遅れに遅れて申し訳ありませんでした。
空は宝石を叩いて伸ばしたかの様に真っ青に晴れ渡っていた。
通りを行く人々の顔も、どこか明るい。何だかんだと言って人は雨に濡れるのが好きではないのだ。先日までいつもの様に雨が降っていたので、良く舗装された路面は湿り気を残しており、きらきらと光をちらつかせ里に住む人々の目を喜ばせた。
近年盛んになった観光の目玉の一つである、特有の建築様式を持った背の高い建物には、巨大な横断幕が掲げられている。それが幾つも連なっているものだからそれは圧巻、この一言に尽きるであろう。
横断幕にはそれぞれ少しの違いはあるものの、内容は一様にこう書かれていた。
[木の葉隠れ開催、合同中忍試験に雨隠れが初参加]
大人達も子供達もそれを指差しながらそれぞれ噂話が絶えなかった。
これは良く晴れたある日の雨の国。第三次忍界大戦終結から七年、そして――
―独裁者、魚雨 半蔵の失脚から十二年後のある日の一幕である――
―視点 傀儡狂老人卍 一番弟子 アジサイ―
もうもうと煙を吐き出す里の外れの工場街を、紫の髪を頭の上で束ねた少女が駆けて行く。少女は山椒魚の模様が入った動き易そうな着物に身を包み、一体何に使うのであろうか、工具のはみ出した大きな風呂敷を背負っていた。
少女はまだ五歳かそこらといった所で、小さな体にその大きな風呂敷はあまりに不釣り合いに見える。何とも言えず微笑ましいその姿は、工場で働く人々にはお馴染みの光景で、日々のささやかな癒しになっていた。
人々の視線にも目もくれずそのまま里を抜けると大きな森に辿り着く。それ程離れてはいないというのに、森の空気は工場街に比べ爽やかで、少女は立ち止まり一つ大きな深呼吸をしてからまた森の奥へと駆け出した。
森の中をしばらく進むと、目的地であるこじんまりとした建物が見えてきた。
「ちょっとおくれちゃったな」
少女はそう言って一息つくといつもの様に建物に入って行った。
一階は傀儡やその部品、また何に使うのかいまいち分からない道具が散乱しており、整理だとかそういった事が苦手な人物が住んでいる事が分かる。しかし、少女はそんな部屋の雰囲気が嫌いでは無かった。何より部屋に散乱しているそれは、普通の人間が見ればガラクタにしか見えないが、見る人が見れば宝の山と言って差し支えない物の数々であり、少女はそれが分かる側の人間だった。
少女はそれらの持ち主である建物の主を探す。
「おししょうさま~どこですか~?あじさいが来ましたよ~」
そう呼びかけながら一階の部屋を一つ一つ見ていく。
「おかしいな、いないのかな?」
少女は不思議に思いながら二階に上がると、突き当たりにある寝室の扉が開いているのが目に入った。少女が部屋を覗き込むと一人の男が布団の上で窓の外を眺めていた。
髪の長い、痩せた老人である。しかし何処にでもいるとは言えないであろう、何故なら老人は見ているだけで鬱陶しそうな、仰々しいガスマスクを身に着けていた。
端から見れば完全に変質者、しかし少女はその老人を見てぱあっと顔を輝かせにわかに飛び付く。
「おししょうさまっ!!」
「うおっ!?」
少女の存在にやっと気付いた老人は驚きの声を上げた。老人は抱き付いて来た少女を見てしばらく呆然としていたが、落ち着いてきたのか少女の頭を撫でると離れる様に促した。
「突然飛び掛かって来んでくれ、驚くだろう…」
「おししょうさまのことなんかいもよんだもん」
「そうか…、最近耳が遠くてな」
少女は頬を膨らませ非難する様な視線を向ける。老人は頭を掻きながら困ったように笑った。
老人は傀儡狂老人卍と名乗り里の近くの森に住む変人で、その名(絶対に偽名だが)の通り傀儡職人をやっている。訪ねて来た少女、アジサイは昔、森で迷子になっている所を彼に助けられ、その時見た傀儡に憧れ、今では弟子として毎日の様に彼の家に通って傀儡の手ほどきを受けている(親は反対している)。
「おししょうさまったらねぼすけなんだから!!すぐしたにいこ!!きょうもいろいろおしえて!!」
「俺って一応、師匠だよな…?」
嵐の様にやって来てからのあんまりな物言いに老人はげんなりとするものの
「……?そうだよ、おししょうさまだよ?」
「……ハア…」
結局彼女の頼みは断る事は出来ない。無邪気な邪気とはこういうものか、と老人は嘆息するのであった――
――その日の分の作業を一通り終えると菓子と茶で休憩するのがお馴染みになっている。老人は、自分より遙かに年下の少女と他愛もない話をするこの時間が、言い様もなく好きだった。
「きょうもたのしかったね!!」
「ああ、そうだな…」
その日の作業の話から始まり、少女が言いたい事を全て吐き出す様に次々話題を変えていくのも、これもまたお馴染みであった。
「それでね、おかあさまったらまたおししょうさまのところにいくなって!!」
「良い母上だなあ」
「も~~!!おししょうさまもおこってよ!!」
「ちゅうにんしけんってなんなの?みんなうわさしてる、ながとさまのおかげだとか」
「木の葉でやるってのが大事なんだよ、昔の里長はそれはそれは悪~い奴で木の葉に嫌われてたから」
「わるいひとだったの…?」
「そりゃもうそれはそれは飛びっきりなあ…」
「ふ~ん……」
「どうした?」
「わたしなんかそのひときらいじゃないかも。あったことないのに、なにもしらないのに…、なんでだろ、へんだなあ……」
「……変だよ、それは」
「……むう~」
一回りも二回りも年の離れた二人は、多くの事を話して何度も笑った。家族の話、里の噂、傀儡の話。しばらくすると話題も無くなったのか、二人の間には茶を啜る音だけが響くようになった。茶と菓子が尽きると少女は少し俯きながら再び口を開く。
「……おとうさまったらまだかえってこないの…、せんそうがおわったらかえってくるっていってたのに」
「……」
「おししょうさまはどこにもいかないよね?」
「……アジサイ、ごめんな」
「おししょうさま?」
「ちょっと行かなきゃいけない所があってな…」
「どこ?すぐにかえってくるよね?」
「……そうさな、アジサイが良い子にしてたらな…」
「うん!いいこにしてるから!!すぐかえってきてね!!」
「……アジサイ…、ごめんな…もっと色々教えてやりたかったんだが…」
「……おししょうさま?へんだよ?」
「……そろそろ行かなきゃな…」
「……おししょうさま?だからどこへいくの?」
「…この国を濡らす、降り注ぐ雨の…、そのふるさとの方だ……。皆が待ってる方へ……」
「おししょうさま?なにいってるの?ねむいの?」
「……ありがとう、国よ…里よ…、そして俺の愛した人々よ…。死雨はこんなにも人として昇って逝くぞ……、ありがとう……」
「おししょうさま?おししょうさまっ!?」――
傀儡狂老人卍、改め[魚雨 半蔵] 享年八十八
良く晴れたある日の昼下がりの事であった。
[山椒魚、右往左往の雨隠れ生存記]これにて完結となります!!
今まで応援して下さりありがとうございました。
本作品は初めての投稿で、途中から投稿ペースが大幅に遅れてしまったにも関わらず、多くの高い評価、感想をいただき読者の皆様には本当に感謝の気持ちしかございません。
原作が終わってしまってもNARUTOのssは不滅です!!作者も元々読み専なのでこれからも面白いNARUTOのssに出会える事を願っております。
また感想欄で半蔵が第四次忍界大戦で穢土転生されたら、という話がありましたが正直な話、作者はリアルが忙しくなってしまい書けそうにありません……。原作キャラが沢山出てくるので作者の実力的にも難しそうです……。
どなたかが書いていただけるなら作者の許可は全くいりませんので、ご自由に創作してもらって構いません。また何人かの読者様に書いていただけたとしても、どれが正当かなどは一切決める事は無いので、気軽に書いて頂けたらなと思っております。
長くなってしまいましたが、応援本当にありがとうございました。もしかしたら次回作を書く暇が出来たり、どこか別の作品の感想欄に現れるかもしれませんので、その時はまたよろしくお願いします。