山椒魚、右往左往の雨隠れ生存記   作:流浪 猿人

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 三つの話の中で、一番出来が良くね?


孤独のグルメ(偽)

 

 視点 ――魚雨 伊蔵――

 

 ご立派になられましたな!!訳(皆さま、ご機嫌よう)

 

 若がご立派にもワシとモミジに最後の一日を自由に過ごす様、命じてくださった。何と慈悲深い、これならば若がいつ家督を継いでも安心ですな!!

 

 そういえばもう継いでたか…。 

 

 ワシが木の葉で最後にする事と言えば、ズバリご当地グルメ巡りである。今回、雨の国から火の国を旅する中で深く感銘を受けた事とは、各地に根付くその地ならではの味という物だ。

 

 ワシが今まで、雨の国周辺のどれ程狭い世界で生きてきたかを痛感し、深く恥じた。

 

 里の若い世代の中には、この平和が永遠に続くと思い込んでいる者も多いが、ワシはそうは思わない。ワシの長年の勘では後二、三回は大きな戦争が起こると確信している。

 

 それまでにできるだけ多くの味を楽しまなくてはな。

 

 魚雨 伊蔵、言動に反して実は頼りになる大人の男である。伊蔵はまず、里中で旨いと評判のラーメン屋に向かう事にした。

 

 

 

 そこは、理想的であった。店の外観は里中の注目を集めるホットスポットとは思えず、お高く止まらない、庶民的な風情が漂っている。店に掛かった看板は古びた看板は曇りがちな今日の太陽に照らされ、何とも言えない雰囲気を演出していた。中から、人が出てきた。出て来た男は客の様で、満足そうな表情で腹をさすっている。

 

 やはり噂通り良い店の様だ。良く見てみると、お昼時は少し過ぎているので割かし空いている。更に先程からたまらなく良い匂いがするので、その香りに誘われる様に伊蔵は店内へと入っていった。

 

 「へい、らっしゃい!」

 「店長が一番、自信のあるラーメンを頼む」

 

 しばらく待って出て来たのは、薄い白色をした、濃厚な香りが漂うラーメンだった。

 

 「店主、これは?」

 「おう、新作でな、豚の骨を煮込んで出汁を摂ってある。まあ一口食べてみてくれ」

 

 聞き慣れない材料に訝しげな表情を浮かべながら、一口食べてみる。その瞬間、未知の味が口の中に広がった。これはやられた、今までの物とは全く違う新たな味。これは、良い。夢中になって食べ進める。

 

 喉が渇いたな。おもむろに冷たい麦茶を手に取る。未知の味に酔いしれる今のワシには、別の物を口に入れる事はおろか、手にした湯呑みの冷たさですら煩わしかったが、いざ飲んでみるとこれがまた良かった。喉の油を流しながら体に一本芯が通る様な感覚は悪く無いもので、また、一旦口の中がリセットされた事で、改めてその味を落ち着いて味わう事ができた。

 

 ああ、様するにこういう事なんだな。全部、必要なのだ。店の雰囲気から始まり、食べ物も飲み物も。五感で感じる全てが意識せずとも、一つになっている。

 

 国も、里も、同じだろう。町が村が人が一つになっている。物事の良し悪しを少数が決めて、不要な物を切り捨てる、それでいくら強いから平和だから豊かだからと言おうともそんな物は国では無い。良いと言われる物も悪いと言われる物も深い懐でもって内包していく、それが国と里の本来あるべき姿では無いだろうか。

 

 雨の国は、上手く出来ているだろうか?いや、若の国なのだ。愚問だったか。豪雨に豪雪、喧嘩っ早い民衆、危険な動物、一般に言って悪いと言われる物は多くあるが、若が強権的にどうこうしようとした事は無いし、何より雨の人間は、よく笑う。変わらずにありたい物だ。

 

 

 

 食事を終えると、店内はいつの間にか伊蔵一人となっていた。夢中になっていたので気が付かなかった様だ。

 

 客がいないのだったら、丁度良い。店主にありったけの賛辞の言葉を送りたい。ラーメンという、果てしなき味の追求の一つの完成型を確かに味わったのだから。

 

 「店主!!お主の新作のラーメンだがな、本当に素晴らしかったぞ!!」

 「当然だ!!自信作だからな!!」

 

 「ああ、完璧なラーメンだった…」

 

 店主はそれ見たかと言わんばかりの態度だったが、伊蔵が完璧だと口にした途端少し表情を曇らせた。

 

 「完璧…完璧か…」

 「どうしたのだ?」

 「いや、な~んか足りねぇんだよな。いや、何が足りないかは分かんねぇけどよ…」

 

 どうやら店主はまだ味に満足していないらしい。ワシには完璧に思えるが、まだ上があると言うことか…。そんな事、そんな事言われれば…

 

 

  是非食べてみたいでは無いか!!

 

 「良し、店主。しばし待っていろ」

 「えっ、ど、どうしたんだよ?」

 

 「お主の言う何かをワシは持っているかもしれん」

 

 

 

 しばらくして伊蔵が持って来たのは、雨の国から火の国にかけて各地で仕入れた産物だった。これだけあれば店主の琴線に触れる物もあるかもしれない。

 

 「店主!!どうだ何か思い付いたか?」

 「むう、少し待っていろ…」

 

 店主は先程までの人当たりの良い表情とは打って変わって、歴戦の忍達の様な迫力を出していた。これが、ラーメン屋の本気…、ワシの言葉など不要の様だ。やがて店主はいくつかの産物を手に取り、厨房へと入っていく。その背中に、神を見た気がした。

 

 

 

 「う」

 「う?」

 

 「旨過ぎる!!」

 

 ワシは猛烈に感動していた。まさか、これ程とは…。ふと、店主の方を見るとニヤリと笑みを浮かべていた。

 

 「いやあ、ありがとよ。あんたのおかげで理想の一品を作る事が出来た」

 「ワシは大した事はしていない。全て店主の腕だ」

 「ははっ、そこで提案なんだよ。このラーメンが出来た事はウチの新たな門出となる。きっかけをくれたあんたから店の名前を送ってくれねぇか?」

 

 むむっ、責任重大である。何が良いだろう、伊蔵はやや考えて口を開いた。

 

 「ワシの座右の銘なのだが、百戦は一楽より出づる、という言葉がある。一つの楽を知ってしまった人間はそれを奪い合って百の戦を起こすという意味なのだが、ワシの解釈は違う。忍達は機械では無い、人だ。戦いを繰り広げる忍達が心を強く保つには、一つの楽が必要なのだ。人それぞれの楽を、人それぞれの平和を守るために、誰にも理解されずとも戦う英雄達にこの店で一つの楽を与えてやって欲しい」

 「…」

 

 「店の名前は、一楽でどうだろうか?」

 

 断る理由は、無かった。店主がまさに理想として来た事だった。

 

 「分かった。一楽、だな?戦う者達に、誰であろうと、たとえ里中の人間がそいつを殺したがっていても、俺の店だけは一つの楽を与えてやる。良い、名前じゃねえか…」

 「店主、今日はありがとう。またいつか会おう…」

 

 二人の間にもう言葉は不要だった。

 

 伊蔵が店を去ろうとしたその時、何やら店の前が騒がしくなった。

 

 

 

 「ああ~っ、半蔵サマこんなとこで何してるん?」

 「お前こそ何やってんだ」

 

 「おおっ、マダラ!!奇遇だな!!」

 「はあ…、貴様こそ今まで何をやっていたのだ。柱間」

 

 「げえっ!!柱間様まで!!」

 「何かガスマスクの人連れてるし、濃いメンツどころじゃねーぞ!?」

 

 聞き慣れた声が混じっている気がする…。何はともあれ[一楽]の客、第一号。新たな門出である。

 

 

 

 「「「「「「旨っ!!!!」」」」」」

 

 


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