「知らない天井だ」
気付けば、ネタに走っていた俺は首を傾げて痛みを覚える。
イタタタ、なんで寝違えたのか!?
横を向けば、病室が目に入った。
あー、なるほど俺ってば階段から落ちたんでした、そうでした。
にしても、病院とか学生以来だなおっちゃん泣きそうと考えていると、病室のドアが開いた。
「あっ……」
「小町……じゃない!?」
「ゴミいちゃん、何を寝ぼけてるの。私の涙も引っ込んだよ」
「いや、小町か。小町なのか?」
頭までおかしくなったの、元からかと快活な笑顔で言ってくる妹。
間違いない妹だった。
にしては、肌のハリとか身長とか声の違いから違和感を感じる。
お前、そんなに若かったけ?というか、明らかに子供じゃね、寧ろお前の娘と同じレベルと言っても良いくらいだ。
「ムチムチ?なんか、良くわかんないけど入院だって」
「安心しろ、医者がムチムチなんてセクハラ紛いの説明はしない。学校になんて説明するか」
「あぁ~ね。高校デビュー失敗だね」
「高校デビューだぁ?何言ってんだ、俺はピチピチの三十路だぞ」
「何言ってるの、お兄ちゃん15でしょ?馬鹿なの、死ぬの?」
「えっ?」
「えっ?」
何だか噛み合ってない感じに、いよいよ俺も違和感に気付く。
俺の声、なんか若くね。それに視力も良くなってる気がするし、全体的に身体が軽やかに思える。
「小町ちゃん小町ちゃん、俺はどうして入院してるんだ」
「それは犬を庇って轢かれたから、犬も心配だけど小町はお兄ちゃんも心配だよ。あっ、今の小町的にポイント高いっ!」
「ハハハ、お前将来それ黒歴史になるからな」
おいおいマジかよ、とフサフサの前髪に触れながら俺は気づいた。
どうやら、俺は過去の自分になっているらしい。
退院当日、次の日から学校に行くことになる俺は自宅で準備をしていた。
昔に使っていた携帯にガラケーかと感慨深げに懐かしんだり、レトロゲーが最新作として出ていることに懐かしんだり、お袋や親父が若いことや小町が可愛らしい姿を見て懐かしんだり、何だろう俺ってば懐かしんでばっかりだな。
「何、お兄ちゃん」
「何が?」
「何か視線が」
「何だ、目が腐ってるとでも言いたいのか。知ってた」
「そうじゃなくて……孫を見るお爺ちゃんみたいな目をしてたよ」
「……やったな、どうやら俺は将来結婚するらしい」
勘の良い妹は……嫌いじゃないな、うん。
小町の懐疑的な視線に晒されながら、俺は今後の事を考える。
激しい喜びはいらない……そのかわり、深い絶望もない……植物の心のような人生を……ダメだ殺人鬼になる未来しか無い。
まぁ、冗談はさて置き健康とキャリアアップは大事だ。
若い頃の生活習慣は、後々負債となって積み重なってくる。
健康診断、判定、再検査、入院、うっ、頭が……因みにハゲもやってくる。
筋トレと食事を変えよう、それと勉強もな。
ラーメンとか糖質ヤバイ、本当に平塚先生はどうやってあのスタイルを維持していたのか。
社会人になって、勉強しておけばと思う場面はそんなになかったけど、就職の時に勉強しておけばと思う場面はたくさんあったからな。
健康だけでなく勉強もしておこう。
「MAXコーヒーは、たまににしよう」
「えっ、お兄ちゃん大丈夫?平気なの?」
「おい妹よ、流石の兄も怒るぞ、そんなに変か?」
「変だよ、いつも変だけど……あうっ」
この野郎と、消しゴム飛ばしで相手を絶対落とす勢い、つまり全力のデコピンを御見舞してやった。
まぁ、そんなこんなで時間を潰しているとインターホンが鳴った。
誰だよ、アマゾン頼んだの。小町か、小町しかいないな。
「お兄ちゃん、誰か来たよ」
「妹よ、俺に行けと?」
「もぉ、そう言って立ち上がってるお兄ちゃんってば捻デレてるぅ~」
「あったま悪そうな単語を作るんじゃない、行ってくる」
なんだかんだ小町に甘いのは治しようがないようだった。
人生は苦くて辛いのだから、妹くらい甘くていい。
名言っぽい事を考えたけど、ないな。八幡的に、ポイント低いわ。
学校に入学して、まぁ相も変わらず俺はぼっちだった。
ただ思うのは、授業中に教師の話を聞いていると工夫してる点や、お前教科書そのまま読んで手抜いてるじゃねぇとか、アシストが下手過ぎて生徒が困ってるだろとか、そのまとめ方良く出来てるなとか、なんか教師目線で見てしまう。
特に平塚先生の授業なんか、同じ国語教師として洗練されてると思ってしまう。
滲み出る生徒への気遣い、なんでこの人彼氏とか居ないんだろ誰か貰ってやれよ。
「はい、それでは君達の文章力を試すようで悪いが高校生活を振り返ってというテーマで作文を作ってくれ。まぁ、中学生の時にも似たような事をやっているだろうから、これを気に自分を見つめ直して抱負など考えてくれたまえ。提出は――」
あぁ、そう言えばそんな事もあったなと平塚先生の言葉を聞く。
作文、それは俺が奉仕部に入る切っ掛けになった物。
今考えるとアレはこじつけで先生なりの生活指導だったんだろうな。
そんなに、俺ってばヤバそうに見えるんだろうか。
俺なんかコミュ障に先生って親近感湧いて話しやすいって人気なのに、親近感抱かれるほどコミュ障とか社会人として終わってたわ。
作文に関して言えば、まぁ俺は高校生活を振り返って真面目な事を書いた。
さぁ、俺の作文の何に不満があるのか言ってみろ。
そんな俺の前に国語教師である平塚静は青筋をたてながら悩ましげな声を出した。
悩んでるんだろうが、ちょっとエロい。
「なぁ、比企谷。私が出した課題はなんだったかな」
「高校生活を振り返ってという、生徒達にまず自分の今までの生活態度を見つめ直させて、これから中弛みになる期間に進学の事を意識させるテーマだったと思います」
「いや、そういうことを言いたいわけじゃないんだよ。私が言いたいのはなんで筋トレとか食事改善した話とか、教師に対して教え方の上手い下手の評論をしているかということなんだよ。何目線、君は教師なのかな?仕事も覚えてきたベテラン教師目線なのかな?」
「おっと、そんなに褒めないでくださいよ」
「褒めてない、先生褒めてないよ」
もーと言いながら髪を掻き上げる平塚先生。
若いなぁ、普通にストライクゾーンに入るレベルだ。
……ハッ、俺は何を!?これが、精神が身体に引っ張られるという転生者特有の副作用とでも言うのか。
「痛てっ」
「ボーっとするな、話を聞け」
「すいません書き直します。つきましては、問題点がどこかなどを」
「君と話していると生徒と話している気分じゃなくなる」
うんざりと身体で表現した平塚先生ははちきれんばかりの胸元からセブンスターの銘柄を取り出す。
あぁ、そう言えば吸ってたな。将来、喫煙が問題視されて嘆いていたっけ。
おっと、っていうかダメだろ。
「あっ、何をする」
「平塚先生、教師が生徒を見るように生徒もまた教師を見ています。喫煙するなとは言いませんが、多感な時期の学生への影響も考えてのTPOという配慮が必要じゃないですかね」
「うぇっ!?……あっ、はい」
シュンとしながら、タバコを受け取ってしまっちゃう平塚先生。
おっと、いかんいかん新米教師にお説教するように思わず反応してしまった。
あの後、くっそウゼェわあのハゲとか言われてPTAから苦情が来たら見捨ててやろうと思った新米教師を思い出したわ。
俺、間違ってないのにツイッターで呟くとか裏垢特定してんだからな、ふざけんなよ。
いかんいかん、嫌な事を思い出したぜ。
「と、所で君は部活をやってなかったよな」
「部活はやってないですし、友達も先生の見立て通りいませんよ。彼女は募集中で、生活指導として人と関わらせる必要はないです。そんなもの、嫌でも将来関わるってのが社会ですし」
「君は……エスパーなのか?いや、そうはいかない。私は君に怒られて傷付いたので罰を与えます、奉仕部で活動しなさい」
「えぇ……」
世界は、俺に逃げるという選択肢を与えてはくれないようだった。
これがシュタインズゲートの選択というのか。