女の子だらけの職場で俺がヒロインなのは間違っている   作:通りすがりの魔術師

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嘘でもいいからうみこさんに好きって囁かれたい


どうしてか遠山りんには躊躇いがない。

 

 

「あなたは私を愛してくれますか?」

 

 

突然、胸元に飛び込んできた遠山さんから囁かれたその言葉は、他人からなら素敵な愛の告白のように聞こえるだろう。こんな美人さんに告白されるなんて羨ましい、そう思われてもおかしくないだろう。

 

 

しかし、俺にはこれが到底愛の告白には聞こえなかった。決して消えない永遠に続きそうな呪いだ。俺はそんなふうに感じた。

 

 

いつものように仕事をこなす遠山さんに違和感があると思ったのは午後になってからだ。確かに見た通り、ちゃんとしてるし笑顔を絶やさず周りに気遣いをしながらテキパキとした仕事をしていた。が、俺にはその笑顔がとても無理をしてるように見えた。

そこで何かあったのかと軽率に声をかけたことに正直後悔した。まさか、こんなことになるとは。

 

 

「すみませんが俺には遠山さんを愛する理由がありません」

 

 

「そう。でも、私にはあるの」

 

 

俺の胸に身を預けたまま動こうとしない遠山さんを引き剥がそうか少し悩んだが、力づくで引き剥がしても意味は無いだろう。

 

 

「こんな茶番早く終わらせてほしいんですが」

 

 

「茶番じゃないわ」

 

 

「じゃ、遠山さんが俺を好きになった理由ってなんですか」

 

 

聞いても遠山さんは答えない。それを理由に俺はここを立ち去ろうと遠山さんから離れようとする。が、逃がしはしないと白く細い腕が背中に回る。

 

 

「そういう自分の魅力に気付かない謙虚な所、かしら」

 

 

「へえ、なるほど。俺の魅力に俺が気付いていない。ということですか」

 

 

「そうよ」

 

 

そんなわけあるか。俺のいい所なんて争いを好まず、人を慈しみ家族(妹)を大切にしてることくらいで、誰かに愛されるような良さは何一つ持っていない。しかし、遠山さんはそんなことないよと虚の笑顔を浮かべて顔を上げる。すると、この状況のせいなのか艶めかく見える右手で俺の髪に触れる。

 

 

「この癖毛のある素朴な髪も」

 

 

次に目元。

 

 

「このみんなを優しく見守る目も」

 

 

次に耳を。

 

 

「こうして私の言葉をちゃんと聞いてくれる可愛げのある耳も」

 

 

そして心臓を。

 

 

「平然を装って高鳴ってるこの胸も……私は好きよ」

 

 

そりゃ誰でも、こんな美人に身体を密着されて手を回されたらドキドキするだろう。が、それより今の俺は恐怖心の方が勝っているんだと思う。得体の知れない遠山さんの底知れない何かを、俺は恐れているのだろう。

確認のため、俺はあえてあの人の名前を出すことにした。少しでも動揺して本心をさらけ出してくれればという、俺の醜い悪あがきだ。

 

 

「八神さんのことはいいんですか」

 

 

「……よくないわ」

 

 

「だったら」

 

 

「仕方ないじゃない。あなたのことの方が欲しくなったんだから」

 

 

まるで本心のように紡がれる嘘に俺は自然と声を強ばらせていた。

 

 

「だったら証明できますか。この場で」

 

 

「……何を、とは無粋かしら」

 

 

本当に俺が好きだというのなら。それなりのことが出来るはずだ。だが、遠山りんにはできない。それをするということは本当に八神さんを諦めるということだ。何年もの間培ってきた思いを捨てることなどできないはずなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はずだったのだ。

信じられないことに、俺の乾いた唇に温かさが重なった。

体に回されていた手が頬に当てられ、それに驚いている間に遠山さんは一瞬で俺との距離をゼロにした。

 

 

付き合ってもいない。本当に好きかもわからない相手と交わしたキスは衝撃的だった。柔らかくて温かい、少し濡れている。生きている鼓動を感じる。本来なら愛おしく感じるであろうそれらより、畏怖の念がより募ってくる。

平然と、当たり前のようにそれを実行した彼女に俺は確信した。

 

 

この気持ちは嘘でも、何かしらの覚悟だけは本物だと。その覚悟は八神コウにまつわることだと。そして、遠山さんと八神さんに俺は良くも悪くも目をつけられてしまった故にこうなっていると。

どうにかしようにも、どうしようもない。そんなやるせない気持ちが災いして、遠山さんからのキスを俺は無力に受け止めていた。

 

 

どれくらいされていたのか。やっと離れた口からは吐息がはぁっと漏れた。

 

 

「これで分かってもらえたかしら」

 

 

何事も無かったかのように、口元をハンカチで拭うと、屋上のドアの方に歩いていく。

 

 

「今日はこの辺にしておきましょ」

 

 

ガチャとドアを開けると振り向かずに彼女は言った。

 

 

「コレであなたは逃げられないわよ。八幡」

 

 

バタンと閉まった扉の音はその声をかき消してはくれなかった。本心は分からなかった。だが、好きでなくてもあんなことが出来る人物がこの世に少なからず存在してるのは知っていた。だから、驚きはしない。ただ、怖くなった。好きでもない相手に、あんなことが出来る彼女に。

 

 

笑顔で元気でしっかりしていて、一途だと思っていた。しかし、今日ここで俺の知っている遠山りんのイメージは瓦解した。

先程まで濡れていた唇は既に乾ききっていて、そこに彼女の温かさはもうない。

ただ立ちすくんだ俺のみが屋上でそれが嘘であってほしいと、

 

 

 

 

 

 

ひたすらに望んでいた。

 




うみこさんにキスされたい。

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