ああ、壁ってこんなに柔らかいんだ……。
壁を突き抜けながらそう思った。
いやこんなどうでも良いことは頭から排出。特筆すべき点はフランちゃんのパンチ力だ。こりゃあ世界狙えますぜ兄貴ィ。
というかなんで殴られたの私。あまりに理不尽過ぎじゃない?
ねぇねぇ神様、ドMって知ってるー? 痛みを快感に変えれる方々の事を言うんだよぉ。ってんなわけあるか。超痛いわ。鼻血もドバドバ出てるし、眼球からも出血したのか視界も真っ赤。多分三半規管もやられた。だって意識あるのに立てないもん。……ごめん結構適当。このセリフ言ってみたかっただけ。
くそ、友達かと思ったら敵だった。なんて悪女。まさに悪魔。この鬼畜。あ、なんだかふわふわする。現在ふわふわタイム入ったよこれ。
「ぐ、ぐふ……負傷と治癒の結界」
外は負傷。中は治癒。顔を主に治療中。
完全治癒まで掛かる時間は目測、予測で12秒。
うん! 余裕で数回殴られちゃうね!
どうしようかなぁ。一つだけ打開策はあるけど、あの結界は結構殺傷力あるからなぁ。生死の結界よりエグいと思う。だって死の状況って言ったって、死にやすいってだけでなにもされなければほぼ無害だし。それに対して、もう一つの結界はほぼ確実に機動力を奪える。というか下手すりゃ簡単に人を殺せる。
力は強いと思うけど耐久力があるかどうかは分からないし、フランちゃんのような幼い子は傷つけたくない。よって希望としては傷つけず無力化したい!
砕けた扉の破片から、砂埃と共にフランちゃんが姿を現す。背には虹色の宝石を付けた羽を広げて。パッと見なんの妖怪か分からない。それよかフランちゃんってきれいだなぁ。
「あ、生きてた。やっぱり妖怪って頑丈ね!」
「ちょっとー、まずはいきなり殴った件に関して質問したいんですけどー」
「なんで殴っちゃダメなの?」
こてんと首を傾げる姿、超可愛い。けれどこの小悪魔に騙されてはいけない。油断したら最後、昭和のガキ大将といじめられっ子のような関係になってしまう。ここはしっかりと自分の意思を伝え、主張することが大事だ。慈悲は無い。
「まず殴る以前に妖怪として人として、倫理ってのが大事で────」
「倫理なんて習ってないから知らない」
「うぴー!」
話に興味がないのか、問答無用で殴ってきた。私は避ける為に咄嗟に結界を解いたが、まだ顔に痛みが残っていて、その痛みがこれが現実なんだと脳に理解させる。脳があるか知らないけど。
「話は聞くものだよフランちゃん」
「そう。私は常識も習ってないから知らない」
「あびー!」
完全に話を聞かないモードのフランちゃん。話に興味がないというより、これは私に興味がないパターンだ。うわ悲しい。私のなけなしのコミュニケーション能力では、フランちゃんに意識を傾けさせる事さえ出来ないのか……!
そして彼女の世界を狙えるパンチを二発ともかわす私。逆にこれってスゴくない? 私の回避能力も世界狙えるんじゃない?
「ふっふっふ。フランちゃん、私にはその拳止まって見え「うりゃっ」あべぱっ! ちょ、ちょちょちょ、タンマ、タンマ、私にひと度時間をくだ「ていっ」うぺあ」
全然避けれてなかった。というより、もろに腹と顔に食らった。しかしそれは幼女のパンチ。初速も遅く、くらった私でも数m吹っ飛ばされて血を噴き出す程度しかダメージが無い…………ってめちゃくちゃダメージ入ってますがな。誰だよ幼女のパンチって言った奴。出てこいよ。あ、私じゃん。
ピクピクと痙攣する私。ギャグ漫画表現であってほしいけど、そんな都合の良い展開じゃなかった。
クソ、傷つけずに無力化なんて甘い考え持つんじゃなかった。翼から見るにフランちゃんは妖怪。多分死にはしない。よし、本気出すか。
「身体ピクピクしてるー面白ーい♪」
「う、うぅ……」
本気出すと言ってもまず立ち上がるところからだ。身体中が重く、息もし辛い。くそぉ。くそぉ。こんな幼女にバカにされていて良いのか私! 立つんだ、立つんだ蓮ちゃん!
足に、脚に、腰に、腕に、魂に力を込めて立つ。口の中に広がる血を、唾として吐いた。鼻の中は仕方ない。身体中痛いなぁ。でもだんだん慣れてきたよ。
流れ出る血は幾つ流したのだろう。
流れ出る痛みは誰が付けたのだろう。
流れ出る怒りは、慈しみは、誰が消せるんだろう。
ああ、素晴らしきかな。世の条理。
血も、痛みも、怒りも、慈しみも。全てが合わさって、私が出来ているのだから。容赦なんて要素はない。私は心を鬼にして界を結ぶ事を決意した。
……フランちゃん、すぐに止血して治癒してあげるから、ちょっとだけ我慢してね。かなり痛いから。
「蓮ちゃんって凄いよね。今まで一番遊べる相手だわ。でも長い時間部屋の外にいると、お父様にもお姉様にも怒られちゃうし、そろそろ殺そうかな」
「大丈夫、二人には見つからないよ。小刻みにして隠しておくから」
「……それはどういう意味かしら?」
「そのままの意味だよ」
「へぇー。面白いこと言うね。うん、気に入った。私のお人形にしてあげる。斬り刻んでも四肢をもいでも臓物を食らいつくしても生き続ける……そんな存在にしてあげるわ!!」
フランちゃんがどこからか炎の剣を取り出した。いやそれを炎と形容しても良いものか。熱くもない。暑くもない。けれど全てを焼く。まさに破壊を体現したかのような剣だ。
では私も対抗しよう。フランちゃんの破壊に対して、私は結界。結界には二種類あって、空間上にその効果を顕すものや、障壁として展開出来るものまで。チルノちゃんのかまくらに張ってある結界は、後者の障壁展開型だ。
そしてもう一つ、分かっている事がある。一年考察をし続け、答えを出した解。
結界で最も反映されるのは、結界内の条件だ。生死の結界だって、結界外には死にやすくなる状況、場合を与える可能性があるという効果に対して、結界内では生の状況を確定させる事が出来るのだ。
そこから導き出されること。それは、結界とは現在ある世界に上書きをして、新しい世界を作る事ではないということ。
そう。結界とは、世界を切り取って自分だけの固有領域を創ることであり、拡大解釈をすれば一つの世界を創る事でもある。
上書きなんて脆いものではない。まさに結界内とは私のものであり、私が神として存在出来る世界。
外と内で生じる齟齬。さて、これらが合わさった時に、とある一つの結界は絶大な威力を発揮するのである。
「フランちゃん、ごめんね。私は貴女のお人形にはなれないの」
「うん? なんで?」
「だって私とフランちゃんは名前を教えあって、一緒に遊びあった。そう、友達、友達よ」
「へぇ、じゃあ蓮ちゃんとフランは友達ね。で、それがどうかしたの?」
「……友達は人形じゃない。人間でも、妖怪でも、神でもない。両雄同士が認めあった、特別な関係。どんな種別でも関係ない、身分差もない、生死も存在しない、特別な言葉の結界だよ。お互いが認めあって友達になれば、そこに上下関係も遠慮もなく、片方が死んでも友達という結界はほどけない」
「じゃあ友達ならフランのお願い聞いてよ」
「じゃあ友達なら断らせてよ」
「面倒ね。友達って」
「面倒で不純物な関係を背負うからこそ、その間に情や怒り、慈しみや規律が生まれるんじゃないかな」
フランちゃんが構えた。私を殺す気だ。話し合いによる和解は無理……か。
「そんな不純物、私は要らない。必要ない。孤独はもう慣れたの。私がすることは一つだけ。全てを破壊して、蓮ちゃんをお人形にすることよ。戯れ言も喋らない、悲鳴を奏でるだけのお人形にね!!」
「私は離さないよ。だって友達だもん。もし近づいてきたら、フランちゃんがどんな姿でも、どんな種族でも、どんな妖怪であったとしても、優しく抱き締めてあげる」
「やってみなさいよっ!!」
コマ送り。頭に過った言葉。多分フランちゃんは私を殺すために全力で全速力を出した。
それがフランちゃんの想い。フランちゃんはこの一瞬だけだけど、私の事をしっかりと考えている。どうやって殺そうか。友達って何。蓮ちゃんと友達になりたかったな。どうしてこんな事に。
この極限状態。フランちゃんの想いは強く、深く、私に突き刺さってきた。私も友達として、彼女に応えねば。
そして私はとある結界を、三つ作り出した。それはフランちゃんの両足、炎の剣を持っていない方の腕に展開され、その威力を発揮した。
「───あれ?」
フランちゃんの両足、片腕がまるでハムの加工工程の如く、綺麗に切断されたのだ。
私が張った結界。それは『動作と固定の結界』。内部は固定で外は動作。
通常、人間でも妖怪でも筋肉や魔力を通してストッパーなるものが存在する。身体の許容限界を超えぬよう、いつでも機能している便利な能力。
結界内に入ったフランちゃんの両足片腕は、結界内の条件である『固定』に従って、動きを一切止める。しかし外は動作を強要した。それによって起こる齟齬。いわばストッパーの許容限界までも超えてしまうのだ。
ストッパーが壊れたら後は簡単。千切れるだけである。よってフランちゃんの超高速と突然の固定という条件が合わさって、フランちゃんの両足片腕は切断されたのだ。
まぁフランちゃんの全身を覆って固定する手もあったけれど、相手の全身に作用するためには相手を止めるだけの魔力も必要で、フランちゃんは力が強いから部分的に展開が精一杯。
でも、まだまだ。私はフランちゃんの想いに応えたとは言えない。
即座に切断された三ヶ所に二重の結界を張る。流血と止血の結界。負傷と治癒の結界だ。三ヶ所の同時展開に加え、更に六つの結界を展開した私には妖力など残っておらず、フランちゃんの攻撃をかわす事は出来ない。
フランちゃんの炎の剣が、私の右肩に入っていく。豆腐に針を通すような、そんな感触だなーって他人事のように思っていた。血は蒸発し、肩には激しい痛みも加わるが、私は歩みを進めた。
どんな物が突き刺さっていても関係ない。だってさっき約束したもん。
私はフランちゃんを抱き締めた。
戸惑いと困惑、そして何故避けなかったのかと疑問が浮かび上がっているその表情。まさに泣きそうな顔であったフランちゃんを、思いきり抱き締めた。
「ね、ほら。言ったでしょ。抱き締めるって。これが私とフランちゃんの、友達の証だよ」
この世界に元から悪人で生まれてきた存在なんて存在しない。妖怪も人間も、元は赤ちゃんみたいに素直で純粋だったのだから。それが周りの環境、場合によって善にも悪にも変化していく。
それにさ、フランちゃんみたいな綺麗な涙を流せる女の子が、悪人や狂人なわけないのさ。
私と抱き合っている彼女は、今だけは妖怪や人間、神でもなく。ただの寂しがりな女の子で…………─────
───────私の友達なんだ。