再び挑戦することに相成った。
錬金術の歴史から分かるように料理は科学である、これくらいはみんな知ってるよな。
知らないって言った奴らはたぶん中二病に患ってないんだと思う。
「由比ヶ浜、まずは作る前に復唱しろ。説明を読む、アレンジしない、数値は正確に」
「何言ってるの、さっきと同じだから出来るよ」
「まったく、いいか菓子というのは結構難易度が高いんだ。というのも、グラム単位の差でも味が変わるから料理みたいに大雑把だと誤魔化せない」
「そ、そうなんだ……」
基本が出来てないのに応用編に入るから大抵の料理初心者は失敗する。
小町ちゃん、湯煎ってチョコにお湯を入れることじゃないのよ……うぅ、頭が。アレは嫌な事件だった。
「粉を振るう時は円を描くように……」
「円だぞ、丸を描くんだ」
「ちゃんと小学校で習ったでしょ、円よ」
「知ってるし、二人共……あれ、円?丸?」
「悪い、今のは俺が悪かった」
「ダメだわこの子、早くどうにかしなきゃ」
あれ、あれれ、と首を傾げる由比ヶ浜に頭を抱える雪ノ下。
しかし、それは序章に過ぎなかった。
「待って、止まれ」
「由比ヶ浜さん、ボウルが回っているわ」
「混ぜろ、混ぜろってんだこのポンコツが!」
「ヒッキーうるさいっ!」
「MAXコーヒーでも飲んでリラックスしたらどうかしら」
もはや、笑うしかない状況に俺も雪ノ下も混乱していた。
にも関わらず、本人は先程の約束すら忘れた様子で隠し味を入れようとする始末。
「おい、その後ろに隠したものはなんだ」
「な、何のことかな」
「来なさい由比ヶ浜さん、桃缶なんか置いて来なさい」
「アレンジはしないって言ったけど、アレは嘘だよ」
長く苦しい戦いがそこにはあった。
雪ノ下が、あの雪ノ下雪乃がオーブンに入れた時には疲弊していたくらいだ。
「目を離すなよ由比ヶ浜、室温や湿度によって食感は変わるからな」
「そ、そうなんだ」
「今のは口から出まかせだ」
「騙された!?騙されたよ!」
オーブンからオープンすると、いい匂いが立ち込めていた。
さぁ、実食!
「なんか違う……」
「美味い、美味いけど……」
「どう教えれば良いのかしら」
由比ヶ浜の味は普通だった。
普通にクッキーだった、美味すぎる味ではない。
まぁ、雪ノ下は作り慣れてるから上手いのであって、上手に作れるから美味いのだ。
作れるだけマシになったと思うしか無い。
「別にこれで良いんじゃないか。美味いものが食わせたいなら買えば良いんだし」
「うわぁ……」
「今までの事が全否定されてるのだけど」
き、企業努力を舐めるなよ。
昨今の食品業界は、日夜研鑽に努め少しでも営業成績を上げるために頑張ってるんだから出来合いの食べ物でもいいじゃない。
既製品の方が手作りより美味い事ってあるだろ。
「まぁ女子だし、男心が分からないのだろう」
「仕方ないでしょ、付き合ったこと無いんだから!そりゃ、つ、付き合ってる子とかいるけどそれに合わせてたらこうなってたわけだし」
「別に由比ヶ浜さんの下半身事情については聞きたくないのだけど、比企谷くんは何を言いたいの?あと、貴方が男子代表なのは不服だわ」
「下半身事情なんて中々聞かないわ。あと、不服申し立ては受理しません」
プロの独身舐めるなよ、俺ほど男の子の気持ちが分かるやつは居ない。
少なくとも、三十年以上は男の子やってます。
「これは友達の友達の話なんだが……ぶっちゃけ、もう貰えるだけでいいんだよ。手作りじゃなくてもいいんだよ。既製品しか貰えない、そんな時が来るんだからな……」
「あぁ、やけに実体験染みてると思ったらヒッキーの話だったんだね」
「友達の友達……比企谷くん、友達というのは数えられないから友達なのよ、友人すらいないのに馬鹿なの?」
「はっ、そうだよ!矛盾、矛盾してる!異議あり!」
「おい、俺にだって友人いるかもしれないだろ!逆転しようとするんじゃない、それは違うよ!」
ははは、俺だって友達はたくさんいる。
雪ノ下と由比ヶ浜と彩加だろ、不本意だが、葉山だろ。あと戸塚だろ、卒業してから会ってないが葉山の取り巻きズだろ、あと彩ちゃん。
ほら見ろ、たくさんいるわ。
「いい、比企谷くん。貴方の数えたそれは妄想で、実在しない人物よ」
「そういうお前だって友達いないだろ」
「なっ……」
雪ノ下は口元を押さえて狼狽え始めた。
はい論破、お前は敵は居ても友達は俺達しかいないのだ。
「ねぇ知ってる、争いは同じレベルでしか起きないんだって」
「「ぐっ……」」
「お前、卒業したら殆ど会わなくなるからな」
「友達がいるってそんなに素晴らしいことかしら?」
「なんで二人から集中砲火食らってるの!?」
そりゃ、だってお前、それを言ったら戦争だろうが。
まぁ、落ち込んでる由比ヶ浜に言えることは別にそんなの気にするほどでもないという事だ。
犬の事も、気にすることではないのだ。
「ヒ、ヒッキーはさ……貰えたりしたら嬉しかったりする?」
「俺の名前は比企谷だ。まぁ、悪い気はしないわな」
「ふ、ふぅん……」
「ヒッキーは?ヒッキーもじゃなくて……」
「わ、わーわー!何言ってるの雪ノ下さん、馬鹿なの?」
「はぁ?」
「心の底からごめんなさい」
半目で低い声を出した雪ノ下の背後には吹雪が見えた。
何、耳が遠くて聞こえなかったのだけれどもう一回言ってくれるかしら?とでも幻聴が聞こえそうだった。
あと新手のスタンド攻撃かと思うくらい、絶対零度の視線だった。
一撃必殺が確率で決まるだろうな、なお反撃する間もなく全面降伏する由比ヶ浜がいた。
色々あったが、もう大丈夫だろうということでその日は解散となった。
前回と違った結果になったが、俺がビッチ発言してないからかもしれない。
なんてことだ、こんなことでバタフライ・エフェクトが起きるとわ。
俺は俺が恐ろしいぜ、いや汚い言葉を使ってないだけなんだがな。
帰り際、俺は由比ヶ浜がいなくなった後にした雪ノ下の会話を何気なく思い出す。
「私は自分を高められるなら限界まで挑戦すべきだと思うの」
「そうだな、努力することは無駄じゃない」
「あら、貴方が肯定するなんて明日は雨ね」
「頑張った事実は慰めになるってのが俺の持論だ」
「ただの自己満足よ、貴方のそういう甘い所嫌いだわ」
「でもそういう甘い所嫌いじゃないぜって言うところだろ、そこは」
何とも言えない雪ノ下の表情が堪らなく辛かった。
なんか言ってくれよ、居た堪れないだろ。
後日談、平塚先生から送られてくる悩める生徒はいなくなった。
いないということは俺達の部活は寂しいもので、警察官が暇してるのと同義だった。
優しい世界だ、平和でいいな。
まぁ、その平穏は軽いノック音で崩壊された訳であるがな。
「やっはろー!」
「なにそれ、知能指数低そう」
「はぁ……」
雪ノ下が盛大な溜息を吐く。
どうした、疲れが今頃になってきたのか。
「え、あんまり歓迎されてない感じ?雪ノ下さん、私のことひょっとして嫌い?」
「別に嫌いじゃないわ……ちょっと苦手、かしら?」
「それ女子言葉で嫌いだからね!」
へぇ、なお社会人言葉でも嫌いだわ。
ソースは俺、まぁ俺レベルだと発言すらされないけどね。
「で、何か用かしら?」
「私ってば料理にハマってるじゃん!」
「初耳よ」
「で、こないだのお礼ってーの、クッキー作ったからどうかなって」
「やだ、聞こえなかったのかしら?スルーされたわ」
雪ノ下をここまで困惑させる由比ヶ浜、ガハマさんや君にはポジティブモンスターというあだ名をつけてやろう。
「いやー、やってみると楽しいよね。そうだ、ゆきのんお昼一緒に今度食べよう」
「私、一人で食べるのが好きだから……ゆきのんって気持ち悪い」
「うっそ、寂しくない?どこで食べてるの?」
「部室だけど、私の話聞いてたかしら?」
「あ、それでさ、あたしも放課後暇だし部活手伝うね。これもお礼だから全然気にしなくていいから」
「お話……私の話を……聞いてる?」
どうしよう、と雪ノ下が此方を見ていた。
怒涛の一斉攻撃に雪ノ下はどうにかしろと言いたいらしい。
助けるわけねーだろ、いつも俺に暴言吐いてくるしお前の友達だろ、なんとかしろよ。
「おつかれさん」
「あ、ヒッキー」
「うわっ」
声を掛けられて反射的に振り返ると、黒物体が飛んできていた。
思わずキャッチではなく叩いてしまって床に落ちた。
や、やめて泣きそうな顔しないで!若い頃ならいざ知れず、動体視力衰えると避けれないから防衛しちゃうの。
「い、いちおーお礼の気持ち……気持ち、だったんだけどな……」
「わ、わーい嬉しいな……なんかごめん」
「今のは、どちらも悪かったということにしましょう」
雪ノ下の言葉が偉く優しく聞こえた。