勝負には勝った。
しかし、現実は非情である。
周囲ではうわぁという声と、男同士の戦いじゃなかったのか卑怯だぞという声が聞こえる。
待って、それは俺が悪いということか!俺は悪くねぇ!
何故か負けた方の葉山が慰められながらよくやったな的な流れで帰っていく。
ふぅ、所詮顔か。
「まぁ、こんなもんだろ」
いつものことだと思いながら、俺はラケットを肩に担いで後ろに首を向ける。
そこには可愛らしい笑顔の女子三人組がいた。
あっ、二人と一人だった戸塚は男だもんな。
「あっ、八幡!八ー幡ー!」
俺の視線に気付いた戸塚が走り寄ってくる。
そして、そのまま俺に向かって軽く飛ぶ。
軽く飛ぶ?ちょ、危ない!
「うおっと」
「やったよ、八幡!ありがとう!」
「おい戸塚、急に抱きつくな。死ぬかと思った」
「あっ、ごめん危ないよね」
「あぁ、危うくダークサイドに落ちるところだったぜ」
お、俺に力があれば同性婚を認めさせられるのにクソッ!
腐腐腐、力が欲しいか……八幡よ。
その声は海老名さん!的な展開が一瞬脳内を駆け巡った。
ダメでしょ、その先は悲しみしか無いぞ。
クズの本懐で学んだから間違いない。
「俺だけの力じゃないさ……ダブルスだし」
「八幡……」
気づけば俺の周りには男しか居なかった。
と、戸塚とのラブコメ……だと!?
すごい、ラブコメの神様が願いを叶えてくれた。
チッ、でも材木座邪魔だなぁ。
「舌打ち、舌打ちしたでござるか!ハーチー!」
「材木座よ、聞こえますか。貴方は部室の方へ行きなさい。そこにラブコメの波動を感じる」
「何を馬鹿な……えっ、我いたらダメなん」
「もう帰るから雪ノ下達を呼んできてくれよ、ほら頼りにしてるぜ相棒」
「相棒……分かった、呼んでくる」
「チョロい」
材木座は意気揚々と部室の方へ行った。
さぁ、戸塚これでようやく二人きりだ。
「ねぇねぇ、八幡」
「おう、抱きつきながらのそれは反則だろ」
当ててんのよ、なお当てるものは存在しない。
悲しいけど、戸塚は離れた。
待って待って、顔を赤くしないで俺も恥ずかしくなるから。
俺達、友達だろ!なおこの言葉は最後の防波堤である。
「それでなんだ戸塚」
「雪ノ下さんたちって、着替えてなかったけ?」
「あっ」
フラッシュバックする、緑とピンクの下着姿。
そうか、俺がラブコメの波動を感じたのは忘れていながらどこかで覚えていたのだ。
早まるな材木座、その先は地獄だぞ。
「いぎゃぁぁぁぁぁ!?」
「材木座!?」
「あっ、待ってよ八幡!」
ラブコメの神様よ、気を効かせすぎ。
暫くボーっとしながらも、ふぉぉぉぉと叫んだ材木座。
資料が、捗る、俺のリビドーなどと謎の供述をしており女子からの冷たい視線が刺さる。
一応謝ったよ、忘れていたとはいえ行けと言ったのは俺だからな。
部室。
そこには紙が軽く擦れる音と揺れるカーテンの音だけがある。
時折、切なげに聞こえる溜息にドキッとしてしまうのは男子高校生の特有の現象だ。
静かな部室、そこに男女が二人、それだけでドキドキするほど俺も子供ではないはずだ。
だから、このドキドキは今だけの気のせいだ。
「ねぇ、タブレットで何をしているの」
「ネットの小説を読んでるんだ。今のうちに読まないと書籍化して無料で読めなくなるからな」
「紙の本にしなさい、じゃないと味気ないわ」
「……お前って躊躇いもなく人の喉笛とか切り裂きそうだな」
「どうしてそういう結論になったか話し合いましょうか、ええ」
むぅと雪ノ下が膨れていた。
お前、そういうキャラじゃないだろ。
そんな雪ノ下は俺が貸した文学少女シリーズを読んでいた。
騙されたと思って読ませた瞬間、無言で泣いた時は焦った。
お前、ちょっと鬱入ってるのとか好きだもんな。
半月とか君の膵臓が食べたいとか。
「そーいや、アイツは?」
「三浦さんたちと遊びに行くそうよ」
「馬鹿なの?死ぬの?」
「元々友達なのだし、貴方の想像するようなことは起きないわ」
いや、ネタだからマジレスされても困る。
俺の言葉に、暫く沈黙する雪ノ下。
そんな彼女は耐えきれなくなった沈黙を打破するように似たような事を聞く。
「そっちは?」
「んっ、戸塚は部活。材木座は創作活動中」
「そう」
再び沈黙、お互いに距離感が分からない感じがもどかしい。
でも、それも最初だけの事でいい経験になるだろう。
初々しいな、なんて思うのは俺がオッサンだからだろうか。
「邪魔するぞ」
「邪魔するなら帰ってー」
「あいよー……おい比企谷、先生を追い出そうとするな」
「あれ、平塚先生の声が……どこですか、先生」
「ここや、というか私はそんなに小さくない」
やれやれと言った感じで腕組みしながら睨む平塚先生がそこにいた。
もう、ダメなんだぞっ!と可愛いボイスで脳内再生余裕でした。
大丈夫、もう怖くない。むしろ、年下にしか見えなくてそこはかとなく余裕が出てきた。
「フッ」
「何故笑った、言え!」
「先生って時々子供っぽいですよね、背伸びした」
「どういうことだ、というか君のほうが子供だろ!?」
彼女が何をしにきたのか、まぁそれは分かってる。
どうせ勝負の中間発表とかそんな理由を付けて様子を見に来たんだろう。
暫く来れなかったのは、今の時期は忙しかったからだろう。
まだ忙しいはずだが、暇を見つけて見に来るところに頭が上がらない。
本当、教師としては優秀なんだよな……誰か貰ってやれよ。
「んんっ、中間発表だ。勝負は引き分けの接戦って所だな。個人的には比企谷の死を
乗り越えて雪ノ下が覚醒という流れを期待していた」
「聖帝十字陵を作る未来しか見えない」
「雪ノ下が……恐ろしい子」
「そこの二人、意味がわからないけど褒められてないのは分かりました。どこでそういう結論になったか話し合いましょうか、ええ」
落ち着け、俺は悪くねぇ!
その後、無駄な話を無駄に丁寧に話すことで、雪ノ下に北斗の拳って何と言わせた。
先生と俺の熱い布教は、人が指先一つで爆発するわけがないという正論で叩き潰された。
ファンタジーに正論とか求められても困る。
「まぁ、仲良くやってるようで安心した」
「安心したって、先生死ぬんですか」
「安心しろ比企谷、私は呪われてない」
「そうか、安心した」
「やめろぉ、安心したら死ぬぞ」
「また二人しか分からない話して……まるで意味が分からないわ」
意味不明な会話が雪ノ下を襲う。
いつか、君も運命に出会うのだ。
自分でも何言ってるかわかんねー。
そう思ってたら、雪ノ下が慌てて反論した。
「先生、撤回を求めます。この男と仲良くなることはありえません」
「比企谷そう落ち込むな、これからいい出会いがあるさ」
「先生はあったんですか?」
「グハッ!?貴様、それを言ったら戦争だぞ」
「そうか、答えは得たよ平塚先生。いい出会いは無いんですね」
「やろう、ぶっ殺してやる」
「教諭が言っていいセリフじゃない、やーめーてー」
先生のチョークスリーパーが決まる。
やめて、暴力と暴力だよ。
前者は肉体的、後者は性的な意味で俺にダメージが入る。
「まぁ冗談はこれくらいにして」
「冗談で死ぬかと思った」
「貴方、自分がすでに死んでいると気付いてないの?」
「それは俺の目が死んでると言いたいってことか」
「言えないわ、だって真実はときに人を傷付けるもの」
「言ってるじゃん」
死んでも動くとか神掛かってんな。
救世主八幡、救世の旅はボッチである。
そうか、俺は死んでも一人かよ、悲しい。
別に、ぼっちになっても構わんのだろう。
あっ、やっぱり死にそうだわ俺。
「所で比企谷、作文の再提出はどうした?」
「あっ」
「あっ?」
「雪ノ下、俺は急用を思い出した。サラダバー!」
「待て比企谷、あとさらばだの間違いだろ!」
べ、別に忘れてた訳じゃないんだからね。
まだ書いてないだけだってばよ。