(両者を指す言葉をそれぞれ「提督」「赤城」としています)
激戦は終わり、日常に回帰する。戦乙女たちは戦装束を脱ぎ去り、平服に身を包む。
彼女らを導いた英雄もまた軍服を脱ぎ、雑踏の中に溶け込んだ。
これはそんな一つの戦後を描いた物語である。
女は悩まし気な表情を浮かべていた。長い黒髪に整った容貌は表情も相まって、非常に絵になっていた。
……飲食店のメニュー表を持っていなければ。
「おい、赤城。いい加減に決めてくれよ。いくら時間に余裕があるって言っても、腹減ってんだからさ」
「いやぁ、魅力的なものばかりですからねぇ。艦娘だったころなら際限なく食べられたんですが、今は普通の人よりもちょっとだけ多く食べられるだけですからね」
「ちょっとだけって、そこらの男より多く食えるだけで十分多いっつーの。前のままだったら、お前さんを奢ろうなんて酔狂な真似しねーから」
赤城に声をかけたのは彼女の目の前に座る男だった。呆れた様子も隠そうともせずため息をついた。
わかってませんね、と言いながら赤城は周りを見渡す。
よく言えば昭和感漂うレトロな。悪く言えば古臭い。そんな印象の洋食屋。最近ではあまり見ないような店だ。
「迷うのも醍醐味ですよ。それじゃ、おすすめはあるんですか?」
「味噌カツだな。味が結構独特でな。ここ以外でこの味に出会ったことがなくてなぁ」
「へえ、面白そうですね。提督もそれを頼むんですか?」
「いや、俺はハンバーグだな。ここのは一癖あるが、昔から馴染んだ味で久しぶりに食べたいんだわ」
それも面白そうだな、と赤城は思う。興味はそそられるが、味噌カツの方に心が傾いている。
そんな赤城に半ばあきれるように、提督と呼ばれた男は言った。
「それはそうと、俺のことは名前で呼べよ。もう提督じゃねーんだから」
「それならそちらだって、私のことを『赤城』と呼ぶのをやめてくださいよ。既に艦娘を辞めた身なんですから」
それもそうだ、と思う反面なんだか名前を呼ぶというのは気恥ずかしい。
今更とも思うし、なんというか名字で長年呼んでいた相手の名前を呼びづらいとかそのたぐいの話だろう。
そんな提督と同じような気持ちを抱いてるがために、彼女も『提督』と呼ぶのかもしれない。
或いは、赤城と呼び続ける提督への当てつけなのか。
ともあれ、店員を呼んで注文をすると、頬杖をつきながら提督は言う。
「そういやさ。北上と付き合ってた事務員のやついたろ。なんだかマメそうなやつ」
「ああ、そういえばいましたね。彼が何か?」
「なんかあいつ大井とも付き合ってるらしいぞ。しかも北上の公認で」
赤城はそれを聞いて思わず鼻水を吹き出し、慌てておしぼりで拭った。
いや、それってどうなんだろう、と思うがなんとなく納得してしまう。ああ、まあ彼らならとも思う。
「北上から聞いたんだが。大井はどうやらバイだったらしくてな。大井ならいいかと共有するようにしたんだと。まあ、あいつを含めて話し合った結果らしいが」
赤城は思った。これはひょっとして加賀も受け付けますアピールではなかろうか。一人の男を独占できないのは辛いが、親友と一人の男を共有するのもありかな、と。
無論、提督にはそんなつもりは毛頭ない。ただの世間話としていっただけである。
近い未来の話をすると、女の押しの強さに逆らうのは大変難しいことだった、とだけ言っておこう。もげろ。
「で、北上が正妻で大井が妾だとさ。ま、大井の重い愛を分散できるから酷いことにはならねーだろ」
「大井さんはこじらせたヤンデレですからね。二人がかりで押さえればどうにもなるでしょうし」
「大井と北上を別々の任務につけた時は、殺されるかと思ったわ。口先で丸め込んだが」
部下を適当に丸め込んで納得させる点を見れば、指揮官としての資質に恵まれていると言えなくもない。大抵自己保身のためにその能力を発揮するが。
なんせ曲者ぞろいの艦隊である。自己保身の方法などを編み出さねば、ストレスで潰れてしまう。
過剰にストレスのたまった提督による事件はそれなりにはあるが、関係ない話なのでおいておく。
そんなことを駄弁っていると料理が運ばれてきた。
「あれ、味噌ダレが思ったよりもドロドロしてないんですね。もっと粘度の高いものを想像していたんですが」
そう。その味噌カツの味噌ダレは例えるならウスターソース程度の粘度のように思える。
割と薄めなのかなと思いながら、一切れかぶりつくとそれは覆された。
濃厚な味。だというのに、味噌特有の発酵臭は薄い。ああ、これはいい。味噌のいいところだけを取り出したような味だ。
多分、洋風の出汁を合わせているのだろうが、ちょっと思ってもみなかった味だ。
米をすぐにかきこむと、相性は抜群だ。やはりカツには米でなければ。
カツサンド? あれは軽食(軽いとは言っていない)なのでノーカンだ。
「確かに、こういった系統は食べたことがないですね。味噌カツではあるんですが、別ジャンルのようにも感じます」
「だろ? こっちのハンバーグ一切れやるから、そっちも一切れくれ」
「しょうがないですねぇ。ま、そちらも気になってはいたのでちょうどいいですね」
などと言いながら、赤城は切り分けられたハンバーグを口に入れた。豚肉のような風味が強く出てるので、合い挽きではなく豚の挽肉で作られた物のように思う。
豚肉のハンバーグってこうなるのか、と思わず感心する。
でも、ちょっと癖があって強烈な個性を感じる味だ。
「好みがはっきり分かれそうな味ですね。私は好きですが」
「やっぱそういう評価になるよな。ガキの頃普通のハンバーグだと思ったら、面食らったのを思い出すわ」
「提督の子供の頃ですか。そう言えばどんな子供だったんです?」
「どんなって、人見知りするガキだったよ。普段おとなしい癖にテンション上がるとやらかすタイプの」
「ああ、今と一緒ですか」
中々に容赦のない赤城の言葉に軽くイラつく提督だったが、グッと我慢した。
よくよく考えれば、着任してから艦娘と打ち解けるのに時間はかかったし、明石や夕張と一緒になって やらかした記憶が。
防御用の据え付けの大砲作ろうと言い出し、ドーラ砲を超える口径の化け物砲を作ろうとして叱られた等というのは定期的に行われた。
別のバリエーションで富嶽を作ろうとしたり、船のラジコンを作って爆弾を満載にし、突貫させてみようという実験までやっていた。
一番悪趣味だったのは、深海魚のようにも見える深海棲艦を食べようとしたことだったか。
「海外の方々がドン引きしてましたよ。『オー、ジャパニーズ……クレイジー』とか一緒にしてほしくない訳ですが」
「容赦ない食いっぷりでクレイジー呼ばわりされてたやつが言いよるわ」
などと言い争いながら食べているうちに、カツと米は消費され、キャベツだけが残された。
キャベツにたっぷりと味噌だれを絡めて食べるのは何とも言えない乙なものだ。
名残惜しさも感じるが、余韻に浸りたいのでこれぐらいにしておくのがいいだろう。赤城はまだ食べたりないと感じるが。
赤城は提督に目をやる。提督のほうもちょうど食べ終わったようで、おしぼりで口元を拭っていた。
提督は伝票を手に取ると会計に向かう。レジの前に行くと、厨房に目をやるとそこにいる店主へ
「わざわざありがとうございました。久しぶりに食べられて嬉しかったです。あ、味噌ダレのレシピもらえませんか?」
と言った。それに対し、店主は
「あいよ。もってけ」
とメモ用紙に何か書くと、提督に渡す。提督はそれを受け取ると持っていたカバンにしまい、深々とお辞儀をした。
その後、会計を終わらせると赤城は先ほどのやり取りについて質問する。
「さっきのって何ですか? レシピって普通秘伝の物じゃないんですか?」
「まあな。でもすぐにわかるよ。ほら、行くぞ」
訳の分からないことを言う提督に疑問を感じながら、赤城は店を出た。数歩歩いて、なんとなく振りかえるとそこに店はなく、ただの空き地しかなかった。
意味が分からず、提督を見る。提督は含み笑いをして顔をそむける。
「ちょっと! 何ですかアレ!? さっきまで食べてたとこ無くなってますけど、どういうこと何ですか!!」
必死になって提督に食ってかかる赤城だったが、彼女は気が付いてはいなかった。
提督の視線の先に、提督へ親指を立てて見せる妖精がいることに。
妖精さんが提督へのご褒美に、「店主がなくなってしまったことで閉店してしまった思い出の店」を不思議パワーで一時的に店主ごと店を召喚したとかそういう感じのアレ。
ちなみに店のモデルは作者の思い出の店です。店がもう存在しないので、思い出しながら書いてみたけど、結構間違ってるところ多いんだろうなぁ。