椅子に深く座り込み、どうするか思案する。
学生の身分でなければ、俺はここで胸元からタバコを取り出し火を点けて、深く紫煙を吸い込んだことだろう。
そして、思い切り咳き込んでしまうのだ。咳き込むのかよ、様にならねぇなぁ。
「まず、前提条件なんだがそれは奉仕部の仕事だろうか?」
「……どういう意味か、聞かせてくれるかなヒキ……ガヤ君」
おい、お前、おい。
今、間違えそうになったよな。
「生徒自身が気付くほどクラスの雰囲気が悪いならそれは生徒だけの問題じゃない。自分一人で解決しようとせず他人に頼ろうとすることは評価するが、相談する相手を間違っていると俺は思うよ」
「先生に言えってことかい?でも、こんなこと」
「その先の言葉は何だ?先生に言うほどのことじゃないか、それとも教師は頼りにならないか。まぁ、それも一つの考えだろう。お前が羞恥心や告げ口のように感じて口にしない訳ではないのなら、だけどな」
俺の発言に、何やら咎めるような鋭い視線が雪ノ下から注がれる。
うむ、今回ばかりは厳しすぎたかと思ったが、少なくともそれほど間違ったことも言ってないと思う。
というか、問題だと思っているようだが問題でもなんでも無い。
担任だって馬鹿じゃないんだから、クラスのグループなんて見たら分かるし、それぞれの関係性を見える範囲でなら把握できる。
そして、班分けなんて問題はよくあることに過ぎない。
お前は、体育の時間で何を学んだのか。
いつだってペアは先生だったじゃないか、えっ俺だけ?
「一理あるとしても、それは奉仕部として仕事を受けないという話にはならないのよ。だって、なんだか力不足を認めるようじゃない。」
「力のない正義は反対されるんだ、俺みたいな悪いやつにな」
「あら、でも正義のない力はただの圧政なのよ?それに、私は誰かがパスカルを引用したら用心するべきと学んでいるのよ」
「その先にあるのは、暴力を唯一の理性と教義にした世界だとしても俺は驚かないだろう」
「……なんか、難しいこと知ってるよね、ゆきのんとヒッキーってすごいねー」
俺と雪ノ下の茶番をポカンとしながら由比ヶ浜が褒め称えた。
自然と俺と雪ノ下の視線がお互いの顔を見て、すぐに目線を反らした。
俺も赤くなっているだろうが、お前も赤くなってるじゃないか。
ええい、やめろ、その無邪気な尊敬の顔を俺達に向けるんじゃあないぜぇ。
さて、ここで俺は頑なに教師への相談を選択肢として出すべきだろうか。
葉山の性格なのか、あまり事を大きくしたくないという考えが滲み出ている。
分かるけどね、でもそういうのって大きくなってから報告される方が困るからね。
クラスの雰囲気が悪くなってるのは知ってたけれど、何か起きたわけじゃなかったのに急に不登校やイジメがあったんじゃないかって困りますとかいう奴ね。
担任なのに当事者意識がなくて、よくよく聞いてたら細かいサインを出してたけどそれを取り合ってなかったみたいな。
まぁ、人の悪意を知らない純真なのタイプかやる気のない日和見なタイプだと思うけどね。
「つまり、事態の収拾を図ればいいのね」
「まぁ、そういうことだね」
「では犯人を搜すしかないわね」
「うん、よろし、えっ!?あれ、何でそうなるの?」
雪ノ下の言葉に葉山が一瞬驚いた顔を見せるが、次の瞬間には微笑む雪ノ下に意図を問う。
雪ノ下は微笑を浮かべながら、有り難い啓示を述べるかのように話し始めた
「問題の原因などどうでもいいのよ。大切なのは解決策とこれからどうしたいか」
「そ、それは丸く収めて前みたいにしたいさ」
「悪意をバラ撒く加害者を擁護して、そして被害者も救いたい。自分は矢面に立たず綺麗なままでいたい。貴方が決断できないのは欲望が大きすぎるからじゃないかしら?」
ハッ、と鼻で笑う雪ノ下。
どうした、お前そういうキャラじゃないだろ。
「やけに噛み付くじゃないか。お前、葉山のこと嫌いなの?」
「いいえ、チェーンメールという人の尊厳を踏みにじる最低の行為に憤りを感じているのよ。あれは誹謗中傷の限りを尽くす。悪意を拡散させるのが悪意ではなく好奇心や善意を利用して、吐き気を催す邪悪とは何も知らぬ無知なる者を利用する事よ、自分の利益だけのために利用するっていうね!ソースは私よ!」
お前の話かよ。
あと、お前たぶんだけど、最近ジョジョ見たよね。
何が言いたいか理由はもちろんお分かりですよね。
今までの態度は八つ当たりめいた所業であった、あからさまに八つ当たりだった。
八幡は訝しんだ。
「とにかくそんな人間は確実に滅ぼすべきだわ。例えトイレに逃げ込んでも追い詰めて殺すわ」
「怖いよ、あと怖い、八幡耐えられない」
「あっ、テレビでみた。ロシアだよね」
「由比ヶ浜、空気読んで。もうあの女ツンデレじゃないよ、ツンドラだよ、視線が絶対零度だよ」
俺はこおりタイプじゃないから、普通に死ぬ。
なんだろう、悪・ゴーストタイプかな。
道連れとか覚えそう、あと悪巧み。
「私は犯人を搜すわ。そして一言言うだけでぱたりと止むと思う。その後どうするかは貴方の裁量、構わないかしら?」
「……あぁ、それでいいよ」
葉山は観念したように苦笑いで承諾した。
実際、匿名でメールを用いているのは正体が露見するのを恐れているからだ。
メールとか今は使ってなくて、ほとんどラインだもんな。
メアドを変えたところで……あぁ、いや、今はガラケーやメールがまだ主流なのか。
まぁ、何にせよ犯人を見つければ万々歳だ。
「ところで、比企谷君はどうやらこの事件の原因がお分かりのようですけど。もしかして犯人?」
「刑事さん、なかなか面白い推理ですね。ですがその推理には欠陥があります」
「ほぉ、欠陥とは?」
「俺はクラスで男子の連絡先は材木座しか知らないんだ!」
「あれ、さいちゃんは?」
「お前、戸塚は戸塚だろ何いってんだよ」
「そっか、うん?でも、あれー?」
「そうよ由比ヶ浜さん、さいちゃん、つまりちゃんと言うことは男性ではないのよ」
「なるほ、うーん?あれー?」
知恵熱を出しそうなほど、お目目グルグルな由比ヶ浜は置いといて俺の完璧なアリバイは雪ノ下の追求を躱すことに成功していた。
まったく、もし疑われたままならこのまま俺が犯人を搜すというシャーロック・ホームズ展開になっていた。
頭脳はオッサン、身体は高校生、その名もボッチ探偵八幡のスタートである、誰も見なさそう。
「葉山には縁がないことだろうし、他人に興味がない雪ノ下には分からないだろうが、人の顔を伺ったりする人間は一定数いて群れずには生きていけないんだ。まぁ、俺は違うからな。むしろ噛み殺すよ、群れとかね」
「群れ……群れたくても群れられない、友達がいないだけでは?」
「馬鹿、お前アレだよ、友達とか作ると人間強度が下がるから」
「フッ、つまり職場見学のグループ分けね」
雪ノ下が勝ち誇ったような顔をした。
そして、チラッと由比ヶ浜を見て、少しだけ笑みを深めた。
何だお前、その勝ち誇ったような顔は、馬鹿野郎お前勝つぞ俺は!
材木座とか……アレを友達とは認めたくはないな、まぁ友達かな?
「あー、こういうイベントごとのグループ分けはその後の関係性に関わるからね。ナイーブになる人もいるかも」
「どうせ卒業しても関わるやつなんていないからな、ソースは俺だ」
「あぁ、小学校や中学の友人って高校生になったら会わないものね」
「「えっ?」」
「「えっ?」」
何言ってるのと言う声が、葉山と由比ヶ浜から漏れた。
俺と雪ノ下からも、漏れた。
やめよう、この話は誰も幸せにはならない。
「は、犯人分かっちゃったかも!」
「ほう、ラブ探偵由比ヶ浜の出番かな。IQ3で任せられるかな」
「はぁ、IQ300くらいあるし!」
「知能指数が低めな会話に頭痛がしてきそうだわ」
それから由比ヶ浜は犯人は被害者の三人の中にいると言った。
まぁ、動機から考えるとしたらそうだよね。
結局、犯人は分からなかったけどな。
前回は三人組を作らせたんだっけ、思い出してきた。
「とりあえず、三人の中に犯人がいると見てまず間違いないわね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ俺はアイツらの中に犯人がいると思いたくない。それにそれぞれを悪く言うメールだし、違うんじゃないか」
「じゃあアレだ、全員犯人だ」
「一人ずつ呼び出して、犯人として脅してみる?それで終わったら、その人が犯人だわ」
「怖いよ、やり方がマフィアじゃん。ドン・雪ノ下じゃん」
「も、もうちょっと穏便にさ」
「もう、文句ばかり。困った人ね」
雪ノ下は可愛らしく怒ったような仕草をした、まぁ言ってることは怖いけどね。
しかし、全員を脅すというのは良い案だ。
「俺にいい案がある」
「失敗しそう」
「ねぇ、どうしてやる気を削ぐようなこと言うの、ねぇ」
「良いでしょう、許可します」
「独裁政権かよ、言われなくてもやるけどさ」
由比ヶ浜の疑いの目線と失敗したら分かるよなという雪ノ下の視線の下、俺はスマホを取り出してメールを作成した。
後日談、チェーンメールという悪意は最も大きな悪意によって無残にも消え去った。
それは新しいチェーンメールである。
『あなたを名誉毀損と脅迫罪で訴えます!理由はもちろんお分かりですね?あなたが皆をこんなチェーンメールで騙し、人の尊厳を破壊したからです!覚悟の準備をしておいて下さい。IPアドレスから特定することは携帯会社を通せば可能です。つまり、警察が動けば誰が犯人か特定できます。これ以上問題が悪化するようなら教師にも訴えます。裁判も起こします。裁判所にも問答無用できてもらいます。慰謝料の準備もしておいて下さい!貴方は犯罪者です!刑務所にぶち込まれる楽しみにしておいて下さい!いいですね!あと捜査に協力しないと貴方もブチ込みます。少なくとも二人以上は転送して下さい!いいですね!』
なんともふざけた、俺なら笑ってしまうような内容だが社会も出たこと無い高校生には効果覿面だった。
エロサイトの架空請求かよと無視すればいいのに、小心者なのかその日からチェーンメールはなくなった。
というか、こっちのチェーンメールのほうが面白かったのか広まった。
葉山は結局、有耶無耶になった末にじゃんけんでメンバーの中から選んだ戸部と組んだ。
そして、戸部以外の二人と同じ職場を見学するという事をした。
教師の三人までのグループで見学というルールを利用して、二人ずつで同じ場所に行くという方法を生み出したのだ。
そして、他の生徒は黒板の名前から同じ職場を希望して、なんだかんだで集団で職場見学という事になっていた。
うん、最初から班分けの意味なくね?
まぁ、何にせよ解決であった。
「ねぇ、犯人も分からないのにどうやって訴えるのかしら?」
「…………」
「フッ、お可愛いこと」
「貴様、見ているな!俺の単行本、見ているな!」