八幡は逃げ出そうとした、しかし回り込まれてしまった。
「知らなかったのか、学生は教師から逃げられない」
ホームルームを終えて教室から出た瞬間、待ち構えていた平塚先生に捕まってしまった。
襟首を掴まれて、連行。
まるで、他人の家に来た飼い猫のようである。
借りてきた猫状態、なおウチの猫は借りてきてないのに大人しい。
「どうせ暇だろ、部活の時間だ」
「いや、俺ってば多忙ですから。多忙すぎて過労死するレベル」
「嘘を言うな、家に帰ってもやることないだろ」
「いや、マジでやることありますって試験勉強とか」
「試験?テスト期間はまだ先だが」
「現代用語能力検定、語彙・読解力検定、国語力検定、諺能力検定試験・ことわざ検定、作文・小論文検定
実用日本語検定、語彙力検定、その他諸々、簿記とか色々」
「な、なんだその、これだけやってるんだぞアピール。よくそれだけ覚えられたな、資格の種類」
いやマジだって、ユーキャンとかやってるから。
レベル上げ楽しいって感じでやりこんでるから。
君は、国語教師になりやすい資格ばっかり狙うフレンズなんだねって言われるレベルだから。
べ、別に暇すぎて時間潰しでやってる訳じゃないんだからね。
半分は勉強しないでも何となくで合格出来たし、腐っても現国教師だしな元から持ってた。
「今度から逃げたら三年で卒業できると思わないほうが良いぞ」
「そしたらずっと平塚先生と一緒ですね」
「なっ……」
歩いていたら首を後ろに引っ張られる。
うげっ、急に立ち止まってどうしたんですか平塚先生。
首締まるから、締まっちゃうから、比企谷から比企カエルになっちゃうから。
あっ、トラウマが……鬱だ、死のう。
「どうしたんですか、平塚先生」
「はぁ……君という奴は、まったく」
「お、おう。ち、近っ……」
平塚先生が俺の関節を極める。
この距離は、見ようと思えば同伴したキャバ嬢のようだった。
なお、現実のキャバ嬢は手も握らしてくれない子もいる。
殆どっていうか、俺は腕を組んでくれる子とまだ同伴したことはない。
違うのは他にもあるが、金は払ってないし、関節は極まってるし、胸が当たってるけどウキウキしてないことぐらいか。
本当だよ、八幡ウキウキしてない、インディアン嘘つかない。
「あの、別に逃げたりしないので大丈夫ですよ。こんなの誰かに見られたら」
「そう寂しいことを言うな、私が一緒にいきたいのだよ」
あっ、そうか今は教師じゃないから別に変な噂が立ってもいいのか。
いや、良くないだろ八幡、生徒と先生とか何それ燃える!燃えちゃうのかよ、燃えるのは間違いなくSNSだよ。
上手いこと言ったな、八幡的にポイント高い。
「君を逃して歯噛みするくらいなら、心理的ストレスが少ない方がいい」
「おい、俺の三分の一の純情を返せ」
「壊れるほど愛するとか、君はどこの獣殿だよ」
怒りの日、知ってるのかよと思わずびっくりする。
やっぱ、趣味が男っぽいよな。
いや、どっちかっていうと中二病なんだろうか。
中二病でも結婚したいとか、そんなんだろうな。
売れる気がしないわ、誰か貰ってやれよ。
「しかし、そうかそうか。純情を返せとか少しは可愛げがあったんだな」
「いやまぁ、世間一般で言えば先生はまだ若いですし綺麗ですからね。それに、今までの人生の中で数えるウチに入るくらい女性と距離が近いですし、それに俺先生の事は特別に思ってますから」
国語教師やって、偉大さが改めて分かるからな。
国語教師って添削とか文章書く仕事とか、色々と押し付けられたりするんだよな。
俺は嫌がってたけど、平塚先生は文句一つ言わないし、それを聞いたら頼られてるんだから応えてやるだけさ。
とか言って、笑ってたな。
生徒からなら分かるけど、他の教師の仕事は頼ってるではなく押し付けてるだと思うんだがそれでもやってたっけ。
などと、遠い過去を思い出してると平塚先生が俺の腕を離した。
あっ、着いた感じですか。
「ひ、比企谷……そのだな」
「じゃあ、部活行ってきます」
「えっ、あっ、そうだな。うん、それがいい」
さてと、今日も部活動に勤しみますか。
教室に入ると雪ノ下はいつもの状態で本を読んでいた。
ドアを締めて、チラっと視線を向けた雪ノ下に俺から挨拶する。
挨拶は基本、古事記にも書いてある。俺は古典も出来るのだ。
「よぉ」
「変わった挨拶ね」
「まぁ、気恥ずかしいんだよ男子高校生には」
「こんにちは、挨拶は基本よ比企谷君」
ニコッと笑顔の雪ノ下さん。
何それ可愛い、お前がナンバーワンだっ!
まぁ、女子高生の笑顔に心が癒やされるほどおじさん疲れてないからね。
テンションとかバイブスぐらいしか上がらない、なお意味は分からないけどな。
バズるって何だよ、おじさん分かんないんだが……この時代にはまだ無かったか。
「あれだけこっ酷く言われたら二度と来ないと思うんだけど……マゾなの?」
「ちげぇよ、ストーカーでもないからな」
「私の発言を先回り、ハイスペックなストーカーね。言動まで待ち伏せするなんて」
「確かにスゴイが、俺がお前を好きみたいに言うんじゃない」
「違うの?」
小首を傾げてキョトンとする雪ノ下。
確かに可愛いが、何だろう姪を見る感じだ。
恋愛対象というには、いや行けなくはないのだが罪悪感がな。
背徳感に興奮する歳でもないんで、いや今は同い年なんだけどね。
「経験則から言ってるんだろうが、何でもかんでも経験が物を言うと思うなよ。少なくとも、世間一般の可愛いが恐怖な奴らだっているんだ」
「初めて聞いたわ、どういうことかしら」
「そりゃ嫉妬とかで色々あんだよ、俺の妻に色目使いやがってとかな」
なんで三者面談中にそんなん言われなきゃいけないんだよ、こちとら仕事中だよ。
ちょっとくらい、エロい目で見てもいいだろ人妻とか存在がエロいだろう。
だから、俺は悪くない。だって、悪くないんだから。
「安心して、貴方のそれは妄想よ。その誰かの奥さんが貴方に乗り換えることは絶対にないわ」
「安心できる要素がないし、言外にディスるな」
「だって、真実は時に残酷じゃない。さり気なさって大事だと思うわ」
「お前、然りげ無いって辞書で調べたほうが良いぞ」
「嘘、私の遠回しの気遣いが理解できたの」
「分かったお前、俺の事を馬鹿だと思ってんだな」
何なの、どこの戦場ヶ原さんなの。
毒舌とツンドラな性格と長髪って、おいおい殆ど同じじゃないか。
だが、安心しろお前に彼氏は出来ないからな。
俺はお前の未来を知ってるぞ、この野郎。
「確かに嫉妬に関しては一家言あるわ、ソースは私」
「あぁ、お前って女子に徒党を組まれて排除されるタイプだもんな」
「ぐっ……悔しい、でも反論できないわ」
だろうな、お前が昔俺に教えてくれたことだ。
意趣返しがちょっと出来たとドヤ顔になる。
雪ノ下は、鼻で笑って遠い目で語った。
「獣以下よ、排除しようとすることでしか、自分の存在意義を確かめられない哀れな人」
「雪ノ下さん、戻ってきてくれるかな。ある意味、痛い子だからね」
先生、流石の問題児に困っちゃうぞ。
今は先生じゃなかった、じゃあ困りませんね。
そっとしておこう。
「小学校の頃、上履きを隠された事があるのだけど、うち五十回は同級生の女子だったわ」
「残り十回は男子と教師と犬だろ。ロリコン教師かよ、死ねばいいのに」
「よくわかったわね、おかげで毎日上履きは持って帰ったしリコーダも持ち帰るハメになったわ」
「俺が驚くとしたら、それをすべて覚えてカウントしているお前の所業だ。怖いわ、お前には絶対デスノート渡せないね」
「そうね、人はみな完璧ではないから弱くて心が醜くて、きっと私はデスノートを手に入れたら、新世界の神になるしかないわね。変えるのよ、人ごと、この世界を」
「デスノート知ってたのかよ、あとぶっ飛びすぎだろ発想が」
まぁ、映画化してたりするし有名だからだろうか。
別に興味があったとか、そんなんじゃないよな?
コイツ、ギャルゲーだと手帳とか同級生に拾われて豹変するヒロインとかやりそうだからな。
「少なくとも、貴方のように弱さを肯定してしまう部分、嫌いだわ」
「俺はお前の強くあろうとする姿勢、嫌いだわ」
自分にも他人にも厳しいと、生き辛くて仕方ないだろう。
人は厳しさだけじゃ生きていけないんだからな。
「それじゃあ、自分も他人も辛いだけだ。辛い人生なんかより、優しい世界の方がいいだろ」
「貴方……」
「少なくとも、俺は深夜アニメを見てグロよりやっぱ百合だなって思った」
「……一瞬、カッコイイことを言ったのかと思って勘違いしたわ」
雪ノ下は頭を押さえやがった、でもってうへぇみたいな顔をした。
やっぱコイツ可愛くないわ、女子がしちゃいけない顔だろ。
現実は厳しい、そうだ二次元に生きなきゃと思うのだった。