「300アルシン程の距離から正確に矢を放ってきたのもすごいけど、味方がことごとく死ぬか逃げ散っているというあの状況で、自棄になるわけでもなく戦意を失わず、冷静に僕を『戦闘不能』にしようとしていたことにおどろかされたんだ。本当にね。」
その台詞のあとリムがため息をつく。
「別の公国の戦姫の方ではありますが、言わせてもらいます。単騎で飛びだしていかれるような真似はなさらないでください。万が一があったときにエレオノーラ様やレグニーツァの方々に申し訳がたちませんので。」
「でもさ、リムアリーシャ・・・あのときは誰かが危険を承知でティグルに接近しなければ、僕たちは全滅していたかもしれないんだよ?たまたま矢が4本しかなかったからよかっただけでね。」
「おっしゃる通りですが、それはアレクサンドラ様の役目ではありません。」
サーシャとリムが舌戦をしているのをみてエレンは困ったように眉をさげて、俺に助けをもとめてくる。俺は少し考えてからエレンに任せろという笑みを浮かべて言った。
「敵側にいた俺から一般論として言わせてもらうと今回に限って言えば残念だが、サーシャ以外が俺の方に来ていたら立場は逆転していたと思う。ただ、あくまでこれは結果としての話にすぎない。本来なら指揮官自らが危険を犯すことは避けるべきでもあると思う。だが、あのときは誰が向かってこようと、俺のやることは変わらない。サーシャだけを狙って射った。あの場から動かなかったとしても、矢を届かせる事は可能だったからな。だから結果は変わらない。俺の完敗さ。」
「ずいぶん素直に負けをみとめるんだね。」
「・・・あのときも言ったけど、飛んでくる矢を『足場』にして跳躍する人間なんて、初めて見たよ。勇者や英雄と呼ばれる人物の昔話にも出てこないんじゃないかって思うけどな。」
「リムアリーシャが受けた矢を見て、なんとなく狙いはわかったからね。思った通りに飛んできてくれてよかったよ。」
ーーーやっぱりエレンが評価する人物だ。普通なら勝ち誇ってもおかしくはないハズだったが、サーシャは俺の黒弓をなぜか愛おしそうに腕に抱き抱える。
「だからね・・・君を殺すのは惜しいと思ったんだ。ジスタート・・・いやこの世界をくまなく探したってティグル程の弓の技量をもった人間はいないと思ったから。」
「そう、評されると悪い気はしないな。ありがとうサーシャ。」
そこで、俺とサーシャがお互いに息をついたところでエレンが喉がかわいたなとつぶやき、リムが執務机の脇に置かれている水差しから陶製のコップに人数分水を注ぎさしだしてくれたのだが、俺に対してはやはり冷たい視線も共についてきた。
そしてサーシャが次に俺に対して言うだろう台詞がなんとなく想像がついたが、彼女が俺の黒弓をもったまま一息に水を飲みほしてあらためてこちらに向き直るのを待つ。
「・・・というわけだからさティグル・・・身代金なんていらないから僕に仕えないか?」
ーーーまさか、ここでも以前のエレンと同じ内容の言葉をかけてもらえるとは・・・・俺はどこか懐かしさを覚えながらサーシャを見つめる。
「ブリューヌと同じ伯爵位をもって遇しよう。爵位に応じて俸給も与えるし、領土はあげられないけど、今後の働きしだいって事にしてさ。海の幸もあるし、ブリューヌ人だからといって戦での勲功に差をつけることもないよ。」
「・・サーシャ本気なのか?」
「アレクサンドラ様それは・・・・。」
俺が黙っているとエレンとサーシャがそれぞれなにかを言おうとするが、今の俺は「サーシャ」の捕虜である。サーシャはふたりの言葉よりも俺の返答を待っているようだ。
『前の俺』はブリューヌというよりは『アルサス』への愛ゆえにエレンの誘いを即決で断った。
だが、今回は・・・・