時間は千歌がみんなに謝罪した日の朝に遡る…
寝覚め悪く目が覚めた。
一人暮らしの部屋。
起こしてくれる人はいない。
落ち着きなさい、黒澤ダイヤ。
自分を律しなさい。
頭が痛い。昨日は飲み過ぎてしまったかもしれない。
パソコンには飲みながら見ていたアイドルのライブブルーレイの再生画面がチャプター選択の場面で止まっていて、机の上には日本酒を飲む時に使うグラスとカクテルの缶が二つ。
そのうちの一本の中にはお酒が残っている。
スーパーで特売だった焼き鳥の詰め合わせはすっかり冷めてしまった上に乾燥してしまっていた。
寝落ちしたらしい。
お酒を日常的に飲むのは20からと決めていたのに…
それまでも地元の網元の家柄ということで付き合いの一環で一口程は飲んだことがあるものの、正月のお屠蘇程度であった。
大学に入って直後、知り合った人たちと一緒に行ったサークルの新歓飲み会で飲んでからと言うものの、ついつい帰り道に買って帰る生活が続いていた。
今日も大学だ。気が滅入る。
飲んだ日の朝はいつもそうだ。
なんとも言えない気持ちになる。
原因は周りと自分との違いすぎるところでしょうね…
片付けをしてからシャワーを浴びて、そんなことを考えた。
GWも大学の授業があり、実家に帰ることができなかった。
ほんとはすぐにでも帰って可愛い妹を撫で回して癒されたいところだ。
大学に入ってから自分がどれだけ真面目過ぎたのかと言うことを痛感させられている。
連れていかれたサークルの飲み会にしろ、学科の友達との会話にしろ、だ。
金銭感覚、大学に入った目的、貞操観念…etc.
それまでも鞠莉さんや果南さんに「硬度10」などと言われてきたが、Aqoursではある意味そんな自分の性格も個性であると認められていた。
大学に入って色々な人と関わるようになった。
幸いにも自分がAqoursであったことを知ってる人は多く、自分から動かなくても話しかけてくれる人は多かった。
学部でも知り合いは多い方だろう。普段一緒に授業を受けるメンバーだっている。
サークルもダンス系のサークルに入り、アイドル活動の延長線みたいなことをしている。
大学では授業の一環で日本文化について学んでいて、そこそこ安定した生活を送っている…はずだ。
それでも胸の中に何か穴が空いたような感覚は消えてくれない。
自分にとっての大切なものと離れたことによる喪失感。
自分と周りとの違い。
自分も周りと同じように居たいと思うのに、それを拒む自分がいる。
つい二ヶ月ほど前までの浦の星の制服を着てキラキラしていた自分とは違う。
あの日々の自分が遠い存在に見える。
今では「Aqours」と題された9人のラインが更新されるのを見るのが楽しみになってしまった。
なんでもプロのバンドマンをしていた高校生の千歌さんのいとこが新生スクールアイドル部に作曲として入ったらしい。
男の子ということで驚いている。
ルビィは大丈夫なのかしら…。
「ま、そんなこと思ってても仕方ないですけどね…」
今日の講義は夕方までか…仕送りにも限度があるし、そろそろ何かしらアルバイトを始めないといけませんね。
少しずつ散らかりつつある部屋を気にしつつ、私は家を出るのだった。
・・・・・
「ほえ〜…ダイヤちゃんすっごく綺麗にノートとってる…」
大学に入ってから趣味が同じで仲良くしてるミチルさんが私のノートを覗き込んで言う。
「ノート取らないと試験の時に困りますわよ?」
ミチルさんの机の上にはルーズリーフが出ているものの、机の下ではスマホを見ていた。画面上ではソーシャルゲームのキャラクターが笑っている。
「あはは…まあなんとかなる!」
「はあ…ノートは貸しませんからね。」
「そんなあ!ダイヤちゃん!」
梨子さんと曜さんの気持ちがわかりかけてますわね…
半ば呆れながらも頭に浮かぶのはAqoursのみんなのことだった。
しかし大教室の真ん中で話しながら授業を受けても注意がないとは先生としていいのだろうか?
ガチャリ。
後ろの方で扉が開く音がした。
遅刻する学生は一体どんなこと考えて遅刻するんだろうか?
まぁ…自分には関係ないですわ。
しかし、なぜか今日は後ろの方が騒がしい。
一体何があったのだろう?
後ろを振り返る。
ホール状の大教室は後ろの方に座っても前が見えるように、階段状の作りになっている。
そのため、後ろの様子も前から見ても丸分かりだった。
そして、そのイレギュラーっぷりも。
その様子は前から見ても目立っていた。
そこにいる人物は金髪なものの、染めているカラーではない。
留学生はいるものの、どことなく、日本人とのハーフである雰囲気は出ている。
綺麗な金髪をサイドで6の字に結ったイタリアにいるはずの自分の親友、鞠莉さんがそこにいた。
「チャオ〜☆」とでも言いたげに私に向かってウインクをしながら手を降っている。
は???
Aqoursが恋しいと思いすぎて幻覚でもみてるの?私。
しかし、周りの反応が幻覚ではないことを証明してくれていた。
鞠莉さんは自分がどれだけ目立つか自覚しているのだろうか???
私は頭を抱えて、机に突っ伏してしまう。
何が起きているのか把握できていないミチルさんが私の肩を叩く。
「ダイヤちゃん…?大丈夫…?」
ミチルさんが心配する声が聞こえた気がする。
「ぶっぶーですわ…」
「え?」
あまりのことに頭の処理速度が追いつかないのか、この一瞬でどっと疲れた…
私は生まれて初めて授業中の居眠りをしてしまうのだった。
・・・・・
「で!なんで鞠莉さんがここにいるんですの?!」
講義が終わり、私はすぐさま鞠莉さんの元に飛んで行く。
そのまま学食まで鞠莉さんを引きずっていき、お昼を食べながら問い詰めることにした。
「わ、私、感激です!!!まさかダイヤちゃんだけじゃなく、鞠莉さんにも会えるなんて!!!私、鞠莉さん推しなんです!」
私の隣ではミチルさんが感動していた。
ミチルさんはAqoursのことを応援してくれていた。
中でも鞠莉さんを推しているんだそうだ。
黙ってれば、本当に美人ですからね、鞠莉さんは。
だ・ま・っ・て・い・れ・ば!!!!
「ダイヤも細かいことはいいじゃない?ミチルちゃんよね?嬉しいこと言ってくれるわネ!サイン書きましょうか?」
「いいんですか!?」
ミチルさんはクリアファイルを鞠莉さんに渡す。
鞠莉さんはどこから出したのかマジックを出してそこにサインを書き込んだ。
「ミチルちゃん、この後ちょーっとダイヤ借りるわね!」
「はい!その、頑張ってねダイヤちゃん!」
憧れのアイドルに会うことのできたミチルさんのテンションは吹っ切れている。
もっとも、私も鞠莉さんも、今はアイドルでもなんでもない学生なんだけど。
ミチルと鞠莉さんがテンション高く話している横でお昼のうどんを食べながら、ため息をつくのだった。
・・・・・
「で、私はどこに連れて行かれるんですの?」
ミチルさんと別れ、半強制的に午後の授業をサボることになってしまい、ノートのことが頭にちらつく。
大学の近くの駐車場に連れていかれる。
そこには派手なカラーをした車が停められていた。
そんな私を鞠莉さんは満足げな顔をして見ていた。
「そんなプリプリしても仕方ないわよ?まぁ行けばわかるわ。ほら、乗って?」
車は何事もなく進む。鞠莉さんの運転技術は上達したらしい。
そういえば私も自動車の免許取らないと…。やることが増えた。
そんなことを考えつつ、たどり着いた先はビルだった。
OHARAの文字があるので、オハラグループの持ちビルだということはわかった。
しかし、都心にこの高層ビル。
あらゆるタイミングで驚かされる。
「ここの屋上よ♡ヘリを待たせてるの!」
「ヘリ…?まさか…!」
「その、ま・さ・か♪」
私は胸の高鳴りを感じながらビルのエレベーターに乗り込んだ。
・・・・・
そうして私は内浦に帰ってきたわけである。
ヘリコプターの中で話は聞いた。
なぜ鞠莉さんが日本にいるのか、AqoursにSummer Rocksに出演してほしいということ、それは9人で出演したいということ。あとはつい昨日のAqoursの後輩たちのこと。
…まぁ千歌さんにも色々あるのでしょう。
私たちだって色んなことがあったわけですし。
それに、大事な後輩たちと一緒に行動しているという男の子にも会うかもしれないということ。
気になりますわね…
大学の男子学生たちのたまに聞こえる会話を思い出す。
若い男の人たちの頭の中は下品なことだらけなのかもしれません。
これは姉として、先輩として、後輩たちを守らねば!!!
そして、コウという少年を見極めねば!!
そうこうしているうちにホテルオハラに着く。
相変わらずの大きい建物はいつ見ても圧倒させられて、果南さんと忍び込んだ日のことを思い出した。
鞠莉さんの部屋に行くとアールグレイの紅茶をすすめられ、二人で向かい合って飲む。
しばしの沈黙。しかし私にははその沈黙さえも心地がいい。
ここ最近落ち着けたことなんてあったのでしょうか…
「で!本題よ!ダイヤはSummer Rocks!出てくれる?」
「急にそんなこと言われたって私には考えられませんわ…大学だってあるのですよ?」
一応の将来の目標を決めているので考える。
出れるに越したことはないかもしれないが、チケット代を出して見てくれている人たちを満足させるものをできるのだろうか。
今の自分に。
「そんなの私やカナンだっておんなじよ!でも、またみんなで歌えるなら私は歌いたいわ!」
「でもいくらなんでも責任が重すぎますわ!スポンサー主の娘でキャスティングの手伝いができる立場といえ、やりすぎですわよ!?」
だんだんと口調が激しくなって行く。
「ふん!Aqoursのキャスティングは私の独断ではないっていってるでしょう!?スクールアイドル人気を鑑みて、運営の人たちみんなで考えたのよ!」
「だからといって学生身分の私たちには荷が重すぎます!」
「Seekerはみんな高校生のときに初めてSummer Rocksにたったわよ!!!」
「その人たちはその人たちですわ!!!」
東京にこんな口げんかを出来る人はいない。そう考えると言い合いさえも愛おしく思えてしまう。
それでも絶対おれようとはしないから私は硬度100なのかもしれない。
「わーっかりましたわ!それじゃあ果南さんにも聞いてみましょう!!」
「いいわよ!ちょうど果南にも連絡しようと思ってたし!」
そうして、私たちは現在オーストラリアでダイバー資格取得の勉強中の果南さんにスカイプをつなげることになった。
「何?二人ともどしたの?てかなんで2人が一緒に…」
「果南さん!きいてくだ…」
「カーナーンー!聞いてよー!!!」
「私がいいますわ!」
「ワタシよ!」
だんだんと会話の不毛さは増していく。
「ええっと…とりあえず順番で…。」
果南さんの声はすでに私たちには聞こえていなかった。
そのまま果南さんの存在を忘れたかのように言い合いはエスカレートしていく。
「だから!大学はサボりたくないっていってるでしょう!!」
「Summer Rocksは将来に繋がるかもしれないでしょう!?こんの石頭!!硬度10!!」
「なんですって!?」
「ちょっと!ダイヤも鞠莉も急にスカイプしてきて私を忘れて喧嘩しないでよーー!」
画面の向こうでは果南さんが精一杯の制止をはかってはいるものの、もはや口げんかはテレビ電話だけでは止めることが不可能な領域に入りつつあった。
ついにはほっぺのつねりあいから始まる軽い喧嘩が始まってしまった。
私が鞠莉さんを壁まで押しやるような形になってしまい、鞠莉さんも鞠莉さんで一生懸命に抵抗している。
はたからみたら私が壁ドンしているようにしか見えない構図だ。
そして
「せーっの!鞠莉ちゃん!!ケンカはぶっぶー!!ずら!!!」
栗毛色の可愛い後輩を筆頭に後輩たちがなだれ込んできたのだった。
次回更新は2/20(火)を予定しています。
感想、アドバイス等ありましたら、気軽にお願いいたします。
[以下作者あとがき]
色々重なったからか、風邪ひきました。どうも作者です。
この間まで某イベントでスタッフのバイトしてたんですが、人混みに出たこともあり風邪もらったみたいです。やらなきゃいけないことも重なってダウンしてました。まだ頭と喉が痛い…
今回の話はダイヤさん視点で書きました。
何気に主人公と千歌ちゃん以外の視点で1話丸々使うのは初めてだったような気がします。楽しんでいただけましたでしょうか?
今回の話を書くにあたり、自分が大学に入ってすぐのことを思い出しながら書きました。高校までの生活と全然違うので色々戸惑うんですよね。色んな場所から人も来るから価値観だって全然違うし。
心情的には多くの大学に入ったばかりの人が感じることなのではないでしょうか?
それでも大学は座学じゃ学べないことがたくさん学べる場所だってことが今だから言えます。
春から大学に進学される方や、大学を視野に入れてる方にある意味リアルな大学生の感情を感じていただけたら幸いです。
次回はちゃんと話が進みます。全員集合したAqoursプラス主人公でどんな展開をするのかたのしみにしていただけると嬉しいです。
作者自身諸々あり、今後の更新のペースの保証ができない状態ではあります。それについても今後報告させていただきますが、物語の完結はさせます。
いつも読んでくださる皆様にそうした形で返すことが礼儀であるように思っております。
この物語を皆さんが楽しんでくれたのならば、とても嬉しく思います。