Fate/stay another world 作:レッサーパンダ
エミヤは士郎との戦いの中で過去の記憶を思い出していた。
エミヤがまだ世界の守護者となる前の衛宮士郎だった時の戦場での記憶である。
過去の記憶をエミヤは全て覚えている訳では無い、むしろ人という枠組みから外れたエミヤは過去の記憶はおぼろげなモノの方が多いくらいであった。
そんな中で青臭い理想を掲げる過去の自分にあの時の自分自身の記憶を呼び起こされるように過去の一場面を思い出した。
「助けて頂きありがとうございます。
え~と、衛宮士郎さんですよね? ずっと衛宮さんに憧れてたんです」
エミヤにそう言って感謝の言葉を口にしたのはまだ二十歳にもならない十五~六歳位に見える少年であった。
その少年の名前をエミヤは覚えてはいない、ただその少年はエミヤと同じように戦場で戦う兵士の一人であった。
戦場に立つ兵士の大半は好きで戦場に来た者ではなく、来ざるを得ない者たちであった。ただその少年は珍しく自分から危険な戦場へと歩み出たのだ(エミヤもそうであるが)。
「自らのための行いは死と共に消えるが、人や世界のための行いは永遠に生き続ける」
その少年は過去の偉人が残した言葉を口にした、少年はその言葉を残した人物と偶然にも名が一緒だったこともありその言葉に感銘を受け、人をためにと戦場へと出て来たらしい。
そしてこの頃には戦場で少し有名になり始めていたエミヤの名前を聞き、そしてエミヤが人を助けてることからこの少年はエミヤを英雄のように憧れていたと語った。
「どんなに地位と金を得ようとも自分のことしか考えない人ではなく、ちっぽけでも誰か人のために生きられる人に僕はなりたいんです」
そんな青臭い理想を口にした少年はまだ戦場に出たばかりで他人どころか、自分の命を守ることすら危うかった。
エミヤは誰かのためにと理想を語った少年と別れた、その数日後に少年が死んだという話を耳にした。
戦場に置いて死は身近にあった、その少年も覚悟を持って戦場に来ていたのだろうとエミヤは自分を無理矢理に納得させると戦場で今日も銃を構えた。
一人の人間の死を深く悲しんでいられる程の余裕は戦場に無かったのだ。
(人や世界のための行いは永遠に生き続けるか、そんな世界ならこの世はもっとましだったのかもな?)
エミヤは誰ともなしに心の中で毒づいた。どれだけ善行を積もうとも理不尽な結末を強いられるのがこの世の中であるとエミヤは戦場で見せつけられてきた。
エミヤ自身は自分に見返りが無くても構わなかった、ただ自分の様に他の人間を救おうと頑張る者には幸せであって欲しかった。
そんな矛盾した思いを抱き、他の誰かを助けようとする人間もエミヤは救いたかった。
それは人が持つには余りにも歪すぎる感情だと気づかぬままに。
「うぉぉぉー」
士郎の雄叫びと共に振るう剣を防ぐとエミヤは我に返った。
剣と剣がぶつかり合いその度に士郎は少しづつであるが力をエミヤへと近づけていく、そんな状況でエミヤは士郎に再び問うた。
「その道を進めば後悔以外何も残らぬ人生だと何故理解しない?」
エミヤは士郎に再び説得の言葉を投げかけるが士郎はその意思を曲げようとはしなかった。
エミヤは自分の話を理解せずに青臭いセリフを口にする士郎に怒りと哀れさを感じた。結局どう足掻こうと過去も未来も何も変える事など出来ぬと言った{選定者}の言葉はその通りなのかも知れないとエミヤは思い始めていた。
「誰かを助けたいなどと思う自分の気持ちがニセモノだと何故気付かん。
お前も俺も所詮は本物など持ち合わせて無い偽物だと」
エミヤの言葉に士郎はピクリと反応すると攻撃の手が止まる。
士郎自身も分かっていた、自分の誰かを助けたいという気持ちがあの災害を生き残ったこと、環境、自分を救ってくれた者への憧れ、そうした外からの影響に過ぎぬと。
士郎の胸の内から湧き上がる想いは決して自身から生まれた本物とは言えないことに。
それでも士郎はエミヤの目を真っ直ぐと見据えて答えた。
「この想いが例えニセモノだとしても構わない。
本物に及ばなくてもこの想いが別の誰かの胸に残ってくれるなら。
そしてその誰かが他の人を救いまた受け継がれるなら、決して本物に負けない、劣らない、ニセモノだと胸を張ってみせる」
士郎の言葉を聞いたエミヤはため息を吐いた。
士郎が言うようなそんな子供が抱える様な理想は現実では有り得ないと、この世に続くものがあるとするならば、それは負の連鎖だけであるからだ。
エミヤは士郎を見て過去の自分もそんな幻想を夢見ていたことに腹立たしさを覚えた。
そして士郎が再びエミヤへ剣を構えて突っ込んで行く。
「ぐっ」
士郎のうめき声が口から漏れた。
エミヤは戦い方を変えた、士郎が振り下ろす剣を受けるではなく躱すと膝で士郎の腹に蹴り込んだ。そして手に持つ剣の柄で士郎の頭を強打した。
剣と剣がぶつかり合うことで士郎はエミヤへと力を近づけて行く、裏を返せばそれが出来なければ士郎がエミヤとの実力を埋める術はないのだ。
そして剣を直接使わなくてもエミヤは士郎を打ちのめすだけの実力差が二人にはあった。
「どんな理想も力を持たぬ者が言ったところで意味などないぞ」
エミヤはそう言うと立て続けに士郎へと攻撃を続けた、剣を使わずともエミヤは士郎をボコボコに打ちのめすのに支障はなかった。
何十回、何百回とまして何千回と戦おうともエミヤは士郎相手に一度も負けること無く完勝するだけの実力差があった。パワー、スピード、魔力、全てでエミヤが士郎を上回っていた。
それでも仮にパワーなどで士郎がエミヤを上回ることがあってもエミヤは勝つ自信があった、エミヤと士郎の間で決定的に埋められぬ差は戦闘経験であるからだ。
「聖杯戦争とはいえ、たった一度の戦場を経験しただけのお前が俺に勝てる道理などありはしない」
エミヤは生前だけでも何十、何百という戦場を経験している。そして守護者となってからも合わせるならばその回数は千を優に超えた。
他の英霊と比べてもエミヤは戦闘経験という点においては群を抜いていた。
例え格上の英霊を相手にしてもエミヤは手段を選ばなければ互角以上の戦いを出来るだけの英霊と言えた、そんなエミヤ相手に士郎が勝つことなど万に一つも有り得なかった。
「俺は絶対に後悔なんてしない」
ボロボロになりながらも士郎はエミヤのようになりはしないと何度も口にした。
しかしエミヤには分かっていた、どんな強い想いもすり減り薄れ、そして何時かは消えて行くと。過去の自分がそうであったように。
この世に同じであり続けるモノなど在りはしないと。
「後悔する、いや後悔しか残りはしない。
お前と同じ道を歩んだ未来の自分自身がそう言っているんだぞ」
「後悔したと口にするお前は俺じゃない、衛宮士郎では絶対に。
俺が後悔したらあの日、切嗣が俺を救ってくれた行為が無駄になってしまうから」
理解しようとしない士郎にエミヤは怒鳴り散らすように言葉を吐く、それを聞いても士郎の心は揺れずに反論した。そして言葉を続ける。
「俺が後悔したら、これから(未来で)救う命が無意味だと言うことになってしまうから。
だから俺は後悔しない、しちゃいけない。
切嗣の思いを、これから救う誰かの命を、意味があったのだと俺が証明する為に。
……たとえその先の未来にどんな結末が待ち受けていようとも」
エミヤは一瞬たじろいだ。
士郎の揺らがぬ決意を秘めた目にエミヤは一瞬呑まれてしまったのだ、その士郎の強い想いを秘めた目に一瞬とはいえ怯んでしまったエミヤは自分自身に怒りを覚えた。
そしてエミヤは理解した、目の前の過去の自分(士郎)はたとえ死を前にしようとも絶対に自分が歩く道を行く救いようの無い愚か者であると。
「そうか、ならば死ね。そして俺と同じ道を行きそしてその未来に絶望しろ」
エミヤは諦めた、過去の自分は何をしても変わらないと。
そして本気で士郎を殺そうとエミヤは士郎にキバをむけた。士郎はエミヤが纏う空気が変わり空気がヒリつくのをその肌で感じた。
(どうすれば奴に勝てる?)
士郎は心の中で自分に問い掛ける。どう足掻こうと勝つためのビジョンが見えない士郎は必死に考えた。
自分が動くよりも先に相手は動く、自分の剣が届くよりも先に相手の剣がこちらに届く、全てに置いて上回る相手に勝つための方法はないかと士郎は考え続けた。そして一つの武器が士郎の頭を過ぎった。
「トレース・オン」
士郎は両手に持つ剣を地面に突き立てると別の武器を生成しようとした。
(思い出せ、セイバーを追い詰めたアイツの武器を。思い出せ、自分を貫いたあの槍を)
士郎は記憶を頼りに一つの武器を生成する、魔術回路が焼けるように熱くなるのを必死に耐えながら。
士郎をかつて貫いたそれは宝具ではなかったがあの男が持っていた槍には違いなかった。
セイバーを貫いたその槍は因果すらも捻じ曲げる宝具であった。
「…それは」
エミヤが士郎の生成した武器を見て小さく言葉を漏らした。
士郎の手には一つの槍が握り締められている、それはかつてセイバーすらも追い詰めた程の武器。
その武器を持つ男は第五次聖杯戦争で名立たる英霊たちの一人、ケルト神話の大英雄、クー・フーリンが持っていた宝具。ゲイボルグであった。
補足ですが士郎の生成したゲイボルグはモチロン本物よりも数段劣る劣化品です。
それと本文の方で出てきた「自らのための行い~」の言葉はアルバート・パインという19世紀の作家の方が残した言葉です。