長めの話の完結編だけ書き終える事が出来たので投稿させて頂きます。
昨晩は奇跡のようにモチベーションが上がりました。一体あれは何だったのか…。
―視点 弥彦―
街灯の明かりがごく僅かに届く、薄暗い倉庫街。地に伏す者と傍に立つ者、二つの人影は何も知らぬ人間が見れば先程まで激しい戦い繰り広げていたとは思えぬほど静かだ。
しかし、肩で息をする[立っている方]の男の心中は穏やかとは程遠いものだった。
オレの勝ちだ……。
半蔵様の考案した仕込み傀儡が無かったら危なかったかも知れない。
……半蔵様?
戦いが終わり随分と久しぶりに冷静になったような、そんな頭がある事を否が応にも思い出させる。
そうだ…オレは……、命令を無視して…勝手に一人でここへ来たんだ……。半蔵様の命令を無視して……。
急速に血の気が引いてゆくのを感じる。命令違反、オレがしたのは忍として最低の行為では無いか……。
月の、街灯の明かり遠く離れて行く。夜が、いつもより暗い、そんな気がした。
「やるじゃねえか…、クソガキ……」
「!!」
すぐ傍から声がした。声の主は目の前で倒れ伏す男、目を向ける。
「忍界の死神魚雨 半蔵の膝元、雨の国でこんな事やってる以上、覚悟はしていたが…、まさかこんなガキに一杯食わされちまうとは…、オレもヤキが回ったかな……」
「……お前もなかなか強かったじゃねえか…、何であんなくだらない事やってたんだ?」
男は少しの間考える様な素振りを見せた後口を開いた。
「生きるため…かな……。抜け忍だからなぁ、食い扶持が要る……」
「だからって他のやり方は無かったのかよ!!」
「……もうどうでも良いんだよ…、オレは……」
「どうでも良い?」
「昔の話だ。オレの忍道は終わった…、オレの忍道は世界に否定されちまったんだよ……!!もうそれが何だったかは忘れちまったがな…、忘れなきゃ頭がおかしくなっちまいそうだったから忘れた、だがな否定されちまった事だけは忘れられねえんだよ……!!」
悲痛な面持ちで男は心中を吐露する。この男にも理由があるのだろう、ここまで世界に絶望するだけの理由が、だがオレは雨隠れの忍だ。命令を破ったオレだが、だからこそせめてやり遂げなければならない事がある。
「すまねえな、勝ったのはオレだ。オレにも事情がある。勝たせてもらうぜ……」
懐からクナイを取り出す。
そして倒れる男に向かって――
―しばらく血の海の中に佇んでいると、倉庫街の入口の門の辺りがにわかに騒がしくなって来た。話し声が聞こえる…、この声は長門と小南、角都様、そして…半蔵様だ……。
「弥彦ぉぉぉ!!無事かぁ!!」
やがで半蔵様がとてつもない速度で滑り込んで来た。服が血だらけだけど……。
「半蔵様、大丈夫ですか!?血が!!」
「全部返り血だ、問題無い」
遅れて長門と小南がやって来た。
「弥彦!!心配したよ!!」
「弥彦がどのポイントに向かったのか分からなかったから半蔵様と大急ぎで全部のポイント回って来たのよ!!」
二人が半蔵様に続いてオレの元へ駆けて来る。その時、確かな怒気を孕んだ声が響く。
「弥彦ぉ…、貴様は何をしている?」
ゆっくりと近付いて来た角都だ。ギリギリと拳を握り締める角都、しかしそれを半蔵が手で制す。
「角都さん、言いたい事は分かるがそれは俺に任せてくれ。先に片付けなくちゃならない事もあるしな……」
半蔵様はそう言うと懐から何枚かの紙を取り出す。
「他のポイントの売人が隠していた資料だ…、クスリの出所が分かった。少し[お話]もさせてもらったから信憑性は高いだろう。問題は…、その出所がな……
ウチの国内だって事だ、最悪の地産地消だよ――」
―雨の国 北西 農耕地帯―
雨の国の北西、土の国との国境方面は工業や商業の発達した中央部や南部と違い旧態依然の農耕地帯となっており、[置いて行かれた場所]と呼ばれる事も少なくは無い。そんな地域の一つの家屋に国の最高権力者が数人の護衛を伴って訪れていた。
「この辺りの畑はあんたの物、って事で合ってるよな」
「…ええ」
半蔵の問い掛けに一人の老人が答える。老人は目を細めながら湯気の立つ茶を啜る。
「クスリを作ってたのはあんた、って事で良いんだな」
「……」
老人は一つ溜め息を吐いてから口を開いた。
「話を…、聞いて頂けますか……?」
「…遺言になるかも知れんぞ?」
「…ええ、分かっております――」
老人は語った。ここ数年の雨の国の過剰なまでの商工業重視の政策から来る、国内に蔓延する農業従事者への軽視、日々の生活の苦しさ。時代が変わり己が[必要とされていない人間]だとされる屈辱。それに何より――
「半蔵様は覚えていますか?かつて川の水がそのまま飲めた事を、今や工場の立ち並ぶ場所にはかつて美しい森があった事を、星空や蛍を最後に見たのはいつだったでしょう、そして
この国に降る雨はこんなに黒かったでしょうか?」
「……」
それは恐らくもう戻ってこない遠き日の故郷の姿――。
「だけど、戻って来たのです…。あの薬が作り出す幻の世界……、それはまさに…あの景色でした……。皆にも見てもらいたいたかった……、そしてあわよくばあの景色を取り戻そうと皆にそう思って欲しかった……」
老人が語り終え、俯く。その目には涙が溢れていた。
「ご老人…、何故もっと早く言ってくれなかった…、オレはあんたを殺さなくて済んだかも知れないのに……」
半蔵も涙を浮かべていた。ゆっくりと鎖鎌を取り出し、老人の後ろに立つ。
「言い残す事は?」
「…黒い雲の上を見に、お先に逝きます」
「……すまない」一一
死神の心に微かな景色を残して、長い長い夜が明けた。
一後日談一
魚雨 半蔵は悩んでいた。
謹慎中の弥彦にどんな言葉を掛けてやればいいか…。自分をあそこまで慕ってくれているからこそ、起こしてしまった事。ならば自分が立ち直らせてやる必要があるだろう。
そわそわして里長室の中を動きまわり、護衛の忍から「遂にボケたか…」と思われていると、部屋に何やら資料の束を持った角都が入って来た。
「半蔵、件の新種の麻薬だが研究の結果が出たぞ」
「おおっ‼︎やっとか‼︎」
「結論から言うと何処にでもある雑草の突然変異だ」
「突然変異?そんな都合の良い事がそうそう起こるか?」
「それが偶然って訳じゃ無さそうだ。ここまでの変異が起こるという事は外から相当なストレスが掛かったのだろう」
「つ、つまりどういう事だってばよ?」
「一つ心当たりがある筈だ…、雨の国の北西部、植物に突然変異が起こる程に強烈な刺激を与えた出来事…、
そう、例えば[猛毒]とかな……」
「……?………‼︎」
「気付いたか?」
「何てこった…、まさか……」
「恐らくそのまさかだ、雨の国北西部…、第一次忍界大戦の主戦場の一つ、そこでお前は何をしたか…覚えているだろう?」
「ああ、俺は岩隠れの大部隊に[雨隠れの涙]を使った……」
一弥彦宅にて一
「弥彦、居るか〜?」
「そりゃ謹慎中なんだから居るでしょう…」
半蔵は長門と共に弥彦の様子を見に家を訪ねていた。少し待つと玄関が開く。
「お早う、長門と……半蔵様⁉︎」
「ふふっ、元気そうだね。それじゃ半蔵様、ボクはこれで」
「おう、案内してくれてありがとな」
「お、おい待てよ長門、どういう事だよ‼︎」
「いや、俺から弥彦に言いたい事があったんだ長門は案内してくれただけだよ。さて、ちょっと近くの公園でも行こうか」
「いや、半蔵様。オレ今謹慎中で…」
「良いんだよ、別に」
「半蔵様は良くても角都様に見つかりでもしたら…」
「角都さんのスケジュールなんてオレが宇宙で一番知ってるよ(仕事から逃げる為)、今は大丈夫だ」
弥彦を無理矢理連行して来た半蔵は公園の椅子に腰掛け話を始める。
「弥彦、書き置き見たぞ…。皆に認めて欲しいんだってな」
「……」
「お前は誰よりも俺に憧れてくれてる。それは嬉しい、でもな、だからこそここではっきり言って置くよ、
俺になろうとするな、俺にならなくて良い」
「⁉︎」
「人なんて皆違って当たり前だ、長門には長門の良さが弥彦には弥彦の良さが、もちろん俺だって同じだ」
「だけど皆違うって言っても、長門や半蔵様みたいに何でも出来る奴とオレみたいにダメな奴に分かれるだけじゃ無いんですか‼︎」
「……あのなぁ、何でも出来る訳無いだろ。例えば俺は傀儡を操る才能はさっぱりだ、作るのは得意なんだがな…、それに比べて弥彦はすごい上手いじゃねーか」
「だけどオレは失敗してばっかりだし…」
「俺だって失敗だらけだっつーの、こないだの一件に関しても、元を正せば全部俺が原因だったんだぜ?」
「長門はどうなんですか‼︎ずっと一緒だと思ってたのにオレ、急に置いて行かれたみたいで…」
「長門にだってこれから出来ない事が見えてくるさ、長門に足りない所、小南に足りない所、それをお前が補ってやるんだ。お前の足りない所は逆に補って貰え、俺だってそうして来た。お前は俺の事を完璧だと思っているみたいだが、そんな事は無い。皆で支え合って生きて行くんだ。それが人間ってもんだよ」
「半蔵様……」
「まあ、納得出来ないならこれから自分なりに答えを見つけてみろよ。そうしたら、きっと良い人生になるぜ‼︎」
「ふふっはははっ!!半蔵様、ありがとうございます。何だか悩んでたのが馬鹿みたいです」
「そうだろう。最後にもう一つ良い事を教えてやろう」
「?」
「人という字はな支え合っていると見せ掛けて、デカイ方がチビにとてつも無い負担をかけていて一一」
「さっきまでの話は何だったんですか⁉︎」
雨のち雨の雨の国、時代も景色も変わるけど、人の弱さは変わらない、変わらないから面白い一一