「しかし・・・・若に抱擁されるなんて何年ぶりでしょうなぁ。」
ーーー革鎧を着て俺の隣で馬をゆっくりと進める小柄な老人がそばにいる古参の兵士達に聞こえるように言った。
「いやぁ・・・領主様のあのような姿はじめて見ましたわ。戦は3年ぶりですが、幸先がいいってもんですわ。」
「それならば・・・・戦のたびに若にはわしに熱い抱擁をしてもらうことにしましょうや。ティッタに嫉妬されないようにこの抱擁は戦の勝利を祈願するものであるとでもいっておけばばっちりでさ。」
「・・・もうその話は勘弁してもらえないか。」
俺の側仕えであるバートランと古参の兵士達がもう何度も出発前の俺の行動をまぜっ返して盛り上がっている中で俺は馬上にて自分の行動を思い返し肩をすくめていた。
ーーー俺が屋敷を出ると、兵士たちはすでに整列して待っていた。そこに・・『前の俺』のときに『聖窟宮(サングロエル)』にて刺客から俺を庇い壮絶な死をとげた側仕えのバートランがいたのだ。
一気にその光景を思い出してしまった俺は思わず泣きながら彼に抱きついてしまう。
それがいけなかった。今のバートラン達にとっては、この行動は奇異だったに違いない。だが、彼らはそれを好意的に受け入れてくれた。結果的に士気は問題なくなったのだが。恥ずかしいにも程がある。
ティッタやアルサスの女性達に見られなかったことといくつかの記憶が俺に戻ってきて先ほどより幾分冷静になれたことが救いだ。
ーーー今回の戦の原因は、ブリューヌとジスタートの国境線となっている川が大雨で増水し、氾濫したことにある。
俺が王になったあとに治水対策を施して事なきを得てはいるが、今はそうはなっていない。
当然、ブリューヌ、ジスタート双方ともに『そちらの治水対策に問題があった』と言い張って譲らず、今回の出征となったハズだ。
「敵軍およそ5000に対してこっちは25000以上か。心躍る話じゃのう、まったく」
俺の隣で皮肉を吐き捨てたのは先ほど合流したマスハス卿・・・・『マスハス=ローダント』伯爵である。父さんの古くからの友人で、俺とティッタにとっては恩人でもある。俺が父さんのあとを継いだ時にもなにくれともなく世話をやいてくれた人であり、『前の俺』が王になった時も見届けてくれた騎士だ。
「王子殿下の初陣だから、という話は本当なのですか?」
馬を並べて進ませながら、当たり障りのないところからマスハス卿に尋ねる。
さすがにバートランの時の失敗は犯さない。
「事実じゃろうな。国王陛下が王子殿下を溺愛されているのは、誰もが知っておる。」
ずんぐりとした体躯を鉄の甲冑で包み、マスハス卿は不機嫌そうな顔をして言った。
「今度の戦は、国家の命運をかけた一大事というほどのものではない。そういう意味では、殿下・・・・『レグナス王子』の初陣を飾るには・・・・経験を積んでいただくにはちょうどいいかもしれんがな。」
ーーーおそらくマスハス卿は愛する『息子』の初陣を華々しく飾ってやりたい。そのための必勝の策として国王が王国直属の騎士団だけでなく、ディナント平原周辺の貴族たちにも出兵を命じたと考えているのだろう。
ーーーそれについてはひとつの事実以外は正しい事を『俺は』知っている。
『レグナス王子』が『息子』ではなく『レギン』という『娘』であるということを。