「・・・完敗だな。」
俺は弓を軽く握りしめて、両足に少し『遊びができる』くらい脱力しつつ笑顔を浮かべてまっすぐ立つ。
見苦しいふるまいというよりは全力を尽くし敗れたのだから『多分なんとかなるさ。』の楽観論でいられてることが笑顔の原因かもしれない。
やがて彼女は着地をし炎をまとっている金色の刀身を俺に突きつけた。
『悪いんだけど・・・・弓を捨ててもらえないかな?』
俺は仕方なく言われたとおりに弓をゆっくりと地面におき、空になった矢筒を彼女に見せてからそれも置く。
戦姫は満足そうにうなずいて『エレン』とはまた違った魅力的な笑顔で言った。
『とんでもない技量(うで)だね!』
ーーーそれが俺に向けられた言葉であるとすぐにわかった俺は笑顔のままで返した。
『その射った矢を空中で『足場』にして更に飛翔する女の子に言われてもむず痒いだけだけどな。』
ーーー俺の返しに更にいたずらっぽい笑みを深くして彼女の口が動いていく。
『僕は『アレクサンドラ=アルシャーヴィン』。君は?』
『・・・『ティグルヴルムド=ヴォルン』だ。』
『貴族なの?爵位は?』
ブリューヌやジスタートを含めた諸国では爵位名がそのまま『姓』となることが一般的だ。わずかな例外をのぞいて貴族以外が姓を持つことはない。
『伯爵だ』
そう、俺が答えると彼女の笑顔はますます嬉しそうなものになる。戦場であることを忘れてしまいそうだ。
『よし!それじゃあヴォルン伯爵!』
双剣を鞘に治めアレクサンドラ・・いやサーシャは明るく告げた。
ーーーまさか・・・・
『君はいまから僕の『捕虜(もの)』だよ。』
まさか同じ台詞を違う女性から宣言されるとは思っていなかった俺があっけにとられていると、彼女の護衛たちがようやく追いついてきた。
その中のひとりに兜を被っていない人物がいた。その人物をみた俺はまたしても悦を噛み殺さなければならなかった。
頭の右側でむすんで流している、艶のない金色の髪。見つめられると背中から冷や汗がでてしまいそうな無機質な蒼い双眸。
長身ながら均整のとれた、すらりとした体つき。
そして今は見えていないが、この身体つきに反して豊満な胸を備えていることも『俺』は知っている。
ーーー『リム』こと『リムアリーシャ』だ。
リム達は俺をとりかこみ剣や槍を突きつけたがサーシャが、手をふると、苦々しげな反応を示しながらも武器を引いた。
『リムアリーシャ、悪いんだけどここにいる馬に僕の捕虜である彼と一緒に乗ってもらえないかな?』
そういってなぜか、いまだに俺のそばから動こうとしない馬に視線を送ってサーシャはリムに言うと、
リムは黙ってうなずき馬に跨がると、俺を見下ろして、冷たい声を発した。声が怒りを帯びているのは『前の俺』の時と同様に今回も俺に落馬させられたのだろう。
『早く乗りなさい』
ーーーなぜ、リムがサーシャのそばにいるのか検討がつかないが俺は地面に置いた黒弓と矢筒を指さして聞いた。
『弓と矢筒を拾っていいか?大事なものなんだが。』
それに答えたのは新しい馬に捕虜らしき人物とともに跨がったサーシャだった。
『もちろんさ!でも黒弓は僕が預からせて貰うけれど。』
俺は黒弓と空になった矢筒を拾いサーシャに黒弓を渡すと馬上から手をのばしているリムを支えにして後ろに乗る。
もちろん振り落とされないように何気なく『腰』に手を回した。
いきなりリムは頭を反動をつけて右にふる。
すると彼女の纏められた髪が俺の目に入る。
『ぐっ・・・・何をするんだ』
前にも同じようなことがあったような気がしたが、目をおさえて俺はリムに抗議する。
だが、やっぱり嬉しかった。
また彼女は『腰』部分が非常に敏感であったことを今更ながらに思い出していた。
『リムアリーシャ・・・・一応彼は『エレン』じゃなくて『僕』の捕虜だからね。もう少し優しくしてあげてほしいかな。』
『・・・・・・御意』
その声にはあきらかに不満がにじみでていたが、リムは従った。
『これ以上妙な動きを見せたなら、アレクサンドラ様の命令であっても即座に振り落として馬蹄で踏み砕くので、そのつもりで。』
俺はため息をついたものの胸中に広がる『いやな予感』が拭えない。
この場に『エレン』がいないにも関わらず『リム』がいること。サーシャの後ろに乗っている『捕虜』の視線が妙に俺に向けられていること。他にも俺自身のことなど不安は尽きない。
ーーーだがまあなんとかなるさ
サーシャは騎士達をふりかえって意気揚々と告げた。
『なんともあっけない戦だったけど、ブリューヌの捕虜を2人も得られたし『エレン』にもいい報告ができそうだね。
ーーーでは、撤収する!』
ーーーこうして俺は『エレオノーラ=ヴィルターリア』ではなく『アレクサンドラ=アルシャーヴィン』の捕虜としてジスタートへ向かうことになったのだった。