少女牧場物語   作:はごろもんフース

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生命

「うぅー」

「××××……ちーちゃんが鳴いた」

「いちいち報告するな!」

「えー……」

 

 ある昼下がり、チトとユーリの二人は牧場のお仕事をお手伝いしていました。

チトとユーリの畑はまだ手がかからず、二人は暇になっていたのです。

家事のお仕事もありますが、毎日小まめにやっていれば特に時間もかかりません。

もちろん、青年としては『そんなに働かなくてもいいのに』といいますが、チトが納得しませんでした。

もちろん、ユーリは青年に賛同し、チトに反逆して返り討ちになりました。討ち死にです。

そんなこんなでチトが青年に仕事をねだると、『それじゃあ』と次の仕事を任されることになりました。

 

 次の仕事の紹介という事で、チトとユーリは青年に着いていったのですが、そこでチトは固まってしまいました。

というのも次のお仕事は飼っている牧畜のお世話だったからです。

 

『コケコッコー!』

「こんちゃー」

「えぅ」

『もー』

「困っちゃうよね」

「あぅあぅ」

『メー』

「お腹空いたな」

「それは絶対にお前だけの感想だろ」

 

 チトとユーリの畑から、少し離れた場所に動物達の小屋と放牧地があります。

生き物という事で青年が面倒を見ており、チトとユーリは遠くから眺めるだけ……訂正しユーリは良く遊びに来ていたのでチトのみが初めての出会いとなりました。

未知のものに恐怖を抱くチトと、未知のものに興味津々なユーリの性格の差が、こんな所に現れます。お仕事をねだったというのに皮肉ですね。

 

 現に今もユーリは動物達の間を遠慮なく歩き、チトはそんな彼女の後ろを引っついて歩いています。

動物達が新参者に挨拶をすれば、それだけでチトの目はぐるぐるとなり怯えてしまいました。

 

「……××××、これ大丈夫そう?」

「くっ……!」

 

 ユーリは、青年の元に辿り着くと腰辺りを掴んでいるチトの頭をぽんぽんと叩き、もう片方の手で指を差します。

何という侮辱でしょう、それでもユーリの言葉は的を射てるので何も言えませんでした。

そんな二人に対して青年は『結局のところ、仕事は慣れだよ』と苦笑しつつも、そういってくれます。

『そうだよ。慣れれば問題ない』とチトはユーリの手を払いのけてぐっと腕に力を入れて気合をいれます。

 

『モー』

「うわっ!」

「ぶべっ!」

 

 といっても気合でどうにかなってるなら、最初からなってる訳で……後ろから近寄って来たウシに驚いてユーリを押し付けてチトは逃げるのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「モーモ、メェメ、コケコッコー」

「全部鳴き声で覚えるなよ」

「いいじゃん別に……それにしても皆偉いね」

「うん、そうだな」

「これならさ、ちーちゃんも怖くないでしょー?」

「……」

「怖いのか」

「うるさい」

「別に怖くないのにー弱虫けむし!」

「覚えてろよ」

「いやなこった」

 

 取り敢えず、青年が飼っている子達を紹介するといい笛の音を鳴らし、皆を集めます。

笛を吹けば、皆が皆、礼儀正しく静かに青年の傍に寄って来てくれます。

 

 広大な畑を持つ青年でしたが、牧畜に関しては一人であった為か、最低限の子達だけ飼っていました。

唯一、ニワトリの子供達のヒナだけは三羽います。

 

「これがコケコッコーになるのか」

「ニワトリ!……はぁ、もういいや。ヒナの時は姿がだいぶ違うな」

 

 ちなみにチトが動物の名前を一生懸命に訂正しますが、既に手遅れです。

ユーリの頭の中では既に名前がつけられていて、変更不可能でした。

 

 ウシ達には怯えていたチトですが、小さくて可愛らしいニワトリのヒナだけはどうにか近づく事が出来ました。

大人のニワトリは白いのに対して、ヒナは黄色でぴよぴよと鳴き声まで違います。

これには、チトもユーリも驚きました。

 

「人間は変わらないのに不思議だね」

「いや、赤ちゃんからだいぶ変わるだろ」

「え?」

「え?」

「そうだっけか?」

「そうだよ。私達もおじいさんと会った頃と比べると大きくなったろ」

 

 二人はしゃがみ込むと、ぴよぴよなヒナを見つつも、昔の事を思い出します。

 

「ふーん」

「おい、待てどこを見た。どこを」

「別にー」

 

 しかし、途中でユーリがチトのとある所を見て自分のと比べました。

それを見ていた青年は何かを察したのかの様に視線を外し、チトは静かに怒ります。

ちなみにですが、チトの為にどこを見たかは伏せておきます。

 

「いふぁいよ。ちーひゃん」

「お前が余計な事をいうからだろ!」

「ふぉんとふぉのことひゃん」

「いっていい事と悪い事があるだろ」

「ないふぇーす」

 

 流石におちょくりすぎました。

チトはこれには怒り、ユーリのもちもちの頬を引っ張ります。

しかし、最近引っ張り過ぎたのか効果は薄そうです。

二人の不毛な小競り合いを横目に、反応に困り顔で青年はぽりぽりと頭を掻くと、足元に置いていた木製のバケツを持ち上げました。

 

 そして、中に入っている乾燥した穀物や木の実をスコップですくい、自分の手のひらに乗せます。

青年がそのまましゃがみ込んで手を地面に近づけると、黄色いヒナたちが『ぴよぴよ』と短い羽をパタパタさせながら、競うように青年の手のひらに群がりました。

青年は『こうやるんだよ』と、チトとユーリに顔を向け、手のひらを差し出してみせます。

 

「えさやりー?」

 

 チトの手から解放されたユーリが、赤くなった頬をさすりながら青年を見つめます。

青年はコクコクと首を振ると、ユーリの前にスコップを差し出しました。

どうやら青年の考えた話を逸らす方法は、成功しそうです。

 

「やるやる!」

 

 ユーリは豪快にエサを手のひらに乗せると、そのままヒナたちの前に突き出しました。

 

「おーい、コケコッコーの子供たち、ご飯だよー」

 

 ヒナたちは恐れる様子もなく、一斉にユーリの手元に集まります。

 

「あはは! なんかくすぐったい! ちーちゃん、これ面白いよ!」

「くすぐったい……? 痛くないのか?」

「全然! 」

 

 満面の笑みを浮かべるユーリを見て、チトも意を決しました。

青年がチトの手のひらにもサラサラとエサを分けてくれます。

チトはそっとしゃがみ込みました。

緊張のあまり、体はガチガチに強張っています。

 

「……お、おい。こっちに来い。ご飯だぞ」

 

 チトが小さな声をかけると、一羽のヒナが首を傾げた後、トコトコとチトの足元へ歩み寄ってきました。

そして、チトの手のひらから一粒の穀物をついばみます。

 

「ひゃうっ!?」

 

 手のひらをついばまられた瞬間、妙な声をあげて、チトの肩が跳ね上がりました。

青年がそれを見て、おかしそうに肩を揺らして笑っています。

ユーリはよく分かってないけど笑います。

 

「ちーちゃん、変な声出した」

「だ、出してない! ……あ、でも、本当に痛くない」

 

 手のひらに伝わる、小さくて、温かくて、少しだけツンツンとした奇妙な感触。

終末を迎えた都市の冷たいコンクリートと鉄くずの中で育ったチトにとって、それはまったく未知の「生命の感触」でした。

驚きが薄れるにつれ、チトの表情が少しずつ柔らかくなっていきます。

 

「……かわいいな」

 

 チトが呟くと、青年は優しく目を細め、チトの頭をぽんぽんと叩きました。

それから青年は立ち上がり、今度は近くの柵にかかっていた木製の大きめのブラシを二本、二人に差し出します。

そして、一頭のヒツジの側へ歩いていき、手本を見せるようにザッザッとブラシをかけ始めました。

ヒツジは気持ちよさそうに「メェー」と目を細めています。

 

「ひ、ヒツジ……。あの白い、もこもこした塊をやるのか……?」

 

 渡された予備のブラシを握りしめ、冷や汗を流しながらヒツジに近づくチト。

そんなチトを他所に、ユーリはすでに別のヒツジの背中にべったりと張り付いていました。

 

「んあー……これ、お布団みたい。ちーちゃん、この上で寝たら絶対気持ちいいよ」

「こら、ユー! 仕事中だぞ! それにそんなところで寝たら危ないだろ!」

「えー、大丈夫だよー。ほら、もこもこ……」

 

 ユーリがヒツジの毛に顔をうずめてふにふにしていると、そのヒツジは気にせずゆっくりと歩き出しました。

 

「あ、動いた。ドナドナされるー」

「乗ったまま移動するな!」

 

 相変わらずのユーリのマイペースぶりに、チトは思わずツッコミを入れます。

しかし、そのおかげで少しだけ緊張が解けたのも事実でした。

 

「よ、よーし、やってやるぞ」

 

 チトはユーリを横目に見ながら、目の前のヒツジに向き直り、そっとブラシをその白い毛並みに当ててみます。

 

「……失礼します」

 

 カチコチの動きでブラシを動かすと、ヒツジは特に嫌がる風でもなく、ただ「メェ」と小さく鳴いてチトを見上げました。そのつぶらな瞳と目が合います。

 

「……あ」

 

 チトの手の動きが、がちがちの緊張した動きから、優しくなります。

ここにいる動物達は、かつて世界が終わる旅の途中で出会った、自律機械や大きな生き物(ヌコたち)とは全く違います。

ここにあるのは、人間の手によって育てられ、人間と共に生きている、小さくて温かい命でした。

 

「……あったかい」

「そだねー」

 

 ぽつりと呟いたチトの言葉に、隣でヒツジの背中に乗っていたユーリものんびり応じます。

ユーリはヒツジの柔らかな毛に顔をうずめ、薄く目を閉じてその鼓動を感じていました。

冷たいコンクリートと鉄に囲まれていたあの旅では、決して触れられなかった生きた熱が、ブラッシングするチトの手のひらを通じて、じわじわと体の中に染み渡っていくようでした。

チトの口元から、自然と張り詰めていた力が抜けていきます。

 

 そんなこんなで、お仕事というよりも、のんびりとしたふれあいを終えるのを青年は、優しげな表情で見守りました。

そして、二人が満足そうにしているのを見て、ポンと手を叩いて音を鳴らしました。

青年は、チトとユーリがこちらを見たのを確認し『僕らもご飯にしようか』と告げます。

 

「あ、ちーちゃん、青年がお腹空いたって」

「お腹空いてるのはお前だろ。お昼休みの時間か。……よし、ユー、ヒツジから降りて手を洗うぞ」

「はーい! ごはーん!」

 

 ご飯の合図と分かった途端、ユーリは素晴らしいキレでヒツジから飛び降りました。

青年はそんな二人を先導するように、にこやかに歩き出します。

呆れ顔に戻ったチトですが、その足取りは先ほどよりもずっと軽くなっていました。

青年の後を追って歩き出す二人の背中を、お腹をいっぱいにしたヒナたちが、ぴよぴよと楽しげに見送っていました。

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