内浦行きを決めてからはあっちこっちに飛び回っていろんな場所で話をしなくてはならなくなった。
まずは今通っている高校。これに関しては面白いくらい話が進んだ。元々、僕のバンド活動も芸能活動の一環として考えてくれていたところも大きく、私立であったため、手続き自体スムーズに済んだ。
そして、転入先の高校。高海さんのところに聞いてみたところ、千歌ちゃんが通う学校は共学の学校らしく、その学校の転入試験を受けることにした。
転入試験といっても面接と調査書、それに学力検査でそこまでの苦ではなかった。大手事務所に所属しているという書類上のインパクトも大きいのだろう。
ただ一つ問題となったのは、その受け入れ先の学校が今度統廃合するらしく、新たな生徒を大量に引き受けることになったという点だった。
結果的にそのゴタゴタの影響で新学期開始には間に合わなくなってしまった。荷物の搬送等も遅れてしまった。まあいいけど。
Seekerのメンバーにも内浦行きのことは話した。最初はみんな驚いたものの、妙に納得したような顔をした三人の顔を覚えている。
「必ず、何かを得て来いよ。」
ハヤテはそう言って送り出してくれた。
「行ってきます。」
使い慣れたWarwickのベースをギグケースに入れる。身の回りの道具類と、「新しい門出を祝う」といって父さんが買ってくれた新品のI pat、何日か分の服をボストンバックに詰めた。新しい学校の制服はもうあっちに届いていることだろう
あっちは御茶ノ水や渋谷みたいなおおきな楽器屋さんはないだろうし、替えの弦やメンテナンスの道具なんかもしっかり買い込んでおいた。
「しっかりな。いい出会いがあるように祈っているよ。」
「迷惑かけないようにね?練習には注意すること。いいわね?」
そう言って父さんと母さんは送り出してくれた。
東京駅から東海道線に乗り二時間くらい。沼津駅に着く。
自分がもらっていたSeekerとして働いていた分のお給料は母さんがしっかりと管理していて、僕もちょくちょく通帳のチェックはしていたので、自分の手持ちは何となくわかっている。
純粋なお給料に僕の作曲した何曲かの楽曲の印税。そこに入っていた額は世間一般の高校生からしたら、破格であるといってもいい。
まあ、その分今回の引っ越しや新しい制服のお金の一部が引かれてるんだけど。
活動休止中で減るとはいえ、これからも高校生が困らない程度のお金は入ってくるだろう。
母さんたちが高海さんちに月々の僕の生活費は入れてくれるらしいし。お金の面は心配いらないように思う。元々機材とか以外にお金は使わないタチだし。
ただ、いつどんな理由でお金を使うことになるかわからない。今年は受験生だし。
そんなわけで新幹線を使っていってもよかったんだけど、節約のためにも東海道線を使った。
スマホに入っている音楽をランダム再生していたら耳元からNoting’s Carved in Stoneのツバメクリムゾンが流れてきた。
今の僕にとっては祈りの歌だった。
沼津駅からバスに乗り、内浦に向かう。
想像以上に自然豊かな土地だ・・・。東京近郊にいた人間からしたら、仕方のない感想なのかもしれない。
沼津の駅前はまだ栄えていたが、想像以上にお店が少ない。
メンテ用具一式買い貯めといてよかった。
お土産のお菓子は東京駅で買っておいたし、高海さんの所いくか。
言われていたバス停から割とすぐに着いた。時刻は昼過ぎ。十千万と書かれた看板が見えてくる。入り口近くの犬小屋では大型の犬があくびしながら寝ていた。
ここがこれからの僕の居場所だ。絶対に何かつかもう。そう決意し小さくガッツポーズ。
小学生の時に初めて父さんの紹介で出た地元のお祭りでのSeeker初ライブを思い出した。
ピンポーン
出ない。来る時間はメールで伝えたはずだけどな。
しばらくしたら足音が聞こえて、「はーい、今でまーす!」という間の抜けたような声が聞こえた。
引き戸が開く。そこにいたのは確かに千歌ちゃんだった。
――――おもっきり寝起き顔で、おもっきり部屋着のまんまの。
「こんにちは、久しぶり。千歌ちゃん。」
「へ・・・・」
一瞬の沈黙。
「うわあ!!!!!!!!コウ君?!」
その言葉と同時に激しいボディブロウがさく裂し、僕は声にならない声を上げて、その場にうずくまってしまった。
さっきまで犬小屋で寝ていた大型犬の鳴き声が春の空にこだましていた。
「ほんっっっとーにごめんねええ!!!」
千歌ちゃんが僕に頭を下げる。再会にひと悶着あったものの、すぐに千歌ちゃんは我に返り僕を家に入れてくれた。
「ほんっと、そそっかしいんだから。コウ君大丈夫?」
「あはは・・・大丈夫です。」
高海家三姉妹の二番目の美渡さんはあの再会からすぐに帰ってきた。旅館棟の方に行っていただけらしく、騒ぎを聞きつけ戻ってきてくれたのだった。
「私、着替えてくるね!」
そう言い残して千歌ちゃんは部屋に戻る。
10分くらい美渡さんと世間話をしていたら、くるぶし丈のジーンズに女性ものの袖が膨らんで、裾のひろがった白いシャツを着た千歌ちゃんが戻ってきた。
「まあお互いのことはおいおいまた話すとして・・・コウ君!内浦にようこそ!!」
元気な感じで千歌ちゃんが僕に言う。こういうところは昔と変わらない。いつ来ても必ずこんなこと言われてたってけ。
「ありがとう。これからお世話になります。」
僕は千歌ちゃんに頭を下げる。ここら辺しっかりやらないと、バンド間だったら先輩に怒られているとこだ。
気を取り直したところで千歌ちゃんが僕に問いかける。
「今日はこれからどうするの?」
「とりあえず荷物をほどいて、いつでも使えるようにしないとなって思ってるよ。新しいwi-fi環境での整備とかもあるし。」
自分の中で決めていたことをそのままに言う。そしたら美渡さんが
「wi-fiは旅館のものつかうといいよー。うちのやつだとコウ君とこまで届くか不安だし。」
と言ってくれた。美渡さんは機械に強いのかな?だとしたらありがたい。
「あ、千歌。コウ君の荷物の整理終わったらうちや町の案内してあげたら?前に来たの何年も前だから、変わってるところもあるだろうし。」
「うん!じゃ、コウ君、準備できたらおしえてねー!」
「うん、ありがとね。」
千歌ちゃんの案内で部屋に向かう。一年間とはいえ、ここがこれからの僕の城になる。いわば創作の間だ。
「わかんないことはなんでもきいてね?」
身長の差があるから上目遣いになるのは仕方ない。
でも、だ。
いくらお金をもらってバンドをやってるとしても本職は健全な高校生だ。
かわいいと思ってしまう。
思いの外、荷解きは早く終わった。
三時間くらいだろうか。パソコンのセットアップやwi-fiの設定に戸惑ったものの、美渡さんはやはり機械に強く、所々で助けてくれた。
「おわったー?」
千歌ちゃんに声をかけられた。そういえば、案内してもらう約束をしてたんだった。
「楽器おおいねえ。ギターと大きめのギター合わせて5本もある。あとちっさいキーボードも」
「大きめのギターじゃなくてベースっていうんだよ。」
・・・世の中のベースの認知度を上げたい。
全部自分で買ったわけではないけど、確かに多いよなあ。こんなに使うのかって考えるのも、よくわからない人からしたら正直疑問ではあるよな。
ベースはメインで使ってる黒のトラ目(ニルバーナブラックっていうらしい)のWarwickのstremer stage I 4stのpjは手持ちで持ってきたが、そのほかの機材は引っ越し屋さんにお願いした。
BBベースの5弦に初めて父さんからもらったナチュラルな木目の綺麗なBacchusのハンドメイドシリーズのハムバッカー。
ギターは二本。GibsonUSAのレスポールにYAMAHAのエレアコ。
どれもこれも音の違いが明確なので、曲を作ることを想定したら持ってきておきたかったものの、高海さんの家への負担を考えて、量を減らした。千葉の実家にはまだ4本置いてある。
あとはパソコンで打ち込む用のMIDIキーボードにベース用のライブで使うエフェクターの多くが入ったエフェクトボード、練習機材とインターフェイスその他諸々を兼ねたベース用マルチエフェクター、ギター用のインターフェイスその他諸々を兼ねたギター用の大型マルチエフェクター。
「まあね。曲を作ったりするときにいろんな音で試してみたいから。」
どれもこれも作曲したりする際には割とよく使う道具達だ。
「へええ、いろいろこだわってるんだ、さすがプロのバンドで活躍してただけあるね!」
「ありがとー。」
空返事。わかってはいたけど、過去形が痛い。
「コウ君なら、梨子ちゃんといろんな話できるんだろうなー!」
「梨子ちゃん?」
聞いたことのない名前だ。友達かな?
「そうそう!梨子ちゃん!私たちにとってもかっこいい曲を書いてくれるんだ!」
「曲を?それに私達って・・・」
「あ、そうそう!部屋の片付けもいい感じになってるし、おうちの案内するね!」
本当はMIDIキーボードの動作確認やインターフェイスの接続などもしたかったが、せっかく来てくれたのに申し訳ない。いったんその用事は後にして千歌ちゃんについていくことにした。
それにしても「梨子ちゃん」ね・・・気になるな。今の状況を脱するためのヒントが見つかるかもしれない。
今回はコウ君視点で書きました。コウ君が実際に使っている機材は作者の手持ちの機材だったり、作者が欲しい機材なんかを参考にしています。
作中、作者が好きな実在のバンド名を出させていただきましたが、これはどうなんでしょうか?
そろそろ、梨子ちゃんを出したい。
どうでもいいけど、ヨハネはなぜかライブキッズの格好が似あいそうって思います。