Fate/stay another world 作:レッサーパンダ
ランスロットはギネヴィアの侍女だと名乗る妲己からギネヴィアを助けてくれるように懇願(こんがん)された。
ランスロットはスグにギネヴィアを救出しようと外に出ようとした、しかしその前に自身の部下であった兵士からランスロットに飲み物を差し出された。
ランスロットは牢屋に入れられてからというもの、まともな食事はおろか水分すら摂取していなかったのだ。食事はもちろん出てはいたがランスロット自身が己を戒める為に食事を拒んでいたのだ。
「済まない」
ランスロットはそう言うと部下であった兵士が差し出した飲み物を飲み干した。そして牢屋から出てギネヴィアを救出しに行こうとしたランスロットに妲己は近づいて耳元で何かを囁いた。
するとランスロットは頭が割れる様な痛みが走り目の前の景色がグニャりと歪んだ。
ランスロットはその場で膝を付くと頭を抱えた。
「あらぁ、大丈夫ですかランスロット様ぁん。急にモノを口にしたから体が驚いたのかしらぁん?」
妲己はそう言うとランスロットの体を支えて立ち上がらせた。
ランスロットは起き上がると部下であった兵士がランスロットの剣と鎧を持ってきていたので急いで身に付けた。
そしてランスロットは表に出ると部下であった兵士が用意していた馬に乗る、そしてギネヴィアが居る方角を聞くとランスロットは急いでギネヴィアの救出に向かおうとした。
しかしランスロットはその場を離れる前に謝罪をした。
「済まない、お前たちも巻き込んでしまったな」
ランスロットがそう言うと、部下であった兵士は首を横に振った。
「自分で選んだことです、ランスロット様もどうかご無事で」
部下であった兵士はそう言うと自分もランスロットを脱獄させた罪を犯したので、この国から離れることをランスロットに告げた。
ランスロットは自分を脱獄させた二人の身も心配であったが、今はギネヴィアの方が先決であった。
ランスロットは二人のこの後の無事を祈りながらギネヴィアの下へと馬を走らせた。
「あらぁん、ランスロットはギネヴィアの下に向かったようね。これで全部計画通りだわぁん」
妲己はランスロットがこの場を離れるのを見送ると、一人呟いた。
そしてランスロットの部下であった兵士に近づくと妖艶に笑った。
「貴方の役目はもう終わりよぉん、後は分かりわねぇん」
「はい、妲己様」
ランスロットの部下であった兵士は自身の剣を抜くと自分の喉をその剣で貫いた。
喉を貫いた兵士は体をピクピクと数十秒痙攣(けいれん)させた後に動かなくなった、 ランスロットの部下であった兵士は妲己によって既に操り人形となっていたのだ。
「死人に口なしねぇん」
ランスロットを脱獄させた罪を全て被せたスケープゴートを用意した、これで自分に疑いがかかることは無いであろうと妲己は考えた。
そして妲己は何食わぬ顔で悠々(ゆうゆう)とキャメロット城へと戻って行った。
「これからこの国が辿る未来を考えると堪らなく興奮するわぁん♡」
妲己は脱獄させたランスロットがこれから何をするか{選定者}から聞かされていた。
自身の言動で人を操り、そして国が滅びていくのを見ることが妲己にとっては何事にも代えがたい最高の快楽であった。
ブリテンという国が壊れゆくのを妲己は楽しみに待つことにした。
ランスロットは馬を走らせてギネヴィアの向かっている場所へと急いだ。ギネヴィアが処刑されることは何としてでも止めたかった。
アーサー王が女であるという事実を隠す為には不義を働いた王妃ギネヴィアを断罪しなくてはならない、女であるアーサー王に対してギネヴィアはその嘘を守るために今まで秘密を抱えてアーサー王に尽くしてきたというのに。
(アーサー王、それでは余りではないか)
ランスロットはギネヴィアの不憫(ふびん)な境遇を嘆いた。しかし同時にアーサー王がそうしなければならない気持ちを考えるとアーサー王を責める気持ちになどなれなかった。
アーサー王といい、ギネヴィアといい、女性とは何故にこれ程強いのであろうかとランスロットは自分に問い掛けた。
何とか二人を救いたいと思う一方でランスロットには打開策などあろうハズもなかった、唯一出来ることなど自分の命を差し出してギネヴィアの助命を乞う他思いつかない。
しかし、元々処刑される自分の命にそんな力があろうハズが無いことは誰よりランスロットが一番分かっていた。
それでも今は処刑されようとしているギネヴィアの下へとランスロットは向かうのであった。
「あれは」
ランスロットはギネヴィアの後ろ姿らしきモノを遠目で確認をした、ギネヴィアと分かったといっても服装でギネヴィアだと判断しただけである。それ程まだ距離があったのだ。
そしてギネヴィアの両脇に居る二人の人物を目を細めて確認しようとしたその時にランスロットは激しい頭痛に襲われた。
ランスロットは牢屋でギネヴィアの侍女と名乗る女に耳元で囁かれた時と同じ様な症状に襲われた。
目の前が歪んで辺りの景色がグニャリと歪んで見える、頭の痛みが引くと視界は戻った。
そしてギネヴィアの方に目をやると、ギネヴィアの両脇に居る二人の兵士らしき者たちはランスロットの見たことの無い柄の悪そうな二人組であった。
「きゃあぁぁぁぁー」
ギネヴィアが悲鳴を上げると二人組の者たちはギネヴィアの衣服を破り乱暴を働こうとしていた。
ランスロットの耳に届いた二人組の言葉は信じられないものだった、どうせ処刑されるのだからその前に自分たちが楽しもうとギネヴィアを襲ったのである。
王の妻であるギネヴィアにそのような不埒(ふらち)な行いをする者が、アーサー王に仕える兵士に居ることにランスロットは激しい怒りを覚えた。
「この騎士の面汚しがぁー」
激怒したランスロットは剣を抜くとその二人組に切りかかった。
一人を一振りで切り殺すともう一人の方にも剣を振り上げた、相手は何かを言っているようであったがランスロットの耳にはよく聞き取れなかった。
ランスロットは命乞いでもしているのだろうと構わず剣を振り下ろす、すると相手はギネヴィアを突き飛ばした。
ギネヴィアを人質にでも取ろうとして失敗したのであろう二人組の残った方もランスロットは切り殺した。
するとランスロットはまた激しい頭痛に目の前が歪む、次に目を開けると目の前には血の海に横たわる見知った二人の男女が倒れていた。
「ガレス? ガヘリス?」
ランスロットは状況が全く理解出来ずにいた。
ギネヴィアを襲う見知らぬ二人組を切り殺したハズが、目の前には自分と同じ円卓の騎士である二人が血塗れで倒れているのである。
ランスロットは自分の顔に熱い液体が付いていることに気付いた、それは戦場で何度も味わったことのある返り血であることはすぐに分かった。
自分の剣を見るとその剣は血で真っ赤に濡れている、その事実から自分が二人を切り殺したであろうことが窺(うかが)えた。
「何がどうなっていると言うんだ?」
ランスロットは事態を飲み込めずにいた。いや、理解することを拒んだ。
ランスロットは妲己によって薬の入った飲み物を飲み、そして妲己の呪詛によって幻覚を見ていたのだった。
普段のランスロットであれば妲己の呪詛に耐えれたであろう、しかし牢屋に居る間、アーサー王への贖罪(しょくざい)のつもりかランスロットは食事はおろか水分もまともに取っていなかった為にその体は衰弱していた。
ランスロットはギネヴィアが襲われるという幻覚に襲われ、まずガヘリスを切り殺してしまったのである。
次にガレスに切りかかろうした、ガレスは必死にランスロットに呼び掛けたがランスロットの目は正常の者の目で無いことをガレスは悟ると、ギネヴィアだけでもランスロットの剣の範囲から逃がそうとギネヴィアを突き飛ばしたのである。
そんなガレスの思いも知らずにランスロットは剣を振り下ろしたのだ。
「ランスロットーーー」
辺りを震わせる程の怒声が鳴り響く、その声の主はガウェインのものであった。
ガウェインは妹と弟が切り殺される瞬間を目撃してしまったのである、ガウェインは怒りの形相でランスロットのもとへと走り向かった。
ランスロットは呆然とガウェインが向かって来るのを眺めていた、もし本当に二人を殺したのが自分であるならばランスロットは殺されて当然であると受け入れたのである。
「ランスロット様」
ギネヴィアがか細く声を出した。
ランスロットはギネヴィアを見ると、今自分が死ねばギネヴィアはどうなるという事が頭を過った。
しかしこの場を離れることなど出来ようハズもないとランスロットは頭を抱えた。
するとギネヴィアの声よりも更に弱弱しい声が聞こえてきた。
「逃げ…て。此処…に居たら、二人とも…」
その声の主はガレスのものであった。ガレスはまだ辛うじて命を取り留めていたのだ。
しかしその命がもう間もなく消えることは明白であった。
ランスロットはガレスに駆け寄ったが何と言えばいいのか言葉が無かった、どんな言葉を喋ることも自分には許されないことのように感じられた。
しかしそんなランスロットにガレスは喋ることすら辛い中で必死に声を出して伝えようとした。
「だい…じょうぶ…だから。私…は、信じ…てる…から」
ガレスはそう言うとギネヴィアを指差して、ギネヴィアを連れて逃げるよう仕草で伝えた。
ガレスは自分を切ったランスロットと、その元凶を作ったギネヴィアを救おうとしていたのである、自分の命が尽きるであろうその瞬間に。
そんなガレスを見たランスロットは今この場で自分の剣で、自分を殺したい衝動に駆られた。
しかし、ランスロットは馬に乗るとギネヴィアを抱えてその場から離れた、ガレスの優しさを踏みにじってしまわぬように。
「済まない、済まない、済まない」
ランスロットはギネヴィアを抱えながらガレスとガヘリスに何度も何度も謝罪をした、今ほど死んでしまえたらと思ったことは生涯で無かったであろうという程に。
馬に乗って逃げるランスロットたちをガウェインは追いかけようとしなかった、相手が幾ら二人乗りであろうと徒歩では追い付くのは難しかったからだけではなく、ガウェインは妹と弟の身を案じたからだ。
しかしガウェインがガレスとガヘリスのもとに辿り着いた時には二人はもう息をしていなかった、そんな温かい二人の体を抱きしめてガウェインは身を震わした。
「絶対に許さんぞ、ランスロット。貴様だけは…絶対に」
血塗れの妹と弟を抱くガウェインの目は復讐の炎で燃え盛っていた。