それをおくびにも出さずに俺はマスハス卿をなぐさめるように肩を叩きながら言った。
ーーーむろんそれだけではないが。
「敵より多くの兵を揃えるのは戦の常道です。それに、『レグナス王子』はいずれ国王となられる御方。
陛下のなさりようは間違ってないと思います。」
「そうじゃな、わしらのような小貴族は『後方』でおとなしくしておればいい。勝てる戦と踏んで、ここぞとばかりに武勲を求め、前衛をつとめたがる者の多いことよ・・・・そういえばティグル。・・・・・・『戦姫(せんき)』を知っておるか?」
ーーーマスハス卿の思い出したように聞かれた言葉に俺は内心で高揚と悦を全力で押さえ込まなければならなかった。
『俺』が知らないハズがない。むしろこれから戦うであろう『戦姫』の性格や得意なものから苦手なもの、はては食事の好みまで全てを知り尽くしている自負すらある。
また『エレン』に会える。今の俺のように『記憶』があるわけではないだろうが彼女とまた共に過ごせるかもしれない・・・それを考えるだけで目の前のことを忘れてしまいそうにすらなる。
俺は声を上ずらせないように淡々と返した。
「・・・・ジスタートの7戦姫のことですか?」
「そう、それよ。敵の指揮官は、その戦姫のひとりらしいぞ。・・・21歳という年齢からくる、威厳と経験から様々な戦場をくぐり抜けて常勝無敗。剣士としても2色の『双剣』を駆使して舞う姫のように戦う姿から『煌炎の朧姫(ファルプラム)』や『刃の舞姫(コルテイーサ)』などと呼ばれ・・・・むっ?どうしたティグル?」
ーーーエレンじゃ・・ない?
ジスタート王国はひとりの『王』と7人の『戦姫』によって構成されている。王国の中に7つの公国がありそれぞれを『戦姫』と呼ばれる女性が治めている。
俺の覚えている限りではあるが、『ライトメリッツ』をエレン、『オルミュッツ』をミラ、『ポリーシャ』をソフィー、『ルヴーシュ』をリーザ、『ブレスト』をオルガ、『オステローデ』をヴァレンティナ、そして『レグニーツァ』をサーシャが治めていたハズだ。
それぞれが一騎当千の実力者であり、異名を持って呼ばれている。
マスハス卿の言った『刃の舞姫(コルテイーサ)』、『煌炎の朧姫(ファルプラム)』の異名は『エレン』のことではない。
たしか、俺の記憶では・・・・
「・・・いえ、なんでもありませんそれよりその戦姫は、なんという名前なのですか?」
『たしか、『アレクサンドラ=アルシャーヴィン』といったの。たぐいまれな美貌の持ち主で一見すると少年のようにも、見えるという話があるほどでな。」
そこからマスハス卿とどういうやりとりをしたか正直覚えていない。
『前の俺』時の『アレクサンドラ=アルシャーヴィン』こと『サーシャ』とは何処かに行く途中で、エレンの勧めもあって『レグニーツァ』に立ち寄った際に1度面と向かって話したことがあったハズだ。
長い間病にかかっていた事もあってか儚げな女性だったと記憶している。
たしか、リーザと過ごしていた前後辺りの時期に亡くなってしまったとエレンから聞いた気がする。
今も彼女が病を抱えているとするとそのリスクを抱えた状態でわざわざ『ライトメリッツ』のエレンを差し置いてこちらに向かっている事になる。
俺の記憶が全てであるとはもちろん言えないが、『オルミュッツ』のミラが対応しに来てもおかしくはないハズなのに。
ジスタート側に何かしらの事情があるのか。あるいは『エレン』になにかがあったのか。
ーーー何か、いやな予感がする。
あの時とはまた違った意味合いでではあるが。
そんな俺の不安をよそに俺とマスハス卿の軍勢は数日後にディナントに到着した。
『レギン』・・・・・『レグナス王子』のことも気にはなるが、今の俺にはどうしようもなかった。