だから今回は内容薄め。
永遠の命——
有り余る富——
己を慕う人間達——
嗚呼、なんて不幸。ただ
お前が此処にいないから——
—視点 角都—
目が覚めて、心の臓が相も変わらず五倍鳴った。
体は生まれたての赤子よりも健康と言えるだろう。しかし最近は寝床から出て行くのに時間がかかる。
心が体を引き止める。そんな言葉がぴたりと合っているここ最近であった。
喉が渇いた、枕元の茶を一口飲む。昨晩煎れたものだ、寝起きの体に冷たさが心地良い。思えば茶も、あいつに勧められてから良く飲むようになったのだったな。以来、こいつは人間以上に頼もしい仕事仲間といった所だ。
「仕事…、仕事か……」
体を起こす。外行きの服装に着替え、今日も仕事場である里長塔へ、玄関を出た所でふとある事に気付いた。
「……仕事は…、辞めたんだったな…」
まったく…、自分で決めた事だろうに…。すっかり習慣になっちまってる……。
最近の事だ。あいつの死から程なくして、オレは里長の補佐を辞めた。元々、あいつとの約束でやってた事だし、長門もとっくに一人前だ。いざとなったら弥彦と小南もいる…。
……そう、もうオレがいなくても良いのだ…。
オレは何とも言えない精神的な倦怠感を体に纏わり付かせたまま、ますます巨大で豊かになって行く雨隠れの里を歩き出した。
「全く…、今のオレは世にも珍しい用事の無い角都様…、いや角都さん…か……」
通りのやかましさに当てられて、柄でも無い軽口を叩いてしまう。今のオレはその程度には無駄に気楽であり、また心地良く退屈であった。
さて、何をしようか。最近では珍しくもなく暇だぞ。屋台で菓子でも買おうか?それとも暇人らしく明るい内から酒でも飲むか?
何をするにしてもオレは顔が売れ過ぎている様で、周りから少なくはない視線を感じる。もう地位も名誉も全て置いて来たというのに…、全く…、煩わしいものだ……。
視線を避ける様に通りを少し外れた場所に腰掛ける。しかし参った事に、そこかしこから聞こえる阿呆な話し声がオレの周りから無くなりはしなかった。第三次忍界大戦が終わってからはどうも世界全体に平和な空気が漂っている様に感じる。オレの様な古い人間は平和ボケ、とも感じてしまうのだが、この里の人間に限っては安心し切ってしまうのも無理はないだろう。
もとより評判は良かったが、今の里長である長門が確固たる支持を獲得しつつあるからだ。第三次忍界大戦で見せた手腕も人々の記憶に強く残っているのだろう。もっともオレもかなり協力した訳だが。
オレはまだ早いと反対していたが、あいつは分かっていたのだろうな…、誰よりも人を殺せた死雨は、誰よりも人の弱さを愛し、誰よりも人を信じていた……。
「ハァ…、敵わねえな……」
思わず溜息が出た。らしくもない、疲れているのだろう。何かやる事は無いものか…、少し前まで自らの経験を元に政治や経済についての本を書いていたが、それも最初の数冊で飽きてしまった。評判はなかなか良かったがな……。
そんな事を考えながらしばらく歩いていると、段々と行き交う人の数が増えて来る。
失敗だ……。人混みは苦手だというのに、どうやら里の繁華街に辿り着いてしまったらしい。余りに人が多く、今更流れに逆らって抜け出す事も難しそうだ。
げんなりとした顔で流れに身を任せ歩いて行くと、にわかに足元に衝撃を感じた。足元に目を落とす。
「痛った〜、ごめんなさい…どなたか存じませんが当たっちゃったみたいで…」
足元で転んでいたのは年端もいかない小さな少女、見た目に似合わない丁寧な言葉遣いでそう言い、ぺこりと頭を下げて来る。
「オレは大丈夫だが…、お前こそ足を擦りむいてるじゃ無いか…、見せてみろ」
「はわっ⁉︎だ、大丈夫です…。私なんかに構わなくても……」
「何を言ってるんだか…、っ‼︎お前…まさか……」
顔を上げた少女、幼さを感じさせる可愛らしい表情。しかし、目を開けようとしない事以外は……。少女はすぐ側に落ちている杖を手探りで探している。
「目が…、見えないのか……」
「……」
盲目な人間というのは数多く見てきたが、本当の意味で見えないというのは珍しい。何故なら今この時代に至るまでそういった者は口減らしに殺してしまうのが、半ば常識と化していたからだ。
「はわわ、杖はどこ?」
「…ほらよ」
地面に手を這わせ落とした杖を探す少女に杖を渡してやる、無視して行っても良かったのだが、何故だが放っておけなかった。
役に立たん人間に情けを掛けるな、と今までは口を酸っぱくして言っていたのはオレだというのにな……。
「はわっ⁉︎あ、ありがとうございます」
「…それは構わん、いいから足を見せてみろ」
「そんなっ‼︎本当に私なんかに構っていただかなくても良いんです‼︎」
「…足の手当てはしてやる。だが一つだけ約束しろ、オレの前で私なんか、とか二度と言うな…、吐き気がする」
あいつが一番嫌いな言葉だ。あくまであいつがな……。
「っ…、分かりました。」
「ふん…、良いから足を出せ。全く…、こんな状態でどこへ行く気だったのだ?」
「お、お母さんに頼まれてお花屋さんに行くところだったんです」
「目が見えないのにか?」
「道は感覚で覚えてますから、いつもは何事も無く来れるんです。でも、おじさんは何故か気配がしなかったからぶつかっちゃいました……」
「…まあ良い、乗りかけた船だ。着いて行ってやる」
「いいえ‼︎本当に良いんです‼︎私なんk」
「あぁ…?」
「うっ、ごめんなさい…」
手当てを終えて花屋へ向かう。我ながら似合わない場所だと思いながら、少女を連れ店ののれんをくぐっていった。
「ここにはよく来るのか?」
「はい、色は見えなくても香りなら楽しめますから」
そう言いながら花を選ぶ少女、それは本当に[見えている]様でただ驚くばかりだ。
「おじさんはどうして気配がしないんですか?」
「…昔は忍をやっていた。その時からのクセだろうな……」
「忍!!凄い!!」
「凄くは無いだろう、忍はいくらでもいる。それにオレは金でしか動かん最低の部類だ」
「いいえ、私はこんな体だから絶対に忍にはなれませんから。もちろん目が見えたからって誰でもなれる程、簡単な物じゃないってのも分かってますけど……」
「……花は選び終わったのか?」
「あっ、はい」
「寄こせ、オレが買ってやる」
「そんなにお世話になる訳には……」
「…買ってやるからもう一度約束しろ。私なんかって絶対言うな、それともう一つ、すぐ卑屈になるのも控えろ」
「……はい、分かり…ました……」
そう言って店主のもとへ向かう。予想外の出費だな…、まあ金なら腐る程あるが……。代金を払うその時、なんとなく店の隅にある一本の花が目を引いた。緑色の花弁を飾る様に黒色の
葉が生えている。
「……店主、あれも貰えるか?」
「おお、お客さんお目が高いねえ。あの花は」
「いや、なんとなく気になっただけだ。説明は別に良い」
少女に花を渡し店を出る。少女はどこか嬉しそうな表情で、手に持った花束の香りを嗅いでいた。
「おじさん、ありがとうございました」
「約束を守るなら構わん」
「はい、絶対に約束します。それと一本嗅いだ事の無い匂いがあるんですけど、これは?」
「……サービスだ。それよりこれから時間あるか?」
「えっ、ありますけど…」
「ちょっと知り合いの所へ行く、そいつならお前の力になってくれる筈だ」
「?」
まったく…、オレはどれだけ暇なんだか……。
少女と共に騒がしい町中を抜けて行く。しばらく歩くと目的地の一軒の民家に辿り着いた。
「モミジ、いるか?」
「お~う、って角都さん!?なんや珍しいな。しかもそんな小さい子連れて…、寂し過ぎてついに他所の子誘拐して来たんか?」
「相変わらず馬鹿で安心したぞ。突然だが、こいつに感知忍術を教えてやってくれ。才能はある」
「はあ?ホンマに突然やなあ…、まあウチも暇やから構わんけど」
「はわっ、おじさん…どういう事?」
「……まあ、なんだ…
サービスだよ……」
ハア……、いつから金以外でも動く人間になっちまったんだか。
笑えるよな…、半蔵……。