次話は新章突入、冒頭から奪還作戦に入ります。
嘘だ。口にこそしなかったが、A組の面々は誰しもがそう思った。有り得ない、と。
USJでヴィラン連合率いる一味と脳無を撃退した緑谷出久が。
体育祭で優勝した緑谷出久が。
ヒーロー殺し確保に一役買った緑谷出久が。
I-アイランドでヴィランの謀略を挫き、模擬戦とはいえオールマイトに勝利し、その他様々な艱難辛苦を乗り越えてきた
しかし、グラファイトとグラントリノがそれぞれ彼の使う変身アイテムを入れた小さなバッグと切断されて未だ血が滴る左腕を見て、あの日の出来事が全てまごう事無き現実であるという事を突き付けられる。特に麗日、蛙吹、青山の三人は最後に出久を見た者達として殊更責任を痛感し、クラスメイトに慰められてもその言葉は届かない。
飯田や轟など、その事件や体育祭などを通して出久と特に心を深く通わせたクラスメイト達はショックのあまり悔し涙すら出ない。ただ呆然とするだけだった。
誰よりも早くに彼の拉致に感情的な反応を示したのは爆豪勝己だった。教師達に詰め寄り、罵声を浴びせた。貴様らプロヒーローがヴィランごときに後れを取ってどうするのだと。グラファイトに至っては――腕を負傷していたので効きこそしなかったが――殴りかかりもした。あいつの『個性』を名乗るのならばしっかり守れないお前は何の為にいるのだと。しかし責め立て、吊るし上げる相手を探す彼に返せる言葉など誰も持ち合わせていない。
爆豪も否応無く出久の存在の大きさを皮肉にも不在によって痛感させられた。あれほどまでに大きく、前を走る彼の姿が無くなるだけでこうも見える景色が変わるのか。奪われることが、こうも人を悲哀と絶望と無力感の彼方へと押しやるのか。
ヴィランは犯罪行為によって物や命だけでなく、時には人の心の拠り所すら奪う。ならば十年間自分が彼にしてきた事は――そして何より間接的に彼の母親にしてきた事は、一体何だ?
少年法と言う命綱があるだけでやっていた事など微塵も変わらないではないか。
がつりと額を割らんばかりの勢いで壁に叩きつける。相変わらず、気づくのが遅い。これではどっちがデクか分かった物ではない。
考えろ。あいつならどうする?もしA組の誰かが拉致されたとすれば、あいつならば何を考える?何を成す?頭の中がヒーロー百科事典となっている糞ナードなら、どんな一計を捻り出す?
テレビ局に新聞社、果ては週刊誌の記者までもがうだる暑さにも負けず。バリアーで固く閉ざされた雄英高校の正門前でこぞって我先にとコメントを求めて群がっている。その様子を、グラファイトは会議室の窓から眺めていた。
そこには校長の根津を筆頭にオールマイト、グラントリノ、サー・ナイトアイ、ミッドナイト、スナイプ、プレゼント・マイク、してイレイザーヘッド達プロヒーローがテーブルを囲んでいた。部屋の空気は暗く、重い。オールマイトに至っては誰の顔も見上げる事も出来ず、ただ目前にあるテーブルの一点を睨み付けていた。
「ヴィランとの戦闘に備える為の合宿の襲来・・・・・・恥を承知でのたまおう。『ヴィラン活性化の恐れ』と言う我々の認識が甘すぎた。奴らは既に戦争を始めていた。ヒーロー社会を壊す戦争を」
「オールマイトの台頭以降、組織立った犯罪はほぼ淘汰されてましたからね」
早い話が、知らず知らずのうちに平和ボケしてたんだ、俺らは、とプレゼント・マイクが悔しそうに呟く。教職の本分があるとはいえ、プロヒーローでもあるその場で不在だった全員が大なり小なり責任を痛感していた。
「・・・・・・己の不甲斐なさに心底腹が立つ」
消え入りそうな程にか細く、絞り出すような声でオールマイトの眉間の皺が深まる。教え子一人助けられずして、何が『平和の象徴』、何が『ヒーロー』か。
「皆が死に物狂いで戦っていたというのに私は、半身浴に興じていたっ・・・・・・!!」
雄英はUSJ直後に体育祭開催を敢行して、屈さぬ強気な姿勢を見せたが最早その手は使えない。開闢行動隊と言う少数精鋭に緑谷出久の身柄だけでなく、人々のヒーローに対する信頼まで見事に奪われてしまったのだ。
「しかし、何故緑谷君を?生徒を拉致するだけなら、何も彼でなくともいい筈だ」
スナイプが疑問を呈した。
「そりゃあアレだろ、一番強ぇ奴を間引けば後々犯罪活動を円滑に進められるってもんだぜ」
「もしくは、ヒーロー科の情報をあらゆる手を使って吐かせた後に見せしめに殺すか、何らかの形で寝返らせるかだな。ヒーローの失脚と連合の勢力拡大の下準備をより盤石にする為に」
グラントリノの言葉にイレイザーヘッドは反論しようと口を開きかけたが、やめた。相手はヴィラン連合。それも矢継ぎ早にヒーローを狙っているのだ、それぐらいの事は試みるだろう。少なくとも、自分ならばそれに準じた行動をとる。
いや、それどころかもう既に始めているかもしれない。テーブルの下で拳を握る力が更に強まった。もし一年きってのヒーロー候補生がヴィランに懐柔されでもしたら、教育機関としての雄英はおしまいだ。
「校長、信頼関係云々の話するなら、この際はっきりさせましょうや。いるだろ、内通者が」
ああ、確実にいるな、とグラファイトがここで初めて口火を切った。合宿先はプッシーキャッツと教師達しか知らない。怪しいのはそれだけではない。携帯の位置情報など、居場所を割り出し、特定する事が出来る方法はそれこそ『個性』の多様性を考えれば難しくはない。
「だが、今はこの際内通者はどうでもいい。一旦端に捨て置け。凶報ばかり並べたてられるのも飽きてきた。ナイトアイ」
眼鏡を押し上げ、黄金の瞳を見開きながらサーナイトアイは立ち上がる。
「私は、緑谷出久に『個性』を行使し、彼が拉致される未来を視た。混乱と他の生徒への被害拡大を考慮し、これは皆には話さなかった。まずはそれについて謝罪をしたい」
ここで、だが、と話の腰を折られる前に付け加える。
「彼が拉致されるその未来には、私が視なかった出来事が起きている。私が『個性』で見る未来は変えられない。変える為の作用に対し何らかの反作用が働いて軌道を修正し、同じ結末を辿る。少なくとも、今まではそうだった。だがあの晩、あの場所で、緑谷出久はそれを覆した。たった一点の違いだが、間違いなく未来を変えたのだ」
「覆した?どうやって?現にあの小僧は結局連れて行かれちまったろう?」
グラントリノの言葉に確かにそうだとオールマイトや根津を含む皆が頷いたが、グラファイトが更に続けた。
「現場に残された出久の左腕がそのただ一つの相違点だ。あれはナイトアイの予知にはなかった物だ」
何時からだろうか、見たくもない未来を見せられ、それを変えようと奔走しても自分が作り出した作用を修正する反作用が働き、結局全てが視た通りに終わってしまう。まるで世界そのものに『この世には「結果」だけが残るのだ』と嘲られているように。そして取り零したのだ。『個性』を行使した都度視た未来その物が『変えられなかった過去と、未熟だった過去の己に打ち勝って見せよ』と言う一つの大きな試練であったという事を。
「確かに緑谷出久が拉致された事はヒーロー社会にとって大きな痛手だ。しかし、だ。私が視た未来が不確定であると分かった以上、彼の安否も未だ不確定。まだ望みはある。彼のおかげで私は確信をもってそう言える」
求めてはいなかった物の『結果』だけをまざまざと見せつけられた末にそれを受け入れ、何もしない『近道』を是としてしまい、足掻くやる気がナイトアイの中から失せてしまっていたのだ。しかしその灯火が再び蘇った。
「マスコミの御機嫌取りなど、後回しにすればいい。我々が今成すべき事はただ一つ、勝って緑谷出久とその失った信頼を取り戻す事のみ。その為に今から我々が起こす行動に無意味なものは何一つとしてない
変えようという意志さえあれば、いつかは変えられる。緑谷出久は体を張った『行動』と『結果』でそれを示して見せた。彼に出来た事が、自分に出来ない筈はない。
サー・ナイトアイ——本名、佐々木未来も、彼と同じ人を救いたいと願うヒーローなのだから。
次回、Level 7: Showdown File 65:緊急!特急!RESCUE!
SEE YOU NEXT GAME...............