東方付喪録   作:もち羊

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異変の終幕

「あら、遅かったわね」

 

 館の最上階。ヴラドが居るハズの部屋には当のヴラドの姿はなく、代わりに大人びた美女が一人佇んでいた。

 その妖怪の正体に、パチュリーとチルノ以外の人物が驚嘆と畏怖の声を上げた。そのあふれでる妖気。自らの強さと妖怪としての自負に満ち溢れた、堂々たる姿。けれど口元に浮かぶ怪しき笑みは絶えない。

 

 美鈴はその妖怪を知っている。

 

 大妖精は、その妖怪について聞き及んでいる。

 

 曰く、賢者。曰く、幻想郷の母。曰く、最強の妖怪。

 

 全てが噂の域を出ないデマだと思っていた認識は、彼女の姿を一瞥しただけで正しいのだと思い知らされた。

 

 八雲紫。幻想郷に住む者らが、一度は聞いたことがある名。

 

「……幻想郷の賢者様が、いったい何用でここに?」

 

 美鈴が緊張の抜けきらない声音で聞いた。

 

「賢者がこんな屋敷に居てはダメかしら?」

 

「いえ、そんな事は……」

 

「そうね……役者が足りないわ。呼び出しましょう」

 

 彼女が話を止め、扇子を何もない空間に一筋振るう。すると、そこから二対の可愛らしいリボンが現れ、徐々に距離を空けていく。間には一本の黒い筋。紫が合図すると筋がぱっくりと開いて、中から三人の少女が飛び出してきた。

 

「レミィ……! それに妹様……!」

 

「蓮ちゃん!? 腕が……」

 

「蓮ちゃん! あんた達、蓮ちゃんになにをしたぁ!」

 

 三者三様の驚きを見せる。その中にはチルノも入っていた。

 チルノは激昂する。それもそうだ。いなくなった蓮華をいざ見つけたら、なんと腕を切断され身体中血塗れの傷だらけだったからだ。お世辞にも頭が良いとは言えぬチルノ。友達を傷つけたのは、レミリアとフランだと決めつけるにはさほど時間は掛からなかった。

 ……そしてそれは隣にいる大妖精も同じである。彼女の方は幾分か落ち着いてはいたが、ショックは隠せない。

 

「蓮ちゃんを離せぇーーっっ!! 『ヘイルストーム』!!」

 

 それ故、普段チルノの制止役を買って出ている大妖精の反応が遅れた。チルノは身体中に雹を纏わせ回転。小規模の竜巻を生み出す。しかもその竜巻は、チルノお手製の固い雹入りだ。常人がくらえばひとたまりもないだろう。

 

 ……常人ならば。

 

「きゅっとしてドカーン……」

 

 フランがチルノの竜巻の目を握り潰す。その一工程で儚くも竜巻は消散してしまった。それでもチルノは諦めず突貫する。フランもチルノに応じ、レーヴァテインを取り出そうとしたところ、レミリアらを呼んだ張本人である紫自らが制止の声を掛けて、一旦この戦いは終幕となる。

 

「待った。私は子供のお守りに来たわけではないの。それでは要点だけ告げるわね。……この館の主は私が葬ったわ。よってこの時点で、王はそこにいるレミリアよ。異論はないわね?」

 

「へぇ……私の名前を知っているのね」

 

「下調べ済みですわ。それで、話はこれだけではないの」

 

 ……紫の口から告げられた父親の死。不思議と喜びも達成感も、ましてや落胆さえ抱かなかった。胸中にあったのは、まぁこんなものかと少し納得する感情。元からレミリアも、父親が幻想郷という数多の森羅万象が跋扈する地を治められるとは思っていなかったからだ。

 

 少し前までと考えが違う気もしたが、レミリアはそんなこと気にしない。思ったもの、言ったもの勝ちである。

 

 レミリアが話の先を促す。

 

「現在の幻想郷は、妖怪の力の弱体化が顕著に窺えるの。人と妖の共存。そこから来た食わず食われずの関係。元来妖怪とは恐怖の象徴でなければいけないのに、その恐怖が人間の深層心理から薄れてきているの」

 

「それで、私達はどうすれば良いのかしら」

 

「話が早くて助かるわ。……今から約一年後、この幻想郷で異変を起こしてほしいの。それも特別なルールを用いてね」

 

 レミリアは心底おかしいと思った。幻想郷を、はたまた妖怪の為に尽力するこの妖怪が、まさか自分から異変を起こせと言っているのだから。しかしその方法は、幻想郷の新参ものである自分達こそ一番利用がしやすく、理由が付けやすいが為だろう。

 

「で、そのルールとは?」

 

「スペルカードルールというものですわ。詳細は後ほど」

 

「それで……その異変は誰が解決するのかしら?」

 

「ふふ、まさかそこまで思慮が及んでいたとは。少しレミリア・スカーレットを侮っていましたわ」

 

 八雲紫の舐め腐った態度に少し機嫌を悪くさせるレミリア。しかし怒ってはいけない。紫がしているのはお願いではなく要求。

 今回の騒ぎを起こして、今後とも幻想郷に居住したいのであれば……という脅しをかけてきているのだ。

 

 それに彼女が明確にした幻想郷の問題点。そこから彼女の考えている事は、ある程度推測は出来る。

 

「……『博麗の巫女』。そう呼ばれている人間がこの幻想郷にいるの。その子に異変を解決してもらうわ」

 

 レミリアの頭の中で、予想できた事が確信へと変わった。

 ようは妖怪代表として、彼女は命じているのだ。あまり危険性はないが、かなりの迷惑が掛かるくらいの異変を起こして、妖怪の危険性と恐怖を人間達に呼び起こせ。そして博霊の巫女を使ったマッチポンプで、人と妖怪の関係を元に戻せ……と。

 

「それは殺してはいけないのだろう? 人間相手に、なんとも不自由な戦いを強いるものだな」

 

「いいえ、流石に殺してはいけないけれど存分に負かして貰って構わないわ。逆にその方が良いかもしれないわね」

 

「ほう……ならば精一杯戦うとしよう。その博麗の巫女とやらを殺さない範囲でな」

 

「ええ。存分に」

 

 用は済んだとばかりに、紫は自らが作ったスキマに入っていく。そして目を細めながら、悪戯をする子供のように告げた。

 

「戦うとは言ったけれど、貴方達が行うのはごっこ遊び……だけれどね」

 

 レミリアは聞かなかった事にした。今だけは言葉遊びなどをしている暇と余裕が無かったからだ。

 いつだって世には理解できぬ者がいるのだと、自分に納得させてその件を終わらせる。

 

 背後で、パチェが回復魔法をさっきの少女に掛けている。フランも妖精も、その様子を魅入っていた。

 レミリアはその様子を一瞥した後、王がいなくなった椅子を一度撫でる。そこはシミで一杯で、長年椅子が泣き続けたかのように汚かった。

 

「今日は良い夜なのかしら……」

 

 もう少しで月が沈み始める頃、一人呟いた。そのぽつりと口から出た一言を聞いている者は、気配を消していた美鈴以外いなかった。

 

「きっと素晴らしい夜ですよ。今日は月も綺麗ですし」

 

「そう、……そうなのかもしれないわね」

 

 499年間、泥の中を這いずり回っているかのような気分だった。時には苦しみ。時には泣き。時には絶望もした。そんな苦痛の499年間が、こんなに簡単に解き放たれ自由になってしまった。

 これで良かったのだろうか。私達は、本当に救われたのだろうか。それは多分……永遠に分から「分かりますよ」

 

 美鈴が心を見透かすような一言を放った。

 レミリアはその横顔に、一瞬釣られてしまう。

 

 ああだめだ。これではこの妖怪のペースに乗せられてしまうではないか。

 

 けれど口からはなにも出てこない。

 

「分かりますよ。きっと。救われたって思う日が必ず来ます」

 

「そ……それはどんな根拠よ」

 

「勘です」

 

「勘……!? ぷ、ふ、ふ、ふふふアハハハハ!」

 

「な、なんで笑うんです?」

 

 期待してた。同時に侮蔑しようとしていた。そんな確定的な根拠などあるはずもない未来の出来事に、この赤髪の妖怪がどんな解答を出すか。どうせ手垢だらけの偽善で取り繕うのだと。そう予想していた。

 それが勘。勘で答えたと言うのだ。それが笑わずにはいられるか。

 初めてだ。そんな事を言った奴は。そして、納得もしていた。未来は確定など絶対しない。だからこそ未来を信じる為には、同じように不確定の根拠で信じねばなるまい。この妖怪の一言は、ある意味最も的を獲ていた。

 

「妖怪、名前は?」

 

「まず相手に名前を聞くときは、自分からですよ?」

 

「む……そうだったな。私はレミリア・スカーレット。夜の王よ。では妖怪、再度聞くぞ。貴様の名前は?」

 

「おぉ、初対面時より王の風格が付いてきましたね。これはしっかりと答えねば。……私は紅美鈴。この湖の管理人です。本日は私の家の上に勝手に転移してきた貴女方へ、文句を言いに来ました。私の家を返してください」

 

「それは困った……。流石に私と言えど、館ごと転移するほどの魔力は持っていない。そうだなぁ……代わりを用意するというのはどうかな?」

 

「家次第です」

 

「貴様、身体は頑丈か?」

 

「頑丈ですとも」

 

 ここまでで、ある程度の関門は超えた。美鈴の方も既に分かっていることだろう。これから私が告げる言葉を。その自信満々な顔を見れば分かる。

 

「では、この紅魔館の門番……をやってくれないか? 部屋も、食事も用意しよう。それに「ええ、喜んで!」……返答が早いわ。これじゃあ台無しじゃない」

 

「良いじゃないですか。それで、私はレミリアの事をお嬢様とでも呼べば良いですかね?」

 

「ん。慣れないけど、まぁ良いわ。それと……」

 

 美鈴が首を傾げた。クソ。これも分かっている癖に。ならば逆に堂々と言ってやろう。下手に出れば美鈴の思う壺だ。

 

「美鈴、私の友「分かりました! 引き受けましょう!」……だから返答が早いってば!!」

 

「ふふ、レミリアお嬢様は可愛いですね。では今後とも、門番として、友として、宜しくお願いしますね」

 

 そう言って、美鈴は照れ臭そうに笑いながら握手を求めてきた。私は一瞬逡巡した後、手を握る。

 

 その手はとても、温かかった。

 

「ねぇお姉様! 蓮ちゃんが目を覚ましたよ! 早く、こっちこっち!」

 

 反対の手をフランに握られ、私は蓮ちゃんと呼ばれる人物を中心とした輪の中に入れられる。当然握手をしていたため、美鈴も一緒だ。フランに促され、私と美鈴はその場に座った。

 

 ふと横を見る。

 

 隣でフランが喜んでいた。

 

 隣で美鈴が微笑んでいた。

 

 向かいでパチェが満足げだった。

 

 妖精二人は、蓮ちゃんとやらに泣きながら抱きついていた。

 

 蓮ちゃんとやらも、笑っていた。

 

 皆が皆、なにかに満たされていた。

 

 ……なぁんだ美鈴の奴。貴女の勘、当たるじゃない。

 

「……今日はつくづく良い夜ね」

 

「……? なにか言いましたかレミリアお嬢様」

 

 

 

 

 

 

「─────────いいえ。なんでもないわ」

 

 今日くらいは私も笑おうかしら。……なんてね。




取り敢えず吸血鬼異変はここで終わりです。
ここからは時間の有るとき&一週間投稿で頑張っていきますので、これからも宜しくお願いします。
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