戦況を整理しよう。
雷の国での火影暗殺と共に、各国は火の国に宣戦布告。雷の国はそのまま報復に来た火の国と戦争に突入した。そしてその戦線に水の国も雷側で参戦。
先の大戦では雷、水の二カ国で掛かってもびくともしなかった火の国だが、今回は違う。火の国は別の戦線を抱えており、戦力を集中出来ない。
まず水、風、雨が共同で火の国南海岸に攻撃を仕掛けて来ている。裏を掻かれた火の国は既にかなりの領土を失陥してしまっていた。南海岸のほとんどを獲られた今になってやっと、防衛線が完成し、互角の睨み合いになっているが、既に南の戦略目標は達成されてしまった形だ。
次に土、滝、雨連合軍による神無毘橋方面からの正面突破作戦。土の国の経済を脅かしたこの橋が、今度は逆に火の国の脅威となっている。火の国は何とか持ち堪えているが、元々火の国の戦力を分散させるための意味合いが大きい戦いで、そういう意味ではこちらも戦略目標を達成されていると言える。
これだけの複数の戦線を抱えて、まともに戦って行けるのが火の国の圧倒的国力であり、皮肉な事にその強大な力が今回の戦争の原因でもある。
―雨隠れの里会議室
(神無毘橋方面軍及び南海岸方面軍統合指令室)―
会議室は気まずい空気が流れていた。
「何でテメエがここに居るんだよ、無!!」
「幻月、貴様こそ何故本国からここまで離れた所にいる」
「顔も見たくない二人と同時に会うとはのう……」
雨隠れに滞在している水影殿と土影殿とチヨ殿という指揮官の御三方の仲が、めっちゃ悪いのだ。恐るべし即席連合軍……。ともかく俺が仲介しなくては。
「三人共落ち着け、今はお互い同盟国だろう」
「っ!!」
「半蔵殿……」
思った以上に黙ってしまった。やはり俺の名は第一次忍界大戦の戦いぶりから、かなり売れている様だ。しかし女は強い、チヨ殿だけが構わず話し続ける。
「半蔵、お主に聞きたい事があったのじゃ。雨隠れの忍が使っているあのダサい傀儡は何じゃ?」
「ダサいだと!?」
「何じゃ、その様子じゃとお主の作品か。安心しろ、ダサいが性能は評価しておる。むしろ傀儡使いの力量が足りず、お主の作品の性能を発揮し切れていない程じゃった」
「チヨ殿…、やはり分かっているな!!そうだ、俺の作品は素晴らしいだろう!!」
「ダサいがな」
「ぐっ、駄目だ。女は機械的な武骨さの良さが分かっていない……」
その後も傀儡談義に花を咲かせていると、土影殿が話を変える。
「半蔵殿、火の国はどこで折れると思う?」
「最後に大攻勢を仕掛けて来て、それを凌ぎ切られたら、交渉のテーブルに着かざるを得ないだろう。その時は南海岸、神無毘橋を越えた辺りの土地、雷の国方面の一部の土地、それらは俺達連合軍の物だ。そこまで貰っても、まだ火の国が少し他国より強いがな……」
「火の国の反抗の成否次第で落とし所を決めなくてはな…、欲を出して長続きさせると、かつての雷と水の様に内乱になる」
「後は火影殿の性格次第か、一度会った事はあるが詳しい人柄までは知らん」
「どこで会ったのだ?」
「ラーメン屋」
「どういう状況だ……」
「ともかくいずれ、火の国はどこかの戦線で一点突破の大攻勢を仕掛けてくる。それと同時に、攻勢を受ける戦線以外の二つの戦線が攻勢を強めれば、戦力は再び分散せざるを得なくなる。強大な力を持つ火の国と交渉まで持って行くには、三つの戦線を保ち、そしてその戦力のバランスをコントロールして行かなくてはならない。こちらも楽な戦いにはならんな……」
――数カ月後――
戦線の動きが停滞していた頃、ついに火の国の大攻勢が始まる。攻勢を掛けられたのは水、風、雨が守る南海岸戦線。しかし、連合軍にとって最悪のタイミングであった。
連合の一角を担う砂隠れの忍達が数日前、戦線を離脱したのだ。
原因は砂隠れの里に居たはずの三代目風影が突如、行方不明となった事。幼き頃より難易度の高い任務を易々と達成し、その磁遁の血継限界で歴代最強と謳われた三代目風影の失踪は、砂隠れの忍達に里で何か起こっているのでは?と不安を抱かせ、一旦戦線を離脱するには十分な理由であった。
しかし俺が最後に見たチヨ殿は、何か別の事に動揺している様だった。孫がどうとか言っていたが…、何があったのだろうか?
悪い要素がもう一つ、南海岸戦線が安定したのを見て、土影殿と水影殿がそれぞれ神無毘橋方面と雷の国方面へ移動してしまったのだ。
もう二つの戦線が攻勢を強めるまで、一つの戦線はある程度持ち堪える手筈だったが、これは非常にマズい。何より今、前線で指揮を執る伊蔵が心配だ。居ても立ってもいられず俺は会議室を飛び出そうとすると、角都さんに引き止められた。
「総大将が前線へ行ってどうする。その隙に火の国は雨の国本国も狙って来るかも知れないんだぞ?」
「だが……」
「安心しろ、オレが出る。間に合うかは分からないがな」
「角都さん……、分かった。任せたぞ」
「確かに任された、里長殿」
そう言って角都さんは出て行ったが、それでも退却戦は多数の被害を覚悟しなくてはならないだろう。当然、近しい人々の死も……。
――視点 魚雨 伊蔵――
「伊蔵様……、これではもう……!!」
押し寄せる火の国の大攻勢を受けて不安げに話し掛けて来るのは、最近この戦線に配属されて来た長門、まだアカデミーを卒業したばかりだが、幼き頃の若を彷彿とさせる才能に溢れた忍だ。
「うむ、南海岸の占領を維持し続けるのは、もう難しいだろう」
「それではすぐに撤退して、防衛線を下げましょう!!」
長門が捲し立てる。確かにこの状況では退却して態勢を立て直さなくては、下手すれば全軍が総崩れとなってしまう。だが誰もが分かっていて、敢えて言わない事がある。
誰かが殿軍を務めなくては、退却は難しいという事だ。
殿とは即ち、死。誰かが死ななくては逃げ切れない。
「伊蔵様、殿なら僕が…、弥彦や小南に比べたら元々、忍なんか向いていないし……」
「ならぬ……!!」
「!?」
時が、来たのかも知れんな。
「これからの時代を担う若き忍達のために、死んでゆく……。何という誉れよ!!皆の者、静聴!!殿は当然ワシが務める!!」
元よりワシは第一次忍界大戦より前から戦い続け、既に老いた身。何の未練も無い!!
「伊蔵、ワシも行こう」
「ワシもだ」
ワシに続いて、長きを共に過ごした顔見知り達も志願して来た。霧隠れの忍の中からも高齢の者を中心に志願してくる。
全ては若き芽を次代に残すため、命を賭けた退却戦が始まった―――
魚雨 伊蔵は追撃する木の葉の大軍と戦いながら、自身の生涯を思う。
大陸中央、魚雨一族の分家に生まれ、分家は宗家のために死ぬ、そう教えられて育った。
しかし主君には恵まれていた、宗家の当主魚雨 十蔵、笑顔の似合う男だ。十蔵は自分のために死ぬ事は無い、何に殉じるかは自分で決めろと言ってくれた。ワシはその人柄を愛し、かえってこの人のために死のうと思った。
木の葉の忍の投げたクナイが体中に刺さる。
結局十蔵はもう隠居し、それは叶わなかったがな。次の主君は十蔵の息子、半蔵。控えめに言って天才だった。顔付きも性格も十蔵に良く似て、十蔵のために死ぬと誓った若き日を思い出した程だ。
増える傷をものともせず、木の葉の忍達に今まで何千回と繰り返して来た水遁を放つ。
若は初陣で七草一族を壊滅させ、大陸中央に小さな国を創った。雨の国、ワシにやっと出来た祖国。年老いてゆく体に新たな目的が生まれた。若のこの国を守ろう、そう思った。
豊かになって行く国と、立派に成長して行く若。宗家のために死ぬだけだった命、分家は宗家のただの道具、十蔵と若のこの国がそんなワシを人にしてくれた。
木の葉の忍の刀が、ついに体に致命傷を与える。傷口から血が噴き出す、ここまでか……、もう若者達は逃げ切ってくれただろうか。
ワシの名など、後世には残らないだろう。しかし、悔いなど無い。ワシは自分の意思で逝けるから、雨隠れの忍として逝けるから……。
――「伊蔵!!オレのために死ぬなんて駄目だ!!お前は誰かに言われるんじゃ無く、自分で死に場所を見つけろ!!」
「しかし十蔵様、私は分家の人間です。宗家の十蔵様のために死ぬのが私の役目です」
「うるせえ!!」
「!?」
「これは命令だ、伊蔵。誰にも縛られず、お前がお前で決めた死に場所で死ななかったら、オレが殺してやるからな!!」
「……っ!!承知、致しました……」――
雨降る大地に燃える魂。
心を捧げた魚雨家二代。
戦い続けた生涯の中、手に入れた物は[人]としての死に様。
殺し殺され忍の世界、これ程まで満たされながら逝った者が、どれだけいただろうか。
魚雨 伊蔵 死亡