女の子だらけの職場で俺がヒロインなのは間違っている 作:通りすがりの魔術師
突然の偽の恋人生活開始から翌日。
昨日は店を出てから次の予定を決めるためにカフェに移動したものの、俺が腹を下してトイレに篭っていたおかげでまともに決められず、結局前日に決めようという流れになり別れ、そのまま帰ってすぐに寝た。
朝起きてシャワーを軽く浴びて朝食を済ませる。歯を磨き顔を洗って着替えていると突然腹痛に襲われる。恐らく、ハムエッグが腸に加わったおかげで未だに残っていた腹の中の肉達が暴れているという感覚だ。胃薬がないか探してみたがそもそも買った記憶はなく、かといって今からコンビニや薬局で買ってる時間はなく、仕方なく胃もたれに苦しみながら会社へと辿り着いた。
「おはよー、って八幡顔真っ青だけど大丈夫?」
「え…?あ、ちょっと腹が痛くてな」
来ていきなり隣の席の涼風に心配される。鏡で顔を確認するが、いつも通りな気がする。ただ若干目の下のクマが酷い気がするな。特に気にすることではないので、腹をさすりながらパソコンを立ち上げた。
「おはよ、青葉ちゃん、八幡」
「おはようございますはじめさん」
「……うっす」
ノースリーブの開放感あふれる服装のはじめさんがやってくると各々挨拶を交わす。すると、俺の顔を見たはじめさんが小さく悲鳴をあげる。
「ヒェッ…って八幡か…どしたのすごく顔色悪いけど…」
「…そんなに悪いですか」
「うん」
そんな驚かれるくらいに悪いのか。遅刻してでも薬局に行って胃薬買っておくべきだったかと後悔したその時、腹が捻じれ狂うような痛みに襲われ慌てて立ち上がる。
「は、八幡!?」
「……お花積んでくる」
「あ、うん、行ってらっしゃい」
涼風とはじめさんに見送られて急いでトイレに駆け込み、ドアを閉める。女性ばかりのイーグルジャンプのこのフロアに男子トイレはなく上に行けばあるのだが、俺は移動の時間がもったいないからと多目的トイレを使わせてもらっている。上の男子トイレも行ったことはあるが、狭いし和式しかないので少し不便だったのでこちらを使わせてもらえるのはありがたい。
ふぅ、と安堵して手を洗ってトイレから出ると目の前に立っていた人物に驚き、俺は一歩後ずさってしまう。
「おはようございます。八幡」
「お、おはようございます……って、なんで会社でもその呼び方なんですか。ここでは苗字って」
「言ってません。社内ではあなたがさん付けするだけでいいと言ったではありませんか」
あれ、そうだっけ。うみこさんが急に苗字にさん付けじゃなくなると不自然だから社内では控えようとか言った気がするんだが。
昨日の会話を思い出そうとしていると「それより」とうみこさんに水の入ったコップを手渡される。
「あとこれ」
手のひらに置かれたのは3粒の錠剤。目線でこれはと問いかける。
「胃薬です」
「あ、なるほど」
が、時すでに遅しである。多分、もう大丈夫だと思うが、圧を加えてくるこの人から逃れるためには飲んだ方がいいかもしれない。
「一応、飲んでおいてください。いいですか」
「…はい」
そう言われたら飲むしかない。薬を口に入れ一気に飲み干す。これでセカンドインパクトが来ることがないと思うと気は楽になったか。
「ありがとうございました。……てか、胃薬持ってきたんですか」
「カバンに入れてあります。いついかなる状況にも対応できるように」
本当に用意周到すぎる。心配性というわけでもなく、常に最悪を想定して動けという命令で動いている軍人みたいだ。
「では、お仕事頑張ってください」
「それはお互い様ですね。じゃ」
そう言って自分のブースに戻ると、俺が来たことに気付いた涼風が「おかえり」とパソコンに目を向けたまま言ってくる。それに俺はただいまと返して作業に入ろうとしたが、涼風が尋ねてくる。
「さっきうみこさんが来たんだけど何かあったの?」
「うみこさんが?」
「うん、『比企谷さんは?』って」
昨日の今日だからわざわざ心配して来てくれたのだろうか。準備万全、アフターケアサービスまで充実してるとかあの人俺じゃなくても大丈夫だったんじゃないだろうか。
「そうか。まぁ、さっき会ったけど特に何も言ってなかったな。でも、胃薬もらった」
事実、胃薬を渡すために探していたとも言っていないし、嘘はついていない。が、涼風は納得してないような雰囲気だ。
「そっか。じゃいいか」
が、口ではそう言ってペンを走らせる。ただ単に機嫌が悪いだけだろうと解釈して俺も自分の仕事に集中し始めた。
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「やっと終わった」
その後、腹痛に悩まされることはなく無事に退勤時間を迎えた俺は身体を伸ばしてスマホを開く。安定の通知ナシを確認して、立ち上がると涼風に声をかけられる。
「ね、八幡、晩御飯空いてない?」
「晩?今からか?」
聞くと涼風は頷く。別に構わないが、そう答えようとしたしとき、携帯が揺れる。
「悪い」
鳴った携帯を持って涼風に一言詫びてから電話に出る。すると、ものすごく低い声音が耳に響いた。
『いきなり浮気ですか』
「えぇ…」
浮気って俺ら仮の恋人だから、そういうの関係ないんじゃ。その辺曖昧なんだよな。
一応、辺りを見渡してみるが涼風以外に見当たる人物はおらず、涼風に不審な目を向けられすぐに違う方向を向く。
「どこで聞いてるんすか」
『さぁ?それより涼風さんと、ご飯、行くんですか?』
それよりって、うみこさんが隠れてる場所の方が俺は気になるのだが。
「これから予定とかありましたっけ」
『昨日決めれなかったことを決めたいのですが』
「あぁ」
それは俺が悪いな。うん、主に俺が食べた肉が。いや、でも焼肉屋に誘って俺に肉を食わせたのはうみこさんだから、結論的にうみこさんが悪いのでは。そんなことを考えるなんてただのクズだな。誰だよ一体、あ、俺か。
『それでどうするんですか?』
どうするもこうするも仮にも付き合ってるのはうみこさんなわけで、昨日決められなかった予定を決めるために呼び出されたのなら優先度はうみこさんの方が高くなるな。
「…そっち行くんで外で待っててください」
はいという返事を聞いてスマホをしまうとずっと待っていた涼風に話しかける。
「悪い、先約が入ってたのを忘れてた。また今度でいいか」
「……じゃ、しょうがないね」
納得したようで何より。俺は軽く挨拶をしてカバンを持って会社を出た。自転車の鍵を外していると背後から殺気を感じた。振り返ると少し御機嫌が斜めな様子のうみこさんがいた。
「は、はは…」
こりゃ、めんどくさいぞと思いつつ俺は自転車を駐輪場から出してうみこさんのところまで動かす。
「では、付き合って早々浮気しようとした理由を聞きましょうか」
「浮気じゃないですし、あとその話ここじゃまずいですよ」
「それもそうですね」
そう言うとうみこさんはカバンを俺の自転車のカゴに入れる。
「うみこさん徒歩なんですね」
「うみこ」
「……慣れるまでは許してくれるんじゃ」
「そう言ってたら永遠に言わなさそうなので」
「……言った方がいいですかね」
「母の前だと結婚を前提に付き合ってるのにさん付けは変だろうと言われるので」
じゃお母さんの前でだけ下の名前で呼べば…ってそんな器用な真似は俺には無理か。
「ですけど、やっぱり無理ですよ」
「恥ずかしいですか?」
「え、あ、まぁ。うみこさんみたいにすんなり言えなくてすんません」
苦笑いしながらそう謝ると、うみこさんは顔を逸らした。
「別に八幡には八幡のペースがありますから、構いません」
それに、とうみこさんは小さな声で呟いた。
「私もこう見えて恥ずかしいですから」
不意打ちすぎる言葉に口を開けたまま固まってしまう。うみこさんはそうでもないらしく立ち止まった俺を見て「何をしてるんですか?早く行きますよ」と声をかけられる。
俺はそれに「あ、はい」と急ぎ足で彼女の隣に並んだ。
タイトル考えてる時間ないのでうみこさんのセリフにしました
あと、どの話が投稿されたか分からないという感想を見ましたが僕も更新する時いちいち面倒なのでおあいこということで。