タイトル通りです。もふもふ。

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毎日油揚げを買いに行く狐耳のお姉さんが気になる

 毎日油揚げを買いに来る狐耳のお姉さんが少し気になる。何故気になるかといえばコスプレみたいな狐耳を付けているし、コスプレみたいに大きな九本の尻尾をブラブラさせているからである。

 無論、それがコスプレでもなんでもないことは流石に知っている。彼女は八雲藍という九尾の狐の妖怪で、大妖怪の式とかなんとか。幻想郷に来てからまだ日は浅いが、里でもよく見かける有名人故にそのくらいの情報は手に入った。その話を聞いた時には狐だから油揚げが好きなのか、と一人勝手に納得していた。見ればわかるのだからすぐに気づきそうなものだが、まあ僕がそこそこ鈍い人間だという話である。

 

 

 話せば長くなるが、僕がそのお姉さんを初めて見かけたのは凡そ一ヶ月前。その頃の僕は幻想入りして三ヶ月ほど経って、そこそここちらの生活に慣れてきていた。里の人に与えてもらった適当な頼み事をこなして、路銀を貰う便利屋のような仕事を生業にしているのだが、外よりも景気がよく羽振りも良いようで、これが意外と儲かる。一文無しだったのがあっという間に一戸建て(ローン付き)を構えられるくらいになっていて、幾分暮らしに余裕が出てきた。

 

 そういうときにどんな人だろうとまず変わるのは食事だろう。ケチケチ倹約せず、食べたいものを食べる。人間のみに与えられた素晴らしい特権だ。とはいえ特筆して好物と言えるものがないので、とりあえず知人にオススメの品物を聞いてみた。

 

「里で美味い食べ物? あー、油揚げなんかどうかね?」

 

「出来れば料理がいいんだがなあ」

 

「料理なんてどれも似たようなもんだろ。多分今まで食べた中で、一番美味かったのがその油揚げだな」

 

 聞く相手を間違えたか、と頭を抱えた。とはいえ、そこまで勧めるなら相当なものなのだろう、と騙された気持ちで彼の勧めた豆腐屋へと足を運んだ。一番とまで言うのだからさぞかし名店なのだろう、と並ぶことすら覚悟していたが、混み具合はせいぜい混雑時のスーパーのレジレベルで、すぐに目当てのブツが買えた。

 

「……」

 

 早速家に帰って実食。一枚八十円という何とも言えない金額に、期待も不安も持てず、何も考えずに一枚口に運んでみる。一口噛む。気持ちのいいフカフカした食感。噛めば噛むほど染みでる甘味&旨味。なるほど、確かに美味い。しかも絶妙な美味さである。次から次へと欲しくなるような強烈な旨味ではなくて、箸休めに一個食えれば十分といった感じの代物。喩えるなら何個も食べたくなるハーゲンダッツではなく、一個食べられれば満足のガリガリ君って感じだ。

 

「……ふむ」

 

 とはいえ、一個では物足りない。今度からは二個買ってくることにしよう――そう思った時には既に、この油揚げに完全にハマっていた。気づけば毎日豆腐屋に寄り、二個油揚げを買って帰るのが日課になっていた。

 

 そんなある日。仕事が長引いて、いつもより一時間ほど店に向かうのが遅れた日。いつも空いていた店の前に少し列が出来ており、今まではたまたま空いている時間にこれていたんだなーとそこに加わる。小さな列に並び、ぼーっと進みを待っていると、目の前で揺れる大きな尻尾に気がついた。彼女――八雲藍である。無論その時は存在だけは知っていたものの全く詳しくなかったのでビックリして叫びかけたが、驚きを喉の奥に押し込んで堪えた。

 

「油揚げを三つ、頼む」

 

「毎度どうもねえ」

 

 そうこうしているうちに列の先頭に来たようで、八雲さんは心なしか軽快な足取りで路地の方に消えていった。僕も油揚げを二つだけ買い、家路に向かった。

 

 その翌日も同じ頃に豆腐屋に向かった。仕事はいつも通りの時刻に終わったのだが、何となく昨日と同じ時刻に行きたかったのである。微妙に長い列の最後尾に加わると、目の前に大きな九本の尻尾が現れた。少し進む事に弾む尻尾がいとをかしといった感じだ。

 

 その日から油揚げを買いに行く時刻が一時間遅れたというだけで、別段これといって書くことはない。僕は二枚で彼女は三枚、意識している訳では無いのだけれど、決まった時間に前後に並んで油揚げを買っていく。大変なべっぴんさんという話を聞くが、正面から見たことはないしそこまで関心も持てないので、そういった意味で気になっているわけではない。ただ何というか、あの弾む尻尾を見ていると「明日も頑張ろうかな」「そういえば猫飼いたいな」という気持ちになってくるのだ。

 

 通い詰めてどのくらい経ったかわからないある日。確か季節が冬に変わりかけてる秋の日だったと思う。いつものように豆腐屋に並び始めた時に違和感を感じた。正面に九本の尻尾がないのだ。慌てて振り返ると、買い物袋を両手に引っ提げがま口財布とにらめっこする狐耳のお姉さんが目に入ってきた。なるほど、噂通りのべっぴんさんである。尻尾が見られないのは残念だなと思いながら気づかれないうちに正面に向き直す。丁度列の先頭に来たようで笑顔の素敵なおばあさんがどうもとお辞儀してくれた。こんにちは、と笑顔を浮かべる。

 そこでふと、妙な考えが頭に浮かんだ。

 

「すいません、油揚げを四つお願いします」

 

「珍しいねえ、今日は二つじゃないのかい?」

 

「ええ、まあ。そういう気分なので」

 

 お勘定を終え、のんびり歩き出す。豆腐屋からすぐの曲がり角に差し掛かった辺りで、何気なしに曲がって、角から様子を伺った。

 

「油揚げを五つ頼む」

 

「あら、あなたも珍しいねえ」

 

「ああ、そういう気分だからな」

 

 そういって八雲さんはスタスタと歩いていった。翌日もたまたま、僕の方が先に列に並んでいた。はてさてどうしたものか……と悩んだが、思い切って六枚頼んでみた。

 

「よく食べるねえ、私も嬉しいよ」

 

「はは、とっても美味しいのでついつい」

 

 その日も端から覗き見る。八雲さんが頼んだのは七枚だった。ここまで来ると何となく、止まらなくなる。

 

「すいません、八枚お願いします」

 

「九枚頼む」

 

「十枚」

 

「十一枚」

 

 月日は巡り季節は変わり、部屋の端に油揚げが積まれ、近所の猫にお裾分けしてあげるレベルになっていき。とはいえ徐々に、油揚げは減っていくこととなる。遂に張り合うのを諦めたのである。

 そうして今日も、豆腐屋に向かう。

 

「すいません、油揚げ五十枚お願いします」

 

「いつもありがとう。そんなに食べて大丈夫かい?」

 

「ええ。まあ、二人分なので」



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