バスに乗って沼津からきたところはなんといつもの家の近くだった。
家の近くのバス停まで帰ってきて、そこから家の前を通り越し、歩いてやってきたところ。そこは、
「ここは…」
「言わなくても分かると思うけど、ここが浦の星女学院。私たちにとっての大切な場所だよ。」
ハンドバックの中からジャラジャラと沢山の鍵のついた束を取り出し、梨子ちゃんは正門の鍵を開ける。
・・・・
時期は三月まで遡る。
卒業式が終了し、まだ三年生たちがそれぞれの進路に進み始める前の話だ。
イタリアに旅立つ前の鞠莉さんに私は呼び出された。
いつきてもこのホテルは緊張する…。
だってこんなところ普通だったらくるわけないじゃない!
「桜内様お待ちしておりました。部屋でお嬢様がお待ちです。」
「あ、ありがとうございます!」
ホテルの従業員の人が案内してくれる。
普段仲のいい先輩の家とはいえ、この案内。
緊張するなと言う方が無理な話だ。
「梨子〜!!!来てくれてありがとうね〜!」
ドアを開けると同時に鞠莉さんが私に抱きついてくる。
いつも以上に激しい先輩だ。
「今日はどうしたんですか?わたしだけ呼び出すなんて。」
「もう!そんな焦らないの!ワタシがイタリアに行くまでまだ時間はあるわよ?」
私物を取り払った鞠莉さんの部屋はすでにホテルの一室の様相を取り戻していた。出発の時がやはり近いらしい。
「梨子にこれを見せておきたかったの。」
出されたのは鍵の束とクリアファイルに入れられた重要の印が押された紙だった。
ティーカップにハーブティーを注ぎながら鞠莉さんは続ける。
「これは浦女の校舎の部屋を開ける鍵と施設入場許可証よ。これがあれば、あの校舎にいつでも入れるわ。そして、これが私からの鍵の貸し出しについての許可証。」
「え…なんで、わたしにこんなものをみせるんです?」
すると鞠莉さんは落ち着いて言う。
「これから浦女の建物はオハラグループが管理することになるの。私はその管理には関われない。」
淡々と鞠莉さんは言う。その言葉からはくやしさを感じた。
「まだ方針は決まってないけどあの建物はいずれオハラグループが有効活用することになると思うわ。しばらくは多分大丈夫よ。」
そっか、校舎はまだ残るのか。少し安心する。
「それでね。もし、これから残されるAqoursのみんなが何かにつまづいた時、あの場所はなにかを思い出させてくれる場所じゃないかって思ったの」
一息置いて鞠莉さんは言う。
「私からの許可証を梨子に預けるわ。この鍵と入校の許可証は沼津にあるオハラグループの不動産店に預けるから、浦の星に行きたくなったら連絡して私からの許可証を見せて頂戴。」
そこまで話すと鞠莉さんはテーブルの上のハーブティーに口をつける。
「私に?そこは千歌ちゃんの方がいいんじゃ…?」
すると鞠莉ちゃんはにっこり笑う。
「あいにく、許可証はポンポン承認できなくてね。私は梨子だから預けたいって思ったの。大丈夫。理由はそのうち自分で見つけられるわ」
「そんなざっくりしたこと言われても…」
私は自分が思う以上に重いだろう意味を持つ紙を読む。
「さ、話したかったことはこれだけよ!梨子お腹空かない?私お昼まだだから一緒に食べましょう!?」
なんか強引に押し切られた。
お昼に出てきたルームサービスは、当分忘れられないくらい美味しかった。
・・・・・
「…ってことがあってね」
薄暗い校舎を進みながら、梨子ちゃんが言う。
廃校した学校なんて自分が関わることになるとは思わなかったが、本当に殆どの備品が消えている。
「せっかくだから、私たちの大切な場所を知ってもらいたいって思ったんだ。ごめんね。こんな時間まで付き合わせちゃって。」
「大丈夫。でもここが噂に聞いてた浦の星か…」
薄暗い学校。窓から差し込む月明かりが僕らを照らす。
誰もいない学校は僕らの足音が反響しているだけだ。
そこから僕たちは色々な部屋を見て回る。
今の二年生達が居場所にしていた図書室。
噂に聞くぶっ飛んだ金持ちで理事長をしていた鞠莉さんをはじめ三年生達がよく顔を出していたという理事長室。
Aqoursが集っていたスクールアイドル部の部室。
窓から見える校舎の壁は落書きで汚れているものの、これは最後の在校生達の記念らしい。
時間が止まった学校は、いつ息を吹き返してもおかしくはないくらい綺麗だった。
「綺麗でしょ?みんなで閉校の前に学校の掃除したんだ。」
「ほんとだね。もっと埃っぽいかと思ってた。」
「ふふ。見せたいところはここで最後かな。」
そこは普通の教室だ。黒板にAqoursと思われる絵が描かれている。黒板アートというやつだろうか。
果南さんは知っているが、実際にあったことのないメンバーの2人は卒業したメンバーか。
「この教室はね、私と千歌ちゃん、曜ちゃんのクラスの教室だったんだ。あの絵、みんなが描いてくれたんだよ。」
僕は静かにじっとその絵を見ていた。
その絵を見ているとAqoursがどれだけ愛されてるのかすぐにわかってしまう。
その時ふと、Aqoursのみんなのことをモチーフにした歌詞のフレーズがいくつか浮かんできた。
帰って早く書かないと。
浮かんだものが消えないように僕はいくつかのフレーズをメモすると、月明かりに照らされた黒板に書かれた絵を写真に収めたのだった。
・・・・・・
「今日は遅くまでありがとう。久しぶり浦の星まで行けたし、たのしかった!」
二人で並んで歩く。春だと言うのに夜風が少しだけ冷たい。
あと少しで家に着く。
「こちらこそ、誘ってくれてありがとう。でも僕になんで大切なところを見せてくれたの?」
単純に思う。僕に浦の星に入っていい資格なんてないと思う。
「うーん?なんでだろう?」
とぼけたように言う。ほんとはなにかしら考えはあるんだろう。
「理由なんてないの。ただ、もっと私達のこと知って欲しかったんだ。」
「そうなんだ。ありがとう。」
梨子ちゃんの優しさは嬉しい。
でも僕はAqoursにただ曲を作るだけの関係で、同じ部活に入ったとはいえ、それでAqoursという固い絆に結ばれたみんなの中に入り込むことなんてできない。
気がつくと、そこには僕の顔を覗き込む梨子ちゃんがいた。突然のことにちょっとびっくりする。
あとちょっとドキドキした。
「…もしかして、遠慮してる?」
ぎくり。
見透かされていた。少し不機嫌な顔。
「…まだ、みんなと仲良くなれたわけじゃないしさ。三年生のみんなとは仲良いけど、未だにルビィちゃんとかとは絶対に距離あるし。」
「それに、みんなにとって大切なAqoursは僕が入り込んでいいほど安いものじゃないと思う。」
僕にとってSeekerがそうだから。
「ふーん…そんなこと思ってたんだ。」
こんなこと言ったら不機嫌になるかと思ったら笑顔。全てを受け入れてくれるような。
「…大丈夫だよ。」
その言葉と一緒に梨子ちゃんが突然僕を抱きしめる。
突然のことに頭が追いつかない。心臓がバクバクする。
そのまま耳元で囁く。
「コウくんはもう私達の仲間だよ。安心して。」
少しの間、僕を無言で抱きしめて、梨子ちゃんは離れた。
家まで少しの距離。僕らは無言で歩く。
なんとも言えない空気。お互いに恥ずかしがっているような甘い空気。
僕はつなぎたいと思うその手を精一杯がまんする。
家の前まで来て梨子ちゃんが言う。
「私はちょっとだけコウくんの気持ち、わかるよ。みんなの中に入ってくのってちょっと怖いかもしれない。」
梨子ちゃんの真剣な顔。
「私は、いつでも話聞くから。いつでもコウくんのこと受け止めるよ。だからそのうち、コウくんのことも聞かせてね?心の準備ができたらでいいからさ。」
そして満面の笑み。
初めて梨子ちゃんと会った日は月が綺麗な日だった。
月に映えるピアノを弾く姿を見て、なんて綺麗なんだろうってその時は思った。
「…うん。必ず話すよ。」
「ありがとう。じゃあね。また明日。」
うつむいた梨子ちゃんの顔が少し紅く見えたのは幻覚だろうか?
梨子ちゃんがうちに入るのを見送る。
ドアを閉める前に手を振るその姿を見送って僕は歩き出した。
家まであと少し。なのに。
僕は少しの間、家に帰りたくなくなった。
この気持ちの余韻をずっと感じていたくなってしまう。
僕の体はあの時の梨子ちゃんの体温と声を忘れることができないかもしれない。
次回更新は1/30(火)の夜を予定しております。
コメントやアドバイスありましたら、気楽にお願いします。
[以下作者あとがき]
残すところ大学のテストもあと一つとなりました!
やったね!ここまでのテストの単位全部とれててくれ!(熱望)
今回のお話はコウくんと梨子ちゃんのデート後半でした。
最後の最後で結構な爆弾放り込みましたね。
コウくんの心情的にback numberの青い春でも流しながら読んでください。back number失恋ソングばっかだけど(作者嫉妬ファイヤー)
back number / 青い春
https://youtu.be/T10oS02RsGA
前回から引き続きのデート回はこのSSを作成する上で早い段階で構想していた話です。この時の梨子ちゃんはどんなことを思っていたのかも、番外編で出させて頂こうと思っております。
前回で下手にコンドームとかのワードを出したこともあり、どう展開させるか悩んだ部分も正直あります。しかし、ここで下手な展開してしまうと、タグに抵触するばかりか、後々の話が大幅に変わってきそうなので、今回はこうした展開にしました。
本来の展開の仕方なので、作者としては満足です。R-18展開を期待されていた読者の方がいらっしゃいましたら、申し訳ないです。
次回は千歌ちゃんパートの更新となります。
ストックもいい感じに溜まってきておりまして、順調にいけば、二月は予定通り3日に1話くらいの更新ができるかと思います。
じわじわUA、お気に入りが増えてきておりまして、いつも読んでくださっているみなさんに本当に感謝いたします。
おかげさまで、今日でこのSSを始めて一ヶ月を迎えられました。
これからも読んでいただけると嬉しいです。今後ともよろしくお願いいたします。