私はドンドルマのハンターズギルドに所属していた記録官だ、いや、だったと言った方が正しいだろう。
ハンターの数、地区毎のハンターの各レベル、モンスターの観測情報、古龍の予測出現位置、新たなモンスターの出現情報とハンターからの情報による適正レベルの算出、あらゆる情報を記録し、統合し、計算する。
忙しい仕事だが充実していた、ミスはハンターだけでなく戦う術の持たない人々の命さえも危険にさらしてしまう。
だが、だからこそ私はそれに誇りを持っていた。
あの日までは。
私は所詮末端の人間に過ぎなかった、ギルドにはあらゆる情報が集まったが、その全てを知る事など出来なかったのだ。
皆も噂程度で聞いた事がある筈だ、ギルドナイトの存在と、その狩りの対象の話を、その恐ろしさを。
私はその時のある書類で記録官をやめる事を決意したのだ。
内容はある一風変わったハンターの話、ギルドで認可された武器防具を使わず独自の方法で狩りをする狩人。
とは言え、その武器も防具も何ら問題はない、生態系を破壊する事も無く、ギルドで認可されたクエストだけを行う、何も違法な事はない狩人。
例えば、聞いた話だが石ころを投げるだけで狩りを行うハンター、ブーメランだけのハンター、防具を一切纏わないインナー姿のハンターなどそのような物と同一でしかないからだ。
ただそんなハンターが気になった、記録官として可能ならその情報を記録し、有用であるならギルドに報告し、取り入れるべきだと。
それに、私自身椅子に座りっ放しで少し動きたかったのだろう、一応私もハンターの端くれである、そのハンターに供してちょっと狩りをすればいい、依頼も私から出せば問題ないのだから。
もし、もしここで私がもう一枚の「私の元へ来る筈の無い」書類に気づいていれば、私の運命は大きく違っていたのだろうか。
もし、そのもう一枚の書類が正しい場所に届いていれば、私はまだ記録官を続けていたのだろうか。
依頼するクエストは上位アオアシラの狩猟、丁度その狩人が利用するクエストカウンターに依頼を出すと受付嬢は直ぐに大きな声で人混みの中へ「狩人さん」と声を掛けた。
少し歩けばすぐ人にぶつかりそうな中を縫うように歩いてきたそのハンターは確かに、私の記憶の中には一切覚えの無い装備だった。
場所によっては出現するモンスターも違う、場合によっては素材の加工方法さえも違いが出て来る時がある、もしかしたらそれなのかと思ったが、本当にそんな事はない、ギルド認可の武具屋、加工屋でなくとも、そこらの服屋で仕立てて貰えるであろう防具だった。
いや、防具と言うのもおこがましい、もはやそれはただのやや黄味がかった厚手のコートのようだったのだ。
とはいえ、一応は手甲も付いているので防具であると言われればそうなのかもしれない。
深く羽根付きの帽子をかぶり、口元も覆うその姿は目元しか見えず、長身なのも相まってまるで睨まれているようにも見えた。
ハンターは信用が第一だ、まずは相手に好印象を与える事が何よりとされている、尤も、常軌を逸するほどの強さを持つならば例外だが。
私の雇用したハンターはどうやら印象などどうでもいいタイプらしく驚くほどに無口で自己紹介でさえ「狩人だ」と一言言っただけ、受付嬢が言うにはこのハンターは無駄な事は一切語らずただ黙々と狩りを続けるのだという。
ともあれ優先すべきはそのハンティングスタイルを見る事、ハンターが強く、その装備に秘密があるなら装備を取り入れ、武器に秘密があるなら武器を取り入れ、スタイル自体に秘密があるならそのスタイルを取り入れる、ハンターズギルドの為、引いては他のハンターたちや暮らす人々のために。
武器を下げ、クエストボードから私の依頼を引っぺがし、クエストカウンターに叩きつけたこのハンターは、食事も取らず、アプトノス車に乗り込んでしまった。
私も急いでその車に乗り込み一息ついた、私が一言謝るとハンターは何も言わず帽子を深く被り直し、金属製のボーンピックにも似た片手剣を床に重い音を立てながら置く。
そこで私はハンターが片手剣の運用に必須である盾を持っていない事に気付き、あわてながら指摘するとただ一言「いらん」と言ってもう語る事など無いと言わんばかりに押し黙ってしまった。
時折、ゴリ、と音が聞こえるのは手持無沙汰なハンターが苛立ちながら武器のグリップを捻り床が擦れる音。
キィと音が鳴るのは私が弓のチェックをしている音。
言ってしまえば何だが非常に居心地が悪い、私が新米のハンターだった頃はずっとアプトノス車が着かなければいいのに、だとか気球が流されれば戦わなくて済むのに、なんて思っていたがまさか今になって一分一秒でも早く着いて欲しいと思うなんて、私も成長した物だと感じていた。
ぎぃ、と車軸が軋む音と共に動きを止めたアプトノス車と御者をしていたアイルーがここからは気球で、と言う。
一足先に飛び降り、凝り固まった体を伸ばしながらハンターの方を見ると、持ちこんでいたバッグから二枚の不揃いな板を合わせたような大振りのナイフを剥ぎ取りナイフと同じように仕舞い、何か金属の装飾が付いた曲がった筒を横に下げ、歯車の付いた小型のヘビィボウガンのような物を背中に背負ってアプトノス車を降りた。
剥ぎ取りナイフの見た目も、その用途不明の小さな筒も、ヘビィボウガンのような物も、覚えが無い。
確かに、一風変わっていると言えばその通りだ、記録官である私が見たことも無いものばかりだ。
その一般的なハンターとしては数の多い装備のまま気球に乗り込み、スカーフか、あるいはマフラーか、それともマントにも見える長い長い布切れの内側、腰元の小さなポーチを探り、赤い液体が入った透明な袋を取り出した。
それは何なのかと急いで気球に乗り込んで尋ねた私にハンターは何も言わず睨むように一瞥し袋をポーチに仕舞いこんでしまった。
もしかしたらこのハンターの機嫌を損ねてしまったかもしれないとシュンとしていると気球がフワリと浮かんでしばらくしてからハンターは面倒そうに一言だけ「回復薬のようなものだ」と私の方に目を向けさえせず、そう言った。
回復薬、私達がよく知るあの薬草とアオキノコを調合した緑色の液体、あるいはそれにハチミツを加えたより強力なもの、それとはまた別の製法によって作られたものだろうか、流石にこれはギルドの人間として見聞する必要があるかもしれない。
もしそれにとても強い毒性、あるいは依存性や中毒性があるなら広めるべきではないし正規のギルド職員としてこのハンターを処罰する必要も出てくる。
とはいえこのハンターが普通に受け答えをし、極端に無口ではあるが変な様子も無いのでその点は恐らく大丈夫だろう。
ポーチの瓶もチェック終了、矢の不足もなし、弓のコンディションも上々、久し振りの狩りではあるがこれでも若くしてG級一歩手前まで行ったハンターだ、なんならこのハンターのサポートに回ることだって難しくはない。
件のハンターも片手剣を肩に担いでいつでも出れるという雰囲気を醸し出していた。
では、モンスターを発見したらペイントボールを投げて下さいね、と言うと随分間を空けて了承の合図をしてくる、目的はハンターの戦い方を見る事で依頼を達成するのは言い方が悪いが二の次である。
気球の制御をしていたアイルーが高度を下げて「にゃ、にゃ」としきりに急かしてくるのでお先に、と一足先に飛び降りた。
大した高さでもなかったので勢いを殺すように膝を曲げ一度転がる、無傷で着地できたのでハンターとしての動き自体は昔と何ら変わりなさそうで安堵する。
さて、私も対象のアオアシラを探して散策を始めるとしよう、あのハンターも既に周辺に降りているだろう。
アオアシラの生態傾向から言うとハチの巣があるエリアが有力だ、現在地からだと、2エリア向こう側がそうだろう。
ふと、何か変な感じがした、後ろを見ても特に変な所はない、モンスターの感じでもなかったのでアイルーか何かだろうか、メラルーでなければ触れさえしなければ危害はない、放っておいていいだろう。
エリアを跨いで移動すると目星を付けていたエリアの方から独特な臭いがした、これはペイントボールの臭い、どうやらアオアシラの発見はあのハンターに先を越されたらしい。
にしても、微かに臭うはずの臭いが妙に強い、疑問に感じるが今はそんな事細事でしかない、急ごう。
エリアに到達すると強い匂いの疑問が晴れた、どうやらあのハンターは相当物を投げるのが下手なのだろう、アオアシラからの臭いとは別にそこら中からペイントボールの臭いがする。
それにどうやら合流するまで攻撃は控えていたらしい、片手剣を振る様子はなく、まるで双剣のステップ回避のようにアオアシラの攻撃を危なげなく掻い潜っている、盾が無いとあのように避けれるのだろうか。
何にせよ私もただ見てるだけと言うわけにもいかないだろう、弓に矢を番え、アオアシラの背に突き立てた。
予期せぬ方向から攻撃を受けたせいか一瞬仰け反って、アオアシラが此方を見据えた、しかしその隙をハンターは逃さず、片手剣をアオアシラの頭部に叩きつける。
まるでノコギリのような刃がゴリと音を立て頭部の肉を少しだけ削り取る。
その痛みに耐えかねたのか凄まじい絶叫を上げ、私を完全に無視し、ハンターにその豪腕で飛びかかった。
しかしまるで意に介さず、ただすり抜けるように脇の下を潜り抜けるとそのついでと言わんばかりに片手剣を振って肉を削いでいく、舞うようにクルリと正面を向け、武器を構え、再度削る、美しく舞いながらもただ無骨に血肉を、命を削り取る姿に私は恐ろしいと感じてしまった。
すぐに頭を振って弓を構える、ハンターが変わった戦い方をすると言うのは百も承知だ、いまさらこんな事に怯えていては誇り高きハンターズギルドの人間として胸を張れない。
まるで熟練のハンターもかくやと言わんばかりの猛攻により、アオアシラは身体中から夥しい量の血を流し、足を引きずりながら場を去ろうとする、例え凄まじい治癒能力を持つモンスターであっても流石にあの怪我は治らないだろう、今ここで逃げたとしても精々が延命にしかならない。
アオアシラも本能でわかるはずだ、なのに必死で逃げるのはその本能さえ機能しないほどこのハンターが恐ろしいのかもしれない。
ここですぐ楽にしてやるのも一つの優しさかもしれない、そう思い弓を構えると唐突にアオアシラが“爆発”した。
一体何がと周囲を見渡すとハンターが歯車の付いたヘビィボウガンのようなものを構え、その銃口からは煙が上がっていた。
それはまるで竜撃砲のようで私は成る程と首を縦に振っていた、あれならば飛竜にも通用するだろう、運用自体がネックだがそれは要研究だ。
地に倒れ伏すピクリとも動かないアオアシラを一瞥しハンターへと近づいて行く、返り血で全身が赤黒く染まってしまっている。
成る程、このほぼ顔の全てを覆うのは返り血で前が見えなくなるのを極力防ぐためで普通の鎧と違って軽い衣服なのは素早く動くため、しかしそれを差し引いてもモンスターのあの凄まじい力の前でこのような軽装など正気の沙汰では無い、私は頭の中での実用案、防具の部に大きくバツ印を付けた。
しかしあの武器は魅力だ、魅力だがモンスターに深手を負わせることを主目的にしたようなものだ、それ故にモンスターの研究者である者や、特に龍歴院の人々はモンスターが酷く傷つくこの武器を嫌うだろう。
とはいえハンターや人々の命が一番の私は歓迎したいとは思う、だが上は認めないだろう、まぁ違法でも無いのでこれと言った問題は無いだろうが。
ここでハンターが唐突にスンと鼻を鳴らして「臭うな」と言った、貴方がペイントボールをそこら中に投げたからですよと言おうとしたが私の勘がこの区域の重さを感じた。
経験から分かる、これはきっと何か別のモンスターが“乱入”したのかもしれない。
乱入ですね、アオアシラの血の匂いに釣られたのかもしれません、と言うとハンターは「違う」と言った、血の匂いに釣られたわけでないのなら偶然だろうか? とはいえこの状況を打開しなければ安心して帰ることもできない。
フッと足元が暗くなる、空に顔を向けるとそこにはリオレイアが上空から此方を見据えていた、まさに今飛び込まんと首を下げた瞬間、私はリオレイアと直角に走り、大きく飛び退いた。
ここからはハンターへの依頼内容ではない、私も全力を持ってリオレイアの討伐を行わなければならない、まさか久し振りに飛竜と相見える事になるとは思わなかった、弓を握る手にジンワリと汗が浮かぶ。
ハンターも滴る血の露を払い、臨戦態勢へと移った、あの装備では一撃受けただけでまず間違いなく即死するだろう、可能なら後ろに下がってもらいたいほどだ。
しかしそんな此方の心配事などどこ吹く風といの一番に飛び込み片手剣を首に叩きつけるも、流石にアオアシラとは一線を画す強固な鱗なだけあって浅く鱗を剥がしながら血を吹き出させた。
私も弓を大きく引き絞り、リオレイアの頭へと矢を放つ。
大きく動く頭から矢が逸れ、翼へと突き立った、フッと息を吐きすぐに次の矢を番え、再度放つ、今度は頭部に当たった、距離に手応えもある、よしと心の中で言い、続けざまに矢を手に取る。
矢を放つ事に集中しすぎていたらしい、リオレイアは大きく息を吸い今すぐにでも咆哮をしようと身体を逸らしていた、避けれる距離でもなければ逃げれるほど息も続かない、まずった。
キン、と意識が飛びそうなほど大きな轟音がリオレイアから放たれる、咄嗟に耳を塞いだがまだ動けるほど脳が正常な状態では無いのだろう、すでにリオレイアは此方へとその巨体を揺らしながら走ってきていた。
避けきれない、何とか芯からずらしはしたがもう目の前に翼が迫っている。
ミシリと嫌な音がした、肺の中の空気が全て漏れる、液体を口から吐きながら吹き飛ばされ地を転がる。
息ができない、視界が歪んで揺れる、けど、動けないわけじゃない、ゆっくりとなら立ち上がれる、顔を上げると此方に棘の生えた強靭な尻尾が迫っている、あぁ、昔ならこんなヘマはしなかったのになぁ。
ゴキリと、今度こそ確実に肋が折れる音がした。
地面に投げ出され地に手をついて身体を起こそうとしても力が全く入らない、これじゃまるでルーキーハンターだ、視線だけを前に向けるとリオレイアが私を見る、ここまでかと思えば突如鞭のような刃がリオレイアの身体に巻き付き、ゴリゴリと削りながら戻っていく、何事だろう、一体何が。
そう疑問を浮かべているとハンターがその手に蛇腹状の片手剣を握っていた、そうか、あれは伸びるのか、凄いな、面白いな、なんて他人事に考えていると「早く退け!」とハンターが声を張っていた。
少しだけ力が入るようになった、ズルズルと這いながらエリアから離れる、大丈夫、回復薬を飲んですぐに戻ればいい、今度はあんなヘマはしない。
ハンターもリオレイアを私から離すように少しの距離をとっては攻撃し、誘導してくれているようだ。
リオレイアのいるエリアから離れ、切り株に背を預けゆっくりと息を整える、呼吸の度に肋が軋むような痛みが走り、正直信じられないほど苦しい、昔はこんな事なかったのに、やはり鈍ってしまったようだ。
ポーチから回復薬Gを取り出し、口に含む、ハチミツが嫌に甘い、飲みやすくするためじゃなくただの効力活性の為だから当たり前ではあるが、とにかく飲み干さなければならない。
少しだけ、身体が動くようになった、まだ戦闘は出来ないが立って歩ける程度にはなっただろう。
もう一本、飲み干す。
流石はハンターズギルド謹製の回復薬、その効力を強くした回復薬Gだ、もう少し待てば十全とは言えないが戦闘に戻ることも出来るだろう。
だが今すぐにでも増援に行かなければあのハンターも非常に危険である事は想像に難くない。
震える腕で切り株に寄り掛かりながら立ち上がり、ゆっくりと動き始めた。
脇腹を庇いながら、歩き始めると背後から人影が此方へと走ってくる、一体誰がこんな所に? などと思っているとその全貌が露わになった。
全体に赤い意匠を持ち、羽帽子を被ったその姿は私の間違いでなければきっと、ギルドナイトだろうか。
それこそ何故こんな所にと思ったが例えそれがレプリカの装備でもその入手法から手練れである事には違いない、今の状況では渡りに船だ。
私の顔を覗き込んでニコリと微笑んだギルドナイトに私は助けて欲しいと懇願した。
この先でハンターがリオレイアと戦っている、予期しない遭遇だったからどうか手を貸して欲しい、そう言うとギルドナイトは首を縦に振って双剣ギルドナイトセーバーをその手に握る、私はその行為にひどく安堵する。
次の瞬間には私の右脚にギルドナイトセーバーが突き刺さっていた。
何が起こったのか全く分からなかった、幾多もの疑問が浮かんでは消えと呆気にとられていると、やっと私の脳は痛みを認識してくれた。
痛い、痛い、何故、どうして、悲鳴を上げる事さえ忘れその場に崩れ落ちる。
ギルドナイトは笑みを浮かべたまま私の血がべっとりと付着したギルドナイトセーバーを舐める。
私は恐怖で絶え間なく血の流れる片脚を引きずりながら後ろへと下がるが、ギルドナイトはそんな私の脚の自らが傷つけた場所を踏み付け、私の動きを止めた。
鋭い痛みが走り、無意識に小さな悲鳴を上げる私に、ギルドナイトは先程以上に深い笑みを浮かべ、再度ギルドナイトセーバーを振り上げる。
容赦無く左脚にギルドナイトセーバーが深々と刺さり、貫通して地面にさえ縫い付けられた痛みに私は今度こそ絶叫した。
咄嗟に剥ぎ取りナイフを抜き、ギルドナイトを斬りつけようとしたがもう一本のギルドナイトセーバーを使い私のナイフを器用に絡め取り、弾き飛ばした、もはや抵抗など望めようもない、私の命運は決定した。
ギルドナイトはまるで私が苦しむのを愉しむように左脚から引き抜いた物と残りの弄んでいたギルドナイトセーバーで浅く何度も私を斬りつけ、私の身体をズタズタに斬り裂いていく。
防具はもう既に役目を成さないほどに剥ぎ割かれ、残った布きれが私の血で真っ赤に染まっていく。
恐怖と痛みで年甲斐もなく泣き叫ぶ私にギルドナイトは一層笑みを深くして私を斬りつけた。
大声で助けて、誰か助けて、と叫んでも誰も助けには来ない、あのハンターはリオレイアと戦っているしそもそもここに別の人間がいる事自体がイレギュラーなのだから。
ギルドナイトが息を荒くしながら私の首の両地面にギルドナイトセーバーを突き刺し、ゆっくりと私の肌に押し付けてくる、もう恐怖で大声さえ出なくなり、ただやめて下さいと小さな声で涙を流しながら懇願するしか私には抵抗の術はない。
ひやりと首に冷たい物が触れた時遂に私の命もこれまでかと思った時、高い破裂音と同時にギルドナイトが武器を引き抜いて大きく飛び退いた。
音のした方へ目をゆっくり向けると、そこには金属の装飾が付いた筒、おそらく小型の銃だったのだろう物から煙を出し、右腕から夥しい量の血を滴らせるハンターが居た。
「臭うな、血に、狩りに酔った者の臭いだ」右手に持った片手剣を背に仕舞いながらハンターは鋭い眼光でギルドナイトを睨んでいる、戦っていたその時よりもずっと鋭い眼光に私は、それが私に向いていないとわかっていても尚、恐ろしいと感じた。
腰元に右手を回しハンターは歪な剥ぎ取りナイフをその手に持つ、あれは、剥ぎ取りナイフではなく武器だったのか。
「私の嫌いな、獣の匂いだ」左手の銃を腰に下げ、歪なナイフを火花を散らせながら二つに変形させた。
ギルドナイトもギルドナイトセーバーをクルクルと手元で弄び、姿勢を低くした、確実に人を狩る事に慣れた動き、アレは間違いなく本物のギルドナイトだ。
「今宵、私の狩りを知り、そして死ね」
ハンターがそう言った直後、戦いの火蓋が切って落とされた。
決して長い時間では無かったが、それでも私はその戦いを全て見る事は出来なかった、余りにも流麗で、余りにも荒々しく、そして余りにも美しく、何よりも速かった。
ナルガクルガ、その比でも無いほどに身軽に、そして鋭く艶やかに動き。
ティガレックス、その比でも無いほどに暴力的で、力強く。
そして、一度だけ合間見えたことのある古龍の如く、私を魅了した。
ハンターが何かを握り潰すような仕草をすると姿が搔き消えるようになった、私は自らの傷や痛みも忘れ、見入ってしまった、一体どんな道具なのだろう、どんな効果をもたらすのだろう、自らの命をも、二の次にしてしまうほどに、ハンターは魅力に溢れていた。
何合、あるいは何十合の打ち合いの果てに、最初に聞いた銃声が、その戦いを終わらせた。
焦燥したのかもしれない、私にも辛うじて分かる程僅かに大振りになったギルドナイトにハンターは歪な双剣を一つの片手剣へと変形させ、その攻撃でギルドナイトセーバーを大きく弾く。
対抗してもう片方の剣を大きく振り上げたギルドナイトへ即座に銃を撃っていた。
しかしギルドナイトの正式防具は大型モンスターの攻撃さえ緩和する凄まじい防御力を誇る、いくら至近距離と言えどあの小さな銃で致命傷を与える事は難しい。
だけど、それは杞憂だった、銃に元々殺傷力など求めていなかったと言わんばかりに、衝撃で硬直したギルドナイトの腹部に“右腕”を突き刺したのだから。
自らに突き刺さる腕に目を見開き、驚愕の表情を浮かべたギルドナイトの腹部からまるで引き裂くように右腕を乱暴に引き抜き、その重要な内臓のいくつかを引きずり出し、無理やり引き千切って、乱暴に投げ捨てた。
ギルドナイトはがらんどうになった自分の腹を見ながら崩れ落ち、何度か痙攣して、以後二度と動く事はなかった。
戦いが終わったのだと理解した瞬間、唐突に痛みが戻ってくる、意識せず呻き声が口から漏れ、それに気付いたハンターが此方に走ってくる、直ぐに私のポーチを探り回復薬を取り出し私の口元へと持ってきた。
口に含もうとしたが思いの外私は酷い状況だったらしい、飲み込む事が出来ず全て咳とともに吐き出してしまう。
多分、リオレイアにやられたのが今になって効いてきたのだろう、私はあの時のアオアシラと同じだ、余りにも血を流しすぎた、じきに私の命は潰える、もはや全てが延命と同じでしか無い。
ハンターは私が諦めたのを見るや否や赤い液体を取り出した、それは回復薬のようなものだと言っていたもの、しかしそれも既に手遅れだろう。
ハンターは「少し痛むぞ」と言いながらそれを私の腿に突き刺した、確かに少し傷んだが、それでも脚に剣を突き刺されたことに比べたらなんて事はない。
唐突に、身体が熱くなる、変に苦しい、息が荒くなる中でハンターは「一本じゃ足りん、もう一本刺すぞ」と私の返答を待つ前に腿に刺した、頭に血が上るようにカッとして、痺れていた四肢の末端が熱くなり、自分でも分かるくらいゼイゼイと息を荒げる私を見てハンターは頷いてからもう一度回復薬を私の口元に持ってきた。
腕で私の頭を支えながらゆっくりと回復薬を飲ませるハンターと今度は咳き込む事なく飲み干した私、痛みもある、身体中の熱さもある、だけどもさっきより確実に身体はマシだった。
もう一本、回復薬をたっぷり時間を掛けて飲み干した私を見てハンターは黄味がかったコートを脱いで私に被せる、私に負担がかからないように抱え上げると死体となったギルドナイトもそして何処かにいるリオレイアも無視してベースキャンプへと歩き始めた。
私はリオレイアの事を尋ねるとハンターはただ「殺した」と言いながら歩くハンターにこの人はG級、もしかしたらその最高峰にさえ届き得る人なんだと確信を持って、そこで意識を手放した。
じわり、と暖かさを感じ、少し眩しいと声にならない小さな呻き声を上げた私は、今まで目を閉じていた事を理解し、ゆっくりと瞼を開ける。
そこには柔らかな黄土色のカーテン越しに光が射し、あまり物の無い小さな部屋が視界に広がっていた。
目を開けるだけで感じる疲労感と全身の鈍痛からどうやら私はまだ生きているらしい、私の記憶が正しければこの部屋はドンドルマハンターズギルドに併設されている医療施設だ、どう考えても助かると思えなかったのに、なぜ私は助かることが出来たのだろう。
ゆっくりと、身体を起こそうと腕に体重をかけると力が思うように入らず、ベッドに身体を落とすだけとなってしまった。
声を出そうとしてもマトモな声は出ず、ただ呻き声が溢れるばかり、これではまるで産まれたばかりの幼児のようだ、この体たらくを見て誰が私を上位ハンターだと思えようか。
顔をベッドに埋めながら深く溜息を吐いてしまう、首をゆっくりと横に向けると色とりどりの花が花瓶に入れられ私の姿をまるで笑っているかのように見下ろしている。
笑わないでくれよと小さく呟けどそんな事は錯覚にすぎないし、なにより言葉が出ない、側から見れば口をパクパクと開閉しているだけとなんと馬鹿馬鹿しいことか。
せめてもの抵抗に不満気に花を睨んでいるとトントンと小さな何かがこちらへ歩いてくる音がする、音からして二足歩行、子供だろうか。
にゃにゃ、と鳴き声がするのを確認してアイルーか、と安心する、ベッドに顔を擦り付けながらその方向へと顔を向ければ真っ白の服と帽子を被ったアイルーが水とタオルの入った桶を持ち上げたままキョトンとした顔を浮かべていた。
ゆっくりと水を零さないように台に置いた彼(彼女?)は穏やかな声で私へと声を掛けた。
「にゃ、目が覚めましたかにゃ、おはようございますにゃ」
言葉にならない声をあうあうと漏らしているとアイルーは私の状況を察してくれたのか指、指? を口元に持ってきて喋らなくてもいいとジェスチャーをしてくれる。
「声が出ないのも無理がありませんにゃ、もう丸々3日は眠っていたのですにゃ」
「いーあお(3日も)」
「にゃ、先生を呼んできますにゃ、待ってて下さいにゃ」
急いだ様子でぽてぽてと離れて行ったアイルーを眺めながら全身全霊を持って仰向けへと体勢を変える。
ふぅと一息つくと少しの間もなく沢山の髭を蓄えた小柄な竜人族のお爺さんが白衣を肩に掛けながら部屋へと入ってきた、先ほど部屋を出たアイルーが診察道具や包帯を抱えているのでこの人が先生なのだろう。
「やぁや、起きたんだねぇ、おはようさん」
ニコニコと笑みを浮かべた先生はベッドの側の椅子に腰かけてアイルーが先ほど持ってきた桶でばしゃばしゃと手を洗い、タオルで濡れた手を拭き始める、それをみたアイルーが先生を呆れたような眼つきで見る。
「じゃあちょいと軽く診察しようねぇ、なぁにすぐ終わるねぇ」
こういうのは上体を起こさなければ診察はし辛い筈だが先生は慣れた手つきでパッパッと診察して紙に何かを書きこんでいく、私の角度からは見えないがカルテか何かなんだろう。
「うんうん、健康そのもの、流石ハンターさんは体が丈夫だねぇ、あとは栄養を取って安静にすればすぐ復帰できるねぇ」
健康そのもの、と言われ私は動揺を隠せなかった、刃が貫通した筈の脚は、圧し折られた肋骨は、体中の切り傷はどうなったのだ、まだ3日だと言うのに。
「運び込まれた時はぎょっとしたねぇ、鎧もボロボロで体中血まみれ、両脚に深めの切創や体中の小さな切り傷だらけだったけども、鎧さんが守ってくれたんだねぇ、致命傷はなかったねぇ」
それこそ、そんな筈はないと言いたかったが、声が出ない、困惑を声に出す事も出来ずただただベッドの上でおろおろとしていただけの私をいったいだれが責められようか。
「そうそう、運び込んでくれたハンターさんがねぇ、毎日お見舞いに来てくれたんだよ、随分思い詰めてたみたいだけどねぇ」
「にゃ、いつも通りならもうそろそろ来る筈ですにゃ」
ハンターがオフの日、つまり狩りを行わない時に着る強度も何も無いただのゆったりした服に袖を通しながら私はその言葉を聞いた、思い詰めるも何も怪我をしたのは私の所為であり、さらに言うならあのギルドナイトが原因だ、あのハンターは私の命を救ってくれた恩人で思い詰める必要なんて全く無いはずだ、むしろ誇ってくれても良いぐらいだろう。
私が意識を割いているとコンコン、と壁をノックする音が聞こえる、それに気付いた私たち3人が目を向けるとニコニコと顔に笑みを
しかしそれはあのハンターではない別の誰かだ、先生に用でもあるのだろうか、などと思っているとそうでもないらしい、胸に手を置いて小さく礼をした彼に先生も小さく礼をした。
「ドンドルマハンターズギルドの者です、少しその方にお話があり伺わせて頂きました」
すみませんが、すこし2人きりにしていただけないか、と彼が言うと先生は余り私に無理はさせないようにと念を押してゆったりとした足取りで部屋を出て行った、ツ、と私の頬に冷や汗がひと筋流れるのを感じる。
私は、ドンドルマハンターズギルドの記録官である私は、この人を知らない。
「
「ギルドナイトです、と」
ヒュッ、と私の声が詰まるのが分かった、脳裏にあの光景が浮かぶ、嗤いながら刃を振り上げ私をズタズタに切り裂く光景が、私の脚に刃を突き立て、抉るように引き抜いたあの痛みが。
知らずガチガチと歯が音を立てる、呼吸が急速に早くなって心臓が痛い程に自己主張を始める。
いやだ、いやだ、たすけて、だれか、誰かたすけて。
カチャ、と小さい音が静かな部屋に響いた。
「血の匂いがする」
あの時の声が、私を救ってくれた声が、また私を救ってくれた。
「獣に成り果てた、人の血の匂いが、濃厚な、獣の血の匂いが」
あの時とは違う、黒い外套で身を包んだ、ハンターがギルドナイトの後ろからギルドナイトの頭に銃を突きつけていた。
「……なるほど、あなただったのですね、アレを殺したのは」
貼り付けていた笑みが消え、いっそ冷徹なほど冷え切った表情で見えないだろうに視線だけが後ろに向かっていた、まるで私など最初からいなかったかのように。
十数秒ほどだろうか、静かな時間を迎えたのちギルドナイトがへにょりと表情を緩ませ、両手をゆっくりと広げて武器を持っていないことを示した、ハンターがチラリと私を見る、私から見ても武器を隠しているようには見えなかった、恐る恐る頷いて見せると、ハンターも銃を腰に下げ直した、もっとも、いつでも抜けるように常に手を掛けてはいるが。
「わかっていただけて嬉しいです」
ギルドナイトを中心にゆっくりとハンターが私を守るように前に立った、チラリと覗く目は飛竜のように研ぎ澄まされ、一切の油断はないのだろう瞬き1つなくギルドナイトを見据えていた。
「そう警戒しないでください、血の匂いがするのは遺体の処理をしていたからですよ」
言外に「あのギルドナイトの」と言うように私とハンターを流し見る、まぁ座っては如何です? とハンターに椅子を勧めるもハンターはただ首を小さく横に振るだけだった。
「……さて、丁度2人ともいるわけですし、本題に入りましょうか」
真剣な声で彼は私たち2人を見据え、姿勢を正し。
「本当に、申し訳有りませんでした」
深く頭を下げた。
キョトンとした私と僅かに目を見開いたハンターを前にたっぷり10秒地を見つめたギルドナイトはゆっくりと頭を上げ、私にも分かるような申し訳なさそうな表情を浮かべ、しかし淀みなく話し始めた。
「我々ギルドナイトはハンターや人々が噂する通り、人を狩ります、勿論無差別ではなく余りにも道に外れた者だけを狩るのです」
待って欲しい、そんな重要なことをただの記録官に聞かせないで欲しい、でも私にはその声を止めることはできない、あうあうと声を漏らすしかできない私には、どうしようもない。
「ですが、その対象故にーー」
「狩りに酔う」
小さくハンターが呟いたその言葉にギルドナイトは言葉を止め、深く頷いた。
「狩り自体か、対象か、あるいは別の何かはわかりませんが、極々稀にそういう者が現れるのも、また事実です。今回は彼、いいえ、アレがそう成り果てたのは事前に知り得た情報でした、にも関わらずあなたに被害が出た、それについては本当に申し訳有りませんでした」
色々と此方に不手際があったのです、と続ける彼なりの心からの詫びであったのだろうか、それにしたってそんな事知りたくはなかった。
「暗号を含めた書類が何かの手違いであなたの元へ行ってしまい、なおかつ暗号であった為あなたは知らず処理してしまった、本来ならばあの区域全域を一時的に禁域として人を立ち寄らせず内密にアレを処理するつもりでしたが、それよりも前にあなたがあそこへと行ってしまいました」
この人がいたというのは本当に運が良かった、とハンターを見るギルドナイトと対象的に左手を銃に置いたまま彼を睨みつけている、どう見ても知り合いのようではないし、初対面の状況からそれは読み取れるだろう。
「ええ、勿論私はあなたを知りませんし、あなたも私を知らないはずです。ただの結果論ですよ」
さて、と呟いて懐に手を入れようとした瞬間にハンターが銃を引き抜きギルドナイトの額へと突きつける、本当に今の今まで一分たりとも油断してなかったと考えるとこのハンターが凄い人なのだと思い知る。
手紙が1つあるだけだと彼が言い、本当にゆっくりとした動作で手紙を取り出した、それを私に渡そうとするもハンターは臆病とまで言えるほど慎重にお前が開けろとギルドナイトに言い放つ、ギルドナイトは小さな声で本来ならば私が開けてはいけないのですが、大長老には黙っていて下さいね、と懇願して手紙を開き、私に手渡した。
そこには妙に達筆で今回の不手際について私が被った被害についての謝罪と今回の事を黙秘して欲しいという事、そして望む物を都合する事を保証するという大長老直々の手紙だった。
「返答は急がなくても結構です、私は内容を知りませんが……まぁ、予想は簡単ですがね。それと、今回あなたが失った装備はハンターズギルドが補償します時間は少々掛かるでしょうが、お約束します」
こくりと、小さく頷くと彼は一安心したと胸を撫で下ろしたらしい、安堵の表情を浮かべていた。
「さて、次の話ですが……ハンターさん、あなた……どうやって殺したのですか」
ふと思い浮かぶあの光景、否、情景は今でも鮮明に私の中に残っている、力強く疾く、そして……とても、美しい、命を賭した戦いであったはずで、私の命さえ尽きる寸前で、でもそれは私を魅了して止まなかった。
「いえ、アレではなく、アオアシラでもありません、リオレイアです」
神妙に低く、威嚇するようなギルドナイトの言葉に私は疑問を抱いた、私は見ていないがどうやってた狩ったかなんて、あの風変わりな武器で倒したに決まっている、変わった武器で変わった傷も付けるがそれだけのはずだ、私から見ても何もおかしくは無いはずだ、記録官である私が保証してもいい。
「いったいどうすれば、飛竜の強靭な頭蓋骨を突き破って脳髄を丸々引きずり出す事が出来るというのですか」
ぞわり、と背筋を何かが駆け抜けた、脳髄を引きずり出した……?
ふと、最後を思い出す、腕を腹に突き刺し、内臓の殆どを一気に引きずり出した光景を、右腕から夥しい量の血を滴らせていたのを。
まさか、このハンターはあのギルドナイトと同じようにリオレイアの頭蓋に腕を突き刺して、脳髄を引きずり出して殺したというのか。
「……だんまり、いえ、言葉を選び兼ねている、というところでしょうか」
ならばいいでしょう、責めるつもりはありません、と肩を落とし溜息を一つ吐くと指を立てて苦笑しながら言う。
「決して人には行わぬように」
わかりましたね、とまるで子供に言い聞かせるように言ったギルドナイトは再度軽薄そうな笑顔を浮かべ、さて次の本題です。とハンターに言った。
「あなた、ギルドナイトになる気はありませんか? 丁度一つ席が空いておりまして、あなたであればその任務に耐え得るという判断で勧誘をですね」
「断る」
「ですよねぇ、わかっておりましたとも……それでは私はこれで失礼させていただきますよ、アレの後始末が面倒で……気が変わったらいつでも仰ってください、喜んで受け入れますよ」
たしかに急いでいたのだろう、捲し立てるように言いきって軽く会釈しながら、そそくさと去っていくギルドナイトを見て私はようやく深く息を吐いた、無理もない、いつ死んでもおかしくないような、それでいて私のトラウマを確実に撫でるような状況だったのだ、恐慌して喚き散らさなかっただけ立派だったと納得しておきたい。
はぁ、と私が深く息を吐くと、次はハンターがヨレてボロボロになった帽子を脱ぎ私を見つめる。
「すまなかった」
帽子を胸に当て深く頭を下げたハンターは低い声で、ただ真剣にそう言った。
私にはもう何が何だか分からない、何度も言うがハンターは私の命を救ってくれたのだ、何も謝る事など無く、むしろ私こそ頭を下げるべきだ。
「私は、君に取り返しのつかない事をしてしまった」
ハンターは腰に下げた銃を抜き、持ち手を私の方に差し出して来た、それは手に取れと言う意味なのだろうか、私は力のあまり入らない震えた両手で思わず受け取ってしまう。
「君に、血を入れてしまった、私と同じモノにしてしまった」
懺悔するように地に両膝をつき、私が持つ銃の銃口をハンターは自らの頭へと触れさせた。
「君は、私を殺す権利がある、私は、君に殺される義務がある、こんな事で到底償えるものでは無いが、それでも私はこの命ぐらいしか捧げるものがない」
目を伏してただ死を受け入れようとするハンターに私はどうすればいいのか分からないでいた、あまりにも説明不足だ、血を入れたとは?同じモノとは?何もかも分からないのにただ目の前の私の命を救った人は私にその命を奪えと言う。
私は、少しだけ腹が立った、でも声を荒げる事も出来ない、この人の頬を張る事も出来ない、ただ少しだけ、頑張る事しか出来ない。
「わた、しは……あなたに、たすけ、てもらい……まひた。それに、わから、ない……あなたが、なにをいってる、のか」
頑張って喋って、これが限界だった、あまりにも拙い言葉で私でさえ何を纏めればいいのか分からないでいた。
それでもハンターは深く頷いてゆっくりと、懺悔するように語り始めた。
「君は、余りにも血を流しすぎていた、生きるための血が足りなかった」
そうだ、その通りだ、ハンターの言う通り私は明らかに助からない量の血を身体から零してしまった。
「だから、私は君に血を入れてしまった、輸血してしまった」
あれは、血だったのか、回復薬ではなく輸血液だったのか、なるほどならば血の足りない私にはうってつけだったのだろう、だがそれはそこまでする事なのだろうか、ハンターはまるでそれが禁忌だと言わんばかりに説明している、それこそ命を差し出す事で謝罪とするほどに。
「あれはただの血ではない、あれは……私の、上位者を経たモノの血なのだ、自らを人であれと望んだにせよ、紛れもなく化け物の血なのだ」
それは、まるで自分が……
「そう、私は人ではない、私は歴とした化け物だ、モンスターでも、竜でもなければましてや龍でもない、あのギルドナイトはどうすれば飛竜の頭蓋を貫けるのかと言ったな」
こうだ、と呟いて右腕を肩まで持ってきたハンターはゴキリメキリと骨や肉が無茶苦茶に作り直されるような音を立てながら右手の形をまるで獣のように変えた。
「こんな化け物の血を君に、私は入れてしまった、確定では無いが、君を私と同じモノにしてしまったかもしれない、だから君は私を殺す権利がある、憎み、蔑み、怒る権利がある、そして私はそれを受け入れる義務がある」
さあ、殺してくれ、屍を踏みにじってくれても良い、と言うハンターに私は。
両手に握っていた銃を力一杯ハンターに投げつけた、弱々しい放物線を描いてハンターの胸に当たった銃は小さく跳ね返ってベッドに落ちてしまう、今の私にはこれで精一杯だ。
唖然とするハンターから目を背けるようにベッドに倒れ込み毛布を引き上げる。
ハンターはベッドの端に転がっていた銃を拾い上げて、再度弱々しく「すまない」と呟いていた。
「明日、同じ時間に来る、その時に私は君に殺されよう、そうでなければ私にできる事ならば何でもする、四肢を差し出しても良い、光を捧げても良い、どうか……私に」
罰を、と泣きそうな声で漏らしたハンターはゆっくりと去っていく、床板を軋ませる音が少しずつ離れていった。
「おんやぁ、あのハンターさん、帰っちゃったんだぁねぇ? 随分暗い表情だったけども、大丈夫かねぇ」
竜人族の先生がコツコツと足音を立てて近付き、心配そうに声を上げていた、私はあのハンターの最後の言葉に思い立って身体をゆっくりと起こして先生と向かい合った。
「せんせい、おねがいがあります」
コツコツ、と杖を突きながら大老殿へと至る階段をヒィヒィと悲鳴を上げながらゆっくりと登る、階段の番をしていた人に酷く心配そうに見られていたが私とてハンターとしての意地がある。
とはいえ流石に杖を突きながらでも動けるようになった、よし行こうの精神では早過ぎたのも事実、もう少しゆっくりと休息を取るべきだったかもしれない。
アレから即座に退院した私は逃げ帰る様に家へと帰り、一日経った今こうして大長老直々に都合してくれると言う「私の望む物」を手に入れるためこの過酷な階段を上っているのだ。
やっと、やっと頂上に着いた、と思わず座り込みそうになったが今の私では再度立つのにとんでもない時間と労力を掛ける事になる、座りたくなる気持ちをぐっと抑えて大老殿へと歩みを進めた。
フェイスガードこそ跳ね上げているが私はあの時とはまた違ったハンターとしての防具を着込み、ここに立っている、まぁ尤も……その僅かに見えるであろう私の顔は汗をダラダラ流してしっとりしているのだろうが。
見覚えの無い装備の杖を突いたハンターを見た守衛が明らかに怪しいハンターこと私を止めようとするが私もこのドンドルマの記録官の一人、何度か訪れた事のある私の顔を見れば分かる筈だ。
と思っていたが残念ながら良く顔を合わせる守衛さんとは別の人だ、顔パスは無理みたいですね。
しかし奥に居られるとても大きな竜人族の大長老が客人だ通せと許可を出してくれた、やはり巨大な人は器も巨大なのだろう。
その後少しの間二人で話がしたいと言う大長老に安全どうこうメンツがどうこうと押し問答する大臣が大長老の一喝により諦めた様子で謁見場から下がって行った。
ようやっと二人になれたのうと苦笑いする大長老に私は杖で体を支えながらも姿勢を正す。
では、お主の「望む物」をしかと聞き届けよう、そう言いながら椅子に深く座りこみ真剣な声で尋ねる大長老に私はただ一言、ギルドの管理官を辞めさせていただきますと言う。
たっぷり十秒、睨むように私を見つめた大長老はよい、しかと聞き入れた、お主の好きにするがよい、しかしギルドの実態を恐れてと言うわけでもなさそうだのう、と微笑を浮かべる。
私は見つけてしまったのだ、本当に、何もかもを捨ててでもやりたい事を、願いを、その為には椅子に縛りつけられるギルドの記録官という職業は、ほんの数日前までは誇りを持っていた仕事は、途端に邪魔になってしまった。
数分に満たない僅かな時間言葉を交わし、私は大長老に頭を深く下げ礼をした、それと同時に戻ってきた大臣へと大長老が何かを伝える、一つ頷いた大臣がアイテムボックスから取り出した瓶を一つ私へと手渡し、飲みなさいと言う。
中身は元気ドリンコ、ハチミツとニトロダケによる調合で作られる物で頑なに店売りされることが無いギルド認定の飲料である。
お主を見た様子ではただ体力や筋力が落ちてるだけで怪我によるものはもう大丈夫であろうと言う助言の元ぐいと飲み干すとなるほど、杖の支えが無くても問題はなさそうだ、流石の慧眼だ。
再度礼を言い、私は急いで大老殿を去った、長い長い階段も今の私にとっては何の問題もない、駆け降りるように階段を下り、目的地へと駆ける、あぁそうだ、私は結局こうなのだ、私は結局、そういうモノなのだから。
あの時の場所へ、あの私の運命が動き始めた場所へ、嗚呼、見つけた、辿り着いた。
カウンターへ叩きつけるように、否事実私はカウンターへと両手を叩きつけた、眼前の受付嬢が小さな悲鳴を上げて立ち上がった、私はもうこの鼓動が止まらない、狂いそうな程の想いを抱いて周囲を見渡した、嗚呼そうだ、あの時もこうだった。
ならば貴方はきっとこっちにいるのだろう、私はその予感を頼りに人混みを割って歩む。
やはりだ、貴方は、そこにいた。
私は彼に体当たりするように掴みかかる、彼は僅かに見える目を見開き、その後ゆっくりと目を閉じた。
「貴方は私にできる事は何でもすると言った」私の言葉に彼はただ穏やかに「そうだ」とだけ言った。
これが5年前の話。……今?
あぁ、それなら知ってる人も多いと思う、私は彼と同じようにハンターとはまた少し違う『狩人』となった。
そう、結局私は彼の戦いに、命の削り合いに、暴力的で、繊細で美しいその世界に魅せられてしまったのだから、知識欲の塊である私がそうなるのは最早必然だったと言っても相違無い。
それに彼は自分の事を化物だ、なんて言っていたがそんな事は無い、私も彼もただの人間だったのだ。
そうでしょう、あなた?
あなたの狩りを間近で見ていたかった私はあなたに無理矢理ついて行った、狩りで昂った二人が行きつく先なんてそりゃ分かるわよね。
いつの間にか情が生まれ、いつの間にか結婚していた、化物に情なんて生まれない、私達はちゃんと人だったのよ。
じゃあ私達は一狩り行くとする、ああそうだ、一つ言い忘れた、この人は暗いだとか敵意で出来てるとかいう人がいるけども、それは大間違い、ただシャイで口下手で、優しいだけだから。
今年中に投稿したかったから最後の方めっちゃ駆け足。
視点的な意味で主人公は女ハンター、狩人の方は転生してるっちゃしてるけど果たして一般的な転生と言えるのか。