俺がエレンとサーシャに呼び出されたのは、翌日の昼前のことだった。
昨日は訓練場にいた兵士達から、
ーーー『信じられん・・・・人間の技なのか?』
ーーー『でたらめだ・・・ブリューヌ人が弓を蔑視しているのはこの技量があるからなのか?』
ーーー『あの300アルシンを飛ばしたルーリック様が・・・・あんな捕虜に負けただと?』
などといった喧騒が巻き起こってしまったこともあり、俺もレギンもすぐに部屋に戻されてしまいそれきりだった。
その中でもわざわざ部屋に送ってくれたサーシャの冷えた笑みはルーリックとの1戦よりも正直にいって背筋が凍ったかと思うほどだった。
リムに先導されて公宮内を歩きながら、俺は困ったように髪をかきまわした。
『・・・・落ち着かないな。』
巡回中の兵士、すれ違う侍従や侍女たちも、こちらを好奇や畏怖などがいりまじった奇妙な眼差しを向けてくる。『前の俺』のときも似たようなことをやって同じような目を向けられたことがあったからなんとなくはわかる。ただ、一部の侍女達からの目線が凄い好奇な気がする。
『なぁ、どうして俺はじろじろみられているんだ?』
このまま無言で歩き続ける事に耐えられそうもなかったためリムにたずねるが、彼女は首を少しひねって横目で俺をみたあと、実にそっけなく感じてしまう口調で答えた。
『・・・エレオノーラ様とアレクサンドラ様が説明してくださいます。今日はエレオノーラ様の調子がよさそうではありますが執務中でもありますのでお早めに話を終わらせる事をおすすめします。』
ーーーまあいいか。こっちも聞きたいことは山ほどある。
やがて、リムは俺も見覚えのある扉で足をとめた。
『エレオノーラ様、アレクサンドラ様。ヴォルン伯爵をお連れしました。』
扉をノックしながら彼女がいうと、
『入れ』
とすぐにエレンの答えが返ってくる。リムは扉を押し開き、彼女に続いて中に入った。
『前の俺』の時の記憶がその瞬間にいくつかよみがえったのを自覚して部屋の中を見る。
ーーーたしかここはエレンの執務室だったはずだ。
俺にあてがわれた部屋と同じ位の広さだが、床に豪奢な絨毯が敷かれ、黄金の燭台、書見台、籐を編んだ椅子も置かれている。
エレンの少し斜め後方にある大きな窓の前にいるのは俺の黒弓を大事そうに抱えているサーシャだ。エレンの仕事ぶりを笑顔で見ているようだ。昨日の冷えた笑みではなくて内心ひと安心だ。
どうやらレギンやルーリックはこの場にはおらず、4人で話をするつもりのようだ。
『もう終わるから少し待て。』
エレンは執務室の机の前にすわって、書類にペンを走らせている。机の右はしにすでに処理されただろう書類が山のように積まれている。その膨大な量に『前の俺』が王だったころの書類の山を思いだしため息をもらした。
彼女の真後ろにジスタート王国の象徴『黒竜旗(ジルニトラ)』と黒地に銀の剣をあしらった旗、エレン個人の旗が飾られている。その旗の下には、鞘におさめられた『降魔の斬輝(アリファール)』が立て掛けられており瞬時に対応するために、エレンが手をのばせば容易に届く位置にある。
彼女の体調が万全ならばという注釈がつくが、
『あっ、エレンそこのところ間違ってるよ。』
いつの間にかエレンの後ろから書類に視線を向けていたサーシャから指差しにて書き損じの指摘がはいる。
エレンは無言でその部分を確認し、不意に書類を丸めると、手慣れた動作で部屋のすみにあるくずかごへ放る。
俺はなんとなくこの1投が『外れるような』気がしたため先にくずかごへ歩く。
ーーー丸められた紙は俺の予想通りくずかごの縁に当たって床に落ちた。