奉仕部に向かう道中など、道案内などなくても行けるので暇で仕方なかった。
記憶の中では荷物置き場となっている空き教室を思い出しつつ、学生時代に思いを馳せる。
やっべ、今がその時だったわ。
「所で先生、今ってどのくらいワンピース進んでるんでしたっけ」
「おい、どうして教師との会話が漫画なんだ。まぁ、読んでるが……因みに、今は空島に来てる頃だ」
「あぁ、懐かしい。エネルが強キャラ感出してる頃でしたね、それで覇気が伏線として出て来る」
「覇気?なんだそれ、どこ情報だ?確かにエネルがなんか気配を感じていたが、それのことを言ってるのか?まったく、ワンピースは人気漫画だからな。ネットでは色々な憶測での話が出てくるが鵜呑みにしてはダメだぞ」
「ネットの海は広大だわ」
奇しくもネタバレしてしまった事に後悔を感じつつ、先生とワンピースについて話しをしながら部室に向かう。
部室はなんの変哲もない空き教室、今まで思い出が詰まっていた場所、これから思い出が詰められる場所。
俺の中で忘れることの出来ない三年間があった場所だ。
ただ教室の場所を表すプレートにはシールは貼られていない。
由比ヶ浜が、確かシール貼ってたんだよな。
それを雪ノ下が見つけて注意してたか、懐かしい。
俺が懐かしんでいると、無遠慮に平塚先生がドアを開ける。
俺はついつい癖になってしまっているのか人がいる場所に入る時はノックしてから入るのだが、平塚先生にはそういう習慣がないようだった。
教室は伽藍としていて、何もないように見えるくらい殺風景だ。
あるのは積み上げられた机と椅子、それと一人の女の子だ。
日差しの差し込む、国語教師として訂正するならば斜陽とでも形容すべき景色の中で本を読んでいた手を止める少女が一人いる。
黒い髪が風に流され、光沢のある髪から反射した光が目に入り美しさを演出している。
そっと髪を押さえる指は白くて細くて、手荒れ一つ無い女の子の指先だ。
まるで絵画染みた姿に、不覚にも見惚れてしまう。
顔立ちはスッキリとしているが、どこか柔らかそうで丸っこい。
綺麗だと思っていたが、この頃はまだ幼さがあり子供なんだと再認識させられる。
未来の雪ノ下はゾッとするほど綺麗になって、綺麗を通り越して寒気を覚える程の美人だったからな。
視線で人を凍りつかせるくらい出来そうな程の美人だ。
まぁ、その美貌も相まって注意する度に新人が泣くことから、鬼の部長と呼ばれる未来が待ち受けているのだが割愛しよう。
「平塚先生、入る時はノックをとお願いしていたはずですが」
「ノックしても返事をした試しが無いじゃないか」
「それは、先生が返事をする間もなく入ってくるからですよ」
久しぶりに聞いた声も、随分とまぁ違うものだ。
女子も声変わりってするんだね、幼さを声からも感じるとは……何だろうアイドルだと思ってたら妹のような声だったと言うくらい違う。
さすはちって言っても良いんだぜ、誰だお前こんなキャラじゃなかったろ八幡は錯乱している。
「ところで、そのぬぼーっとした人は?」
雪ノ下の視線が俺を射抜く。
怖い怖い、お前の顔に慣れてる俺でもドキって来るわ。
これは恋?違います、緊張です。
目と目が合う瞬間、好きだと気付いたのは大体勘違いだから。
ソースは俺、男子高校生は勘違いする生物、しやすいではなくする、ここテスト出るからな。
さて、俺はこの少女を知っている。
というか誰でも知っている、頭一つ飛び抜けた特進クラスとでも他の学校では言いそうな、進学校に有りがちな学力が著しく高いクラスに在籍している子達の中で、彼女は容姿も優れているからだ。
国際教養科という偏差値高めのクラス、頭がいい。
でもってお前何なの、芸能人なのというレベルの可愛さ、見た目がいい。
なお、それは本人が当たり前だと思ってやっているスキンケアなどの結果だったりする訳だがな。
さらに定期テストでは常に総合点学年一位をキープする成績優秀者、なお国語だけは俺が一位、勝った第三話完。
つまり、有名になる項目が多すぎるので誰もが知ってるのだ、QED証明終了。
「彼は比企谷、入部希望者だ」
「なんですか、そのコナンくんみたいな紹介の仕方。というか、入部希望者って、希望はしてないんですけど、寧ろ絶望してるんですけど」
「というわけで、見れば分かるが非常に彼は面倒くさい性格をしている。性根も根性も腐っている」
「西尾維新みたいなこと言いながら結局貶してるんですが、話聞けよ」
コツンと小突きながら紹介する平塚先生に抗議の声を上げる。
腰に手を当てて人を小突くんじゃないよ、スタイルいいなオイ。
思春期の男子特有の気安いスキンシップにドギマギする現象が起きていた。
「私からは、彼の捻くれた孤独体質の更生を依頼したい」
「それなら、先生が殴るなり蹴るなりして躾ければいいと思うんですけど」
「私だって出来るならそうしたいが最近は小うるさくてな」
「先生、今は良いですけど精神の暴力も許されてませんからね。ハラスメントと騒がれる時代が来ますよ。具体的には十年後、世はまさにハラスメント時代」
すぐにセクハラだ、パワハラだの言って来るんだから。
先生がスカートの短さを注意した、セクハラですって親が来るんだから。
ばっか、お前、学校の規定では短いのダメなの長くしろって言ったの。
なんで、短くしろって言った訳じゃないのに親が来るんだよ、逆に短くした方がいいのかよ最高じゃねぇか。
「視線だけでセクハラ、手伝いを頼めばパワハラ、もう受験の時期だからと言えばエイジスハラスメント」
「ひ、比企谷?おーい」
「挙句、親が出てくるって何だよ。じゃあ、自宅学習させろよ、親の顔より見てるんだぞこっちは……」
……ハッ、なんか二人がキョトンとした顔で見ている。
オイやめろ、そんな可哀想な目で見るんじゃない。
育毛剤を使ってるのを見た小町と同じ目をしやがって、ちくしょーめ!
「最近思うんだが、誰目線なんだ。君の考えてることが先生、ちょっと分からないんだが……いやまぁいい」
「良くないです先生、身の危険を……これはモラルハラスメントになるのかしら?」
「なんだ君達、ひょっとして似た者同士なのか?学生が深く考えるのはやめて、取り敢えずで喋ってみることも大事だと思うぞ」
なるほど、コミュニケーションは大事だ。
ただし、コミュ障同士のコミュニケーションはバッドコミュニケーションだ。
平塚先生はその後、俺が自己保身とかリスクとリターンの考えられる人間だとか、まぁ小悪党とか言って雪ノ下を説得した。
それで納得する方もどうかと思うが、今にして思えば納得したのではなく納得した事にして一緒にいることを選んだということだろう。
俺は既に知ってるが、彼女は俺が事故の事を知っているということを知らないわけで、つまり関わりを持つべきか持たざるべきか葛藤があったんじゃないかと、こういう光景を目にして思い至ったりした。
勝手知ったる教室、平塚先生の計らいで二人きりにされたが、プロの独身である俺は別にラブコメ展開とか感じて緊張しない、本当だよ。八幡、緊張、しない。
こんな経験、何度だってあるんだからな。
放課後、二人きりの職員室。
カタカタと聞こえるキーボードを叩く音、忙しそうな新米教師、勇気を出して初めての後輩に声を掛ける。
『いや手伝いとか本当に良いんで、あと彼氏いるんでそういう口実で近付かないで下さい』
あーいや、これダメな思い出じゃん。
しかも、その後彼氏がいるのに口説かれたとか変な噂が広まって校長に注意されたアレじゃん。
SNSとか、教師がやっちゃう時代怖いわ、あとそれをチェックしてる男子生徒もな。
まぁ要するに、美少女と一緒の教室になろうが最悪を想定する俺はラブコメなんて現実に起きないのである。
二度と忙しそうだからって手伝ってやろうと思うものか。
まぁ、だからと言ってコミュニケーションを取らないというわけにはいかない。
不器用なりに取ろうとして罵倒し合うのはナンセンスだ。
こちとら、毎年初対面な環境にいたんだぞ。
初対面の相手との会話の始め方くらい知っている。
こんな事もあろうかと用意していた秘策を、俺はカバンから取り出して読むことにした。
見せてやろう、これが大人のコミュニケーションだ。