東方付喪録   作:もち羊

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今日は豪華二本立て


湖上の妖精と大妖精

 風が冷たくなった。夏の蒸し暑い環境ではあり得ない、風の冷たさだった。

 なにかが額に飛んできたので、思わず目を伏せる。額に当たった物。それは雹であった。

 

「……季節でも間違えたかしら」

 

 発生源は恐らく霧の湖。しかも自分の勘は、その湖の中心を指し示していた。

 急がねば。先程の食人妖怪のお蔭で随分と時間を食った。かなりのタイムロスだ。早く神社に帰って涼みたいのに、これでは異変解決に勤しむ真面目な巫女ではないか。

 

 そして食人妖怪との弾幕ごっこで思い知った。人と妖怪との圧倒的な差を。これを埋めるには、私達はどんな手を使えば良いのだろうか。

 意表を突くか、奇策妙計か、それまた別の手か。いや、やめよう。私に考える事なんて向かない。今まで感覚でやって来たのだ。これからも感覚で行こう。それが私にとってベストだと思う。

 

「あー! やって来たな博麗の巫女!!」

 

「ちょっとチルノちゃん、いきなり喧嘩吹っ掛けるのは不味いよ……!」

 

「……なに、あんたら」

 

 目の前にいるのは青色と緑色の妖精。緑色の妖精の発言から察するに、もう片方の妖精はチルノという名前らしい。どちらも妖気、魔力共に然程なく、これならば食人妖怪の時のような失態は犯さずにすみそうだ。

 

「あたいはチルノ! それでこっちは大ちゃん! 紅白の巫女、さいきょーのあたいと正々堂々勝負しろぉ!」

 

「あ、一応私も……」

 

「弾幕ごっこでしょ? 良いわ、時間も掛けたくないしスペルカードは三枚、残機は一ね。面倒だし二人同時に掛かってきなさい」

 

「じゃあ早速くらえ! 凍符『パーフェクトフリーズ』」

 

 チルノが最初のスペルカードを宣言する。

 

 凍符『パーフェクトフリーズ』。小さめのカラフルな小弾を無造作に放ち、それを途中で一時停止させる。そして頃合になると、また別の軌道で動き始める……といった、予測が難しい弾幕となっている。しかも弾を止めた際にチルノから追加の弾幕も放たれるお蔭で、逃げ場を見つけたと思ったら突然弾が動き出して被弾するといったことも珍しくない弾幕だ。

 

 けれど無造作故に運否天賦で避けれたり、気づかぬ安置が出来たりと穴は多いはず。よって油断さえしなければ、耐えきることは容易である。

 問題はもう一匹の方だ。今のところ大ちゃんとやらはおろおろと困惑しているだけで、動く様子はない。だが彼女の行動次第で、こちらの状況が有利にも不利にも傾く可能性は否めない。

 

 だがそんな思惑も杞憂に終わる。

 チルノの弾幕が終わったのだ。考え事をしていたら既に時間切れとなっていたようで、グレイズにもならなかった。

 弾幕を見てもそうだけど、やはり粗いわね。スペルカードルールが制定されたのも最近だし、私は制定されたその日から魔理沙と共に弾幕ごっこを興じていた。経験という意味では、私の方が上なのかもしれない。

 

「あわわわわ……」

 

「くっそー、全部避けられたか……。でもあたいのスペルカードはまだ二枚もあるのよ!」

 

「あぁそう……。でもあんたの力量じゃ私には勝てないわよ」

 

「な、なにぉう!? だったら今度はこれだ! 氷符『アイシクルフォール』」

 

 次のスペルカードが宣言される。

 チルノがひし形の弾を左右に放つ。それは扇状に展開されたかと思うと、それは歯車が合わさるかのように重なりあい、混ざりあい……もし逃げれなかったら、すりつぶされてしまうように感じた弾幕だった。しかし扇状に展開するという性質上、チルノの正面が安置となってしまう。

 

「あら? 目の前がお留守よ?」

 

 霊夢は即座にその弱点を見抜き、チルノの目の前まで近接。安置へと身を置く。

 だがそれは、チルノによって誘導されている事に違いはなかった。

 

「掛かったな紅白っ! くらえ!」

 

 チルノが腕を一文字に振るった。すると普段の弾より高速で放たれる幾つもの特殊な弾が、霊夢を襲う。だが霊夢はそれさえも予測の範囲内だった。

 弾幕が単純よ、と呆れるように目を瞑りながら言った。それはチルノからしたらバカにしているように取れたが、霊夢は結果的に躱したのだ。

 言葉では侮っているようにもとれる霊夢の言葉だが、それは少し違う。目を瞑っていたとしても躱せるからこそ、無駄を嫌う霊夢は目を瞑るのだ。それはえてして煽りや侮りを生ませる結果となっているのだが。

 

「もう止めておきなさい。お山の猿はどれだけ強くとも、猿である事は変わりないのよ」

 

「あたいは猿じゃない!」

 

 チルノがムキになって弾幕を放つが、焦りを生んでしまったのか狙いがどんどん離れていく。その度に、瞳へ涙が溜まってきた。

 あたいはさいきょーなんだ……! と、何度心の中で反芻しても、紅白の巫女はするりと自分の弾幕を回避していく。彼女は自分をバカにしているのだと。彼女は自分を舐めているのだと。今の状況を見て、そう思うしかないのだ。

 

 刻一刻と時間が迫っていく。もう時間切れまで二十秒も無い。このスペルカードが終わってしまったら、残りの枚数は一枚となってしまう。紅白の巫女のスペルカード三枚分を全て避けきらなければ、勝ちはほぼ無いのだ。

 

(うう、あたいはさいきょーなんだ……!)

 

 悪態をつくも、状況は変わらず。ただ躱し続けている巫女が自分を攻撃してこないのは、本当にその必要が無いのだと。

 そして、とうとうその時がきた。時間切れだ。弾幕は手の平から消えて、目の前にいる当の紅白は、目を開いた。

 

「もう終わったの? 退屈だったわ」

 

「ぐ、ぬぬぬぬ」

 

 歯ぎしりをして睨み付けるも、紅白はどこ吹く風。まるであたいの存在さえ感知していないような、どこか別次元にいる奴と喋っているような、そんな虚無感が再来した。

 

「あんた……チルノだっけ? いや、名前なんてどうでも良いわね。どうせ覚えないし。あんたの失敗点、それはまず相手を追い詰めようとしていない。ここが一点ね。それと次に、戦略性がなくかなりおざなり。そんなんじゃ当たるものも当たらないわ。これが二点目ね。三点目は……」

 

「な、なによ! じゃああんただったらもっと上手く出来るって言うの!?」

 

「出来るわよ。あんたなんかじゃ真似できない弾幕も、簡単に撃てるわ」

 

「う、うぅぅ……」

 

 ぼろくそだった。巫女の目にはあたいの姿はさぞかし滑稽に写っただろう。大ちゃんと蓮ちゃんとレミリアと、ついでにフランとめーりんと一緒に二日も徹夜して考え、検証し、弾幕として昇華させた。あたいの努力の結晶を、思い出をそうやってぼろくそに言わないで欲しい。

 でも、あたいは無力だ。巫女の言う通り弱いんだ。だから言い返せずにただ泣いているだけなんだ。

 

「チ、チルノちゃん大丈夫……?」

 

 大ちゃんが寄り添ってくれた。

 

 優しく……触れてくれた。

 

「ごめん、チルノちゃん。私、なにも出来なくて……。チルノちゃんが頑張って戦ってるのに、端で震えているだけで……」

 

 なんで大ちゃんが謝るんだろう……。あたいが弱いからいけないのに。あたいが弱いからなにも出来ないのに。なんで、なんで……。

 

「だからチルノちゃん、私も一緒に戦うよ。もう怖くない。チルノちゃんと一緒だから、私は戦える」

 

「大ちゃん……」

 

「茶番は終わったかしら。今からスペルカード宣言をするわ。後学として見ておきなさい」

 

 そしてとうとう、紅白が初めてスペルカード宣言をした。でも、今なら大丈夫な気がする。だって大ちゃんがついてるもん。

 

「行くわよ……。夢符『封魔陣』」

 

 どこからか大量の護符が霊夢に集まっていく。中央に集まったかと思うと、次に護符が散開し、大きな円を作っていく。たったそれだけで綺麗だ……と思った。ほんのり明りを放つ護符が規則正しく動いていて、すぐさま尾を引くような弾幕を更に展開する。途中途中に霊夢が放つ弾も混ざっていて、しかも霊夢を囲む護符のせいでこちらは近づく事が出来ず、防戦一方となってしまう。

 

 そしていつの間にか囲まれてしまった。霊夢が放つ護符はまるで意思を持っているかのように動いて的確にあたい達を追い詰めていく。

 逃げ場の先には護符。背後も護符。そして間を潜るように弾が向かってくる。

 

 上手い。綺麗。難しい。強い。

 霊夢は、あたいの持っていない物を沢山持っているんだとその時確信した。だから、あれだけの口が叩けるのかもしれない。

 

「チェックメイトよ、妖精」

 

 霊夢がぼそりと呟くと、霊夢を囲っていた大質量の弾幕を、そのままぶつけてきた。

 

「…………大ちゃん」

 

「うん」

 

 やることは分かっている。このあたいより強い巫女に、少しでも噛みついてやるんだ。

 

 そして、あたい達は消えたんだ────。

 

 

 霊夢が嘆息する。

 背後に気配を感じたからだ。牙を尖らせた、危険な気配。自分の弾幕は今ので使ってしまった。今ので妖精二匹を仕留めるのには十分だと自信を持って。よって少しだけ反応が遅れたのだ。

 

「雪符『ダイアモンドブリザード』」

 

「花符『グラスランドウィンド』」

 

「チッ……」

 

 それは無造作に放たれた弾幕ではなかった。

 大ちゃんとやらはまるで風と花が舞うような、自然そのものを表現した弾幕を。

 チルノのほうはまるで雹。天から降り注ぐ雹の嵐のようだと。

 チルノの弾幕が雨のように降り注ぎ、回転しながら迫る大ちゃんとやらの弾幕に対応が遅れる。結果、二回ほど服にかする事になった。

 

 弾幕ごっこは怪我をしないなんてルールはない。尖った雹は容易く私の服を切り裂き、鎌鼬のように迫る弾幕は、服を一閃、鋭い傷をつけていく。

 

「くっ、霊符『夢想封印』」

 

 色とりどりの大きな光球が、私の周りを時計回りに旋回する。幾つかを守りに置いて、その中の光球を一つだけチルノらに飛ばすが、瞬きをする内にパッと消えてしまう。まるで逸話の妖精話。幻のようで、蜃気楼のようで。

 

 そしていきなり背後に現れ、再度弾幕を放ち始める。

 

(二人同時で強くなる……ね。息の合った、良いパートナーじゃないの)

 

 頬に一閃。服を一閃。脇腹を一閃。二の腕を一閃。

 血が出るが、気にしない。

 チルノと大ちゃんは止まらない。止める気などもうないのであろう。チルノにとってこのスペルカードが最後。無論、全てを出し尽くして来るはずだ。

 

「やぁぁああああ!!!」

 

「はぁぁああああ!!!」

 

 苛烈になっていく弾幕。激しくなる気迫。二人の弾幕が、最高潮に達する。その都度躱し続ける事が困難になっていき、当然集中力も上がるが息も上がる。グレイズなんてほぼ当然で、被弾しそうにもなるがなんとか感覚で避け続けている。

 

 残り時間は十秒と無い。けれど今の三人の間では、十秒がとてつもなく長い時間に感じた。まるで十秒と超えて一分。十分。一時間……と。深く、深く集中の波に飲まれていくにつれ、その時間は延びていく。

 

 もう夢想封印なんて意味はない。突っ込もう。勘が告げている。今だ、行け! ……と。

 鼻先を、眼前を飛び交う弾幕。驚異であるそれらは、私が加速していく毎に、視界から消えていく。

 

 身体を捻り、身体を傾け、傷をつけながらも加速することを止めない。

 

 翔べ。もっと先だ。早く、速く。

 

 手を伸ばせばもう届く。届け。届けぇ!!

 

「届けぇっ!!」

 

 そして、消えた。私の手が掴んだのはただの空気で。行き場の無い掌が空を彷徨う。

 だがそこで諦める訳にはいかない。二人のパターンを把握しろ。時間が無いことは分かっているハズだ。決着を着ける為に最も当てやすく、最も視角が届かない場所。私がさっき、被弾しそうになった場所。

 それは──────背後だ。

 

「うっらあああああ!!!」

 

 運と勘と勝敗を賭けて、私は振り向き様に持っていたお祓い用の大幣を投げつけた。

 そしてコツン、と音が聞こえたと思うと、突然弾幕が止んだ。背後には、驚いた顔のチルノと大ちゃんがいた。被弾……という意味ではあまりに稚拙な決着だが、私は賭けに勝ったのだ。

 

「あたい達の……負け?」

 

「ええ、そうよ」

 

「負けたんだよ……チルノちゃん。私達、頑張ったけど、力及ばなかったみたい」

 

 そんな事はなかった……と、そう胸を張れる。第一私の体は至るところから血が出てボロボロなのに、彼女達には傷一つない。

 

「そっか……。やっぱり勝てなかったんだ……」

 

「でも、チルノちゃんは頑張って……」

 

「勝負は勝負。私の勝ちよ。それ以外に結果は無いわ」

 

 敢えて厳しく。さっきも、今回も、二人の妖精のコンビネーションからチルノの底力まで、恐ろしいほどの才能を垣間見た。私は優しくないからこんな言い方しか出来ないけれど、それでも期待してるのだ。

 

「大ちゃん、帰ろう。それで、また挑もう」

 

「……うん、うん! チルノちゃんなら、今度は絶対に勝てるよ!」

 

「うん……」

 

 チルノは肩を持ってもらいながら、とぼとぼと湖の方へ戻っていこうとした。そんなに元気がなさそうで、私としては不服だ。良い勝負をしたのに、凄く勿体無い気がしたのだ。

 でも、今更慰めの言葉を掛けてもそれは逆効果だろう。だから、ちょっとだけ……。

 

「チルノ、大ちゃん! 自信がついたら、またいらっしゃい。……いつでも受けて立つわよ」

 

 その言葉を聞いて、チルノは振り向きハッキリと言った。

 

「そんなの、あったり前よ!!」

 

「チルノちゃん……」

 

 悔しがる様子も見せず強がるチルノを見て、少しくらいは名前を覚えておこうかな……って思った。

 それくらい、彼女達の瞳は強かったのだ。




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