた計画を全て捨てることにした。
「ほう?」
「わざわざ人払いまで済ませてくれたんだ。こちらも筋を通す必要があるでしょう」
「なら、改めて聞こうか。本日はどういう用件で来たんだい?」
「東郷の願いを叶える。三好を、勇者部を手伝う。『大赦』の意向とは違う、この願いは『貴方達』と同じはずだ。力を貸してほしい」
「...言ったでしょう?」
三好兄が隣の方に目を向けて、そのまま沈黙が流れる。返事が来ないことを悟ったのか、その態度に満足したのか、三好兄が俺に向け口を開いた。
「乗ろう。咎めが来る頃には全てが終わっているか、それどころじゃなくなってる筈だしね。それに、妹の願いを叶えるのは兄の役目だ」
「...」
「とはいえ、それだけ自信を持って言うんだ。まさか無策で来たわけじゃないだろう?」
「勿論。というか、ご存知ですよね」
鞄から取り出すのは一冊の本。厚さは普通、年季の入った、少しボロさすら感じる物。
これが、俺の切り札。
「かつて大赦が大いなる力を手に入れるために試行錯誤した記録。昔は小説の設定だと思ってましたけど、読み直した今なら分かります。これはかつて大赦が勇者の力を勇者以外に付与するために行った実験の記録」
ページをめくる。既に当たりはつけていた。
「その一つ。ある程度の能力を得たものの、現実から外れた世界に行けるだけの素養がなくて中止となった儀式。それを『東郷の記憶を知覚しかけていた』俺が行えば」
「...危険な賭けなのは分かっているね?」
「それでも。この儀式をしてもらう為に、俺は此処に来ました」
覚悟は決まっている。これより行うのは適性のある素体を元に、力を呼び寄せる儀式。
「やらせてください。この『神降ろしの儀』を」
賭けの盤上に乗せるのは、俺自身だ。
−−−−−−−−−−−−−−−−
光が瞬いた。
「...ぁ」
幻想的な色の壁が、私と友奈ちゃんの間に割り込む。辺りを見渡せば、六体の精霊。
「そんな、こうまでして...」
「東郷さん、たすけ...」
目の前で涙を流す友奈ちゃんは、伸ばしていた手をだらりと下げる。
「そんな...いや」
私を掴んでいた糸はようやく離れ、友奈ちゃんとの距離はほぼゼロ。
でも、その薄い壁一枚がどうしても越えられない壁になっていた。
下がった手が、見えなくなった顔が、体に巻きついている糸が、深海へと沈んでいくかの如く光を失っていく。
「いや...いかないで!」
固められたように動かなくなった体を軋ませて壁を叩いても、その力はあまりにも非力で。
(いらない...友奈ちゃんを、友達を捨ててまで手に入れた世界なんて、いらない)
辺りには、最初から何もなかったかのような静寂だけがあった。
(あの人とのやくそくも守れない世界に、いたくない)
気づけば、あの人抜きで生きていけない体になってしまった。私はこんなに、一人じゃ力が出ないものなのか。
「皆が、みんなが、繋げてくれた想いを...」
口から出る言葉とに逆らうように、私は、その目を閉じて_______________
「じゃ、一旦バトンタッチね」
コツンと、何かの音がした。
「ぇ...」
「さてさて。時間もないし...ぶち抜くかぁ」
「っ、つばき、さん?」
「んー...お、いいのあるじゃん」
そこには、いるはずのない人がいた。短く整えられた黒髪を持ち、すっとした両目で下を見下ろすあの人を、私が見間違う筈もない。
「すぅー...満開ッッ!!!」
赤く燃え上がる炎。その渦が途切れた時には、あの人は空の上にいた。光り輝く翼を携え、手に持つには余りにも大きい筒は、戦艦の砲身を思わせる。
「これは一人だけの力じゃない。多くの勇者、巫女、人の想いと願いが詰められたもの」
両手で構えられた砲身が更に強烈な光を帯び始める。太陽にも、天の神にも負けない色味が、もっともっと増していく。
「人の道を願うなら、あんな薄っぺらい板、ぶち抜けないわけないじゃんさぁッ!!!」
荒々しい雄叫びが、それでもまだだと助長させる。
きっと数秒だったのであろう。そんなに長い時間は取れない筈なのだから。
それでも私は、さっきまでの不安が嘘のように消えていた。理屈や論理は必要ない。ただ、来てくれたのだから。
そして。
「つ、らっ、ぬっ、けッッッッ!!!!」
赤より紅い弾丸が、空間を歪ませて飛翔した。
私が倒れ伏す光の壁に突き刺さった一射は、まるで始めから障害など無かったかのように突き抜け、一瞬にして見えなくなる。衝撃で私自身が宙を舞い、視界がぐるぐると回転する。
「大丈夫」
それを止めてくれたのは、他ならぬ椿さんだった。
「手伝えるのはここまで。ここからはお前さんの見せ場だよ」
「ぁ...」
「須美なら行ける。強い子だからな。大丈夫!」
そうして微笑む顔を見て、やっと確信に変わった。
ただ、気づくのが遅くても許して欲しい。そんなことはあり得ないと思っていたんだから。
「準備はいい?友奈のとこまで飛ばすよ!」
「うん...ありがとう。『二人とも』」
「!それを後で本人が聞けることを祈ってるよ...それじゃあっ!!!」
繋がっていた手を強く握る。手から体の内側まで熱が広がっていく。
その手が、離されて。
「行ってこぉぉぉいっッッッッ!!!」
背中を叩く声援を受けながら、私は闇へと飛び出した。
−−−−−−−−−−−−−−−−
桜が舞う。俺の手では決して届かない花びらがヒラヒラと落ちてきて、偶然手の中に収まった。
「そりゃ、こんだけ舞ってたらなぁ」
まるで、空から祝われているかのような。
(天とか神とかからは、祝われてなさそうだしな)
「そうですね」
自虐するようなことを考えていたら、背中から声がする。相手なんて分かりきっているわけで、特に動揺することもない。
「去年とは、逆になりましたね」
「逆って...あぁ、こいつか」
カンカンと鉄の音を響かせる。今の俺の足である車椅子は、何の変哲も無い一般仕様であるものの、十分に動けない俺のサポートを満足にこなしている。
「去年の今頃は、東郷の方が車椅子だったもんな」
「...今にして思えば、友奈ちゃん以外の、ましてや男性に自分の車椅子の操作をお願いしていたことの意味に気づくべきでした。私がただの他人にそれを預けるわけないのに」
「ははは...」
神は去った。正確にはまだいるのだろうが、今この時代を生きる人間に決定権が移ったらしい。それを成し遂げたのは勇者部であり、大赦の関係者であり、俺でもあったという。
他人事な理由はただ一つ。本当に俺は諸々の事実に関与していないからだ。
『神降ろしの儀』は、鷲尾家の本を読んでいた俺がたまたま見つけた本。現代の人間の肉体に、過去生きていた神にも等しい英雄の精神を移す儀式。過去に行った儀式の記録では、すべて失敗に終わっていた。
理由としては、強すぎる英雄の精神に、元の人の精神が耐えきれずにシャットアウトすることにあるらしい。記憶も何も全部乗っ取られるのに対して、拒絶反応をするのだとか。必要なのは肉体を提供することを否定しないことと、英雄の精神に負けないだけの強い意志。
俺は、神の意志にすら抗えた己の精神を全てベットすることにした。
どうやらそれは成功したらしくて、俺の肉体と英雄の精神が上手いこと勇者達を助けてくれたらしい。
俺自身は何もしてなくて、気づけば両手両足が満足に動かない状態で病院のベッドに寝かせられていた。
『それだけ頑張ってくれたんですよ。貴方は』
東郷は泣きながら言ってくれたが、俺にはイマイチ実感がない。とはいえこのままで良いわけもないのでリハビリを実施中の身だ。
「でも今日は許可貰えてよかったよ。あの看護師怖いんだ」
「それは、二週間も目覚めず、体を満足に動かせない人がリハビリを始めてすぐ外出申請するからですよ」
「仕方ないだろ...可愛い彼女から一緒にお花見したかったと言われればなぁ?」
「......」
「いてっ」
頭を叩かれ少しだけ痛む。
「事実だろー」
「それは、そうですが...どれだけ心配したと思ってるんですか」
「それは悪かった」
桜を見上げる東郷を見て、一緒に見上げてみせる。
「貴方の守った世界ですよ」
「俺じゃないだろ。結城であり東郷であり、勇者部だ」
「でも、私は貴方がいなければ立ち上がれませんでした。椿さん」
顔を降ろした東郷の、凛とした瞳が俺を見つめる。
「...俺は、お前じゃなければこんな無茶してないよ。東郷」
「なっ、あぁもう」
「!」
手を取られ、指の間に入っていく。温もりを感じる、柔らかくてすべすべした手だ。
何度も握り、また握りたいと思っていた手だ。
「また、触れられました」
「......さっき、俺がいなければって言ってたよな?」
「え?あ、はい。そ「ならもらうか」うですっ!?」
少し強引にいったことは後で謝ろう。まだ力加減のできない腕で、彼女の腕を引く。体勢を崩した彼女へ、俺は自分の体を思い切り伸ばして________________
「ご褒美、まだだったからな」
「...全く、もう」
目を見開いて、頬を赤くして、呆れて、そして微笑んで。
久しぶりに見た彼女の花咲くような笑顔に、俺は笑みを返すのだった。
神降ろしの儀はオリジナル設定です。当初もう少し違う内容にしてたんですが、思いついた時大赦ならやると思って書きました。