鬱蒼とした森林を抜け、何もない広大な平地を一台の車が走り抜ける。
手付かずの大自然の中を、人工物一つ寂しく進む姿は少し滑稽だ。
車の窓から、茜色の空が淡い藍の闇にだんだんと染まっていくのが見える。
「随分進んだな」
「そうね。今日は比較的穏やかな道が多くて助かったわ」
現在、伊丹さんとテュカ達と共に特地調査任務を行っている。
調査任務といっても、正確な目的地は無い。
なので、レレイの学会発表があるということで、学問の街ロンデルに我々は向かっていた。
「父さん。予定の村まであとどれくらいで着く?」
「あと少しで着くよ」
テュカが車を運転する伊丹さんに質問する。
基地を出てから数日が経つ。
「久しぶりにベッドで寝たいわ」
「私も」
ロゥリィと遠坂がぼやく。
宿に泊まることもあるが、ほとんどは野宿になることが多い。
女性にとっては辛い環境だ。
「村が見えてきたぞ」
伊丹さんの声に皆が喜ぶ。
「暗くなる前に着いて良かった」
ヤオが安堵する。
特地の住人は基本的に日が沈むと活動をやめる。
理由として、この世界の燃料は主に薪や油だ。どれも貴重で無駄にはできないので、暗くなると就寝する。田舎だと、この傾向が強い。
もちろん、夜が稼ぎ時の酒場など例外も存在する。
「想像していたより小さいわね」
遠坂が呟く。
およそ百人未満ほどだろうか、のどかそうな村に足を踏み入れる。
車から降りて歩く。
「ねぇ、さっきから人見かけないだけど」
村に入ってから、人ひとり見かけない。確かに暗くなるにつれて就寝することが多いが、まだ日が沈み間もない。一人くらい起きている人がいてもおかしくないのだが。
「そうだな。確かに」
「妙ね」
俺と伊丹さん・テュカと他四人に別れて、人を求めて村の中を歩きまわる。
しかし、結果は得られない。ただ時間が無為に経過して、日が暮れてだんだんと暗くなっていく。
適当な家に入ってみると、冷めた食べかけのご飯があった。
「炎龍みたいにみんなで避難したのか?」
「それはないと思う。もしそうだったら、多少は荷物を運んだ形跡くらいあってもいいはずだけど。まったくない」
見た様子だと、盗賊に襲われたようではない。
まるで、突然村人が蒸発したかのようだった。
「なんだか、ホラー小説みたいだな」
「父さん。ホラー小説って?」
「あー。怖い小説ていうか」
「怪談みたいな感じ?」
「そうそう」
俺も伊丹さんの話を聞いて、どこかで呼んだ怪奇小説を思い出す。
小説と違って犠牲者がいないといいのだが。
「イタミ殿、ここにいられたか」
「どうかした?」
別れたはずのヤオが現れた。
「灯りが付いた家を見つけた。ついて来てくれ」
ヤオに案内されて、周りより少し大きな家の前にいた遠坂達と合流した。
家の窓から見える明かりが、暗闇の中にぼんやりと浮かぶ。
「確かに人がいるみたいだな」
「たぶん他より少し大きいから村長の家だと思う」
「他に灯りのある家は?」
「なかったわ」
光に群がる蛾のように扉の前まで皆歩く。
「とりあえず、ノックしてみるか」
伊丹さんが扉を叩く。
反応が無い。
「すみません。旅の者です。一晩泊めてもらえますか」
もう一度扉を叩き、大きな声で呼びかける。
が、まったく反応が無い。
「反応ないけど、どうする」
「留守?」
「火を点けたままで出かけるのかな」
「家の中、入ってみる?」
皆で話し合って、住民に失礼だが家に入ることにした。
「お邪魔しまーす」
念のため、声をかけながら扉を開ける。
家の中には誰もおらず、暖炉の火があたりをぼんやり赤く照らしていた。
「誰もいないわね」
部屋を見渡す。
何の変哲もない内装で異常は見受けられない。
「ほこりはそんなに積もってないから、最近まで人は住んでいたと思われる」
レレイが机を指でなぞり、状況を確認する。
「他の家でもそうだった。少なくとも三日以内まで住民が居た可能性が高いと思う」
「私たちもそうだわ。どの家もそんな感じだったわ」
遠坂たちも村の家々を調べていたらしい。
「どの家も共通しているのは、忽然と蒸発したかのように物を置いたままってことね」
ますます謎が深まる。
皆が頭を悩ます中、何か物音が聞こえた。
「何の音?」
音はもう一つの部屋から聞こえてきた。
「誰?」
「ここの住人か?」
「突然、お邪魔してすみません。私たち旅の者なんですが」
返事はない。静寂が辺りを包む。
「どうする?父さん」
「どうするって言われてもな」
「開けるしかないわね」
ロゥリィが前に出る。
「いや、俺が行くよ。伊丹さん、もしもの場合は援護お願いします」
「分かった」
ドアノブを掴む。ほんのり手のひらに汗をかく。
「行くぞ」
扉を静かに開け、部屋に入る。
薄暗い部屋の中は寝室だったらしく、ベットが二つ置いていた。
「誰かいた?」
「いや、誰もいな…」
ベットに視線を移したとき、布団が膨れ上がっているのに気付く。
目で伊丹さんに合図して、ゆっくりと布団を掴む。緊張のせいで、喉が渇く。
布団を勢いよくめくる。
「どうだ」
伊丹さんが聞いてくる。
「大丈夫です。ただの枕です」
「枕ってなんだよ。緊張して損した」
思わず緊張がゆるみ、乾いた笑いがもれた。
「どう?何かあったかしら」
ロゥリィ達がドア越しに覗きながら聞いてくる。
「大丈夫だ。何も…」
「後ろ!」
遠坂の言葉に後ろを振り向き、恐怖を目の当たりにして身体が固まる。
目の前に、目や鼻から血が流し異様に肌が白い蝋人形のような女が立っていた。
「士郎!」
女はこちらに向かって飛び掛かり、首筋を噛もうとする。
こちらも全力で抵抗するが、女性とは思えない力で掴みかかろうとする。
「この離れろ」
無理矢理、女性を突き飛ばして距離をとる。
「動くな!」
伊丹さんが銃を構え、警告する。
しかし、女はゆっくりこちらに向かって歩き出す。
あまりの不気味さに俺と伊丹さんは元の部屋まで後ずさりする。
「聞こえているのか。動くな!」
再三にわたって警告したが、無視して近づいてくる。
「セット」
遠坂が拘束魔術を発動させ、女を縛る。
「ありがとう遠坂。助かった」
「こいつ、何なんだ」
身動きをが取れない女を伊丹さんは訝しむ。
「父さん。この人どうしたの」
「灼風熱みたいではあるが」
テュカとヤオは離れた場所でじろじろ眺めて、警戒していた。
逆にレレイとロゥリィは、信じられない物を見たかのように驚き、近づいて観察する。
「これは灼風熱じゃない」
「レレイ殿。ではこの人は反魂などの禁術を使われたのでしょうか?」
「たぶん、違うと思う」
「私も見たことないわ。まったく、ハーディは一体何をしているの」
ロゥリィは眉間にしわを寄せる。
「シロウ。これは以前話した死徒?」
「分からない。でも、死徒の特徴に似ているのは確かだよ」
レレイの質問に正確には答えられないが、今までに遭遇した死徒に酷似していた。
「死徒とか灼風熱って何のことだ?」
「そうですね。説明しといた方がいいか」
死徒と今までの経緯についてに教える。
「つまり、俺達の世界にいた吸血鬼が特地に来てるかもしれないってことか」
「確証はまだ得られませんが」
地球も特地に負けず劣らずファンタジー世界なんだなと小声で伊丹さんが呟いた。
「どうするの。この人?」
「ここで跡形もなく消滅させるわ。でないと、この人は救われないわ」
「どうにか治療できないか」
「無理ね。肉体はもう死んでしまってる」
質問にロゥリィは首を振り、女性に向かって悲しげに微笑み
「今、楽にしてあげるから」
首を跳ね飛ばした。
魔法で死体を焼き尽くす。
皆で彼女の冥福を祈る。
「イタミ、レレイ。ロンデルが行った後に寄りたいとこがあるんだけど」
「いいけど。ロゥリィはどこに行きたいの?」
「ベルナーゴ神殿なんだけど」
「ベルナーゴ神殿?」
「ハーディ様がいらしゃる聖地だ」
ヤオが説明する。
「いいけど。何をしに?」
「少し文句言わないとね」
眉の間を微かに曇らしながら、ロゥリィは怒気を含んだ声で言う。
外に出ると、足元から悪寒が駆け上ってくる。
「何だ?」
家の周りにに無数の赤い光が辺りを埋め尽くす。
獣ような唸り声をどこからともなく聞こえる。
暗闇から何かが近づく。
「父さん」
「大丈夫だ」
怖がるテュカを落ち着かせるように伊丹さんが声をかける。
ずりずりと足を引きづりながら闇から現れたのは、首から血を大量に流しながら生を感じさせない目をした男が近づいてきた。
「戦闘準備!」
「もしかしてとは思っていたけど、やっぱり村人全員がなっていたぽいわね」
遠坂は舌打ちをしながら、ガンドを撃つ構えをする。
伊丹さんは銃で近づく男を撃つ。
男は無数の弾丸をもらったが、効いた様子はない。
「伊丹さん頭を撃って」
「バイオハザードと一緒か。ファンタジーの次はホラーかよ」
互いにカバーしながら、敵を倒して数を減らしていく。
「全く死体を相手にしないといけないなんて、バーディの奴」
最後の敵をロゥリィが真っ二つに切り裂く。
先ほどまで獣のような唸り声は無くなり、辺りには死臭が漂う。
「みんなケガはないか?」
「大丈夫だよ」
「問題無い」
「さすがに疲れたわね」
無事を確認して、肩の力を抜く。
しかし、ある疑問が頭から離れない。
今までのゾンビ事件を誰が起こしたのか。もしかすると、人為的なものではないかもしれないが、関連性は必ずあるはずだ。
亜神であるロゥリィでさえ、初めて見る化け物。
原因はやはり世界が繋がってしまったからか。
考えれば考えるほど、正体不明の相手に恐怖が増してくる。
だが、立ち竦むわけにはいかない。
おそらくこの最悪の事件を解決できるのは、事態を把握している我々だけなのだから。
異世界バイオハザード、ある意味新しいのかな?
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