「ってええええええええええええ!? 名前決めをそんなに深刻に言ってたんですか!?」
「大ちゃん、名前決めを舐めてはいけないわ。名前決め……紅魔館メンバー総出で考えたけど、今のところ良い案は無し……。く、まさかこんなところで躓くなんて考えてもみなかったわ!」
でしょうね! 私もビックリだよ! いや、それでも、えぇ……。そんな異変の名前なんて、どうせ被害に遭った者達が勝手に決めるんでしょうに。そんなに真剣に考えなくても……。いや、そんな考えは不粋か。
「他の方はどんな意見を出していたんですか?」
「私が『ブラッディミスト』。パチェは『ミストデビル』。フランは回答無しで、咲夜が『混沌渦巻く血潮の霧』で、美鈴が『天紅』。……って感じかしらね。今のところは」
一人凄い案出している人いたんですけど。咲夜さんのネーミングセンスだけ異彩を放っているんですけど。
とにかくレミリアにとっては、名前決めはとても大事な事らしい。異変の名前……異変の名前……うーん、この辺りは個々人のセンスの問題になってくる。私はお世辞にもセンスがあるとは言えないので、取り敢えず様子見。
「えーっと、異変の名前……ですよね?」
「そう、異変の名前よ」
「過去の文献とかから拾ってはこれないんですか?」
「…………っ!! 大ちゃんは頭が良いわね。盲点だったわ。じゃあちょっとパチェからそれらしき本を借りてくる」
「あ、私も行って良いですか?」
「良いわよ」
大ちゃんとレミリアは二人揃って、パチュリーが管理する大図書館へ向かっていってしまった。残されたのはチルノと私一人。
特に会話する事もなく、ただただ時間だけが過ぎていく。これが世に言う『暇』って時間だ……!
赤霧異変、悪魔城異変、デビ☆ミス……。
あーやっぱりダメだ。私のネーミングセンスがぶっ壊れてやがる。
その時、ベッドごろごろが飽きたのかチルノちゃんがようやく口を開いた。
「もう『紅霧異変』で良いんじゃない?」
「それだ」
多分この時のチルノちゃんには、ネーミングセンスの神様が宿っていたと思う。
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「紅霧異変……紅霧異変……ね。意外と良いネーミングじゃない。流石チルノね」
「当然よ! なんたってあたいはさいきょーなんだから!」
現在私達はレミリアの部屋を出て、紅魔館のエントランスホールに来ている。エントランスホールはかなりの大人数を収容出来るほどの大きさで、元はこの場所でパーティーでも開いていたのだろうか。今は赤い絨毯が敷いてあるだけの簡素な空間で、たった四人だけがこの空間にいると、なんだか空虚感が胸を通り抜けるように感じた。
「で……レミリアはなんでここに私たちを呼んだの?」
「蓮はスペルカードルールって知ってるかしら?」
「ううん、初めて聞いたよ」
「そう……じゃあ二人は?」
チルノちゃんも大ちゃんも同じように首を振った。レミリアを除いて、このエントランスホールにスペルカードルールを知っている者はいないというわけだ。
「スペルカードルールっていうのは、異変を起こした際に異変を解決しに来る巫女との戦いで用いられるルールよ。まぁ……あの賢者の思惑通りでいくと、スペルカードルールを巫女だけではなく、この幻想郷中に広げるつもりね。だから今のうちに知っておくと得よ」
「厳密に言うと……スペルカードルールとはどんなルールなんですか?」
確かに。それは気になるところだ。
「スペルカードルールっていうのは、『弾幕ごっこ』と呼ばれる遊びで使われるルールよ」
「だ、弾幕ごっこ?」
習うより慣れろだわ、と言ってレミリアは浮き上がった。それも天井すれすれまで。
「じゃあ今から弾を放つわ。飛んでも良し。応戦しても良し。避けても良しよ。じゃあ始めるわね。当たったら失格よ」
え、ちょっと待って!?
私の思考が追いつかぬままに、レミリアは弾幕を展開し始めた。
放たれた弾幕は三種類。青色の大小の弾と、紅い満月のような弾だ。小さい弾から大きな弾になるにつれ速度は遅くなっていて、その場に留まるように出来ている。
突然の奇襲に反応できたのは私、チルノちゃん、大ちゃんの三人の内、二人だけ。当然、反応できなかったのは私である。
しかも私は飛べないので、三次元的に展開される弾幕にはすこぶる相性が悪い。というかレミリアの放つ弾幕は、少しずつ確実に逃げ場を潰してくるのだ。私は避ける事さえ叶わず、自分に向かってくる弾のほぼ全てを被弾する。
「あべっ! ちょっ! うびっ! タンマ、タンあぎゃっ! ちょちょ、助け、あびい!」
弾幕に使われる弾はレミリアの包括する魔力、妖力から造られていて、当たると地味に痛い。というかマジで痛い痛い! なにこれごっこ遊びじゃないじゃん! 普通に虐めじゃん! ちょっ死ぬから!
そろそろ私の限界が近づいてきた時、唐突に弾幕が止んだ。
「……蓮、これは弾幕を避ける遊びよ? 当たりに行く遊びじゃないわ」
「避けようとした結果がこれなんだよ……私を労ってレミリアたん」
「あなた初対面の頃から性格変わったわね。はぁ……確かにどんな人妖でも得手不得手はあるわ。仕方ないわね。じゃあ蓮は端で見学してて。体験できない分見て覚えてもらうしかないんだから、しっかり観ておきなさいよ」
「大丈夫よ蓮! あたいが蓮の分まで頑張ってくるから!」
「無理しなくて良いんだよ蓮ちゃん……」
「ありがとぉ皆ぁ……」
レミリアのご容赦により、なんとか地獄の弾幕から逃れることに避ける成功する私。その後の二人のフォローがありがたいと同時に、私が情けなく思えてくる。くそぉ、いつか挽回してやるからな……。
残ったチルノちゃんと大ちゃんで、弾幕ごっこが再開される。
弾幕ごっこ。それはごっこと形容されているが、その実ごっこと形容するには勿体無いほどの完成度、戦略性、機転が必要となってくる。それは単純ながらも奥深く、容易そうで難易度は苛烈を極める。
しかし、ただ難しいだけではないのだ。弾幕ごっこの真の魅力……それは弾幕の質でも量でも難易度でも戦略性でもない。弾幕ごっこの本質とは、遊びとはかけ離れた美しさにある。
レミリアが弾幕を展開した。たったそれだけの行動なのに、そこには綺麗で美しいと感じるなにかがあった。そしてもっと美しさを感じる為には、実際に見て、感じて、避けて、受けなければ分からない。
一つ一つの弾にも緩急や道筋の工夫がされており、レミリアがあれらの弾を全て考えて撃っているのならば、あれだけの弾幕を張るのにどれだけの努力が必要なのだろう。
反対にチルノちゃんと大ちゃんは、その綺麗な弾幕をまるで蝶々が舞うように華麗に避け続けていた。そしてたまに反撃を行っている。
この対比。弾幕を張るものと避ける者。その間に混じり合う、意思と意思。そのごっこ遊びという枠組みのなかで、なにか特別な……そう、少女達の意思や思念みたいなモノが感じられた。私みたいな観戦者であっても……だ。
これが弾幕ごっこ。これこそが、弾幕ごっこ……!
ごっこのようでごっこではない。美しさを求め、遊びの原点でありながらも、遊びの最先端。
「凄く……綺麗だなぁ」
自然と口から漏れていた。いや、逆。漏れていた事も気づかぬほど、弾幕ごっこに魅入っていた。
そしてそのままチルノちゃんと大ちゃんは弾幕を避けきり、レミリアの敗北で弾幕勝負は幕を下ろした。
「ふぅ……流石に疲れたわね」
レミリアが大量の流れる汗を拭った。ぶっちゃけ忘れてそうだけど今は夏。紅魔館の中も幾分か涼しいが、暑いことには変わりなく、弾幕ごっこという大変な運動を行ったレミリアが大量の汗を掻くのも仕方の無いことだろう。
「どう、レミリア。あたいの勝利よ!!」
「はいはい調子に乗らないの。今のは普通の弾幕よ。私はまだスペルカードを使っていないもの」
「そのスペルカードって……」
「ええ、今の弾幕に使用する……いわば弾幕の型のような物を閉じ込めたカードよ」
「へぇ……じゃああたいらもそれを……」
「そう、弾幕ごっこをするにはスペルカードを作って撃たなきゃいけないわ」
ということはチルノちゃんらが体験したレミリアの弾幕は、いわゆるお試し。体験版に近いものだったということね。
レミリアの説明は続く。
「本当の弾幕ごっこは、撃つ役の人が最初にスペルカードを宣誓し、全てのスペルカードを使いきる前に避ける者を三回被弾させる事で勝利。避ける者は逆に全てのスペルカードを避けきれば勝利となるわ。今のチルノと大ちゃんみたいにね」
「じゃああたいもスペルカード作る!」
「ふふ。言われなくてもチルノや大ちゃん、蓮も異変に携わる者としてスペルカードを作ってもらうわ。作り方の基本も教えてあげる」
そうして、私を含めた三人のスペルカード作りが始まった。完成するには二日の時を要したという。その間、フランちゃんとも会えて私はご満悦である。
そして少しだけ時は進み、七月の末に差し掛かる頃。レミリアの指から発生する紅い濃霧が幻想郷を覆い始める。それは一ヶ月もかからず、幻想郷を覆い尽くした。
紅霧異変が始まったのだ。