蓮の花
───己を抑えることと、多く喋らずにじっと構える事は、あらゆる束縛を断ち切るはじめである。
これは、偉大な世尊の教えだ。
今も世尊は多くの人を言葉で導き、律するよう説いている。
そして私はその教えを、世尊のおわす竹林精舎でひっそりと聞いている。
嗚呼、素晴らしき教え。
しかし世尊は自分を崇めたり讃えたりすることを好まない。
『たった一人しかいない自分の力で生きる』
それが世尊の最もな願いであり、望み。私達が果たすべきこと。
けれど私はなにも出来ない。だって花だもの。生物としては、生きてはいない。
……生の定義など、私みたいにあやふやで不明瞭なものだけど。
何度も何度も死を繰り返し、何度も何度も生を繰り返した。
しかしそこに器が加わる事はなく、思念そのものとして。生物の抱く念、思慕、思索、望み、それらを媒介にして存在し続けた。
もし私に生物として命があったならば。
その命は世尊ではなく、自らの為に使った。
もし私に手があったら。
その手は誰かを救う為に使った。
もし私に足があったら。
その足は幾多の場を駆け、救い求めし者を捜した。
私は人ではない。世尊の力か、はたまた奇跡か。ただの花に意思が宿っただけの存在。今まではこんなことは無かったのに、何が変わったのだろうか。
蓮華。世尊の教えに沿った花。
池の縁で泥にまみれた私を、世尊が拾って美しい花瓶に差してくれたその日から、私の心は世尊にのみある。
けれど私に命はない。
だけどもし……もしもだ。本当に命が出来て、動けるようになって、喋れるようにもなったら……私は『世尊』に伝えたい。感謝を。
今まで架空に近い存在としてしか生きれなかった私に、姿を与えるキッカケを作ってくれた世尊に想いをぶちまけたい。
……世尊は敬われる事を嫌う。
だから、敢えてこう呼ぼう。
『ブッダ』に、いつか伝えたい。
私は、花という束縛を断ち切りましたよ……と。
ふふ……いつかそんな日が来ることが楽しみだ。
───あれ? なんだか眠くなってきた。
あ、そうだった。私の地下茎、そろそろ折れそうだったんだ。もう脆いし、拾われてからかなりの時間が経ってるもんね。
私の意思は、どこに行くんだろう。ブッダが怖れたように、この意思があったことも気づかれず、そのまま忘れ去られていくのだろうか。
病も死も老も、花の私にはないけど。でも失って、裏切られて、忘れ去られていくのは物でも人でも同じ。
もし忘れ去られても。もしこの意思が無くなったとしても。私は必ず、自分の意思で今を生きる。
それがブッダの教えだから。
でも。
でも一回くらい、私の想いをブッダに伝えたかったなぁ…………。
人間になりたかったなぁ……。
私の意識はそこで途切れ、最後に覚えている光景は、私が花瓶から垂れ下がり床に落ちていく光景だ。
ここから先の終着点は知らない。
闇に揉まれ、忘れ去られ、その先の楽園まで。
どんな場所に行くかも、どんな世界かも。
私のそのものがあるのかも。
なにも、分からない。
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