Fate/stay another world 作:レッサーパンダ
エミヤはそうして自身が歩んだ人生を語ると士郎に自分の目的告げた。
エミヤは自分を縛り続ける世界の守護者たる存在を消そうとした、それは極僅かな可能性そしてその方法が過去の自分を殺す事であった。
しかしこの時代に居る士郎の肉体は本来の肉体では無く霊体の様なもので、仮に今の士郎を殺したところで本来の時代の士郎の下に帰るだけであることをエミヤは説明した。
故にエミヤは士郎を殺すのではなく自身が選んだ道とは別の道を士郎に選択させることで、自身の存在を上書きしようと考えたのだ。
「馬鹿な幻想を抱きその生涯を後悔で終わらせるな、誰かと寄り添い子をなし普通に生きろ。それが未来(愚かな末路)の俺からの忠告だ」
エミヤ自身士郎が別の道を歩もうとも自分が世界の守護者たる存在から解放されることなど無いであろうと内心は分かっていた。
それでも今のエミヤにとっては細すぎるその希望の糸に縋(すが)るしかなかったのだ。
「お前は自分の選択に後悔したのか?」
士郎はエミヤに問い掛けた。
エミヤは最初と変わらずに自分の人生は後悔の人生だと答えた、後悔だけしか残らない人生だったと。
それを聞いた士郎はエミヤの目を見つめて口を開いた。
「悪いな、どうやら俺とお前は別人のようだ。
俺は自分の考えを変えるつもりも、その進んだ道を後悔するつもりもない」
士郎の答えを聞いたエミヤは深いため息を吐いた、愚かで馬鹿な過去の自分を見てため息を吐かずはいられなかった。
エミヤは内心では士郎がそう答えるのを分かっていた、過去の自分もきっとそう答えるであろうと知っていたから。
しかし、そんなエミヤも戦場(地獄)を見続けて変わってしまった。いずれは目の前の過去の自分も変わるであろうことをエミヤは分かっている、青臭く愚かな過去の自分を見るのはエミヤにとって苦痛に他ならなかった。
「口で理解するなどと期待はしていなかったさ、トレース・オン」
エミヤは双剣の武器を生成するとそれを手に取った。
「理解するまでその身を嬲(なぶ)ってやろう、それでも理解出来ぬのであれば殺さずに精神(心)を壊し廃人としてその後を生きることになるぞ」
エミヤが戦闘態勢になるのを見て士郎も武器を生成して迎え討つ態勢を取った。
両者の剣と剣がぶつかり合う、しかし実力には圧倒的な差があった。
大人と子供ほど、もしくは英雄と多少戦いをかじったことのある凡人ほどの実力差であった。
士郎は対峙して痛感した、目の前に居る未来の自分と名乗るエミヤは紛れもなく第五次聖杯戦争で見た歴史に名を刻んだ英雄たちと肩を並べる力を持つ化け物であると。
「理解したか? お前如きの実力で何かを為(な)すなどと世迷言だと言うことを」
エミヤは圧倒的な実力差を見せつけると士郎に己の無力さを突き付けた。
それでも士郎の心は折れずにエミヤに挑み続ける。
「俺が力不足なんてことは分かっていたさ、それでも俺は剣を振るう。足らない実力はこの命で埋めてやる」
士郎は絶対に引かない覚悟を口にした、しかしその士郎の言葉を聞いたエミヤの眉間にシワが寄った。
「お前如きの命一つで何かが変わってくれるほど、世界は優しくも、甘くもないぞ」
エミヤの言葉にはかつて自分に向けられた言葉のようであった。
今の士郎と同じようにエミヤも思いそして実行して歩んで来た。その果てにエミヤは痛感させられたのだった、戦場という地獄の中で己の無力さを。
そしてエミヤは自分の歩んだ道が無意味と悟った、そして其処に残ったのは後悔という感情だけであったのだ。
「それでもあの災害の時に救われた俺は救わなくちゃならないんだ、俺があの日切嗣に救われたように。今度は俺が」
「散々這いずり回ったあげく、死にかけのガキを一人救うだけしか出来なかったあの馬鹿な男の様になりたいと?」
士郎の言葉にエミヤは鼻で笑ってバカにしたように返した。
エミヤの言葉を聞いた士郎は怒りが込み上げて来るのを抑えられなかった、あの日自分たちを救った切嗣を目の前の男は馬鹿にするように笑ったことが。
士郎は怒りで剣を振るうが怒りはかえって士郎の太刀筋を鈍らせてエミヤの前に歯が立たなかった。
「お前よりも俺の方が切嗣がどういう人間だったかよく知っている、切嗣が裏で何をしていたかも。
結局切嗣は死にかけのガキを一人救うことした出来なかった英雄になりそこなった偽物だ」
エミヤは士郎に向かってそう言い放った、そして苦しむように歯を食いしばって言葉を続けた。
「そんな男に憧れたガキの結末など分かり切っていたことだ、俺たちは偽物にすらも劣る紛い者。あの日、あの災害で、衛宮士郎という人間は死ぬべき存在だったのさ」
エミヤの言葉を聞いた士郎はエミヤを睨み付けると一つの質問をした。
「お前は後悔しか残らなかったと言ったよな? お前が救った命もあったハズだろ、その救った命も意味がなかったって言うつもりかよ」
士郎の言葉にエミヤは一瞬心がざわつくのを感じた、しかしエミヤは冷たく意味などなかったと口にした。その時のエミヤの目には何処か悲しみが宿っていた。
「やっぱりお前と俺は別人だな。何十人、何百人、何千人の命が失われたとしても、そこに一つでも救われた命があればそれが無意味であるハズがない。
たった一つの命を救ったところでと言われたら救われた人間はどうすればいい。
あの日、切嗣が流した涙は別の意味があったのかも知れない。それでもあの日俺が生きてたことを切嗣が祝福してくれたからこそ俺は生きててもいいんだと思えたんだ」
士郎はそう言って剣を強く握り絞めると再びエミヤに切りかかった。
エミヤは士郎の剣を自身の剣で難なく防ぐ、士郎は剣を振るいながらも口を開いた。
「聖杯戦争に呼ばれたお前は英雄なのかも知れない。
それでもたとえ世界が、歴史がお前を英雄だと認めても俺はお前を認めない。
救った命に意味が無かったというお前を俺は絶対に認めちゃいけない」
士郎の剣がエミヤの頬を少し掠めてエミヤの髪が数本切り裂かれた。
この時初めてエミヤは驚きの表情をすると士郎から距離を取った、士郎とエミヤの実力は未だに圧倒的な差があった。
エミヤが驚いたのは士郎の成長スピードであった、ほんの少しの時間しか経っていないのにも関わらず士郎は有り得ないスピードで力を伸ばしているのだ。
その違和感にエミヤはピンときた、士郎が持つ自分と同じ武器を目にしてエミヤは有り得ない士郎の急激な力を得た理由を。
過去と未来の違いはあれども二人は同じ人物である、士郎はこの戦いで未来の自分であるエミヤの力に剣という触媒を通して近づいていた。
それはまるで未来の自分を今に霊媒するように、そしてそれは戦いが長引けば士郎が自分と同じ力量まで辿り着くことを意味していた。
額から頬にかけて汗が一筋落ちるのをエミヤは感じた。