視点―七草一族 七草 ソウジ―
神も仏もいない、俺の持論である。
だが今になって死神はいるかも知れないと感じている。
そう、丁度今目の前にいるような。
話はつい数時間前、己が忍の歴史に名を残すと信じて疑わなかった青年の話―――
七草 ソウジは戦場にいた。辺りから、血の匂いがする。
隣の死体は一昨日、食事を共にした男のようだ。人懐っこい笑顔を良く覚えている。
常人なら、話に聞く英雄的な戦場という幻想を裏切られちまうだろうな。だが俺は忍だ、覚悟はできてる。ましてや長年の宿敵、魚雨一族が相手だ。殺された仲間を見るとむしろ戦意が高揚してくる。
「魚雨一族……許すまじ!!」
その身に流れる血が、怒らざるにはいられないのだ。
俺は態勢を整えるべく一旦退却し、後詰めの仲間達と合流した。味方の被害状況を伝えると彼らは涙を流し、味方の死を悼んだ。魚雨一族との死闘は幾度と無く繰り広げてきたが、やはり今回で終わらせる必要があるだろう。東で千手とうちはの戦いが終わったと聞いた。事実ならば、千手・うちは同盟に対抗するため各地で同盟が結ばれ忍界大戦はひとまずの終着を迎えるだろう。
平和な時代に水を差す一族同士の争いには、すぐに大国から圧力が掛かり、許されない時代となる。そうなると今回の戦いが魚雨一族を滅ぼす最後の機会!!逃すわけにはいかん!!
彼は七草一族宗家の人間として、幼き頃より才能に溢れ、一族の期待を一心に背負う青年であった。本人も己が偉大な忍になると疑わなかった。事実、実力もあった。油断も無かった。
しかし天は時として英雄すら無様に殺すこともある――
それは彼の磨き抜かれた聴覚が捉えた一言、
――「死遁 八咫烏」――
その瞬間、背筋が凍りついたかのような感覚に襲われる、それでも彼は力強く叫んだ。
「避けろおおおおぉぉぉぉ!!!!」
彼の叫びと同時に、十時の方向から無数の漆黒の影が彼らに襲いかかる。彼らは七草一族の最精鋭、咄嗟に回避行動をとる。
しかし、如何せん放たれた数が多過ぎる。漆黒の八咫烏の群れが彼らを飲み込んだ。
黒の波が晴れた。何が起こった!?いや、何が起こったじゃ無いだろう!!尾行られたのだ。俺が仲間達と合流するのを待ってから攻撃に移ったのだ!!つまり…俺のせいで…
周りを見渡せば更に深い絶望が彼を襲った。一族の最精鋭達が完全に壊滅している。
ある者は、全身が黒く焼け爛れたような状態で絶命している。
またある者はまるで風船のように赤く、体が何倍にも膨れ上がって激痛に悶え苦しんでいる。
ソウジ以外は再起不能だろう。なら何故ソウジだけが助かったのか?
それは彼の周りを守るが如く、仁王立ちする者達、
それは彼の兄弟達であった。躱すことは不可能と悟った彼らはソウジの盾となる事を選んだのだ。未来に一族の種子を残す、彼らが最後に選んだ余りに勇敢な決断。ソウジも彼らの意思を瞬時に理解した。
目は、逸らさなかった。
仁王立ちの亡骸は原形すら留めていないというのに、彼にとってはただ、ただ美しかったから
涙は、流さなかった。
涙は戦いに邪魔だから、
目の前の、男との戦いに邪魔だから!!
目の前に現れた一族の仇、髪は獅子が如く、口元のマスクから発せられる不気味な呼吸音、手に持つは異形の武器鎖鎌、
魚雨一族、次期当主[魚雨 半蔵]
皆殺しの、死神がそこにいた。
「お前が…仲間達をッ……」
「……」
ソウジが睨み付け刀を抜くと、半蔵は何も言わず分銅を繰り出した。先に無数の刃物が付いた分銅がソウジ目がけて不規則な軌道で放たれる。
ソウジは何とか刀で弾き、相手の武器について考察する。
(鎖鎌ッ!!あんなものは文献でしかお目に掛かった事が無いぞ。しかも、致命傷では無くかすり傷程度しか与えられないであろう無数の小さな刃、十中八九、毒だろう。)
更にリーチの差を生かした一方的な攻撃が加えられる。先程のように分銅で、時には鎌の方を飛ばして来ることもあったが、ソウジはかすり傷程度すら許されぬ攻撃を辛くも全て躱しきっていた。
「なかなか、できるな。だが何時まで持つか……。」
半蔵のひどく底冷えした声、しかし、ソウジはあくまで冷静であった。
(このままでは近づく事さえ出来ない!!だが、俺には分かっているぞ。このまま鎖鎌で攻め続けるかのような口振りはフェイク!!本命は俺が決定的に体勢を崩した時に放たれる先程の漆黒の忍術!!それを逆に利用してやる!!)
鎖鎌の攻撃をギリギリで躱しソウジの体勢が崩れた。
否、崩れたふりをした!!
ソウジの体勢が崩れた所に半蔵はすかさず印を結び術を放つ
「死遁 黒薔薇」
体勢を崩したソウジ目がけて漆黒の薔薇の茎が一本、高速でソウジに向かって伸びる。
しかし、ソウジは体勢を崩してなどいない、むしろ全身が相手を刈り取るための準備を終わらせていた。ソウジは即座に体勢を立て直し、黒薔薇をくぐり抜け術を放った無防備な半蔵に接近する。勝った!!
そう思い半蔵と目が合う。しかし、半蔵はまったく焦ってはいなかった。
「悪いな、本命はこっちだ」
その時、ソウジの足下の地面がにわかに盛り上がり、巨大な山椒魚が姿を現しソウジを飲み込んだ―――
神も仏もいない、だが死神はいる。
イブセの体内で神経毒をくらい身動きが取れなくなったソウジは、半蔵の前に吐き出された。
目の前の自らを倒した男は俺の事など気にも止めていない様で、巨大な山椒魚の頭を撫でながら、手のひらに新たに生み出した猛毒を舐めさせ餌付けしている。
「ここ…まで…か……」
自由の利かない体で、どうにか口を開く。目の前の男は俺を一瞥し、興味無さげに俺に聞く。
「何か言い残す事はあるか?」
「伝えたい奴らは…お前が全員…殺しただろうが……」
「そうだったか」
何も悪びれず男は言う、死神め…。
「俺は、死ぬのか…何も、この世に残す事が出来ず…仲間達の仇も討てなかった…俺の人生には、何の意味も無かったのか…誰の記憶にも残らず、死んでいくのか……」
「それは違う」
「…?」
「お前が流した血も、お前との戦いも、お前達一族も、俺は忘れるつもりは無い、全て背負って俺は生きよう。そして、お前達の屍を越えてまで生きる人生に、悔いを残すつもりは無い。」
「そう…か……」
死神にも、心はあるのだと知った。山椒魚の神経毒がいよいよ全身に回って来た。
そうして、死神に看取られながら七草 ソウジは死んで行くのだった。
その後、七草一族の里を魚雨一族が襲撃。既に主力を壊滅させられた七草一族はなすすべも無く、七草一族はここに滅亡の憂き目を見る事となった。