微妙な空気を無視して、俺は料理に取り掛かる。
用意したのは売店で買ったお菓子、じゃがりこをお湯で蒸してなんちゃってポテサラ。
ベビースターと卵、キャベツ、小麦粉、その他色々を混ぜてもんじゃ焼き。
うまい棒を何本も投下、お湯で煮る、コーンポタージュ。
「……喰うか」
「ねぇ、どうして貴方は一人でそんなことをしてるのかしら?」
「男子高校生はお腹が空くんだよ、ほら男飯は男限定だから、女子はクッキー作ってなさいっての」
オレ一人でやらなくても出来るという信頼の表れが何故読み取れない。
別に、距離が近いのにドギマギするから逃避してるわけじゃないよ。
「なんか、すごいね!」
「お、おう」
「……はぁ」
まったくやれやれとでも言いたげな顔だった。
お前、実は親戚に承太郎とかいう名前の人がいたりする?いない、あっそうですか。
少なくとも一回目のクッキーは失敗してしまった。
まぁ仕方ない、由比ヶ浜の料理スキルは尋常離れしていたからな、マイナス方向にな。
「じゃ、じゃーん。見た目はアレだけど食べてみなきゃわからないよね」
「理解できないわ、どうやったらアレだけのミスを重ねる事が出来るのかしら」
由比ヶ浜が物体Xをテーブルの上に置いた。
俺も雪ノ下も、教育方針としてはやって覚えさせるという方法を取っている。
だから、今回の料理は犠牲として考えている。
たとえ溶き卵に殻が入っていようが、小麦粉がダマになろうがバターが固形で混入しようが、砂糖と塩が入れ間違えられてようが、バニラエッセンスドバドバ牛乳マシマシでも本人が気付かないならスルーだ。
もう途中から、どんなミスするか予想するくらい連発するミス。
そして、案の定時間まで失敗し見事炭素の塊が出来たわけだ。
敢えて見過ごしたミスの責任を取るために、食材を無駄にしないという信念を雪ノ下から感じる。
俺、感じちゃったからお前が食べてくれると信じてる。
「食べてみないとわからないよねー」
「悪いな、自分の料理でお腹いっぱいなんだ」
「比企谷君」
俺が自分の料理を食べようとすると、横から手を掴まれた。
えっ、なんですかやめて下さい痴漢で訴えますよ。
「比企谷君、分かってるわよね」
「どうしたんですか、雪ノ下さん笑顔で何か良いことでもあったんですか」
「比企谷君、ねっ」
「ねっじゃねーよ、いやいやいや、離せ!離せば分かる」
「そうね、分かりきってることだけど貴方はまた逃げるのよね」
死なば諸共、お前だけ逃しはしないという執念がひしひしと伝わってくる。
具体的に、その白くて細くて俺の手首をキュッとしている指先からだ。
この女、俺を逃がさない気満々である。
これを見越して、食べれない理由を作ったのに意地でも巻き込む気か。
「味見」
「味見って、お前にしては珍しい言い間違いだな。これはな毒味、もしくは人体実験っていうんだぜ」
「どこが毒だしっ!……うーん、やっぱ毒かなぁ?」
首を傾げる由比ヶ浜、小首を傾げてどうみたいに覗き込んでくるけど、聞いちゃう時点でダメです。
明らかにダメです、木炭だよこれ木炭だよ。
正月に見るわ、囲炉裏とかの横にあるアレだ。
もしくはバーベキューで下に入ってる。
「食べられない材料は使ってないから大丈夫よ」
「マジで、食べるのかよ」
「私も食べるから大丈夫よ」
「いつの間に俺も食べる流れに……」
も、って貴方、私もって俺が含まれちゃってますよ。
雪ノ下は皿を自分の側に引き寄せてゴクリと生唾を飲み込んだ。
ちょっとエロいと思ってしまった俺がいた。
そんな雪ノ下さん、更に煽るようにちょっと涙目になっていた。
じっくりと皿を持ち上げて周囲を観察する、お値段はいくらでしょうかとか鑑定団みたいな雰囲気だ。
「し、死なないかしら」
「おい、声が震えてるぞ。無茶しやがって」
そう言いながら由比ヶ浜を見てみると、昔同様に仲間になりたそうに此方を見ていた。
ちょうどいい、昔のようにお前も食べろ、人は痛みを知る必要があるってペインも言ってただろ。
「行くぞ雪ノ下、MAXコーヒーの貯蔵は十分だ」
意を決して飲み込み、俺は死んだスイーツ。
それはクッキーと言うにはあまりにも黒々しかった。
硬く、ジャリジャリしていて、苦く、そして大雑派な味だった。
それは正に炭素だった。
俺ならドラゴン殺しならぬ八幡殺しって名付けるね、MAXコーヒー無かったら復活できてなかった。
「うぅ~苦いよ不味いよ~」
「ぶふっ、ごほっ、おほっ……」
「ちょ、大丈夫ヒッキー!?」
由比ヶ浜が自然体で苦味を表現していた。
ただ、俺の上げたMAXコーヒーを飲んだ後に目の前で口を開けるもんだから思わず咳き込んでしまった。
おま、男の前でそれっぽい行動やめなさい無意識でやるとかビッチかよ。
俺みたいなプロの独身じゃなかったら、大変な事になるぞ。
なんか最近、下ネタばかりだな。男子高校生の身体になったからなのだろうか、鬱だ死のう。
「なるべく舌に触れないように流し込むと良いわ、劇薬みたいな物だから」
「言外に毒だって認めちゃってるよ」
「えっ?あっ、本当だ!酷いよ、雪ノ下さん!」
「ごめんなさい、つい本音が……んんっ、なんでもないわ」
「ごまかせてないわ」
俺の発言に、お前それ以上言ったら殺すと養豚場の豚を見るような目で見られた。
要するに鋭く睨みつけられた。
すいません、これ以上の発言は控えさせていただきます裁判長。
雪ノ下は紅茶を口直しの為に入れて、反省会をスタートさせた。
議題、由比ヶ浜の料理をどうするか。
「さて、どうすれば良くなるか考えましょう」
「最近はデリバリーというのがあってだな、大丈夫だ旦那が飯を作るなんて珍しくもない」
「そうそう、毎日デリバリーすれば……あれ、私ってば作ってないよ!」
「おい、やめとけよ。いつか死人が出るぞ、お前は頑張ったよ。もう、ゴールしてもいいよな」
「良くわかんないけど馬鹿にしてるよね!ねぇ!」
「お前が料理をしないことで解決したな」
「全否定された!」
「比企谷君」
咎めるような雪ノ下の言葉が俺に向けられる。
そうだな、雪ノ下俺が間違っていたよ。
「雪ノ下さん……」
「それは最期の解決方法よ」
「それで解決しちゃうんだ!」
がっくしと肩を落として深い溜め息をつく。
……揺れ、揺れる!?
まぁ、それは置いといて真面目にやるか。
「やっぱりあたしに料理は向いてないのかな、才能ってゆーの?そういうのないし」
「努力あるのみだな、頑張れ応援するぞ」
「う、うん……」
いつもの癖でそんなこと言ってしまったが、教師の応援するぞは期間限定で卒業してしまうんだ。
ごめん、今は教師じゃなかったな。
「そうね、努力は立派な解決方法だわ。正しいやり方をすればね」
「でも」
「さっき才能がないって言ってたけど、その認識を改めなさい。最低限の努力もしない人間には才能がある人を羨む資格はないわ。成功できない人間は成功者が積み上げた努力を想像できないから成功しないのよ」
雪ノ下の言葉は正論だった。
正論過ぎて、強すぎて、反論する気力を殺す程に鋭かった。
その鋭さは人を殺して傷を付けるほどで、殺傷するレベルだった。
なんて西尾維新みたいな感想を抱いていた。
もうちょっと優しく言えないもんかな。
「雪ノ下はトラウマスイッチが入って酷いことを言ってるが、由比ヶ浜の事を思って言ってるから誤解するなよ。ちょっと敵を作りやすいタイプなんだわ」
「その言葉そっくりそのまま返すわよ」
「悪いが俺は敵は作らない、何故なら敵になるほど強くないから相手が認識できない」
「それって無視されてるだけだよね」
そうともいう。
あれ、なんでフォローしたら俺が傷付いてるの?いつの間にかカウンター食らってたのかよ。
「でもさ、こういうのって最近やらないって言うし」
「その周囲に合わせようとするのはやめてくれるかしら、不愉快よ」
雪ノ下はそこで言葉を止めた。
うろ覚えだが、もっと酷いことを前世では言ってた気がする。
少なからず俺のフォローが効果を発揮してたのかもしれない。
あれだよ、あとから響いてくるんだよ、時間差だったってわけだよ。
俺の行動は、無駄じゃなかった。
「か、かっこいい!」
「えっ?」
「建前とか全然言わないんだね、なんかそういうのかっこいい!」
「な、何を言ってるのかしら?これでも結構キツイこと言ってるつもりなんだけど」
「世の中にはそれがご褒美な人とかいるし、そういう人種なんだろな」
「違うよ!ぶっちゃけ軽く引いたけど、そういう人種じゃないしっ!」
悪いな、シリアスな雰囲気が俺は苦手なんだ。
茶化さないと、切っ掛けだとしても見てられないんだわ。
お前らが仲悪そうにしてるのって、なんか嫌じゃん。
「ごめん、次はちゃんとやるから」
「ッ……」
雪ノ下は言葉を失っていた。
強い意思の籠もった目で真正面からまっすぐに謝られたからだ。
落ち着き無く視線を反らし、手櫛で髪を払う。
手を上げたり下げたり、何か言いたげな感じを出しつつ言葉を探していた。
頑張れ頑張れ、雪ノ下さん。
「わ、分かってくれたなら……ごめんなさい、言い過ぎたわ」
「はいはい、そういう百合展開はいいから。仲直りした所で、もう一回作るぞ。今度は先生と一緒にやってみようなぁ」
「いつから貴方が私の上になったのかしら、妄想もここまでくると痛いを通り越して恐怖すら感じるわよ」
「あはは……ヒッキー、流石の私もフォローできないかも」
「いいんだよ、これで……」
共通の敵が居たほうが蟠りが無くなりやすいだろ。
少なくとも、さっきよりは空気が軽くなったように感じられた。