「やっぱりあったか・・・・・・。」
俺はなんとなく覚えのあった部屋の中にはいると立派な装飾を施された鏡と台があり一張の弓が立て掛けられていた。
忘れようにも忘れられないような気がした。
弦はしっかりとはられていて、すぐにでも戦や狩りに使えるだろう。
この弓の特徴を例えるなら 鈍い黒だろう。
狩人だったヴォルン家の家宝であり『前の俺』を玉座へと導いてくれた相棒のハズだ。前の俺の時は2代目の王に即位した『ヴァレリー』に譲り渡しているため本来はここにあるはずはないのだが。
ハズだというのはまだその他の記憶などはぼんやりとしたものでしかなくあまり覚えていないということ。先ほどのティッタとの『約束』に関しては完璧に覚えているのだが・・・ とにかく俺はこの弓を持って行かなければならないハズだ。
俺の父さんはこの相棒について生前こう言っていたのを覚えている。
『お前が真にこの弓を必要とした時のみ使え。それ以外では用いてはならぬ。』
俺は立てかけられている黒弓の前に立つと姿勢を正して呼吸を整え、胸の前で握り拳をつくって横に引く動きをとる。
これも忘れるハズのない代々のヴォルン家先祖に対する礼だ。
それからもう一度視線を送ってから黒弓を手に取って静かに廊下に出るとティッタの待つ食堂へと向かった。
食堂に到着すると、甘くて香ばしい匂いがする。
前の俺が王になる前と晩年によくおせわになっていた素朴なテーブルに、ハムを入れた卵焼きとライ麦のパン、ミルク、茸のスープがならんでいる。
テーブルのそばにはティッタが控えていたが俺の手にある黒弓をみてこう言った。
「ティグル様それはウルス様が生前言っていた弓ですか?」
「ああ、今度の戦では持っていくつもりだ。」
「・・・そうですか。ティグル様お食事を済ませてください。いつもみたいにスープだけとか駄目ですよ!」
前の俺の時もそうだが、ティッタはこと食事に関しては本当に厳しい。実際玉座を譲ってアルサスに戻った時にも厳しい口調で叱られたものだ。
なのでここは素直に全てを平らげる事にした。というよりまさかまたティッタの作った料理が食べられるなんて思ってもいなかったから・・・・。
「いただきます!」
俺は黒弓を倒さないように隣の椅子に立てかけてから別の椅子に座りゆっくりと味わう様に食べ始めた。
先ほどのティッタとの会話で本当はあまり時間がないのだろうが流れ作業の様に食べることは今の俺にはできそうになかった。
ティッタは、俺が一気に味わうまでもなく食べてしまうと思っていたのか。
少しだけほっとしていた表情を見せていた。
「ごちそうさま」
言葉と同時に立ち上がると手にナプキンやブラシやらを用意したティッタが歩いてきた。
「あとが残るのでちゃんと拭いてくださいな。」
そういいながら俺の口元を拭いブラシを持った手で俺の赤い髪を丁寧にすいてくれた。おまけに襟もティッタとしては曲がっていた様で全てを整えてくれた。
そこまで得意そうに身支度を行ってくれていたティッタの表情がふと曇る。
幸いにしてその理由が今の俺にはわかる。ここはこの後の流れの記憶を思い出す作業も考えて先手を打つことにした。
「・・・ティッタ」
「・・はい」
「・・・俺が戦に行くことに不安があるのか?」
予想通りティッタの顔がみるみるうちに暗くなる。前の俺も・・・いや今の俺もティッタの事を愛している。年下の妹のような存在ではなく恋人として。だがいまはまだ面と向かって告げるわけには行かない。
今のティッタにそれを、伝えれば二人で神殿に逃げましょうとでも言われそうだ。
それにやはりいまのティッタの表情でこの時間が『ディナント平原の会戦』直前であることが確定した。
ならば俺はこの会戦から逃げるわけにはいかない。
そんなことを考える俺にティッタは弱々しく言った。
「どうしてティグル様が戦へでなければならないんですか?」