女の子だらけの職場で俺がヒロインなのは間違っている 作:通りすがりの魔術師
男は汗かいてべそかいてGO
「で、具体的に俺は何をすればいいんですか?」
高級焼肉店で文字通り焼肉を頬張り食べ終えて一息ついたところで、ある話を引き受けたら勘定を出してくれると言ったうみこさんに目を向ける。カシスオレンジの入ったグラスを傾けて机に置くとうみこさんは口を開く。
「そうですね、結婚を前提に付き合ってるということで私の母に会ってもらいます」
うみこさんからの話というのは俺に彼氏役として阿波根ママに俺を紹介するというものだ。母親を安心させてあげたいという親孝行なのだろう。それに俺は肉を罠に付き合わされることになった。食べ放題とかのお肉と違って専門店とかになるとやはり味は段違いでいつもより食べた気分になる。これを俺が食べた分だけでも払おうと思っても皿洗いだけでは済まされないのだが、今回は数皿食べたところで脅されてしまって払えない状況に追い込まれてしまった。うみこさんめ、策士すぎる。
「でも、そんな都合よく信じてくれますかね」
さっき成立したばかりの愛のないカップルだ。昔に永遠の愛を誓ったわけでもなく、お互いの親がマフィアやヤクザで仕方なく付き合う訳でもない。偽の恋人といっても、他人そう簡単に騙せるほどの雰囲気は全くない。
「会うのはまだ少し先です。それまでにそれっぽくなりましょう」
「それっぽくって例えばどんな」
あれか手を繋いでみるとか、腕を組んだりしてみるとか?考えてみたが何の興奮もなかった。そもそも、うみこさんがそんなことをするような人には思えない。この人の愛情表現の仕方が分からないというのもあるが、俺の恋愛経験が少ないからカップルっぽいことに関しての知識がない。だから、それっぽくというのがイマイチ掴めない。
「まずは名前で呼び合いましょう」
それなら俺はもううみこさんって呼んでるから問題ないな。てか、恋人になったら名前で呼び合うルールは謎だ。別に苗字でもいいだろ。入籍しない限りは間違いじゃないんだから。それに名前を呼ばれたくないとかそういうデリカシーも考えないと。うみこさんの場合は苗字を呼ばれたくないんだっけ。そういう事情がある時だけでいいと思います。
「私は『八幡』と呼びますので、『うみこ』と呼んでください」
「え、もううみこさんって呼んでるですけど」
「その『さん』を取るだけです。特に変わりはしないでしょう」
確かにそうだが躊躇いがある。そんな気安く呼んでいいのだろうか。仮に付き合うからと言って歳上だし、さん付けで呼ぶべきだと思うのだが。
「いや、うみこさんは歳上ですし、それに社内でも問題になるんじゃ…」
「仮とはいえ付き合うわけですしそんなの気にしなくていいでしょう。後者は社内でだけさん付けすれば特に何も無いでしょう」
何も無いのだろうか。うみこさんが呼び捨てで呼ぶとか聞いたことないんですけど。察しがいい人には勘づかれるのではないだろうか。特に遠山さんあたりは。
「では、一度呼んでみましょう」
姿勢を正して深呼吸するとうみこさんは小声で俺の名前を呼ぶ。
「は、八幡…。なるほど、これは少し気恥しいですね」
だったらやめませんかと俺が言おうとした時「ですが」とうみこさんは微笑む。
「言っていれば慣れるでしょう。さて、次は八幡の番ですよ」
oh.....なんて考え方してんだよこの人。慣れたらいいかとか、絶対サバゲーで培った思考だよ。意外にそういうの気にするのかとときめいたけど、一瞬で元に戻っちゃったよ。
にしても、次は俺か。相手がいいと言ってるからとそれに甘んじて敬意を抜いてもいいものだろうか。基本的に歳上には敬意を払うようにしてるが、うみこさんの場合は気前よし器量よし、仕事もできるし面倒見もいい。加えて顔やスタイルもいいとなれば尊敬しないはずがない。
そんな現実逃避にもならない時間の先延ばしをしているあいだに数分経ち、それまでずっと俺を見ていたうみこさんは店員さんが置いていった紙切れを俺に広げる。
「え、えと…」
早く言えとばかりに向けられる2人で食べた肉の量とそれを値段換算した万を超える伝票に俺は冷や汗を流す。それを向けるうみこさんの目は鋭くなり、とうとう「まだですか」
と少しご立腹の様子だ。
「う、う…うみぃきょ……」
恥ずかしいあまりに噛んでしまい俺は額を机にくっつけって沈黙すると、呆れたようにうみこさんがため息を吐く。
「チキンですね。牛と豚に謝ったらどうですか」
「すみません…」
細々とした声で胃袋に入った牛や豚さんに謝罪した。チキンなのに食べてすみません。
「まぁ、これは少しずつやっていきましょう」
少しずつやるのか…。嫌だなぁ。なんか1日1回練習しましょうとか言ってるし。地獄だぞこれ。
「てか、その、沖縄にはいつ頃か決めてるんですか」
話題を変えるためにムクっと顔を上げて言うと、うみこさんは手帳を取り出すと開いて机の上に置く。
「今の作業ペースですとだいたいここからここまでの約五日間ほどお休みが取れると思うのでこの辺りを予定してます」
なるほど、今から約1ヶ月ほどか。つまり、残り1ヶ月で本物のカップルに近い偽物の恋人を完璧に演じれるようにならないといけないのか。
「これお母さん騙せますかね」
「難しいでしょうがやるしかありません」
母親って何気に子供の嘘に鋭いから、こんな名前呼び合うだけの会社が同じだから付き合ってい嘘すぐにバレると思うんだけど。そう危惧しているとうみこさんは手帳を1ページ捲る。
「手始めにこの日に2人でショッピングに行きます」
「はい?」
「その次の休みに山か海に行きます」
「はい?」
「その次はこの日行かなかった方に行きましょう…それから」
「あの、ちょっと待ってください」
あまりに話が進んでいて口出しすると、うみこさんはポカンとしたあと「あぁ」と納得したような顔をする。
「交通費ならご心配なく。車は私が出します」
違う、そうじゃない。
って、車持ってんのかよ。
「そうじゃなくて、どうして俺の休みを完璧に把握してるんですか」
「桜さんから八幡の妹さんに聞いてもらいました」
特に迷うことなく口にするうみこさんに俺は頭を抑える。聞かれて聞く桜もどうかしてるし、妹も兄のプライバシーを悪気もなく言いふらすのだろうか。聞かれたからって教える俺もどうかと思うが、俺は悪くない。けど、小町も悪くない。よって毎日休みにしない会社が悪い。OK、証明終了。
「拒否権ってのは」
「あると思います?」
「ですよね」
分かったから俺の膝に突きつけた黒いモデルガンをしまってください。BB弾もこれだけの近距離で当てられると痛いんだから。
「では、これから1ヶ月半ほど、お願いしますね八幡」
「はい…」
一般で言われる正しい姿勢で俺に頭を下げるうみこさんにため息をつきつつも返事をした。
たった40日だけ恋人のフリをするだけとはいえ、慣れない名前呼びを強要されるうえに休みも潰されるとは。やはりうみこさんは抜け目がない合理的主義者だ。
「あと、ショッピングってどこに行けばいいんでしょうか。いつも行くようなガンショップはダメですよね…?」
……追記すると、意外と世間知らずというか可愛らしい?ところもあるらしい。
俺もうみこさんよびすてにしようとおもったけど無理だわ
やっぱりうみこさんはうみこさんやで。