いくつもの悲鳴、断末魔の叫び、馬蹄の轟きと剣戟のひびきが俺の耳を蹂躙している。
俺はなるべく目立たないように友軍の死体の山からゆっくりと這い出してきた。もちろん黒弓と持てる限りの弓矢と矢筒も一緒にだ。
ちなみに黒弓で1度普通の弓矢を手近な死体に試射してみたが問題はなさそうだ。
俺は『自分のやるべきこと』をやるために『あの時』と同じように『ジスタート軍』が夜明けと共に後衛に背後から奇襲をかけてくると予測をたてて、同時に軍から離れ『敗残兵』として単独行動をとれるように仕向けた。
ーーーこの会戦が始まった頃の『前の俺』では到底考えつかないしそのような非情とも思える決断は出来ないだろうが、曲がりなりにも『今の俺』には記憶に不確実な部分があるにせよ60年近くの『指揮官や為政者としての経験』がある。
ーーー必要とあらば俺は迷わず実行するだろう。
ーーー思い出すまでもないことだが、『ザイアン=テナルディエ』らとの弓と剣をめぐる些事。
後に『決定的な』対立をすることになるであろう人物のためにいかに同じ旗印を仰ぐ『ブリューヌ貴族』とて、全力を尽くすつもりは全くない。
もちろんこの行動をとるために『不自然に』ならない程度にディナント到着前に根回しは行っている。
といってもマスハス卿に俺が『不在』のさなかに『不測の事態』が発生した場合にアルサス全軍をマスハス卿の指揮下に置いて貰うように依頼したこと。もちろん逆の場合も同様とすること。
側仕えのバートランにはマスハス卿の指揮下で全力を尽くすようにと厳命してきたことくらいだ。
『今の立場』の俺ではこれが限界だし『レグナス王子』に近寄ろうにも現状ではやはりどうにもならない。ならばとそう考えた。
あとはタイミングを見計らい『偶然』を装ってまんまと単独行動をとることに成功したのだった。
やはり『ジスタート』軍は俺の予想した通りの行動をとってきた。
仮に指揮官が『エレン』じゃないとしても『戦姫』である以上今回の状況ならばこの作戦をとるだろうと確信めいたものがあったがまずは予定通りだ。
とはいえ俺がいる周囲には見渡す限りの死体の山。草は血で染まり大地を埋め尽くさんばかりの人間の死体が転がっていた。
アルサスの兵士たちはマスハス卿に任せてある。全員無事にとは行かないかもしれないが、浮き足立った味方に押し潰されて全滅させられるよりよほどいい。
「・・・・なれるものではないが吐いてもいられないな。」
俺は太陽の位置から方角をたしかめる。
「あっちが西か。」
今俺がいる場所からは東に向かえばジスタート。西に向かえばブリューヌだ。
おそらくジスタート軍による追撃戦がはじまっているハズだ。となれば西に向かえばジスタート軍の『指揮官』または重要人物を発見できるだろう。
馬を準備できなかったのは正直仕方がないが身体にさしたる怪我はない。
ゆっくりと西に歩きだした俺は、視界の端に動くものを発見し足をとめた。
ーーーどうやらジスタート軍と思われる一騎の騎士が剣を振りかざしてこちらに向かって掛けてくる。
どうやら知っている顔ではないようだ。
俺は黒弓を構え、矢筒から矢を1本引き抜いた。
騎士は地面の死体を馬蹄で蹴り飛ばし迫ってくる。
「まだブリューヌの生き残りがいたか。その首もらった!」
俺は無造作に矢を放つ。距離としては30アルシンあるかどうか。
鈍い音がしたときには、騎士の喉に俺の矢が刺さっていた。そのまま騎士の身体は地面に倒れる。
ちなみに馬はなぜか都合よく俺の前に止まっていた。普通ならばそのまま彼方へと走り去ってしまうものなのだが。