聞き覚えのあるような声が聞こえた。
その声の主を見つけて俺は絶句する。
艷やかな黒髪、透き通るような白い肌、人懐っこい笑み、目の前にいるのはとんでもない美人だった。
それは人と言うにはあまりにも美しすぎた。大きく、柔らかく、重く、そして豊満すぎた。それは正に巨乳だった。
「……くっ!」
「どうした雪ノ下、悔しそうにして」
「所詮、男というのは無駄な物に目を奪われる愚かな生き物なんだわ」
「本当にどうした雪ノ下」
まぁ、誰かと言えば雪ノ下雪乃のお姉ちゃんである、陽乃さんだ。。
うわぁ、俺、この人苦手なんだよね。
卒業生なのに、ちょいちょい学校来てさ。
優等生は過去の栄光で、こんなのパリピだよ。
あーもうめちゃくちゃだよ、何度平塚先生と頭を悩ましたことか。
しかも手続きをして不審者扱い出来ない用意周到さである。
まぁ、そうならないように未来を改変……出来る気しないわ。
「こんなところでどうしたの?あっ、デートか!デートだなっ!このこのっ!」
「…………」
雪ノ下が、からかわれ始める。
鬱陶しながらも仕方ないという雰囲気じゃなくて、マジで鬱陶しいという表情だ。
あぁ、なるほど、この頃の雪ノ下はツンツンしてるから姉妹仲が冷え切ってるわけだ。
不味いですよ、嘘、姉の好感度低すぎっ。
「ねぇねぇ、あれ雪乃ちゃんの彼氏?彼氏?」
「違うわ、同級生よ」
「そうだぞ、彼氏だぞ」
「まったま……えっ?」
うお、雪ノ下が俺を睨みつけている。
姉の方も笑顔が固まって俺を凝視していた。
同時に此方に顔を向けるとか、穏やかじゃないですねぇ。
普通にホラーで怖いんだけど。
「あれ、可笑しいな?聞き間違いかな?もう一回言って欲しいな?今、なんて言ったのかな?」
「何も言ってませんけど」
「別に怒ってるとかじゃないの。初対面だし、失礼がないように聞き直したいの。貴方の言葉を聞き取れなかったのは私の落ち度だから、もう一度言ってもらえるかな?雪乃ちゃんとの関係について」
「何も言ってません」
嘘だ!とか言われない?言われそう!やだ、なんで詰め寄ってくるんだよ、小粋なジョークじゃん。
こわいこわい、耐えられない。雪乃さん、ヘルプ、ヘルプですよ~!
「か、彼氏じゃ……」
「雪ノ下ァ!」
おま、ちょ、待て待て待て、お前その反応やめろ!姉ちゃんの目、目が見開いたから!おま、ふざけんな、殺されんだろ!具体的に就職先に全部圧力かけて就職できなくするだろ、出来るんだからなこの人の人脈と金と美貌さえあったら、やめてよ!
「雪乃ちゃん。あ、パンダのパンさんじゃない」
「触らないで」
「……わ、わぁびっくりした。そ、そっか彼氏さんからのプレゼントだったのかな」
「姉さん、もういいかしら。特に用がないなら私達はもう行くけれど」
えー、そうなのと自然な動きで陽乃さんが距離を詰める。
しかし、俺も一端なので格ゲーマー、距離を取った。
おいィ?気配で間合いを読むのは常識的基本ですよ。
粘着がいつまでたってもミスって粘着で挽回して返上しようとしてるが、回避は不可避。
カカンッっと指差しで突き刺してくるが、連続直ガでカカロットと回避する。
やっぱりブロントさんは、無敵って分かんだね。
えいえいと指で頬を突こうとしてくる陽乃さんからバックステップで逃げる俺がいた。
おっと、頭の中にブロントさんがいた気がする。
不正なユニットが接続しようとしてきたからバグったかな。
てかいい匂いするなおい、シャンプーとボディソープ高いの使ってんのか。
「ほれほれ言っちゃえよ。いつから付き合ってんだよ」
揺れる、右左右左上上下下、くそ熟練の格ゲーマ―である俺でなきゃ見逃しちゃうね。次の一瞬を見逃せない、それほどの――。
「比企谷くん」
「……はい」
「どこを見ているの、私の目を見なさい」
「…………」
やべぇ、地を這うような低い声が聞こえる。
これホラーで振り向いちゃいけないあれと一緒だよ。
比企谷、上、上、って観客席から声が聞こえるやつだよ。
雪ノ下の顔が見れない、見たら死ぬってわかってるからな。
「姉さんもいい加減にしてちょうだい」
「あっ、ごめん、ちょっと調子に乗りすぎたかも」
そう言って陽乃さんは腕を胸の下に入れて組んだ。
組んだ腕の上には胸がずっしりと乗っている。
姉妹仲が悪いのはこういう無意識なマウントのせいではないでしょうか。
いや、どこのマウントとは言わないけどね。
俺、それ、ホライゾンでしか見たこと無いよ、やっぱ姉キャラはエロいのか。
「ねぇねぇ、私、今、嫌がられることしちゃったかな?」
「そうですね、不用意に近付かれると嫌ですね。プロの独身なんで、財産目当てか警戒します」
「プロなんだ」
「おっと、そのへんの高校生なら通用するかもしれませんが、俺は指名客にはならないんでどうして勝てなかったか明日までに考えて下さい」
「やだ、比企谷くん、おもしろーい」
ハハハと笑う陽乃、しかしその目はキャバ嬢の如く澄み切って俯瞰で見ている。
貼り付けられた笑顔、ヒューキャバクラ通いしていた俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。
そうなんだよ、完璧なこの人は雪ノ下と真逆の性格をしている。
外面は誰かの理想で、理想的すぎて憧憬を抱かせて、そして誰にも理解されないし、させない。
いつか天に立つとか言って親父の会社乗っ取ったりしそうだよなこの人。
でもね、と声音がガラリと変わって真剣な物になる。
「せっかくの青春だけど、ハメ外しちゃダメよ」
そのまま踵を返し、すれ違う際に雪ノ下に何やら囁く。
「……別に、姉さんには関係のないことよ」
「そっか、そうだね。お姉ちゃんには関係ないね」
声は聞き取れなかったが、あの母親のことなんだろうな。
一人暮らしのこととか、そんなんだろ。
高校生で一人暮らしとかラノベの世界の住人かよ。
陽乃さんは向き直って、ピースを作って目元に持ってきて、うわグラビアとかにありそうみたいなポーズで快活な笑顔を向けてきた。
「比企谷くん、雪乃ちゃんの彼氏になったら改めてお茶、行こうね。じゃ、またね!」
「あぁ、そいつは素敵だな。本当に素敵だ」
そして姉の頭を射殺する雪ノ下……そうなっても可笑しくないくらい睨みつけていた。
まぁ、そんなこともなく最後にぱあっと華やぐような笑顔を浮かべてばいばいと去っていった。
うん、相変わらずコミュ力つよつよである、何なのペルソナ使いなの?
「相変わらず、お前の姉ちゃんすげぇな……」
「姉に会った人は……どこかで会ったことがあるの?」
「あっ、いや、あれだ。どこかで会ったことがあるような距離感だなと」
「ええ。容姿端麗、成績最高、文武両道、多芸多才、およそ人間として完璧な存在もいないでしょう」
「正直、あの外面は苦手だ」
「……驚いたわ。腐った目でも、いえ腐ってるからこそ見抜けるのかしら」
「ハハ、ワロス。DHA豊富そうだな」
知ってる知ってる。
お前の知らない姉ちゃんをお前の知らない俺が知ってるんだわ。
根深い家庭内の溝とかもな。
まぁ、拗らせてるからなコイツ。
「あの人にとってお前は過去でも、お前にとっては未来なんだ。未来なら変えられるんだぞ」
「なんだか、含蓄のある言葉ね」
「因みに、今のはニチアサの仮面ライダーの台詞だ」
「私の感動を返してちょうだい」
それから俺達は一言も話すことなく家路へと着いた。
俺から話しかけることはないし、雪ノ下から話しかけることもなかった。
「私、こっちだから」
「ああ。じゃあ」
そう答えて、俺は駅を後にしようとした。
「今日は楽しかったわ、それじゃ」
思わず自分の耳を疑い、振り向いたが雪ノ下はもう歩きだしている。
結局、それは聞き間違いなのかどうか俺に確かべる術はなかった。