1話
「・・・・・・ル様・・・・・・グル様」
遠いどこかから懐かしい声が聞こえる。だが自分のことではないのだろうと決め、窓の外が明るいとかそういった事には気づかないことにした。
そもそも自分は愛する伴侶に看取られて死んだのだから。
というかまだ、眠い。
「ティグル様!」
やはり自分の事を呼んでいるのだろうか。
身体を揺さぶられているかのような感覚がある。
仕方なく声だけで反応することにする。
「・・・・・・もう少し・・・・・・あとほんの少しだけ」
「もう少しっていつまでですか?」
どこか遠い昔にこんなやりとりをしたような気がする。だが気がするだけであろう。
自分はもう・・・・・・
「今日は政務の予定もないし・・・・・・昼まで・・・・・・」
「いいかげんに起きてください!」
毛布を剥ぎ取られベッドから肩を掴まれて乱暴に身体を起こされる。
仕方なく開かないはずだった目をあけると、よくよく見知った『少女』の怒りをたぎらせた顔が間近にあった。
怒った表情を見せてはいるがいまいち迫力のない童顔。栗色の髪の毛はツインテール。小柄な身体を包んでいるのは黒の長袖と白いエプロンという侍女のそれだ。
「ああ・・・・・・・ティッタおは・・・!?」
眠気が突然覚醒した声で俺はひとつ年下の侍女の名前を呼んだ。
ーーーおかしい!おかしい!おかしい!おかしい!
俺が最期に見たティッタは栗色のなかに白髪がたくさん入ったこういうと失礼だが老婆だったはずだ!
それに俺だって身体が病魔に犯されていたはずなのに妙に軽い。
まるで若返ったかのように。
そんな、混乱状態の俺に対してティッタは俺の肩から手を離して言った。
「兵士のひとたちはとっくに用意を終えて、ティグル様をお待ちしていますよ!」
俺は混乱しながらも彼女の言葉を頭のなかで何度か繰り返した。
ーーーどういうことなんだ?目の前のティッタは50年近く前の・・・・・・若々しい姿だ。それは間違いない。わからないことだらけにすぎる。兵士達が待っているとも彼女は言った。 考えられないことがいま俺に起こっているらしい。だが、俺にはひとつ目の前の彼女に対してかなえなければならない『約束』がある。
そして俺はそれを、実行するために離れようとするティッタに後ろから抱きついた。もう離さないようにという気持ちを込めながら。
「ティ・・・ティグル様!?」
「・・・『おはよう』ティッタ。」
「ティ・・・・ティグル様・・・」
ーーーどれくらいそうしていただろうか?
不意に顔を真っ赤にしたティッタが俺の腕から逃げ出すとたたまれた服を俺にさしだした。彼女の足元には、水がたっぷりと入った小さな桶がおかれている。
どういう状況かは飲み込みきれないが俺は『いつも』そうして身の回りの世話をしてくれていた彼女に言葉をかけた。
「ありがとう。いつもながら用意がいいな。」
「・・あ、え・・・えっと・・・こうなるんじゃないかなと思っていましたから。あたしはお食事の準備をしてきます。お顔を洗ってこれを着たらおいでくださいな。」
真っ赤にした顔をおさめて、ティッタは明るく笑って一礼すると、スカートをひるがえして小走りに部屋を去る。
部屋に残された俺はとりあえず顔を洗い完全に意識を覚醒させると桶に入った水に若き頃の顔が写っていた事に衝撃を受けながらも渡された服にきっちり着替えて部屋をでる。
「全くいったいなにがどうなっているんだ?・・・さっきの若々しいティッタの話からしても・・・まさかとは思うが・・・」
俺はまさかの考えを内に秘めて食堂に直接向かわず廊下のつきあたりにある小さな部屋へと小走りに向かった。